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7-13

 ヒュンフにとって森の生活は満ち足りないとまでは言わないが、つまらない物だった。


 異形を狩るのも、来かも分からない敵に備えた訓練もトゥピアーリウスという種に生まれた以上、これといって苦ではない。


 しかし、まだ機齢が幼かった頃、彼女は一つの未知と出会ってしまった。


 それは、当時の彼女は知らないことであるが〝イナンナ12〟が軟着陸を試みるにあたって地上にばら撒かれた多数のブロック、その燃え残りの一つであり、内部には船員の持ち物が残っていたのだ。


 幾つかの機械と情報媒体、そして宇宙の時代になってからは〝重い〟として、余程の数寄物以外が所有しなくなった〝本〟が内部には取り残されており、それが彼女の電気信号に新しい刺激を加えた。


 焼け残った区画の中には、彼女が知らないことしか存在しなかったのである。


 自分達と似ているが違う、狩るべき外の来訪者達が何かをしている様を克明に描いた情報に記された表情一つ、身振り一つ、読めぬ言語を自己解釈して読み解くことは彼女を魅了した。


 それと同時に空想させたのだ。


 今まで漫然と抱えていた、若さ特有のつまらなさと、将来に感じる閉塞感が合わさって。


 外にはきっと、楽しくて素晴らしい物があると。


 しかし、ガンエデン(楽園)の衛士にして森の尖兵たるトゥピアーリウスは、外にでることは許されていなかった。


 唯一の例外は敵を追う時だけであるが、そのような無礼者が訪れたことがるのは、もう何百年も昔のことという。


 折角外には面白い物があると分かっているのに、見に行けないフラストレーションを彼女は種族の欲求に向けた。


 即ち、武力闘争だ。


 トゥピアーリウスは幾つかの聖地で生まれる。神祇官達が大事に守っている聖地のカプセルの中から、大人の形で製造される庭師は生まれた時から体つきである程度の性能が決まってしまう。


 誰もそのことに疑問を持ちはしない。旧人類が二つの目と四肢を持って生まれ、十数年かけて成体に近づいていくのと同じことだからだ。


 ただ、ヒュンフは外からもたらされた物の中で、未熟という意味で使われる〝子供〟という言葉以外での子供を見たことがないことだけが気がかりだった。


 果たして自分達は誰が、どうやって、何のために作ったのか。歴史ある庭師達の中でも、数少ない疑問を抱いてしまったのだ。


 生まれた意味は〝口伝祝詞〟より、この星を鎮護するためだと教えられても、イマイチ納得できなかった。それでもトゥピアは純粋な戦闘能力をこそ尊ぶため、ヒュンフは秀でた巨躯を持って生まれたことと、才能もあったが故にめきめきと頭角を現すこととなる。


 常人では引けぬ大弓も彼女の体躯ならば易々と頬まで絞ることが能い、圧倒的な間合いの広さから格闘戦でも勝負になる者が少ないほど。


 そうして、彼女は〝僅か八〇年〟という短い稼働年数に過ぎないのに、試練に挑む栄誉を与えられたのである。


 初歩の初歩、幾許かの〝乱れし聖地〟より溢れ出す、トゥピアーリウスや森の生物が歪んだような異形を倒して回る〝巡礼〟は、本来三年かかると言われたが、僅か一年で成し遂げてしまった。


 歪んだ庭師、〝キーメクス〟と呼ばれる同等の身体スペックを持ち、似た外見ながら森を鎮護することを忘れ、ただ徘徊するだけの異形は尋常ならざる身のこなし、そして自己が破損することを厭わぬ戦法から多くの巡礼者を葬ってきたが、彼女にとっては何の障害にもならなかった。


 危険域と呼ばれる、敢えて異形の溢るる土地を選んでの小聖地巡礼も半年かからなかったし、部族の英雄達五人を同時に相手する苦行もさして難しくなかった。


 最後の難関、生還率が三割を下回るという、腫瘍に潰された小聖地(もうで)でも左腕こそ失えど、首七つと枝二本を持ち帰る成果によって周りは囃し立てたものの、それがヒュンフの心を動かすことはなかった。


 全て、森の中で既に行われて、予想ができることに過ぎなかったからだ。


 勿論、嬉しくなかった訳ではない。褒められれば相応に感動するし、勇士の証である刺青を入れてもらった時は、鏡の前で一日眺めたりもした。


 しかし、それらは全て既知のことなのだ。周囲の大人が体験し、語って聞かせ、成し遂げたことのあるものばかり。


 だから彼女の中にある外への好奇心は、何十年経とうと褪せることがなかった。


 古老達が〝穢れている(外の人間)〟と呼ぶ者達は何なのだろう。何故に森を伐採しようとしたり、必要もないのにあんなに群れて殺し合いをするのだろう。


 そして、伝承に伝わるだけの〝星の民〟とは何なのだろう。


 想像を掻き立てる欠片だけは森の中で豊富に拾うことができ、彼女はそれが読めるよう、本来なら古老にしか許されない〝二進数言語〟を独学で会得してまで調べてみたが、結局何一つ分からなかった。


 しかし、一〇五歳、三進数においても一五進数においても共に(てい)で割り切れる重要な歳にそれは訪れた。


 初めて外から人がやって来たのだ。


 しかも、その人間は二進数言語で語りかけてきた上、トゥピアーリウスの戦士達、弓の腕でなら自分をも上回る名手の三連射を〝たったの一太刀〟で斬り伏せてみせたのみならず、徒手格闘では自分に負けず劣らずの高みにあるミーッレを拉致してのけたのだ。


 これはもう、ヒュンフにとって運命が向こうからやってきてくれたようなものだった。


 古老は対応を考えて集まっていたが、彼女はそんなもの知ったことかと方針が全て無に帰することすら理解した上で――ミーッレを助けたら殺されはすまいという打算はあったが――森を出た。


 そこに待っていたのは、やはり素晴らしいものだったのだ。


 知らないこと、知らないもの、分からないことの山。


 何よりも、秀でた戦士達の一撃を何事もなかったかのように退け、殴り合いでは一等優れたミーッレを捕獲する異郷の戦士は、知りたいことを何でも教えてくれた。


 ノゾム。その名は彼女の中で一際輝く言葉になった。


 遠い星々の言葉で希望、そして満ちるのを待つ月を意味するらしい名は、彼女にとって正しく奇跡であった。


 自分達は、惑星を周回する衛星、その孫衛星から来たのだと信じるトゥピアーリウス達は太陰暦を用いるが故、月に由来する名は神聖過ぎるが故に使ってはならないとされていたのだ。


 そんな月の名を冠する男の見えない相方も、名をセレネ、月を意味する女神に肖ったとくれば、最早偉大なるほの白き月と、彼女が頂く円環が導き合わせてくれたようにしか思えなかった。


 それからの日々は至福と言っても良かった。古老達から滅茶苦茶に叱られ、四肢を捥がれるほどの体罰を与えられようが、今まで分からなかったことを教えてくれるノゾムの紡ぐ二進数が何と妙なることか!


 嬉しくてくっついてみると、やたらと絡んできて引っ剥がそうとしてくる褐色娘は鬱陶しかったが、出会っている時の一瞬一瞬が輝いているように思える時を過ごせたのみならず、ノゾムは更に凄まじいことをやってのけた。


 森を救ったのだ。


 遠方より森を焼く砲火が放たれ、俊足で鳴らした勇士達が近寄ることもできない巨大な鋼の箱。


 最早できることは、決死隊を編制し、辛うじて生き残った詠唱官を呼び集める多重詠唱術式のみという段に至り、ヒュンフは初めて好奇心よりも勇士として立つ道を選んだ。


 アレは違う。アレも外より来たるものだが、ノゾムとは絶対に違うと思ったが故。


 詠唱までの時間稼ぎ、死んで時間を得るのが仕事の突撃に参加することに彼女は疑念を抱かなかった。それより強いのは怒りだ。外は素敵なものであるはずなのに、それを穢すような存在がいることが赦せなかったのだろう。


 しかし、決死行は突然現れたノゾム達によって、何故か片道切符ではなくなってしまった。巻き込まれて蒸発したトゥピアも多いが、半数以上が船に乗り移ることで生き延びたのだ。


 そして、彼は前人未踏とも言える、頭の固い古老達を納得させる偉業すらなした。


 その男について行くことに、ヒュンフは最早何の躊躇いも覚えなくなっていた。


 待ち受けているのが、自分が生還するのもやっとという試練の地であろうとも。


 〈離せっ! はなっ……〉


 腫瘍に犯された小聖地を登り損ねた小柄な戦士、セーギテムが異形に捕まっていた。彼女は小柄軽量で素早いが、手足が小さくて登攀に失敗したのだ。転がった先で待ち受けていた異形に捕らえられた後輩を見捨てて置けなかった彼女は、一息に坂を駆け下りながら矢の連射を繰り出した。


 狙いはノゾムが見せたように間接部だ。頭をねじ切ろうとしていた右手を貫いて動きを止めたところまではよかった。


 そこで矢が尽きたのだ。連戦に次ぐ連戦で射耗しきった矢達はボロボロで、最早使える物は残っていない。


 そこで、彼女は黒熔金――望は黒曜石と勘違いしていたが、航宙艦の装甲断片である――のブレードを引き抜きセーギテムが掴まれていた右腕を肘から切り落とした。


 〈いったぁぁぁぁ!?〉


 〈頭引っこ抜かれるよりマシだろ! 我慢しろ!!〉


 白い血を噴出させて喚く小柄な同胞を担ぎ上げ、離脱しようとしたところで彼女は道がないことに気付いた。前方は天から降り注ぎ始めた謎の砲撃で数を減らしたとはいえ異形が犇めき、後背の坂は倒された敵が転げ落ち、同時に打ち漏らしが今も戦闘を続けている。


 片手を失って、姿勢制御を合わせてくれるか分からない未熟な戦士を連れて駆け上がれるか、彼女は悩んだ。


 さりとて、ブレード一本で全ての異形を倒せる訳もなし。敵から孤立した個体であれば、彼女も肩に飛び乗って首を切り落とす自信はあるが、重しを着けられた今の状態では不可能だ。


 〈さぁって、どうするか……〉


 悪運も尽きたるかと思う窮地に、しかし戦士は舌舐めずりをして諦念を投げ捨てた。緑色の粘膜を纏った舌が唇を湿らせ、逆手に握った短刀の圧力を高める。


 〈ごめん、ヒュンフ! ぼくは良いから行けよ!〉


 〈馬鹿言え、ノゾムが言ったんだ、換えの効かない命を無駄にしたら殴るぞって。アタシは古老に殴られるのは怖くないけど、何でかノゾムにだけは殴られたくないんだ〉


 間合いを取りながら、勇士は素早く計算し目当てを着ける。


 まず、もっとも近い個体を駆け上って、次に近い個体の頭部を踏み台に移動。そこまでできるか分からないが、到達できれば小聖地の壁面に足が着く。そこまでいけば、ノゾムを助けたように駆け上がって二人揃って生きて帰れるだろう。


 できるならば、の話だが。


 〈さぁ、命の張り時だ。邪魔するなよセーギテム〉


 〈クソッ、そういうなら、二人で命を無駄にすることないだろ!!〉


 言って、小柄な戦士は最後の矢を口で咥えると、残った右手を器用に使って矢を番えた。意地でもただの重荷にはならない、その力強い表明にヒュンフは獰猛に牙を剥いて笑った。


 〈いい心がけだ! それじゃあ一丁派手に……〉


 そこまで口にした所で、全ての動きが止まるほど盛大な轟音が響いた。異形までもが何事かと顔を上げれば、なんと腫瘍が光っているではないか。


 それは近くの人間に危険を報せる赤色灯の回転と警告音。


 壁面に埋め込まれていた、苔に覆われた壁が横滑りしたかと思えば、それをも上回る爆音が大気を揺らす。


 永く動かされていなかった機械が上げる悲鳴でも、単調な警告音でもない。


 圧縮電波言語すらない大気を揺らす原始的な音であったが、ヒュンフにはそれが〝音楽〟だと分かった。


 機嫌が良い時、たまにノゾムが鼻を鳴らすように歌っていたから。


 太鼓と聞いた事のない弦楽の重なりに電子音を重ね合わせた歌は朗々と天に響き渡り、空に紺碧の塗装を纏った鋼が跳び出す様を彩った。


 『ノゾム!!』


 体高10mの勇壮な碧い巨体が、彼女には何故か、誰よりも叱られたくない……いや、褒めて欲しいと思う相手であると瞬時に分かった。


 見た目も何もかも違うのに。


 ただ、こんなイカしたことを引き起こすのは、あの男だけだという謎の核心があったがために…………。




【惑星探査補記】トゥピアーリウスは小聖地のポッドより生まれ、交配を必要としない。

推奨BGM デンジャーなゾーン。


引き続き明日の更新時間も未定でお願いします。


感想は作者の燃料なので、よかったらちょっと補給してやってください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] BGM付きでのロボット発進…素晴らしい…!
[一言] トゥピアーリウス、おまえエルフじゃなくてこれルーン○ォークじゃないか! (ソドワ民大歓喜の図)
[一言] なるほど、トゥピアーリウスはこんな生き方をしてるのですね 異文化の描写が面白いです そしてBGMと共に新型メカ発進! 相変わらず前田慶次もびっくりのド派手な登場ですね! 新しい機体の活躍、…
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