7-12
第一班がブロックⅡ-B2に取り付いても、戦闘が楽になったとは言えなかった。
〈遅い! 気合いで登れ!!〉
〈無茶だ!〉
〈滑る! すっごい滑る!!〉
専用の登攀用装備を持っていないトゥピアーリウスが、登るのに苦労したからである。
「畜生! やっぱり中で作ってやがる! こんな無茶な転用できるのか!?」
『黄道共和連合の人達、さてはこれ無精して工廠に一杯詰めましたね!?』
その上で、まだまだ敵が湧いてくるものの、私が斬り込んで大暴れしても搬出口が大きすぎて塞ぎきれない。更に死体を下に蹴落とされる訳にはいかないので、無理押ししないといけないので危険性が高まってきた。
ああ、もう、確かに立体整形機はデータさえ入れておけば大抵の物は作れるが、敵に鹵獲された時のことを考えて、あれやこれやを全部突っ込んでおくべきじゃないというのに。
ここは機動兵器区画だろう。重外骨格のデータなんて、確かに機動兵器の整備に使うのは分かるけどねじ込むんじゃないよ。
『しかし、ある意味で幸運ですよ。あの大きなノスフェラトゥのように、機動兵器が這いだしてきたら打つ手がありませんでした』
「動きやすい物を優先して異形にしてくれたのは、確かに助かるが、流石にこれは管理が適当すぎやしないか!?」
余所様の国のことながら苦言を呈さずにいられない私だったが、刃が届かぬ範囲から敵が一人漏れ出してしまった。
いかん、直援についていたシルヴァニアンが連射を加えるが、如何に至近距離といえどサブマシンガンでは火力が足りない。特に彼は私を援護することに必死だったのか、自分に近づいてくる敵への認知が甘く、反応が随分遅れてしまっていた。
〔ぎゃぶっ!?〕
〔おい、大丈夫か!? 無理に突出するな!!〕
掣肘するべく片手に持ったレイルガンを射つが時既に遅く、彼はまるでぬいぐるみのように吹き飛ばされた。邪魔な物を軽く払うが如き雑な裏拳を浴びたシルヴァニアンは、10mほども滞空した後に施設の壁にぶつかって、ずるずると力なく滑り落ちる。
戦術データリンクに示されるバイタルはイエロー。命に響くことはないが、外骨格の耐衝撃性を越える打擲、そして壁への激突で骨が折れ、内蔵に影響が出たようだ。脳波が乱れていることからして、脳震盪も起こしている。
緊急用の鎮痛剤が投与されていることが詳細情報から分かったが、彼はもう戦線離脱する他ない。ちっ、私の戦闘力が足りないばかりに要らん怪我人を出した。
甲種とまではいかないが、乙種義体と外骨格があれば、こんな後方支援用機体くらい物の数じゃないってのに。
「何度も言うが私より前に出るな! 無理に私を救おうとするな! 私の筐体は幾らでも換えが効くんだからな!!」
歯痒さを押し込めながら、私は敵を切り伏せて叫んだ。
この世には取り返しが付かないことというものは幾らでもあるが、その中で最も重い物は命だ。
私達、自我を二進数コード化した人間にとって、他の有機生命体はあまりに脆すぎる。
肉体は使い捨て。頑強な脳殻に守られた光子結晶さえ無事ならば、何度でも帰って来られる我等と違って、臓器一つに異常を来せば死んでしまう有機生命は、正に取り返しの付かない存在だ。
人手が足りないから、本人達にやる気があるから、そして何より自主性を重んじるから戦場に同行してもらいはするが、勘違いしちゃいかんよ。
コインを何枚も持っている私達と違って、君達には二枚目のソレがないのだから、本当に我が身を大事にしてくれ。
〔後送します!〕
〔丁重にな!〕
ピーターが負傷兵を引っ張りながら援護射撃をしてくれるが、命令したにも拘わらず、開いた穴に軽機を担いだリデルバーディが飛び込んできた。
ったく、どいつもコイツも!
[今の命令が聞こえてなかったか、リデルバーディ!]
[族長一人を前線に置いてく戦士長があるか! どっちかというと、俺達が死んでからアンタが死なないと〝太母〟に申し訳が立たないんだよ! アンタは自分を軽きに置くが、俺達からすりゃ俺達の方がもっと軽いんだ!!]
ああっ、もう! だから、私は頭部さえ木っ端微塵にならなきゃ復活できると、実体験させてやっているのに聞かない子達だな! 戦士とはそういう生き物であるとは分かっているが、あまりに聞き分けが悪いと置いてくぞ!
とはいえ、バラバラと高火力の実体弾をばら撒いてくれる援護の存在はありがたく、私はようやく探し求めていた扉を見つけることができた。
「格納庫区画! 表示は間違いないな!」
格納庫に通じる扉だ。閉ざされていることもあって、ここから敵が這いだしてきている訳ではないのは明白。恐らくは、もっと奥の製造区画から異形はやってきている。
勿論、そっちにも用事はあるし――そもそも本丸だが――即戦力が手に入るのならば、こっちを漁らない手はないぞ。
「予備機があるか確かめる!」
『はい、公算は高いかと!』
「よし、総員下がれ! 発砲壁を使うぞ!!」
手近な外骨格を撃ち倒し、斬り伏せ、リデルバーディの援護射撃の下、私は通路を塞ぐように発泡壁グレネードを投擲した。
振り過ぎた炭酸の缶が爆発するように広がったそれは、金属質の泡が連なって壁を為し敵の行く手を阻む。
しかし、〝ノスフェラトゥ〟の時と違って長くは保つまい。敵は元々、こういった邪魔な物を蹴散らすために設計されているのだ。ナックルガードの装備された拳で殴り続ければ、数分もせず穴を開けられる。
「解錠爆弾を使う! 離れろ!」
一々ロックを開けている時間的猶予がないので、私は格納庫区画に通じる対爆扉を三つもの〝解錠爆弾〟を使ってこじ開けた。
僅かに開いた隙間に手を突っ込み、外骨格の強化能力を最大に。人工筋肉が過負荷に文句を上げてくるのを無視して、扉側を引っ掴み、逆側に脚を踏ん張って力一杯に滑らせる。
「機密区画だけあって硬いな……ぬんぐぐぐぐぐぐ!」
[手伝うぞ族長!]
〔ぼくも!!〕
幸いにも身長差がある三人が協力したおかげで、歪んだ扉は断末魔のような絶叫を上げて開いた。
そして、現れるのは広大な格納庫だ。面積は同時にサッカーを三試合はできそうなほど広く、縦横にレールが走り、壁際には閉鎖書庫の移動式本棚めいた棚が並んでいる。
それらはすべて、機動兵器を格納する機具だ。横倒しになっているのは、戦闘機動をとれば揺れる艦船の中で総重量数百トンはある物を直立させるのは危険すぎるため。
潜水艦の多段ベッドじみた密度で、頭頂高10mはある機動兵器を〝寝かせて〟保管するラックが群れを成し、その内の幾つかは昇降用レールから弾き出されて所在なさげに転がっている。恐らく、落着時の衝撃で外れてしまったのだろう。
「あった!」
そして、私は賭けに勝った。
「ウラノス3-TypeA2か!!」
殆ど住人が不在の格納庫の中で、数機の機動兵器が鎮座……いや、散らかっていた。
テイタン2が数機、脱落したラックに押し潰されたり支柱に寄りかかって真っ二つになっていたり、格納機ごと外れたのか壁にぶつかってぐちゃぐちゃになっている中、残骸に凭れるようにして一機だけ無事な外骨格があったのだ。
その名はウラノス3-TypeA2。帝都に鎮座するテイタン2-TypeGと対をなす、制空戦闘用の空中機動型の航空機動兵器だ。
といっても、その役割は空を無尽に駆け抜けて戦闘機と格闘戦をすることではなく、地上十数~数十mを高速で飛び去り一撃離脱の対地戦闘と格闘戦を行うことだ。
戦闘ヘリが、その脆さと機動性の鈍さによって現代戦では陳腐化し衰退していった穴を埋めるように、この手の低空機動戦闘が可能な機動兵器が発展していった歴史がある。
その中でもウラノス3-TypeA2はAir superiority fighter、制空戦闘型の改良式であり、元は甲種一型外骨格、通称〝為朝6〟の――古参は陸式などと格好を付けることもある――支援機、甲種三型〝紫電4〟に端を発する。
まぁ、我が国でのお約束。正式採用されている評判がよくて、クセがマシな方の機体を旧人類でも扱えるようにしたものだ。
しかし連中、何だって地上が安定してからでないと役に立たない代物を作っておいたんだ? たしかに衛星では難しい製図作業や基地建築には役立つが、コイツの本領は大気が安定した戦場だぞ。
まぁ、使える物に文句を言っても仕方がない。今の戦場だとテイタン2の方が扱いやすいが、コイツはコイツで使い出がある。
[で、デカいな! 聖都で族長が入ったのと同じ物か!]
〔で、でも何か頼りない〕
傾いたラックや残骸に塗れながらも、奇跡的に無事だったそのフォルムはテイタン2と比べると細くて繊細なラインを画いている。太股は太くて丸く、反面、膝から下は先に向かって細くなる二等辺三角形でほっそりしていて足首を廃した特徴的なシルエット。
上体も航空力学に基づいて流線型と鋭角な装甲板が隙間なく独得の陰影を画いており、両腕はテイタン2の半分とまではいかないが2/3ほどの細さ。頭部は高速機動時に邪魔にならぬうよう扁平で、首を竦めれば動体と一体化できるよう工夫が凝らされていた。
そして、固定武装は前腕装甲に内蔵されている小型の対人チェインコイルガンのみと頼りないが、この子はこれでいいのだ。
全ては偏執的なまでに軽量化を行ったが故のものであり、きちんとした合理の塊なのだから。
対地近距離誘導弾を十分に撃墜できる対抗装備を纏い、背部構造物の両翼から伸びる盾のような抗重力ユニットは羽根のような身軽さで攻撃を回避することを可能とし、電子戦装備も充実しているがため狙いを付けるのが困難な電子のマントを羽織って舞う機体に余計な重しは不要。
機動兵器に何のために手が着いているのか。それは、必要とあれば使い捨てながら、次々と補給を受けるためなのだから。
固定装備なんて飾りだよ飾り。
適した装備さえ有すれば、この機体は戦車の弱点である上面装甲をビルを駆け上って一撃で貫き、鈍足の地上型機動兵器を煙に撒いて背部装甲を穿ってまわることができる。熟練の機動兵器乗りが乗れば、何より恐ろしい戦地を飛ぶ死神となるのだ。
まぁ、見た目通り滅茶苦茶打たれ弱いので、素人が乗ったらテイタン2一機に小隊で掛かっても分が悪い、何処までもピーキーなエース用機体ってところなんだけどね。
しかし、この子ほど私に相性が良い黄道共和連合製の機動兵器はないだろう。紙装甲なのは避ければ良いだけだし、一発当たれば即撃墜の濃密な弾幕に飛び込むのが仕事だったんだ。多少の慣れはいるだろうが、乗りこなしてみせるさ。
ただ、武装が落ちてないのが残念だが、まぁ何とかなるか。いや、何とでもする。
「ようし、ついてる! リデルバーディ! 発泡壁グレネードを使って時間稼ぎを続けろ!」
[分かった! そいつを動かすんだな! トゥピアーリウスはどうする!?]
「余裕があるなら援護してやってくれ!!」
駆け上って胸部装甲に被さっていた残骸を退かし、外部アクセス用の端末に直結。そうすると、胸郭が開いて遠隔操作用の機器がみっちり詰まった内部構造が露わになった。
そう、こいつら基本的に遠隔操縦用だから、コックピットみたいな気の利いた物が詰まってないんだよ。ロボットVRも好きな私からすると拍子抜けも良いところだが――いや、効率もいいし、生存性のことを考えているのは分かるさ――見たところ破損もないし、脳殻を取り出せば簡単に使えるな。
「セレネ!」
『準備できてます!!』
前まで彼女の本地であった箱形ドローンが入り口を潜り抜け、作業用アームを展開するのが見える。
よし、丁種のボディと違って、丙種は緊急時に脳殻を取り出せる構造になっているので、作業自体にそう時間は要さないだろう。
散々装備の強みで私達を苦しめてくれたんだ。
圧倒的な暴力で上から叩き潰される恐ろしさを教えてやろうじゃないか…………。
【惑星探査補記】ウラノス3-TypeA2。元々はテイタン2-TypeFという派生航空型が存在したのだが、大型の機体を無理に飛ばした弊害によって披撃墜率が高かったこと、本来の目的であった機動力が然程向上しなかったことによって、やっぱり専門設計の機体が欲しいとされ発注された。
しかし、原型機となった〝紫電4〟が航空機動兵器の性質上、整備性も稼働率もテイタン2ほど優れていなかったこともあり、部品の多くを共通化し複雑な機構を省略してもウラノス3の民間企業売上げは然程は振るわなかった。
使う人が使えば強い(つまり普通に使うと弱い)
明日の更新も未定でお願いします。
感想は作者のガソリンなので、よかったら補充してやってください。