7-11
単分子原子ブレードが万全の切れ味を誇るのは、抜刀から五六秒間と限られているが、腕前さえあれば、その限りではない。
刃部先端の単一原子が化合や摩擦ですり減っても、刃は生きている。私は気合いで装甲が薄い肩の継ぎ目に斬撃を叩き込み、計三五体目となる外骨格を叩き伏せた。
「はぁっ、はぁっ……」
「ノゾム! 大丈夫かい!? ずっと最前線だ! 僕が替わるよ!!」
「問題ない! ただの排熱だ!!」
丙種二型義体は外見が人間に寄っている都合で、放熱に些か難があり、無茶な稼働を続けると内部温度が高まって熱が籠もる。それを廃棄するため、する必要のない呼吸で熱気を追い出しているのだが、流石に深度体温が80℃を越えるとしんどいな。
外骨格の廃熱機構も使って体温を冷まそうとしているが、ずっと刀を振り続けていたのでぼちぼち小休止が必要か。私は未練がましく刃に絡みついてのたくっている触手の欠片を払うと、納刀してレイルガンを手に取った。
「あと、五〇〇……くそ、近いようで遠い」
もう〝アカツキ級掃宙艇〟とブロックⅡ-2Bは、肉眼で確認できるだけの距離まで近づいていた。
しかし、そこから先が長い。
やはり異形はブロックⅡ-B2から製造されているようで――大型搬出口があるのをすっかり忘れていたよ畜生――ぞろぞろ湧いて出るし、密集する木々のせいで直線を進めないこともあって実際にはあと800mってところか。
「セレネ! 現在位置は!」
『上空一〇〇〇で待機中。腫瘍の入り口は木々で塞がれていないので支援攻撃が可能ですが、如何致しましょう』
「破損させたくないが、出力を加減していけるか!? できれば出落ちさせたい!」
航宙艦が落着したことと、工廠部分がアカツキ級掃宙艇の上に乗っかっていることもあって搬出口は上空から見える程度には露出していた。最初はここを強襲する案もあったのだが、突破に失敗して全周包囲されると詰むので諦めたのだ。
しかし、これだけ圧力が掛かってくると、そろそろ手段を選んでいられない。
『分析したところ〝アカツキ級掃宙艇〟の外殻は朽ち始めています。あまり近くに撃ち込むと、弱装モードでも破損する可能性が』
チッ、じゃあダメだな。あの船自体は死んでいるにせよ――何故、テラ16thの奇妙な加護の対象外になったのだ?――情報源としては生きている可能性が高いので、できるだけ破損させたくないのだ。
「船に余波が行かない場所にいる個体に対地射撃!」
『またニュアンスが曖昧な上にファジーな命令を……』
文句を言いながらも優秀な相方は、ふんわりした指示に従って船体底部に移した迎撃火器を作動させ始めた。天から降り注ぐ砲によって重外骨格の異形が吹き飛び、破片が飛び散る。
って、いかん、出力を絞っても火力過剰すぎて破片が凄まじい勢いで飛散している。生体部品は汚れるだけで済むが、装甲部分は殺傷能力を持ちかねん勢いだからよくないぞ。
「セレネ! もうちょっと遠くのだけを頼む! 軽装甲の私達じゃ余波だけで外殻が破損しかねん!」
『注文が多いですよ上尉! 大して圧を逃せられませんが、危害半径を狭めますが、かまいませんね!?』
高空域から速射される迎撃火器が遠方の敵を弾き飛ばし始めたが、それでもブロックⅡ-B2から湧いてくる敵の圧力は健在。
となると、もう突っ込んで雪崩れ込むしかないな。森中に散っている敵と中に詰めている敵、どちらも相手するのはそろそろ限界だ。
「総員、残弾数報せ!」
「四割ってところかな!」
[ボックスマガジンはそろそろカンバンだ! 小銃に切り替えるぞ!]
〔全員でゆうずうしあってるところですー! もうあんまりありません!〕
『敵が硬イからポキポキ折れちゃっテ、残り少ないヨ!』
ええい、後方から随時自動操縦の群狼で運ばせたり、上から投下して貰った箱から補給しているが、分配する時間が惜しくて追っつかないか。
こりゃそろそろ博打の時間だな。入り口に肉薄さえしてしまえば、後方から押し寄せて来る敵はセレネが押し止めてくれる。
よっしゃ、乗り込むか!
「総員集結! 驀地に突撃し、侵入する!」
[待ってました! チマチマしたのは嫌いだったんだ!!]
予備の弾帯を映画の主役の如く体に巻き付けていたリデルバーディーが歓声を上げる。
ただ、期待させて悪いが、今回ばかりは白兵戦は無理だ。掴まれれば鍋にされたカニのように解体されることが目に見えている上、装甲の分厚さもあって単なる超硬質ブレードで撃破するのは不可能。
ここは温存していた奮進弾――余談だが、コイツの愛称は〝タケヤリ〟だったりする――を一気に切って、入り口付近に密集した敵を一掃。そのまま内部に駆け込み防衛線を構築すると同時、内部制圧に掛からねば。
頼む、中に予備機があってくれ。そうでないと色々面倒過ぎるから。
「奮進弾用意! 弾頭の安全ピンを抜くのを忘れるなよ!!」
[あいよぉ!!]
背部マウントに積載していた対戦車武装を取りだし、安全装置を解除。自爆防止のため、30m圏内では信管が発動しないようになっているため十分に距離を取る。
それに、この噴進砲はカウンターマスの範囲が狭い上、熱波を冷ます塩水をぶちまけて威力を減衰させる古臭いが安心安全の設計なので、密集してぶっ放しても味方に被害は出ない。流石に後ろ50cmとかに立たれると大惨事だが、予め注意しているので問題なかろう。
速射して前方を綺麗にしたら、一気に雪崩れ込んでやる。
「データリンク! 標的指向! 狙え!!」
敵の諸元から一射必殺であることは判明しているため、同じ標的にブチ込んで弾を無駄にしないため、それぞれに標的を割り振って射撃を命じる。私も発射筒を構え、狙いを付けた。
「着地と同時に射て! コイツはそんなに速くないからな!!」
[任せろ! 槍から銃に持ち替えて結構経つんだ! そこらの機微は分かってる!]
ブロックⅡ-B2から出てくる敵は、搬出口からアカツキ級掃宙艇の球形装甲を経由して滑り降りてくるため、着地時に一瞬の硬直が発生する。機動戦を念頭に置いていない設計なのもあって、スラスターで着地点をずらしてくることもないので良い鴨だ。
「間違っても小聖地と腫瘍に当てるなよ」
[注文が多い族長だ!!]
「注文の多い士官様ってか! よし、射て!!」
敵の後続、約三〇が滑り降りてきたので着地次第に吹き飛ばす。再装填自体はサブアームがしてくれるので五秒と掛からず、着地狩りは順調に進んだ。
「よし、前方の圧が大分薄れた! 突撃する! 第一班、私に続け!」
データリンク機能を通じて、部隊を半数に分割。工廠は地面に埋まったアカツキ級の上に突き刺さっているため、激しい傾斜を登らねばならぬため立体機動要のワイヤーが必要だ。
故に半数が登り、半数が支援。そして、登り終わったら先行した第一班が足止めをしつつ、後続を迎え入れる形だ。
弾を撃ち終えた発射筒を放り捨て、アンカーを射出。球形故に角度が凄まじい急坂を一歩一歩踏みしめつつ登り、ついでにまた出てきた敵をレイルガンで射撃。
ただ、ここで誤算が一つ。
第二班が援護射撃で撃破してくれた敵が、ステージギミックめいた勢いでゴロゴロ降ってくるのだ。
「あっぶぇ!?」
半歩ほど横を壮絶な勢いで回転しながら落ちていく敵を慌てて避け、掻かないはずの冷や汗が額に浮かんだような錯覚を覚えた。
いや、マジで危ない。3t半もある上、落下エネルギーで加速した鉄塊に引き潰されたら流石に死ぬ。脳殻は無事でも義体は外骨格諸共全損不可避だ。ええい、死して尚も行く手を阻んでくるとか鬱陶しさが半端ないな。
「完全に破壊せず、動きを止めるよう専念してくれ! 落下してくるのに引き潰されると即死するぞ!」
〔むずかしい注文がふえたー!?〕
[■■■■! 頭と胴体を狙え! 仰向けに転かせ!]
『狙撃班! こちらで強調表示した部分を集中して狙ってください!! 上尉達に死体が降り注がないようにしないと大惨事ですよ!!』
私だって結構無茶言ってる自覚はあるんだけど、仕方ないだろ! 流石にアンカーで登りながら、不規則に落ちてくる死体を回避して登りきるのは困難極まるわ!
レイルガンを頭部に狙って射撃し、体が傾いだところで貫通できないことは分かっていても動体に速射。衝撃で仰向けに転んだ異形が仲間を巻き込む隙に一歩でも早く登りきらねば。
「あー! 義務教育期間中、太古のレトロゲーでこういうのやったことある!!」
『上尉! 口より脚を動かしてください! そこに支援砲撃はできませんからね!?』
しかし、気を付けても敵は仲間への気遣いなんて一切ないのか、進路の邪魔となったら蹴落としてくるから性質が悪い。打ち込んだ鋲が弾き飛ばされないよう祈りながら回避していると、悲鳴が聞こえた。
〈きゃあっ!?〉
第二班に振り分けて、登っている我々を援護していたトゥピアーリウスの一人が撃破したと思った異形に捕まっていたのだ。両膝と頭部を破壊して無力化したと思っていたようだが、サブセンサーの一部は生き残っていたようで、激戦の中を這って接近していたらしい。
いかん、このままではひねり潰される。
〈やだ! やだやだ! 離せ! 離してっ! いやっ……〉
私は空中で身を捩って180°回転し、レイルガンを照準。余波で捕まっている彼女が傷付かないよう出力を制限し、今にも首をねじ切ろうとしている手首関節に狙いを付ける。
発砲。一発では装甲が拉げただけでもげない。二発目、装甲板が弾けて内部機構が露わになった。三発目、人工筋肉を破壊したのか、頭を鷲づかみにしていた右手から力が抜ける。
基底現実時間で0,5秒ほどの三連射。我ながら素早く、そして正確に射撃ができたと自画自賛したい気分になった。
〈早く逃げろ!〉
〈うぶっ……おなか、弾け……ちゃ……〉
されど、頭は拘束から逃れたものの、腹部を掴んでいた左手は健在のせいか、そのまま握り潰して殺そうとしているようだ。トゥピアーリウスが如何に頑丈であろうと、このままでは拙い。
手首は死角になっていて狙えない。なら、肩部関節……ああ、だがこっちは装甲が正面からは隙間が少なくなるようデザインされていて狭小すぎる。
宙づり、足場が不安定、距離約860。そして結構反動がキツいレイルガンの上、手首より頑丈な肩部関節。
やれるか? いや、やるしかない。
出力制限解除、三点バースト射撃を完璧に当てきる。
力を込める一瞬、隙間が広がる……そこだ!
〈げほっ、ごほっ……!?〉
狙い澄ました狙撃は奇跡的に関節部に突き刺さり、電送系を破壊したのか拳の拘束が緩まった。捕まっていたトゥピアは圧力が弱まった瞬間に体を捩って離脱し、何とか戒めから逃げ出せたようだ。
ふぅ、危ねぇ。我ながらよく当てたもんだ。これだけいけるなら甲種射撃徽章もとれたんじゃないかしら。
『上尉! 上!!』
「ファッ!?」
セレネからの警告を受けて見上げれば、重外骨格の異形が死んだ同類の体を持ち上げているところだった。頭の上まで掲げて力を溜め……あ、そっかぁ、考えようによっては死体も砲弾になるんだぁ……って、ヤベ、これ私狙ってんじゃん。
投擲まで基底現実で三秒ほど。今私の姿勢は逆側を向いており、銃口は助けた庭師の方から巡らせる時間がない上、リコイルで跳ねていることもあって照準が間に合わん。仮に仲間が何とかしてくれても、あの位置から二体の異形が同時に降ってきたら逃げ場がない。
回避、だめだ、体が宙に浮いていて足場がないし、ワイヤーで吊られている今は移動できる範囲が限られている。スラスターのない外骨格では身を捩るしかないが、それでも危害半径から逃げられん。
防御、論外。どの角度で受け止めても、この足場では受け流しきれん。
当たると間違いなくアンカーが抜けるか、ワイヤーの基部が耐えられんよな。このまま吹っ飛ぶと70m近く滑落することになるから……あれ? ぶっ壊れる?
クロック数を加速した時間というよりも、走馬灯かな? と馬鹿なことを考えながらも最後の足掻きとして〝自らアンカーを外して〟落下軌道を変更。どこかで姿勢を入れ替えて壁に打ち込めればワンチャンあるかとお祈りしつつ体を丸めたが……予想外の衝撃を受けて、私は左方に掻っ攫われた。
『危なっかしイなァ!!』
「ヒュンフ!?」
気が付けば脇と膝の下に手を回して担がれていた。いわゆる御姫様抱っこというやつで、三秒前まで私の体があった空間を死体が通り過ぎるのを眺め、随分と遅れて気付く。
私の危機にいち早く気付いた彼女が助けに来てくれたことに。
「ええっ!? どうやって……」
『頑張って走っタ!!』
いやいや、幾ら球形の船だっつったって駆け上れる角度じゃ……と思って足下を見ると、恐るべきことにヒュンフは足刀を朽ちつつあるアカツキ級掃宙艇の装甲板に突き立てて、強引に走っているではないか。
え、えぇ……。こ、ここ小聖地らしいけど、いいのそれ……?
あまりの力業に一瞬ドン引きした私だが、助けられたことは事実。
お礼を言わないといけない。
ただ、それより先に。
「手ぇ離して貰って良いかな!? 恥ずかしいんだけど!?」
『焦れったイかラ、このまま登っちゃウヨ!!』
いい年こいた大人が、どれだけ図体がデカかろうと異性に御姫様抱っこされるのは凄まじく恥ずかしい。
しかし、壮絶な膂力と力強い疾駆に阻まれて、私の抗議は容易く却下されるのであった…………。
【惑星探査補記】対戦車奮進弾。歩兵が重装甲兵器に対応できる数少ない火器であるが……迎撃装備や誘導装置の妨害が発展した現代戦での命中は極めて困難となっており、小隊規模で包囲しての斉射でやっと一発か二発当たるかどうかという代物。
しかし、あるとないとでは大違いであるため現在でも生産、配備がされており、バカみたいに重たいこれを担ぐ高次連の対戦車歩兵達は親しみを込めて〝タケヤリ〟と呼ぶ。
明日の行進時間も未定でお願いします。
いつもコメントありがとうございます。参考になりますし、とても助かっております。




