7-9
さて、試練の舞台となるブロックⅡ-2Bと墜落、あるいは着陸していた〝アカツキ級掃宙艇〟から約5kmほどの位置に降下した我々だが、とりあえずは平穏無事に仕度を終えてられていた。
一度試練を達成しているヒュンフ曰く――異形を撃破し、肉腫に生えた木の枝を持ち帰るのが流れだそうだヨ――周囲10km四方を異形がウロウロしているそうなので、かなり攻めた距離に降りたのだが、今日は期限が良い日だったのか運がよかったのか、降下即遭遇といかずに済んで何よりだ。
「なぁ、ヒュンフ、もう一回聞くが、異形っていうのは……」
『エーっとナ、デカイ! アたシ一人と半分……くらイ? デ、手が長くテ、地面につくよウにして歩イてル。だかラ、見た目よりはちょっと小さイヨ!』
そして、その異形というのは兎角大きいらしい。トゥピアーリウスの中でも群を抜いた長身の――それでも、歴代最大でもないそうだし、何人か並ぶ大きさの個体を見た――ヒュンフより大きいという時点でかなりのものだ。
その上、ひょろりと背が高い〝ノスフェラトゥ〟のような骨格ではなく、ゴリラめいた野太くて頑健な肉体と装甲板を持っているというのが何とも。
〈古老より伺った話だが、大体三から五で群れている〉
〈矢は効くが、何十本も叩き込んでやっと斃れるくらいだ〉
〈一番効率が良いのは頭をもぎ取ることだが、簡単ではないらしい〉
予め先人から情報収集していた庭師が色々教えてくれるが、物騒過ぎて困る。トゥピアの矢が刺さるということは、コイルガンで損害を与えることもできるのだろうが、何十本と喰らわせねば機能停止しないあたり相当頑丈だぞ。
「用意しといてよかった……」
私は背部マウントに設置していた〝対戦車奮進弾〟の発射機を後ろ手に撫でて安堵した。
元々〝天蓋聖都〟の工廠が動かせるようになった時点で作れていたんだけど、想定する敵がソフトターゲットばっかりだったから――我々の基準だと外骨格は柔らかい方だ――しまいっぱなしだったんだよな。
ただ、流石に今回は必要そうだと思ったので、引っ張り出してきてよかった。
とはいえ、コイツは重いし嵩張るのでそこまで数がない。テックゴブ達に発射機一つ、予備弾倉二つを持たせているが、それでも全体で三〇発もない。
ただの対戦車歩兵任務なら十分過ぎるが、経験則で言うと異形は数で押してくることもあって、全然足りる気がしない。
まぁ、ないよりマシなんだけども。
「最悪、また斬り込むか」
『上尉、くれぐれも無茶しないでくださいね。予備筐体なんて積んでいないので、また箱になってもらうことになりますよ』
「アレは惨めすぎるから嫌だ! 気を付ける!!」
ああする必要があるのは分かっているが、自力で移動することもできない箱に梱包されるのは二度と御免だ。必要とあれば義体なんぞ使い捨てるのが統合軍軍人ではあるものの、重々を気を付けようと意識を固め、私は陣形の構築と移動を命令した。
今回、木々が密集していることもあって上空で待機している〝テミス11〟からの航空支援は期待できない。一応、生き残った武装を底部に移植しているが、派手にぶっ放すと森をいたく傷付けるため、彼女達の勘気に触れないよう使用に制限を掛けざるを得なかった。
故に伝統的な散開しつつの散兵戦陣形を敷きつつ、偵察ドローンで周囲を固める方針と相成った。
前衛のシルヴァニアン達を広く矢尻状に配置し、その後方に支援要員として軽機関銃を装備したテックゴブ。そして陣中央に私とマギウスギアナイトが陣取って、殿にトゥピアーリウスという臨機応変に動ける偵察小隊陣形だ。
安全を確保しつつ進むこと一〇分ばかし、そろそろ接敵しても良い頃合いかと考えていると、案の定センサーに感があった。
『上尉、敵を発見しました。アレは……』
「げぇっ、重外骨格!?」
〝コバエ〟のセンサーに引っかかったのは、ヒュンフの報告通り巨大な合金の塊。重作業に従事することを前提に作られた〝重強化外骨格〟であった。
見た目は鈍色をしたサイボーグゴリラというところだろうか。角張った装甲板の各所から肉腫や触手めいた肉塊が溢れている様は悍ましいが、外見は黄道共和連合が運用しているソレと全く同じ。
つまり、何らかの異形が同盟国の装備を着て彷徨いているようなモノであった。
「おいおい、洒落にならんぞ……」
[どうした族長、そんなにヤバいのか?]
「普段ならなんてことはないが、軽装備の今は凄まじく拙いぞ」
私達が着込んでいる、統合軍で量産・普及している強化外骨格は純粋な戦闘用だが、アレは擱座した戦闘車両の救出、航宙艦の応急修理、ダメージコントロールで危険域に突っ込むなど、出力が必要だが砲弾があまり飛んでこない場所で重作業を熟すための装備だ。
何故あれが前線用装備になっていないのかというと、偏にデカすぎるから。ゴリラのように地面に手を付く拳歩きをしても体高3mを越えるサイズは、歩兵として運用するには大きすぎるし、かといって戦闘車両ほどのペイロードはないため、全線に出ると良い的なのだ。
どれだけ大きくても装甲板を厚くするのには限界があり、巨体を動かす出力を確保するために防御力場など諦めねばならないものも多い。どうあっても戦車砲には耐えられず、歩兵ほどの機動力もない重外骨格は、それ故に前線が居場所ではなく、後方の下支えと定められたのである。
いっそ機動兵器ほど開き直った巨躯があれば、膨大な装備積載量を活かして様々な装備を搭載できるのだが、人が着込むことを考えた上で、人間の居住域で活動できる大きさの限界を攻めたあれは、正しく帯に短したすきに長しの好例と言えよう。
しかし、半端な長さの布とて役立てようと思えば役に立つ故、運用されているのだ。
諸般の事情も相まって後方で重作業をする動く小型重機として採用されていたのだけども、今の我々にとっては十分な脅威である。
「クソ、〝サシガメ〟がいれば主砲で一撃なんだが……」
[森を痛めるから持って来てないしな]
今回、我々は色々譲歩してくれたトゥピアーリウスに配慮し、歩兵だけの軽部隊で現場に挑んでいる。
〝サシガメ〟も〝ディコトムス4〟も、図体が大きすぎて、どう足掻いても木々を薙ぎ倒さないと前進できないからだ。
だから代わりにデカブツが出てきた時に備えて対戦車装備を引っ張り出してきた訳だが、いきなり小火器で対処するのが難しい敵に遭遇するとは思わなかった。
「ノゾム、今の火器じゃ倒せないの?」
「いや、しょせん外骨格だ。関節やセンサーを潰せば問題ないんだが……」
万全の外骨格歩兵にとってカモってだけで、現有戦力だとちとキツいんだよな。
アレの諸元は知っている限りでは総重量3.5t、最高時速75km、装甲圧は最厚の胸部で80mmと中々の頑強性を誇る。材質も間に合わせでやっているのでなければ、衝撃にも強い展性チタン合金なので弾丸にもかなり耐えてくるだろう。
とすると、センサーを破壊して完全な盲目状態にしてやるか、関節部を滅多打ちにして擱座させる他ないのだが、流れ弾がビュンビュン飛んでくる最前線一歩手前の後方で働く戦闘工兵用装備だけあって、防弾仕様かつ対破片関節皮膜も積んでいるので、ちょっと射ってハイ撃破! とはいかん。
軽機関銃やサブマシンガンの接射などでも、数十発は叩き込んでようやく機能を一つ潰せるかどうか。
こりゃかなり忙しい戦場になるぞ。
「ヒュンフ、こいつらは……」
『一匹こづイたラ、一斉に襲イかかってくるヨ』
だよな、知ってた。完全なデータリンクこそしていないようだが、短波無線を検知したから相互監視状態にあるのは必定。分隊ごとにプチプチ潰して各個撃破とはいかんか。
となると、嫌だなあ、死亡フラグめいた言葉を使わないといけないから。
いや、戦略レベルで使うことが間違っているだけで、戦術レベルでは正しい言葉ではあるんだけどね。
「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないな」
「……それって、行き当たりばったりって言うんじゃ?」
軍人として相応の教育を受けているガラテアから、至極真っ当なツッコミを喰らってしまったが、もうそうするしかないんだから仕方がないだろうよ。
「よし、まず先方の集団三機に対応し、その後巡航速度で警戒を維持しつつ腫瘍に接近する。何が起こるか分からんから、全周警戒を絶やさず手早く片付けるぞ」
[小難しい理屈を捏ねるより、分かりやすくていいじゃないか]
〔予定が決まってないのは不安ですよぅ〕
ただ、テックゴブ的にはお気に召したのか、リデルバーディは軽機関銃を手にやる気満々。一方で星から暦を読んで、正確に祝い事をする文化を持つ――恐らくティシーの趣味だろう――シルヴァニアン的には、フワフワし過ぎていて不安なようだ。
そして、言うまでもなく。
〈ならば、我等も先鋒を希望する〉
ハイテック蛮族たるトゥピアーリウスも気に入ったようで戦意旺盛。前に出せ前に出せと喧しい。
ただ、君ら主兵装が中・長距離武装でしょ。あんまり前に出られると流れ弾が怖くて打てなくなるから、指示に従ってくれ。ブー垂れられたって聞かないからな。ニーヒル様から前線指揮は私が執ってよいと約束を引き出したんだから、しっかり守ってくれ。
「作戦はこうだ。私とシルヴァニアンのポイントマンが攪乱し、隙を作る。そこに指定箇所に集中射撃を浴びせて撃破する」
「撃破の基準は?」
「藻掻くことしかできなくなるまでだ」
「了解」
ガラテアの明瞭な問いにきちんとした基準を設定し、私は重外骨格の弱点部位を強調表示するよう設定した。トゥピアーリウス達にはホロ映像で狙うべき場所を指示し、木々の梢に陣取って高所から射撃してくれと頼む。
「さぁ、やるぞ」
〔うー、こわい〕
「なに、ビビるなピーター、敵は火器を装備してない。君達からすれば易い敵だ」
私はレイルガンを手に先鋒へ移動し、敵のセンサーギリギリに前衛兵達と並ぶ。
「いくぞ! 突撃!!」
そして、突撃発起の声を上げ、高次連の前線指揮官として先頭を切った。
藪から姿を現すと同時、敵異形の動体センサーが我々の存在を感じ取ったのか、一斉に此方を向いた。
ただ、それは有り難い話だ。センサーが前を向くと言うことだからな。
私はレイルガンを三連射し、先頭に立つ異形の頭部を破壊した。
ほぼ同じ位置、着弾時差も計測が難しいほどの僅差で着弾したこともあって衝撃は数倍にも膨らんだからか、丸い側部と角張った本体を持つ頭部が曲がってはいけない方向に曲がり、透明なカバーに護られたセンサーが砕け散る。
「うぇっ、キモっ!?」
それと同時、へし折れた頸部装甲板の間から、蚯蚓めいた触手が圧力に負けたのかドバッと飛びだしたではないか。
本当に気色悪い。どうやらアレは、人間が着る装備の中に肉腫と触手を詰め込んで、無理矢理動かしているようだった。
何と言うか、ファンタジー系VRで出てくる敵、動く鎧めいてるな。大抵は中身がなくて霊が動かしてるとか、魔法で動いているとかなんだが、今回は中に寄生生物がみっしり詰まっているタイプかよ。精神衛生によろしくないので好みではない。
何と言うか、しばらくはナポリタン・スパゲティを見たくなくなったな。
[本当に気色悪いな!? これはちょっと持ち帰りたくないぞ!!]
〔撃て撃て! 近くにきてほしくない! ひざ! ひざだ!!〕
軽機関銃の高回転射撃とサブマシンガンの弾丸が驟雨の如く浴びせ掛けられ、私が頭部センサーを破壊したのとは別の二機が体を傾がせる。それぞれ生理的嫌悪感に伴って、接近させないように足回りに集中射撃したのが効いたからか、膝のシーリングが破れて盛大にずっこけていた。
よし、射撃を集中させる余裕があれば対処は簡単だな。
あとは数の問題なんだが……。
『上尉! 六時方向から三部隊! 一一時、三時方向からも二部隊! 増援、続々到着予定!!』
まぁ、こうなるわな!!
「最大でどれくらいになる!」
『森に遮られているせいで現状のセンサーでは計測不能! ですが百は下りません!』
「ええい、また数の暴力か! 総員、陣形を維持しつつ突っ込むぞ! 連中は閉所に入れん! 腫瘍に辿り着くまでが勝負だ!!」
あの図体ならばブロックⅡ-2Bに入ってしまえば、動ける場所が制限されることもあって迎撃が簡単になる。そして、内部には一機くらいテイタン2が残っててもおかしくあるまい。アレは船外作業にも対応しているから、予備機があってもいいはずだ。
「全ては速度で決まる! 突っ走れ!!」
絨毯のような絡み根に脚を取られぬよう注意しつつ、我々は異形を撃破しながら前進を始めた…………。
【惑星探査補記】重外骨格。巨大さと勇ましさに反して、重作業専用に作られた強化外骨格であり、最前線一歩手前で活動する戦闘工兵用の装備。全く戦えない訳ではないが、出力のため巨大化した筐体の前方投影面積肥大、及び最大速力鈍化の問題もあって高速化した現代機動戦について行けないこともあり、その役割は専ら建築や運搬、擱座した味方の救助などである。
しかし、装備が伴っていない相手には重装甲が役立つこともあって、戦果を上げることも屡々である。
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