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完成した、というか、コレで完成ということにした〝テミス11〟は、元々の主である疑似知性が見たら、感情がなくても嘆くのではないだろうかという見た目になっていた。
艦橋部は取り払われ、装甲板の殆どを引っ剥がして底部に集中した姿は、何と言うかアレだ、鰈の一夜干しを片面だけ食べ終わったような姿をしている。
航空力学なんて全く考えていないので、力場防護で無理矢理大気を押しのけて飛ぶ様は不格好極まりなく、本当に抗重力ユニットの出力に任せて無理矢理飛んでいる感じだった。
セレネ曰く、設計上は剛性も問題ないので、抗重力力場が途絶えた瞬間に崩壊することはないそうだが、滑空もできずそのまま垂直に落下するようなので、やっぱり見ていて不安定な気持ちになる。
『何ですか上尉、何か仰りたいことが?』
「いや、何も。使えている以上、文句は言わないよ」
CICで直結して森を眺めていた私の内心を読んだのか、セレネが声をあげたものの、必死に考えて貰った側には何も言う権利はない。
昼飯何食べたい? と聞かれて、何でも良いと答えたからには、昨夜の残り物を無理矢理ねじ込んだチャーハン――らしきナニカ――が出てきても有り難く召し上がるのと同じ理屈である。
「な、何かゾワゾワする」
[なぁ、族長、大丈夫だよな? 落ちたりしないよな?]
〔ああー、星々よ、いだいなる母よ、どうか僕達をおまもりください〕
空を飛び始めたあと、乗組員達の反応はそれぞれであったが、戦闘中枢のモニターに〝実際飛んでいる姿〟を映してやると、飛行している実感をやっと得られたのか各々脅え始める。
まぁ、無理もないか。今まで地面と仲良く暮らしてきた者達が、こんな不格好で、一見空を飛べそうにないモノに乗って〝高度10,000〟まで運ばれたのだから。
『わハー、凄イ! なァ! 甲板に出ちゃダメカ!?』
「駄目に決まってんだろうが」
いや、一人だけ平気、というか元気なのがいたわ。モニターに映し出された下界を見て目を輝かせているヒュンフは、高さが全く怖くないどころか、恐ろしいことを言いだしやがる。
『風が気持ちよさそうなのニー』
「感じる前に吹っ飛ぶぞ」
暢気なことを言う彼女の背後には、十数人のトゥピアーリウスが同乗していた。腫瘍が取り除かれると試練が一つなくなってしまうので、最後の機会だし折角だからと志願した命知らず共である。
生還率三割切ってるそうなのに、よくぞこんだけ手ぇ上げたよな。
〈星の子よ、我々も肉眼で森を見てみたいぞ〉
〈だから無茶を言わないで貰えますかね。対気速度が幾ら出てると思ってるんですか〉
ヒュンフが平気そうに振る舞っているからか、他のトゥピアーリウスも負けていられるかと好奇心を発揮し始めて困る。
今の〝テミス11〟は抗重力ユニットの力場防護だけで浮いてるんだから、甲板上なんて乱気流でえらいことになってるんだし、表に出られる訳ないでしょうが。私達は航空力学に従った装甲に護られていないんだぞ。
しかし、一回私とセレネの二人だけで飛んで――最悪、失敗しても死なないからな――実用できることは分かっていたが、こうやって運用していると不安が大きい。炉にも抗重力ユニットにもかなり無茶させているし、三機ある後部スラスターの内、右側に設置された一番が死んでいるので、滅茶苦茶繊細に扱わないと直進ができないのだ。
しかも突貫工事であること、もともと陸上艦であることもあって〝テミス11〟の気密は完全ではない。化学戦防護のため外殻はガッチリかためてあるのだが、肝心のそこを取っ払ってしまったせいで、方々で風がビュービュー鳴っている。
「なぁ、セレネ。ちょっと嫌な予感してるんだけど」
『何でしょうか上尉』
「……もしかして、主警告機切ってたりしない?」
『良く分かりましたね』
やっぱりか!! こんだけ仕様外の動きをしてるのに管制系が静かだから、何かおかしいと思ったわ!!
『ご安心を、何とか掌握してますから』
「おバカ! 普通ならメーデー案件だぞ!!」
『いいですか上尉、その人達は壊れていることを知らずに飛んだから落ちたのです。弊機は分かってコントロールしています。その差は大きいですよ』
だからなんだってんだ! ああ、もう、私達は人工知能と違ってファジーなことができるけど、これは流石に強引すぎたか。やっぱり地べた這うために作った物を無理矢理飛ばしちゃいかんかったんだ!!
「もうちょっと低く飛べんか!?」
『いやぁ、空気抵抗がキツいんで、できるだけ高空域を飛びたいんですよねぇ』
しれっと言ってくる相方だが、その高さを綱渡り状態で飛んでいると知らされた側の気持ちにもなってくれ。というかコレ、ここまで高度上げないと安定しないって、ちゃんとブロックⅡ-2Bを牽引できるのか!?
『いや、多分素だと無理だと思うので、奪還したら機動兵器用の抗重力ユニットを生産して、それで軽さを軽減しますよ。航宙艦の工廠ブロックがどれだけ大きいとお思いですか』
「分かっちゃいたがまた力押しか! 君、時々そういうとこあるよなぁ!!」
私達がワイワイ騒いでいる理由を知らずにいれる者達は、ある意味で幸福であろう。彼等は空を飛ぶ恐怖に慄いているだけだが、私はセレネの腕次第でマジでいつコントロールを喪うか分からない状態ということを理解してしまっているのだから。
いや、相方の実力を信用しないわけではないさ。ただ、万が一があったり、攻撃を加えられた時を想定すると……ね?
ヒヤヒヤしっぱなしの旅程であったが、我が相方の手腕もあってか何とか無事に熟すことができた。
そして見えてくるのは、密集した木々が埋め尽くす緑の絨毯にできた一部の隙間。そこを指さしてヒュンフが叫ぶ。
『聖地ダ!』
「……なぁ、セレネ」
案内役として同乗したトゥピアーリウスが指さした物を見て、私は一瞬郷愁の念に駆られると同時、先般より抱いていた疑念が音を立てて深まっていくのを感じた。
『ええ、間違いありません。〝アカツキ級掃宙艇〟ですね』
地面にめり込む形で落着し、木々の合間に埋もれているのは〝統合軍の航宙艦〟であったからだ。
あれは〝アカツキ級掃宙艇〟といい、宙間戦闘において機動兵器や航宙艇の肉薄攻撃から中・大型艦を護るため作られた露払い的な船であり、駆逐艦と連携することで宙域の安全を確保する大宇宙の箒だ。
「タグは生きてるか?」
『……駄目ですね、表を木々に覆われすぎていて識別標が見えません。IFFにも応答なし。機能的には死んでいるものかと』
直径は約400mと航宙艦の中では小柄で、真円形の船体には無数のレールが走っており、四方に迎撃火器を移動・集中できるよう設計されている。直接航宙艦と殴り合う艦種ではないので、被弾投影面積を重視する必要がないこともあってこのような形状になっているのだが、護られる側としては心強かったのを今も覚えている。
ただ、問題なのは、その直径の3/4近い大きさの箱に叩き潰されていることだろうか。
船と同じく木々や蔦に覆われた長方形の箱は、こうやって高度一万の高みより見下ろしているがため菓子箱のような大きさに見えるが、実際は短辺が100mを越える巨大な構造物だ。
流石は衛星級の航宙艦に搭載される工廠ブロック。凄まじい大きさだな。
『間違いありません、ブロックⅡ-B2です』
「とりあえず、無駄足を踏まずに済んだようだ」
外見上、工廠部分の破損は見受けられない。恐らく下敷きになった船体が衝撃の多くを吸収したからであろう。掃宙艇は頑強性によって生存性を得るのではなく、自ら破損することで衝撃を吸収する設計になっているからこその結果だ。
正直、ちょっと心配していたのだ。計算上は減速していたから地上に落ちても大破せず済んだかもしれないが、衝撃で壊れてしまっている可能性もあると。なので見た目上は無事であることを確認できて、内心で胸を撫で下ろす。
森一つ、種族一つが滅びるかどうかの戦争を引き起こしたブツだというのに、肝心要の目標がぶっ壊れた残骸になってましたでは、笑い話にもなりはしない。
「よし、高度を下げてくれ」
『了解。高度100までゆっくり行きますよ……山はないのに、ちょっと今日は気流が不安定なので何かに捕まっておいてください』
ガタガタ揺れる船内に悲鳴がそこかしこで上がり、やっぱり要改善だなと強く認識する。一旦聖都まで退く準備ができたら、絶対に外装を再設計してマシになるよう努力しよう。工廠はなくともテイタン2を量産できれば、作業用クレーン代わりに使えるから何とかなるだろう。
『目標高度に到達。安定しました』
「よし、降りるぞ。総員移動!!」
号令を掛け、私達は船体側面の兵器格納区画へと走った。中々広々としたそこは、本来なら戦車数量と機動兵器三機を整備、運用するための空間なのだが、現在は住人がいないこともあって伽藍としており実に寒々しい。
ここを満杯にするべく訪れたのだが、そうするとまた飛べるようになるか微妙に心配なのが何とも。
「総員、装備点検よいか」
「万全だよ。相互点検も完了」
強化外骨格の自己診断プログラムだけではなく、二人一組になって目視で装備の固定不足や脱落がないかを確認し終えると、私は急造の突起に強化炭素繊維製のロープを繋いで放り投げた。
「うひゃー、結構高いな」
「結構どころじゃないけど!?」
[これを本当に綱一本で降りるのか!?]
〔わわ、あわわ〕
降下方法は言うまでもなく懸垂下降だ。このデカブツを直で下ろして森を傷付けるとトゥピアーリウスを激怒させるので、ちょっと危ないが仕方がない。
なぁに大丈夫大丈夫、強化炭素で編まれた野太い降下索は一本でも20tの重量に耐えられる頑丈極まる品だし、ちゃんと無精せず降下機も作ったんだ。黙って捕まってさえいれば無事に降りられることは、実演して保証しただろう。
「よーし、打ち合わせ通りに行くぞ。私がまず降下し不意討ちに警戒、シルヴァニアンの前衛兵が降下地点を確保。その後、テックゴブ、マギウスギアナイト、トゥピアーリウスの順で降下。それから重装備を下ろす」
しかし、船縁以上の高さに恐れ慄いている彼等には、ちょっと度胸がいるだろうな。
私はもっと高い所から放り投げられるのに慣れている、というより、生活の一部だったから全く抵抗がないんだけど。
そういえば、後方警備部門の友人がこんなことを言っていたな。
庁舎の上からラペリングするなら幾ら欲しい? と問われて、絶対嫌だと断るのが一般職員、五千円――一般危険行為手当――くれるなら降りるというのが軍人、仕事だから何も言わないで飛び降りるのが強襲降下部隊だと。
早いところ、彼等にもその領域に至って貰いたいものだ。
「行くぞ!」
「い、いくぞ!!」
大声を上げれば、少し震えた声でガラテアが続く。
「行くぞ!」
[行くぞ!!]
二度目になると、遅れたことを恥じたのかリデルバーディが銅鑼声を張り上げる。
「行くぞ!!」
「「「行くぞ!!」」」
三度目ともなると、全員がやっと声を揃えた。
うんうん、よろしいよろしい、ビビっていてもやる気があって何より。
何より、ビビるのは悪いことじゃないからな。大事なのは臆しつつも実行する気概なのだ。それさえあれば多少へっぴり腰だろうが、漏らそうが大したこっちゃない。
「声が小さい! 行くぞぉ!!」
「「「行くぞぉ!!」」」
「よぉし! 降下! 続け!!」
風に吹かれて暴れるロープを捕まえ、二本の車輪とモーターを内装した降下機を引っ掴む。そして空中に身を投げてスイッチを握り込めば、装置が作動して高速で下へと運んでくれる。こうすることによって摩擦で掌の装甲が焼けることもなければ、抵抗も弱く地面に降りられる訳だ。
高度10mほどまで一気に駆け下りた後、私は降下機から手を離してそのまま飛び降りた。こうした方が早いのもあるが、先方が着地時した時の隙が一番大きいため、敵に降下地点を読ませないようにしたかったのである。
待ち伏せする側からすると、ロープの下端に照準を置いておけば、後は勝手に獲物からバカみたいに落ちてきてくれる訳だからな。それ程楽な物はあるまいよ。
外骨格の衝撃吸収機構と体捌きで着地時の硬直を最小限に留め、ホルスターからコイルガンを抜き放つ。暖機は済ませてあるので何時でも撃てる状態に持っていってあり、同時に腰のマウントケースから〝コバエ〟が飛び立って死角を潰す。
「クリア! 後続、続け!!」
〔え、えんとりー!!〕
ピーターが引き攣った声を上げながらロープに掴まり、スルスル降りてくる。初心者なので降下機の速度は緩やかに設定しており、サブアームも使って捕まらせているので墜死する心配はあるまい。
彼は短いようで永い空の旅を終えると、地面を数度踏みしめて自分が生きていることを実感したのだろう。スリングで腰の裏にやっていたサブマシンガンを手に取ると、ストックを伸ばして着地位置を後続に譲った。
ポイントマンが次々と降りて円陣を組んで橋頭堡を構築。その後、重装備の面々が後に続き、最期に補給用のハードケースが降ってくる。これには擲弾や解錠爆弾、それと予備弾倉が詰まっており、以降はここを補給地点としつつ、群狼で前線に輸送する予定だ。
『わハーっ!!』
「って、ちょっ、ヒュンフ!! 降下機は!?」
そして安全を確保した後に先導役、及び試練の記念参加組が降りてきたのだが……あの蛮族共、降下機を使わないで滑り降りてきやがった!
『こっちのが早イシ』
〈我々は縄で降りるのに慣れてる〉
だからってやるか普通! 掌ベロベロになってないだろうな!?
一応全員に掌を見せさせて損傷がないことを確認していると、何故か私はトゥピアーリウスから〝過保護〟という有り得ない評価を受け取ることになってしまった…………。
【惑星探査補記】抗重力ユニットのおかげで浮くことは格段に簡単になったが、それでも大気や気流などの影響からは逃れられないため、航空力学は現役で研究され続けている。
明日の更新も一応未定でお願いします。
そういえば告知を忘れていたのですが、FANBOXで2話分ほど先行公開しておりますので、気になった方は是非筆者のTwitter(いいかい、お前はXなんて洒落たもんじゃないんだ)をご覧ください。




