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「えっ? 大規模改装をやる? ここで?」
『はい。現有戦力で腫瘍ことブロックⅡ-2Bを取り除くのは不可能なので、現地改修します』
森に踏み入る許可を正式に得た、初めての人間になるという出来事の三〇分後、黙りこくって色々考えていたらしいセレネが突拍子のないことを言い始めた。
「改修っていっても……小さな3Dプリンターしかないじゃないか」
『なのでデッチ上げです。これをご覧ください』
急に何を言い出すのかと思いつつ受け取ったデータを開くと、中々に驚くべき絵図が画かれていた。
「装甲板の殆どを引っ剥がすって言うのか!?」
『幸い、ダメコン機構が生きているので、ブロックの放棄は簡単です。ダイエットにダイエットを重ねれば、何とか浮けます』
信じがたい事にセレネは〝テミス11〟の外縁部戦闘区画の八割をパージして強引な軽量化を施すことで、掃陸艇を飛行船に改造しようと提案してきているのだ。
実際、このコットス級は約11万tもあるため、地上を航行できるように大型の抗重力ユニットを二基搭載している。その効力は凄まじく、このデカイ図体でも地表をホバータンクのように移動できるよう重みを軽減するのだから、理論上は重量を削っていけば空を飛べるようにもできる。
ただ、それは一応飛べるだけで、戦闘機動が取れる訳ではない。
「何時の時代の構想を引っ張り出してきたんだい。飛行要塞なんて非効率的な」
抗重力ユニットが旧地球で開発された頃、戦艦を飛ばそうという発想が盛んになった時期があった。移動拠点が空を飛べた方が便利だし、地上の地形に制約されないから、より便利に運用できるのではと考えたのだ。
しかし、シミュレーションしたところ、どう足掻いてもカバーすべき範囲が増えすぎる上、航空優勢を失った瞬間、格闘機に群がられてボッコボコにされることが判明して以降、航空艦は廃案となって陸上戦艦の建造に舵が切られることとなる。
今では空想科学小説の中の存在に成り果て、採用している国家はどこにも……ああ、一応変わり種としてガス状惑星の採掘施設を防御する船があったか。けど、あれはどっちかというと武装気球みたいなもんだし別物だよな。
『制空戦闘機も格闘攻撃機も存在しない現在では、一応有効ではあると愚考しました』
「天敵の不在ってのは確かにそうだけど……」
『それに、どのみち森を薙ぎ倒しながらブロックⅡ-2Bを運ぶわけにはいかないので、仕方ないじゃないですか』
だとしても、また無茶なことを言い出す子だなぁ……ちょっと力業が過ぎるぞ。
案を見るにメインスラスターやサブスラスターの位置を弄くって、上方への推力を確保しているようだが、全力速度が120km/hしかないとかカモにもほどがないか? ドン亀過ぎて対空砲撃を真面に避けられる気がしない。
『元より当艦で打撃戦はもう不可能なんですから、そこは開き直りませんか? 時間をかければ高空域にまでいけるので、ギリギリ回避は可能かと』
「んー……まぁ、コレしかないっちゃないんだろうけど」
私は頭をボリボリ掻きながら、戦闘能力を半分以上失った陸上艦を後生大事にするか、飛べるというアドバンテージを得るかで迷った後、相方の進言を受け容れることにした。
まぁ、どのみちブロックⅡ-2Bは引っ張り上げねばならなかったのだ。アイガイオン級と直接戦えるだけの船でもないのだし、有効的に使えるよう改装した方が賢い使い方とも言える。
安定性と防御力は大きく損なわれるし、辛うじて生き残っていた迎撃兵装も多くを捨てることになるが、元々大して使いようがなかったデッドウェイトを捨てると思えばいいか。
「分かった、改装しよう。どれくらいかかる?」
『二日ほど頂ければなんとか。細かい所の手直しは勿論人力が要りますし、センサー部品のために〝サシガメ〟と〝ディコトムス4〟を二機ずつ分解する必要もいりますので、ご裁可を』
「二日か……結構な博打だな」
さて、ヴァージルが体勢を立て直すのにどれだけ時間がかかるだろうか? 少なくとも虎の子の掃陸艇二隻を失ったのだから、今日明日にも再攻撃してくることはなさそうだが、嫌がらせの砲撃を継続してくる可能性はある。
それに、まだギュゲス級とコットス級が一隻ずつ健在なのだ。領地の抑えを諦めてでも投入されたら、途端に不利になる。
何処に配置しているか分からないので、再編成にかかる時間が不明なのが恐ろしいが、ここで知りようもないことを悩みまくって時間を空費するのも勿体ない。
調べられるだけ調べてから丁半博打に打って出るのが戦略というものだ。悩ましいが致し方あるまいて。
なに、私はあの通信帯崩壊を“ただの幸運”で生き抜いた男だ。三至聖のご加護は篤いはずだし、何とかなるべ。
「分かった、やろう」
『ありがとうございます、上尉。ではさっそく取りかかりましょう』
仲間達を集めてセレネの案を披露したところ、やはり皆、かなり驚いた。
とはいえ、驚愕の角度は大分違う。元々、このデカさの物体が動いていることが信じられなかった彼等は、更に飛ぶと言われても上手く飲み込めなかったのだろう。
「え? 飛ぶの? 空を? 本当に?」
「まぁ、理論上は」
「なんでそう怖くなる一言を添えるの!?」
ガラテアからの小さな抗議を浮けつつも、作業は粛々と始まった。
使えそうな物を回収して放棄する区画を空にし、周囲の安全を確保した後にパージ。これは本来、不発弾が突き刺さったまま移動する状況を避けたり、火災の類焼を防ぐために備わった機能なので〝空を飛ばしたいから〟なんてイカレた発想で使うことは想定されていない。
艦の管制をセレネが行っているからこそ可能になった、裏技を超えたグリッチみたいなものだ。もし制御を〝テミス11〟の疑似知性がまだ行っていたならば、舐めてんのかと一蹴されたであろう。
「点呼ー」
「全員いるよ!」
「指差し確認! 周囲に人影ないか!」
「ヨシ!」
全員揃って爆破区画から離れ、指差し確認の後にパージ。爆裂ボルトが吹き飛んで、区画がズレるように落ちることを見守って落着まで問題ないことを確認。その後、吹き飛ばした区画同士がぶつかって部品が飛び散らないよう、少し移動してまたパージ。
「……ねぇ、ノゾム」
「なんだいガラテア」
「言われたからやってるけど、このヨシ! ってなに?」
「太古から伝わる安全確保の祈祷だ」
旧地球からサルベージされた記憶は限られているが、その中でも大規模建造物の構築を種族的な性癖とする我々は――まぁ、機械化人になる前から大仏とか作ってたし、その血だろう――とある教訓を今でも大事にしている。
指差し確認、そして声に出してヨシ! と叫ぶこと。
たったこれだけで、ボタンを押し間違える事故が1/6になったという偉大なデータが残っているため、多くの安全機能と作業遵守プロトコルが導入された今でも、我々は安全のため指を指し続ける。
現場に湧いて、大規模な人的災害を招く猫を防止するために。
「真面目にやるだけで事故を80%以上抑止してくれる素晴らしい言葉だ。今後も大規模作業の時は使うから、忘れないようにね」
「あー、うん、分かったよ」
ただ、この仕草は他の人種にはイマイチ伝わらないらしく、ガラテアはあんまり理解を示してくれなかった。
まぁ、無理もないか。彼女は専業軍人であって建築業者じゃないからな。これの偉大さは、実際に働いてみないと分かるまい。
『夜間は危険なのでやめましょう。本日の作業はここまで』
「ということだ。お疲れ様でした。明日もご安全に!」
「「「ご安全に」」」
建築作業を締めくくる挨拶もピンと来ない面々を休ませつつ、休憩する必要のない私はセレネと作業続行だ。
船体底部に取り外した〝サシガメ〟や〝ディコトムス4〟の各種センサー素子を移植し、艦橋部で生き残っている部分も再利用。かなりの突貫作業ではあるし、間に合わせも良いところだが、これで目隠ししたままフラフラ飛ぶような真似はしないですんだ。
『なァなァ、ノゾムー』
「どうしたヒュンフ……」
ガチャガチャとセレネが振ってくれたARタグに従って配線作業に精を出していると、また勝手に森から這いだしてきたのか、センサーに引っかかりもしないでヒュンフがやって……いや、背後に更に五人いる!?
「増えてるー!?」
『アたシ以外にも外に興味持ってたけド、怒られるのコワイって黙ってたのがいてサー』
「だからってアポなしで連れてくるのは心臓に悪いからやめてくれ……」
『ノゾムが古老の公認になったかラ、つイてきたイって五月蠅かったんダ。ごめんナー?』
急にサイバネエルフが増えたのに少しビビったが、そういう理由ならヨシとしよう。
それに、ニーヒルから言われているのだ。腫瘍に挑むのなら、試練に参加したい連中がいるから連れて行ってくれと。その予行演習、及び事前にちょっと仲良くなる機会は欲しかったのでヨシとしよう。
『まダ、中を見ちゃダメカ?』
「今、セレネのドローンが配線弄ってるから内部は遠慮してくれ」
現在、内部でも色々な設定の変更、及び空を飛ぶことに対応するため、セレネがドローンを使って作業中なので好き勝手歩かれると困る。特にこの子達は好奇心旺盛だろうから、コレなんだ? の気軽さでボタンを押されると色々な物が崩壊しかねん。
「……ああ、吹き飛ばした放棄区画の中なら好きに見て回って良いぞ」
『ヤッタ!!』
見て良いってさ、と言われた五人はわぁっと喜んだと思うと、各々興味があるものの元へ突撃していった。
っと、その中でも一際小さいのが、皆が休んでいる天幕に行こうとしたので、襟首を引っ掴んで止める。
〈コラコラ、そっちはいかん。何をするつもりだ〉
〈はなっ、離せー! ヒュンフが凄い可愛いモフモフがいるって言ってたんだ!!〉
やはり目的はシルヴァニアンか。大人になった彼等的にモフられるのは相当の屈辱らしいから、やめてさしあげなさい。
しかし、前から思ってたけど、トゥピアーリウスって個体差が烈しいな。ヒュンフが250cmくらい、ニーヒルが190cm、私に並々ならぬ殺気を送っているミーッレが170cmちょいだったが、今捕まえた個体は140cmほどとえらく小さい。
「ヒュンフ、この子の名前は?」
『アー、セーギテムだヨ。そっか、アたしが自慢したのがよくなかったカ』
〈ぼくもモフモフしたいー!〉
小柄で顔のパーツも小さく、全体的に彼女自身から兎めいた雰囲気を感じる庭師、セーギテムはジタバタ暴れているがリーチの差で拘束を解けずにいた。その度に薄紫の髪がチラチラ動いて面白かったので、私は彼女をとっ捕まえると髪の毛を編み込みにして遊び始める。
〈わっ!? うわ、何するんだー!?〉
〈こうやって同意ナシに滅茶苦茶にされるのは腹が立つだろう。分かったら私の大事な仲間達に無体を働くのはやめてくれ〉
〈うわー!? 僕の頭、どうなってるの!?〉
綺麗な冠編みにして放り出すと、彼女は長い髪が体のどこにも当たらないことに強烈な違和感を抱いたのだろう。自分の尻尾を追い回す犬のようにグルグルと回ってみたり、頭をペタペタ触る。
『アッ、凄イなノゾム、めっちゃきれイに編んでアル』
〈か、髪を編まれた!? うわー、怒られる! ぼく、まだ試練突破してないのに!?〉
〈まぁ、私の仲間にとってモフモフされるのは、それくらい嫌なことなんだ。分かったら我慢してくれ〉
どうやら髪を編むのはトゥピアーリウス的に大事な意味があるらしい。そういえば、ニーヒルも藍染め色の髪を複雑に編み込んで括っていたな。他の個体はあれほど豪華にやっていなかったので、部族内での身分にも関わってくるのだろう。
『なァなァ、ノゾム! アたしにもやって! アたしは大人だから怒られない!』
「見物はどうなったんだ。まぁいいけど……」
『ヤッタ! セーギテムより豪華にしてネ!』
そういって座り込み――それでも頭が胸の高さにあるのが凄まじい――編むように強請ってくるヒュンフは……そうだな、緑色だし、二つ括りにしてやるか。髪を紐代わりに三つ編みにして、それでツインテールに結わえる豪華なのにしてやろう。
あみあみと髪を弄って楽しんでいると、ふと凄く冷たい視線を感じた。
ハッと思って顔を上げると、そこにはセレネが操る〝コバエ〟が浮いているではないか。
『上尉、随分とお楽しみのようですね』
「あ、いや、これはその」
視覚素子越しにでも分かる、相方のジトーッとした視線に私は何も言い返せなかった。
作業を放り出して、トゥピアーリウスと遊んでいたのは事実だからな……。
『何をしてるかと思えばまったく……作業効率が落ちています。予定に間に合わなくなるので、真面目に仕事してください』
「すみませんでした……」
この歳になって心に刺さることは、ちゃんとしている人にちゃんとしていないことで叱られることだ。私は90°のお辞儀をして謝意をきちんと示し、作業に戻るのであった…………。
【惑星探査補記】大型航空艦計画。船を飛ばせば強いんじゃね? という着想に基づいて計画されたが、シミュレーションしたところ航空優勢を失った瞬間に撃墜される脆さが露呈し、結局お蔵入りになった設計案。
頑強性ではどう足掻いても陸上艦には勝てず、空を飛ぶことから衛星軌道に近いこともあって航宙艦から狙われると逃げ場がない欠点も見つかり、浪漫はあるけど実用性はないよねと多くの国が思いつきはしたが実現させてこなかった歴史がある。
明日の更新もやはり未定となっております。
感想などいただけると作品にフィードバックできる上、筆者のやる気が上がるので、何卒よろしくお願いいたします。




