7-6
この筐体は民生用だが、高効率人工血液が流れている。しかし、密閉されているため怪我でもしなければ外に臭いが漏れるようなことはないはずだ。
つまり彼女、古老ニーヒルは直接臭いを嗅いだというより、何らかの違和感より私が旧人類でないことを察したのであろう。
〈そこな小鬼からも似た匂いがする。尊き白き血の匂いじゃ。重ねて問う、汝は何者ぞ?〉
私は少しの逡巡の後、素直に話すことにした。
ちょっとしたカンなんだが、ここは誤魔化して旧人類のフリをするより、きちんと自分が星の外からやってきたことを話した方が上手く行く気がするんだ。
あの航宙艦をセフィラに据えたセフィロトの樹、高次連資本企業の記憶素子、何かが今までの敵対者とは違う。
〈二進数コードで文字を書く者がいるならお分かりになるでしょうか。私は高次連の機械化人、自我を二進数コードに置き換えた星々の民です〉
〈……なんと、星の民、伝承は誠であったか〉
言うと、ニーヒルはただでさえ大きなカメラアイを見開き、瞳孔を収縮させた。そして、私の手を取ると徐に顔を近づけ、より深く臭いを嗅ぎ始める。
これには流石の私も面食らった。後ろでガラテアが破廉恥だと騒いでいるが、自分もそう思うからだ。
せめて触れてよいかくらい聞いてくれ。突然やられると普通にビビる。
〈嘘偽りはないな。似ているが定命の肌ではない。血の匂いも我等と同じ。造物主より伝わりし神話のとおりだ〉
〈造物主?〉
『神話がアるんだヨ。ガンエデンを護るため、アたシ達が作られたって……』
そこまで言った直後、ヒュンフの顔面が弾けた。
下手人は目の前の、見た目だけなら飾り棚にでも入れて飾っておくのが似合いの古老。彼女は全身を連動させた美事な一動作で、断りなく口を開いた配下の顔面に裏拳を叩き込んだのである。
『イッたイ!!』
青空に凄まじい音が響き渡った。交通事故めいた音を立てる“お手討ち”は、彼女達の中で至極当たり前なのか、誰も反応を見せない。
ただ、私達からすると省エネモードのコイルガンなら弾けそうなフェイスプレートが歪み、鼻が変な方向に曲がる勢いの裏拳が、ちょっとしたお叱りとして認識される文化に圧倒されるばかり。
だって、この威力を顔面にブチ込まれたら、私の民生用義体に過ぎない頭蓋に罅が入る火力だぞ。スルーできるくらい常態化してるのはおかしいって。
うん、やっぱりこの人もトゥピアーリウスだわ。線が細くて貴族的な外見をしているけど、間違いなく生粋の蛮族だ。口で言うよりぶん殴った方が早いとでも言わんばかりの態度は、それがまかり通る体育会系の極みを統率するのに必要だから身についたのだろう。
〈上位者が喋っている途中で割り込むな。不敬ぞ〉
〈申し訳ありません……〉
血を拭いながら、歪んだ鼻をギッと音を立てて戻しているヒュンフ。恐らく叱られ慣れてているらしく、当人も当たり前のように流している。
こわ……。
〈神話には斯くある。神々は世界を作るにあたり手を結んだが、我等が神はその輪より咎なくして追われた。しかし、生む世界を愛する心は変わらず、星を慈しむため我等を創りたもうたと〉
〈……つまり、貴方方は高次連の製品……いえ、失礼。機械化人が産んだのですか?〉
私の問いに表情を特に動かすことなく、手の甲に付いたヒュンフの血を軽く一振りして払ったニーヒルは、そこまで詳しいことは伝わっていないと言った。
〈神話は口伝、そして造物主は多くを残さず去った。我等に伝わるのは古代語として廃れた旧き文字と、幾許かの教え。そしてこの偉大なる楽園に遺された九つの小聖地と、一つの腫瘍だ〉
〈小聖地はともかく、腫瘍?〉
〈千年前に降ってきた。これで森が焼け、聖地の一つが押し潰された。退かそうにも巨大すぎて捨て置くしかなかったが故、腫瘍であり忌み地と呼んでいる〉
間違いない、ブロックⅡ-2Bだ。我々が求めていた機動兵器の製造交渉部分が、運悪く彼女達の聖地に直撃したのであろう。
〈忌み地よりは異形が湧く。それを討ち取りし者を勇士と呼ぶ試練を設けたが、未だ排除は遠い〉
憂うような溜息を吐いたあと、ニーヒルは話題を切り替えるように、そしてと前置きして背後にて聳える〝テミス11〟を見上げた。
〈その上、定命の介入だ。大したことのない連中と長年捨て置いてきたが、よもや刻み込んでやった恐ろしさを忘れて森を焼きに来る暴挙に出るとは〉
大事な森に火を放ち、戦士に大きな損害を与えた船に思うところがあるのだろう。彼女は憎々しげに睨んだ後視線を外すと、私と目を合わせて率直に問うた。
〈しかし、星の民よ、請われたでもなしになぜ助力した。何故森に興味を持つ。汝が踏み込んできて、この阿呆が話を持ってきた時はイカレの類いかと思ったが、どうやら違うようだな〉
何でも我々以前に、純粋な興味や考古学的調査、あと無謀にも機械聖教を布教するべく森に踏み込もうとした者達は、少ないながら存在するらしい。ギアを求めて侵入してきた直轄領以外のマギウスギアナイトもいるし――出世目当てとはいえ無謀なことをするもんだ――古代の遺物を盗んで小銭を稼ごうと目論む小悪党、そして森の不思議を探りに来た学者もいたそうだが、彼等が辿った末路がどのようなものか、想像に難くない。
そんな暮らしをしてきた彼女達に提案して、聞き入れて貰えるだろうか。
〈素直に申し上げますと、我々は、その腫瘍を欲して来たのです〉
〈アレを?〉
私達の目的は最初から変わっていない。ブロックⅡ-2Bを手に入れテイタン2を量産する。そして聖都の諸問題を解決し、テラ16thをこの様にした連中にお礼参りする大目的は変わっていない。
そのためにトゥピアーリウスとは穏健な関係を作ることを希望したのだ。
〈その腫瘍には大いなる武装を作り出す機能があります。聖地に落ちたのは、全くの偶然としか……〉
〈偶然で我等の母たる聖地が一つ潰れたというか。専ら、我等が造物主を追った者共からの報復かと思っていたのだが〉
〈千年前、ここからずっと南に大きな天体が降ったのはご存じですか? その欠片なのです〉
天蓋聖都が落ちてきた時の話をすると、ニーヒルは顎に手をやってアレかと言った。つまり、世紀の天体ショーを目撃したことがあるくらい長生きということなんだな。
やっぱり彼女達は、原形が人型のドローンなのだろう。だから、この惑星の不思議原理が適応されるのだ。
だとしたら、高次連が製造した可能性がある彼女達に加護が働いて、私やセレネの筐体、及び他の開発拠点が経年劣化で荒廃した理由は何だろう。
魔法は物理法則のように例外なく働くのではなく、何らかの〝意図〟を以て対象を限定しているとでもいうのか?
〈汝が定命ではなく星の民で、腫瘍を取り除き、壊れたりとはいえ聖地を取り戻す手助けになるのならば、他の頭の固い古老はともかく、予は協力してやらんでもない〉
〈では!〉
〈だが、その前に北夷だ。北から来る災いを何とかせねばならぬ〉
ああ、まぁ、そうなるよね。
ヴァージルは間違いなく、この森に機動兵器を量産できるブロックⅡ-2Bが落着していることを知っている。
さもなくば、ここに手を出す合理的な理由がないのだ。
庭師達は確かに強力だが、森に手を出さず放ってさえおけば脅威にはならない。雀蜂の巣と同じで、突っつくから危険なのであって、近寄らなければないと同じ。
それを知って彼女達の逆鱗である焼き討ちをしてまで森に踏み込もうとしたということは、決定打を欲しているのだ。
私としては戦艦を並べるだけで聖都を陥落させるのは簡単だと思うのだが、臆病で慎重なヴァージルは宗教的なシンボルも欲しがったのだろう。
即ち、国難の際に現れて聖都を護ったという守護神をだ。
ただの遺物を背景に行ったクーデターではなく、宗教権力者にまで認めさせて、聖都の実権を握りたいだけの理由は想像が及ばないが、ヤツの中にはヤツなりの合理があるらしい。
かなり悲観的に想定するなら、私があのテイタン2を動かして逃がし、多くの信徒がゲリラ化して数十年の抵抗をされるとかだろうか。如何にアイガイオン級などがあったとしても、細々動く人間大の抵抗勢力を潰すのは難しいからな。
実際問題、非常に迂遠だが選択肢としてはアリだ。それに我々としてもヴァージルは倒さねばならない存在である。故に協力することはやぶさかではないのだが……。
〈ニーヒル様、我々にとっても貴方方の森を焼いた奴儕は仇なのです。討つことに、ここに手出しさせないことには賛成どころか、進んでお手をお貸ししたい所存。ですが……〉
〈言葉を濁すな。予は曖昧な物言いを好かん〉
〈では、素直に申し上げますと、現有戦力で森を護ることは難しいかと〉
飾らぬ言葉にニーヒルは眦をつり上げた。
鍛え抜いた我等の戦士では不足か、とでも言いたいのだろう。
私は通信端末を物入れから引き抜いて――そう言えば使うの久し振りだな――立体映像を浮かび上がらせた。
偵察ドローンで大まかにこの辺りの地形を測量して作った地図だ。
〈まず、貴方方はこの広大な森を護らねばなりませんが、敵にはコレがあります〉
次に浮かび上がらせるのは、ブリアレオースパッケージの雄。中型陸上戦艦の〝アイガイオン級〟を見て、比較対象として“テミス11”を横に置いたのが効いたのだろう。聡い古老は敵の強大さを一瞬で理解してくれた。
〈我々はこれをアイガイオン級と呼んでおりますが、この砲は遙か遠く、森二つ分離れた所からでも届くのです〉
〈それは察しておる。戦士達からの報告で、後ろのモノより更に向こうから撃たれているとあった〉
〈もし、それが一昼夜以上続いたとしたら? 三日三晩、下手をすると七日七晩〉
〈……馬鹿な〉
否定したい気持ちは分かるが、アイガイオン級にはそれができるのだ。内部に小規模な砲弾や補修部品を製造する工廠ユニットを抱えており、砲身本体の交換は独力でできずとも射ち過ぎないよう気を付ければ、そうさな、分間三発間隔で三日三晩は撃ち続けられるだろう。
事実として、敵陸上戦艦と陣取り合戦をやるにあたって、それくらいできないと同じ土俵に立てないので、要求諸元に継戦能力は五月蠅いほど細かく指定されている。
全力砲撃を続けないのであれば、あるいは嫌がらせで夜間だけに留めるのであれば、ブリアレオースの巨人は一月であろうと森を叩き続けられるだろう。
〈その上、アイガイオン級の周りには後ろのコットス級が一席、必要とあれば、その三倍あるギュゲス級を用意し、幾千の兵で周囲を固めるでしょう。森から遠く離れた場所で、戦い続けることは能いますか?〉
〈やれぬことはない。やれぬことはないが……あまりに大きいな〉
アイガイオン級の全長は2.5km、数千の区画に分けられたブロックの㎡数は想像すら難しく、内部に蓄えられた自衛用ドローンなど数え上げるのが不可能なほどだ。
これに斬り込んで中枢を占拠しようにも、そう簡単にはいかない。
〈この船は多頭の巨人なのです。乗り込んで首魁を取り押さえようと、操作する戦闘中枢は正副予備の三箇所ありますので、三箇所同時に叩かねば止まりません〉
〈何と厄介な。しかし、星の子よ、何故それを知っている〉
〈なんと申しますか、あれは星の海で生まれたものですので〉
我等が母国が輸出用に作った物だから、詳しい設計までは知らなくとも仕様が似通っていることは分かる。
元となった“クサナギ級”は標準型陸上戦艦の中でもプレーンな一品で、大量生産し多方面に配備することを前提としているため、高次連設計なのに癖がないことで有名だ。まぁ、だからこそ輸出用モデルの叩き台になったのだろうが。
そして、自分達が移乗しての内部戦闘を得意とする故、執心的に対策も練られている。
小型艦と違って広大な面積を贅沢に使えるのだから、戦闘指揮所を複数用意しておいて、落ちそうになったらそちらを切り離し、生きている所を使えば良いと開き直っているのである。
これを制圧して権限を奪い取りたいのであれば、三方面同時攻撃を仕掛けた上、時差なく制圧しなければならない。
我が軍の伝統なのだ。
「乗っ取られるくらいなら自爆しちまおうぜ」というのが。
故にアイガイオン級はコットス級やギュゲス級のように、乗り込んで暴れ廻って陥落させるのは難しい。前線に出て来ていたらそっちを襲っていたと過去に思いはしたが、その場合の戦略目標は、嫌がらせに徹して撤退させることになっていただろう。
それくらいに陸上戦艦はしぶとくて厄介なのだ。
〈矢も通じず、内部から破壊するのも困難。そして反撃能わぬ遠方より一月撃ち続けられて、森は保ちますか?〉
〈…………一四四声多重輪唱式ならあるいは〉
〈あの船は熱球を散らす装備を積んでいます。撃てはしても直撃はしないかと〉
プラズマ砲は基本的に大気圏内で使うような代物ではないが、火力だけは抜群なので大型兵器には必ず対抗装備が搭載される。テイタン2が巨竜の吐いた重粒子の吐息を磁場霧散力場防護で無力化したのと同じく、熱球を包む力場を消散させて無力化する装備は当然の様に装備しているだろう。
なればこそ、我々は変質的に質量攻撃を崇めるのだ。運動エネルギーは誰にとっても等しく脅威だからな。
〈腫瘍を用いれば、何とかなるというのか?〉
〈してみせましょう〉
正直、テイタン2を一個大隊用意してもしんどいが、今のどう足掻いても勝てない状況よりはマシだ。かなりの被害を受けることになるだろうが、何とかしなければならん。
いや、してみせる。
〈では、予は古老の名を以て汝が試練に挑むことを許そう〉
色々な葛藤があったのだろうが、ニーヒルは私の目を見て、迷うことなくそう言った…………。
【惑星探査補記】大型構造物は中枢を乗っ取られて無力化されることを避けるため、複数の指揮所を持ち、奪われた部分を電子的に自切することで自衛することが一般的である。
明日も更新は未定でお願いします。
コメントなどいただけると作品にフィードバックできる上、筆者のやる気があがるのでご支援をお願いします。