7-5
ほんの数gしかないはずなのに、指の中で異様な重さをみせるチップを睨むようにして暫く悩んだが、ええいままよとスロットに突っ込んだ。
『上尉! 不用意ですよ!?』
「向こうが礼を尽くしてるんだ。疑うのもよろしくなかろう」
何かあったら防御頼むと頼んで、私はチップの内容を厳重にスキャンしながら読み込んだ。
ウイルス、なし。埋伏型攻勢情報、なし。欺瞞型迷路、なし。
スキャンを終えたデータを読み終えると、たしかに乱数表だけが入っていた。私の変換器で〝三進数と一五進数が入り交じる言語〟を何とか二進数に変換し、更に元の言語に変換する作業は済んでいたので、これで庭師の母語が話せるようになった訳だ。
〈テスト、テスト……聞こえてるか?〉
〈聞こえている。此方からの言葉は理解できているか?〉
〈……問題ない〉
役割を終えたチップを引き抜きながら、恐る恐る異形の言語を発するとヒュンフが微笑みながら応えた。
その声は独学で覚えたであろう不慣れな二進数言語を喋っている時と違って、大変落ち着き払っていた。何と言うか、威厳ある戦士といった印象を受ける口調だ。
うーん、違和感が凄い。子供めいた言動ばかりが目立つのに、母語だと畏まった感じで喋っていたのか、この子。何と言うか、印象がガラッと変わるなぁ。
〈先触れとして話しに来た。幾つか応えて欲しい礼儀がある。要らぬ軋轢を生まぬよう、特例としてアタシが派遣された〉
〈ご丁寧にどうも。一応、こっちが見せた礼儀は伝わってるか?〉
〈ああ、何か動いてるなって思ったけど、これがノゾム達の敬意だったのか。武装を解き始めたから降伏するつもりかと陣の中が少し乱れたぞ〉
威厳ある落ち着いた口調で喋る違和感が未だ抜けない、しかし部族の先触れとして遣わされたこともあって真面目に振る舞っているヒュンフは特に気にすることもなく教えてくれた。
トゥピアーリウスの文化的に、他部族を迎える時は臨戦態勢で臨むのがよいとされる。兵員に武装させ、武器は何時でも発砲できるようにし、されど実戦的ではない陣形を用意しておくのが普通だと言われて面食らった。
〈……その儀式の意図は?〉
〈我等は弱者とは対話しない。何時でも戦えるという強さを誇示することで、対話に値する武威を有していると報せるんだ。それでいて陣形を組まないのは、敬意の表明というところか〉
なるほど、トゥピアの戦士は強い者としか対等に接しないという文化があるのか。だから来客を出迎える時は自分達の軍備を思いっきり見せ付けて、何時でも戦える猛者であることを示すと。
我々の価値観だったら「その気になりゃお前らを殺せるんだぞ」という〝砲艦外交〟に他ならないので、礼儀もへったくれもなくなってしまうのだが、よもや彼女達にとっては我々の敬意が真逆の〝怯懦〟な姿勢に映るとは。
人種が違うと文化も違うことは分かっていたけど、流石にここまで深い差にはついてけねぇよ……。
〈分かった、全員に武装させる。他に出迎えるにあたって必要な礼儀はあるか?〉
〈到着したら、こっちから矢を三本打ち上げるから、それに見合った数の武器を撃って欲しい〉
いわゆる礼砲ってやつだな、分かった。ようやくなじみ深い文化が出てきてホッとした。
「セレネ、後部速射砲は撃てるか?」
『撃てますが、礼砲としては物騒じゃないですかね』
「できるだけデカイ方が向こうの価値観では喜ばれそうだし。いいんじゃないか?」
『また極端から極端に行こうとする……』
相方のお小言を聞きながら、急いで配下に武装するように伝えた。私も外骨格を着込み、ヘルメットを下ろして単分子原子ブレードを帯び準備万端。仲間達は急に武装を解けと言われたり、また着ろと言われたりで忙しそうだが勘弁してくれ。
「あの、聖徒様……」
「どうしたファルケン」
「自分のギアアーマーは、ベコボコになってしまってキチンと閉まらないんですが。どうしましょう」
そう言えば、彼は乱数回避の時に内部でシェイクされて酷いことになっていたな。捕虜から取り上げたギアアーマーを持ってくる時間はないし、念のために予備で突っ込んでいた廉価式丙型外骨格を渡しておくか。
「自分がそんな栄誉に!?」
「君も吶喊に参加したんだ。その権利は十分にある。基本はギアアーマーと同じだから安心するといい。時間に余裕ができたら慣熟訓練をやろう」
戦闘に参加するということは、装備は常に破損する危険を抱えているということだ。故に私は嵩張る物でもないし――折りたためば存外小さくなるのだ――劣化型外骨格を三着ばかし持ち込んでいた。
初期設定は済ませているので、着て動かすくらいなら問題なかろう。何より原形になった丙種外骨格は、緊急時に呼び戻された予備役が後方で仕事を熟すことも念頭に置いて作られた物で、ブランクがある彼等でも馴染みやすいよう実に扱いやすく作ってある。
甲種外骨格が扱いを間違えれば〝装着者を傷付ける〟のに反して、丙種は能力の拡張のみを考えた物。使用感は限りなくギアアーマーに近い。
今までは慣れと愛着でそっちを使っていたようだが、今後は私の直卒になった五人には、ガラテアと同じく簡易生産型を着て貰った方がよさそうだな。
「いいなぁ、ファルケン……」
「俺もついて行けば貰えたんだろうか」
「あの吶喊に参加した栄誉なんだ! 誰にも譲らんぞ!!」
嬉しそうに新しい外骨格を着込む同輩を眺めていた騎士達にファルケンは自慢げだったので、他の面子に下賜するのはもうちょっと後にしよう。これといってご褒美のつもりはなく、全員に配る予定だったといって彼の士気を下げ、喜びに水を差す必要はないからな。
〈こんなものでいいか?〉
〈問題ない。やはり、甲冑具足を着込むと武者振りが上がるなノゾム〉
外骨格の頬に、かなり上から伸びてきた手が添えられて陰影をなぞるように顎へ行く。愛おしむような手付きに感じたのは、彼女の口調が大人びて、普段の興味が先行する巨大な幼児のようではなくなかったからであろうか。
〈では、仕度が整ったと報せてくる。出迎えは任せたぞ〉
〈ああ、教わったとおり、滞りなくやってみせよう〉
〈……それと、一つお願いがあるんだが〉
去り際に問うてきたので何かと言えば、彼女は二進数言語で言った。
『そノ、ノゾムと話す時ハ、やっぱり二進数言語じゃ……だメ?』
〈……別に構わないが〉
『やっタ!!』
悦びの声にドップラー効果を載せながら、縁から一息に飛び降りたヒュンフにギョッとした。慌てて覗き込むと、二度、三度と壁を蹴って減速し、その上で五点着地を決めた上に何度も前転して勢いを殺した彼女は、余勢を借って仲間の方へ走っていくではないか。
うん、やっぱり凄い身体能力だ。最前線に出ない軍人が着る乙種一型と遜色ないんじゃなかろうか。
『やっぱり性能がおかしいですよ、トゥピアーリウス。テックゴブやシルヴァニアンと比べて戦闘力が高すぎます』
「……やっぱり、誰かがデザインしたんだろう。意図的に、目標を達成させられる性能を勘案して」
同じテラ16th産の生き物なのに随分と違う。テックゴブは〝ティアマット25〟さえ無事ならば技術と才能の継承が可能という、世代交代可能な生き物としては飛び抜けた才能を持っているが、反面シルヴァニアンは素朴に過ぎる。
そしてトゥピアーリウス。魔法を操り、失った四肢を簡単に交換し、外骨格なしの軍用義体並の性能を出すエルフもどき。
この格差は何を考えて生み出されたのだろう。少なくとも私がデザイナーであったなら、もう少し統一感というか、ある程度の均衡を考えて設計するところなのだが。
もし引きこもりを嫌がった個体が現れ――それこそヒュンフのような――惑星に覇を唱え始めたらどうするつもりだったのだ?
やはり、この惑星には謎が多い。
移動には適しているが戦闘には向かぬ数百人規模の縦列が、テミス11の前で止まった。行軍は鼓笛の音に支えられており、その旋律は勇ましく行進のテンポを保つと同時、停止の合図が分かりやすいように工夫されていた。
あれが格好だけ、つまり私達が巨大建築物を愛するのと同じく〝格好良いから〟やっているのではなく、必要だからやっているのだとしたら興味深いことだ。
一体どうして、あれだけの能力を持つ人型ドローン筐体に、長距離無線通信機構やデータリンク設備が搭載されていないのだろう。
数度の足踏みを経て止まった隊列から、矢が放たれた。布を裂くような甲高い音を立てながら、真っ赤な煙を噴出させる特殊な鏑矢は赤い奇跡を画きながら、船には当たらない方向に飛んで行く。
信号弾か、派手で良いな。私達も景気づけのため、特に意味のない発光信号をブチ上げて士気を高めたりしていたし、一部では気が合いそうなのがなんとも。
「礼砲よぉい!」
『装填完了。発射準備よろし』
「てぇっ!!」
指示に従って速射砲が三発、数秒間隔で放たれた。
これに森を焼かれたトラウマがあるらしいトゥピアーリウスの隊列が一瞬乱れたものの、方向が空を向いていることを認めて敵対行為ではないと確認したのだろう。ざわめきは僅かな間で沈められ、やがて縦列が二つに分かれて、前方に近い場所から護衛を伴ったトゥピアーリウスがやってきた。
「よし、降りるぞ。こちらも護衛の人数は合わせる。ガラテア、リデルバーディ、ピーター、付いてきてくれ」
外骨格のワイヤーを使ってするする降りると、完全武装したトゥピアーリウスの中でも、一際豪奢な格好をしている個体が目に付いた。
それが古老であることは、よく考えないでも分かる。
繊細な曲線を描くなトゥピアーリウスの中でも一層優美に長い手足には、びっしりと複雑に過ぎる紋様の刺青が施されており、装飾品をジャラジャラ身に付けているからだ。首元と胸元にエグい切れ込みがあり、背中も殆ど露出しているカクテルドレスめいた装束が身分の差を窺わせる。
背は高い。外骨格を着た私と並ぶほどなので、190cmはあるだろう。露出された手足の磁力塗膜が施された球体関節や、皮膚各所に浮いた整備用の分割パネルと相まって、人ならざるが人に近い形をした美を醸し出す。
顔は幾らでも再造形が能う我々の価値観を以てしても〝絶世〟と呼べるほど美しかった。
喩えるならば、そう、古代のビスクドールだ。
貴族的な瓜実顔は物を食う機能を果たせるのかと心配するほど顎が細く、小さな口は烈しい言葉を吐くトゥピアーリウスには似合わないほど可憐で小さかった。鼻梁はただ真似ているだけではなく、センサーとしての役割があるのかきちんと機能――つまるところ呼吸――しており高くて形もよい。
そして、垂れ目がちのカメラアイは大粒の宝石をはめ込んだような緋色で、膝元にまで達する括られた長い髪は淡い藍染め色。
何より目を惹くのは、高度なセンサーを幾つも内蔵していると思われる笹穂型の耳。やっぱりシルエットだけ見れば、エルフそのものだ。
巨体に似合わぬ愛玩人形めいた顔付きにギャップで一瞬クラッと来たが、これは魅力にやられたとかではなく、この種族を作った連中の〝フェチ〟に退いたからだ。
盛りすぎだ馬鹿! 加減しろ!!
頬に00と刻印が施されたトゥピアーリウスは、私を上から下まで眺めた後で、やっと電波を発した。
〈予はデケムの古老、クィーンクェを率いるニーヒルである。異邦の定命よ、汝の戦ぶりを聞いて話す価値があると判断してきた〉
乱数を解いて読めるようになった言語は複雑だが、それを二進数化して再変換するとえらく時代がかったように聞こえる。
しかし定命か。まぁ、外見が旧人類に見えているから仕方ないよな。
それに盛者必衰、この宇宙に永劫なんてものはないのに、また偉そうなプロトコルを組んだものだ。
〈私は高次連第二二次播種船団所属、待宵 望 上尉。お初にお目に掛かり光栄です、ニーヒル様〉
どれくらい謙ったら良いか塩梅が微妙だが、古老ということはウチの国での議員……よりちょい上、大臣級ってところかな? 響きからして合議制を取ってるっぽいから、大統領とか首相クラスではないよな。
〈ん……?〉
そんなことを考えていると、彼女は一歩間合いを詰めたかと思うと――護衛が武器に手を掛けたので、ハンドサインで止めさせた――私の首元に顔を寄せて匂いを嗅いでくるではないか。
〈違うな、定命ではない。違う血の臭いがする〉
臭うかな、私。この体は極小機械群以外は代謝しないし、汗腺もないから匂いなんてしないはずなんだけど。
〈予達と同じ、白き血の匂いがする。汝は何者ぞ?〉
問い掛けに対し、私は名乗った通り以外の肩書きを持たないので、さてどうしたものかと首を捻るのであった…………。
【惑星探査補記】二千年前の銀河基準でも自分達の武力背景を見せ付けながら「仲良くしようね!」というのはスタンダードではない。それは国交を樹立しようとする努力というよりも、従わなければ殺すという砲艦外交的な脅しだ。
遅くなりましたが本日分の更新です。
コメントなどいただけると作品にフィードバックできる上、やる気がでるので何卒よろしくお願いいたします。