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記憶を進んで共有することと、強引に覗き見られることの差は大きい。
前者は都合の悪い部分を選別削除して理想化することもできるが、後者の場合は生のデータを赤裸々に見られるからだ。
故に高次連でも犯罪者の尋問、証人喚問などで記憶を公開する際は非常に煩雑な手続きを踏む上、第二等級以上の重罪でもなければ――殺人、強盗、公務員の横領など――当人の許可なしに実施されることはない。
自我の生き物である我々機械化人と数列自我にとって、記憶とはそれだけ大事なものだからだ。
ふと、国交を樹立していないし、条約も結んでいない相手とはいえど、捕虜相手にコレをやるのは後々問題になるのではないかと一瞬心配になった。
「離せっ! 私は何も話さぬぞ! ええい、穢れた異端と蛮族が……」
[リデルバーディ、猿轡が緩んでるぞ]
[すまん族長、すぐ締め直す]
奇跡的に無傷だった〝テミス11〟の救護室にて、捕虜の中でも一番偉そうな大司教をとっ捕まえて処置台にふん縛っているのだが、今更ながら法的にどうなのかという手続きが私の手を止めた。
「なぁ、セレネ、これって原隊に復帰したら問題になるかな?」
『……かなり怪しいところですね。起源が起源だけに第六種接近遭遇の末に情報収集という訳でもありませんし、かなり厳密に解釈すれば彼等は黄道共和連合所属とも言える訳でして』
「あれ? そうなのか?」
『汎銀河航宙方の二四五条、及びその捕捉条項。航宙艦漂流時における指揮権相続、及び子孫の扱いを鑑みれば、そう解釈することができます」
「そうか、当人達は復帰までの奉仕種族のつもりで作ったにせよ、航宙法上の分類だとそうなるか」
こんな問題、尋問を始める前に考えておけよという話だとは思うのだが、準備が済むまで気付かなかったのだ。
だって私達、機動兵器操縦者であって軍事法務官じゃないもの。
勿論、士官だから戦時法及び一般法律の教育は受けているけれど、さしもの高次連とて斯様に特異な事案の事前想定なんてしていない。なのでまだまだ遠いとはいえ、原隊復帰できた時、軍法会議にかけられないかとの懸念が浮かび上がった。
「ただ、そうすると解釈的には黄道共和連合の生き残りが作った現地政府の反乱者であって、文民ではないから保護義務はないよな?」
『識別標も軍籍もないのに軍艦に乗り込み、同盟国の資産を接収、不法に運用したという罪はあるので殺傷、及び拘束自体は間違いないく合法です。我々にも攻撃してきましたから、いわばテロリストですから捕虜にあたりませんし』
「うーん、高次連に対する反逆罪じゃないから記憶接収が適法かは、やっぱ微妙だよな」
『現地政府からの強い協力要請があれば、まぁ……うーん……該当条項も判例もないので何とも……艦隊司令のお墨付きをいただければ誤魔化しもきくんですが』
相方の人形端末とにらめっこしながらウンウン唸っていると、現地組は何をやっているんだコイツらとでも言いたげに、各々好いたように呆れを表明した。
[何を悩んでいるんだ族長。その記憶を見る? とかいうのに、そんなに手間がかかるのか?]
[やることは簡単なんだが、国に帰った後で怒られないか心配でなぁ。ただの捕虜じゃなくて単なる反乱者なら申請書数枚で済むんだが、立場が微妙なもんで]
[馬鹿馬鹿しい、逆さに吊るでも指を切り落とすでもないんだろう。ならさっさとやってしまえばいいじゃないか]
「誰かの許可が要るの? アウレリア様も否は言わないと思うけど」
『事後承諾というのはとても拙いのですよ。独断専行よりずっと拙いんです』
そう、後で判子ついてもらったらええやろ、というのは法治国家、特に洗練された官僚国家である高次連的には大変よろしくない。軍人という公務員だからというだけではなく、我々は生物的な本能で物事の順序と後先を大変重要視するのだ。
それも内部の人間が不法行為を働けないよう、敢えて堅物のAIに監視させている機構は、書類の作成時があからさまに前後していてはいけないものを絶対に承認しないくらいガチガチに固めている。
戦地であれば事後承諾の連発は割と当たり前だが、落ち着いた時にやると大変によろしくない。ともすれば降格とか減給ですまないくらい怒られる。
端から見ると刹那的に、その場の勢いと面白いか否かに重きを置いて生きているように見られがちだが、これでいて規則も倫理も持ち合わせているため護らないといけないものが多いのが我々機械化人と数列自我知性体。
技術的には簡単なんだけど、法的にコレってどうなの? という問題になると、基底倫理コードに触れてどうにも落ち着かないし、折角帰国できても自我凍結刑とかになったら洒落にならんからさ。
太母こと〝ティアマット25〟や聖都たる〝イナンナ12〟の破壊と改造、そして〝テミス11〟の奪取は、緊急避難が適応されて違法性は阻却されるであろうが、この尋問に関しては緊急性が認められるかどうかが怪しい。
無理じゃないとは思う。ただ、滅茶苦茶揉めるであろうことは明白だ。
だって、こんな特異な案件、判例がないんだもの。
お国は許してくれようものの、黄道共和連合から横槍が入ったらどうなるであろうか。大変よく頑張りましたと議会が褒めてくれても、イチャモン付けられて困るのは外務省だからなぁ。
「私達の記憶から消しても記録は残ってしまうからなぁ」
『冷静になると、現地政府からの協力要請があって不可抗力的に、とかのお題目は欲しいですよね』
[難儀な国だな、族長の母国は……]
「尋問しないといけないなら、僕が代わろうか?」
[いや、俺に任せろ族長。こういう手合いは足の指でも一本捥いでやれば、小鳥のように歌い出すぞ。悲鳴しか出さないなら順番に切っていけば良いだけだ]
うーん、このカルチャーギャップ。ガラテアは私を気遣っているようなことを言いながらも、医務室にあった医療用ペンチを手に取っているし――何に使うつもりなんだい君は――リデルバーディは気が早いことに抜いた超硬質ブレードを片手で弄んでいる。
「遠慮しておくよ。肉体的な苦痛で引き摺り出した証言は信憑性が薄いから」
苦痛から逃れるためなら、それが一時的であれど変なことを口走るヤツってのは結構いるからな。それに結構繊細なんだよ。旧人類って脆いから、何が原因で死ぬか分からん。拷問というのは非常に高度な技術と経験、そして観察眼が求められる行為である癖して、どの文明からも忌まれるから廃れていったのだ。
餅は餅屋。前文明から続く言葉のように、専門の尋問部隊でもない私達が無茶やって得することなんて何もないさ。
デタラメな情報に攪乱されたくないし、捕虜の尋問は一回聖都に帰って枢機卿補佐猊下から許可を貰おう。面倒臭いが、手続きは重要であるしね。
「よし、一旦中止! また営倉にブチ込んでおいてくれ」
[捕虜に無駄飯食わせるのも手間なんだがなぁ……]
看守をやってくれているリデルバーディがぶちぶち言いながら、外骨格の膂力に任せて情報源を処置台から引き摺り下ろした。その際、扱いが雑だったから両脛を台に強打して、くぐもった悲鳴を上げたのが実に痛そうであった。
ありゃ青痣で済むかな。凄い音がしたから骨とか逝ってなきゃいいんだけど。
「私も根っから公務員だなぁ」
『責任怖い、というのは何処の国に行っても同じでしょう』
極めて自己保身的な理由から尋問を取りやめた私達であったが、となると途端にやることがなくなる。
設備がないのでテミス11の応急修理にも限界があるし、ヴァージルがまた博打に出てアイガイオン級を前線に引っ張り出してきたらおっかない。最大射程から山勘でぶっ放してくるだけなら怖くないが、損失覚悟で偵察機を飛ばしながら砲撃されたら粉微塵にされるからな。
できれば、さっさとブロックⅡ-2Bを回収したいところなんだけども……。
〔ノゾム様ー! 森から何かゾロゾロ出てきました!!〕
また三〇分おきにモゾモゾ動いて位置を変えるの面倒くさいなぁと思っていると、通信機が音を立てた。今立哨をやっているのはピーターの班なので、彼等が異常に気付いて報告してきたのだ。
〔トゥピアーリウスか?〕
〔そうです! なんか、すごくぎょうぎょうしい行列です!〕
暇しなくて済んだなと思って甲板に上がれば、なるほど、我が従士長が言う通りかなり大がかりな行列が森から静々と歩み出てきていた。
戦仕度をした庭師達が思い思いの様式で身を飾り、同時に昨夜は見なかった旗を掲げている姿は、歩行速度も相まって攻撃を仕掛けに来た様子ではない。ドンドコと鼓笛の音を鳴らして態々隠匿性を捨てて進む様は、表敬訪問の意志表示であろう。
「セレネ、砲を天に向けろ。通じるか分からないが汎用儀礼プロトコルⅠを適用」
『了解』
「それと、動かせるだけの人数を船縁に集めてくれ」
なので此方も出迎える側の礼として、敵意がないことを示すため火砲を天に向け、同時に船内を見張る最低限の人員を除いて表に出る。
ああ、しまった、忙しくて色々後回しにしていたけど、礼服くらい出力しておくべきだったな。こんな今も作業してました感丸出しのツナギと帯革姿じゃ、向こうがどうでもよくても私がちょっと恥ずかしい。
「総員、弾倉を外し銃床を畳め」
捧げ銃の姿勢を取らせ、兵員にも歓迎を伝える準備をさせたが、各々本当に大丈夫かと少し不安そうだ。
まぁ大丈夫だろう。本気で殺す気なら、またあのプラズマ攻撃を予兆ナシに降らせてきたはずだからな。最大射程がどれだけか分からんが、ああも賑やかに行進してから、悠長に陣を敷くような手合いではないから警戒する必要はなかろう。
それにしても、何だってあんな大所帯で訪ねて来たのかね?
『お偉いさんでも連れてきたんでしょうか。その割に輿のような物は見当たりませんが』
「私達と違って、大仰な乗り物に乗ってアピールする必要がないんじゃないかな」
『うーん、やはり芸風が大分違いますねぇ』
じぃっと眺めていると、行列の先頭が加速するのが分かった。時速80km程の凄まじい速度で走る五人の中に、知っている姿があってホッとする。
ヒュンフだ。
手を振りながら駆け寄ってきた彼女は、船体の損傷箇所を取っ掛かりとして器用に甲板に駆け上がってくると、汗の一つもかかずに――そもそも発汗する機構があるか謎だが――美事な着地を決めた。
『ノゾムー! 褒めテ! 古老がやっと納得したゾ!』
「……また顔面が酷いことになってるが」
『それはそレ、これはこレ、だっテ!』
一足先に先触れとしてやってきたヒュンフは、何と言うか凄い顔をしていた。左頬が拉げてフェイスプレートが少しだけ基部から浮いており、凄まじい力でぶん殴られたことが窺える。
何が原因で殴られたんだと問えば、ミーッレと殺し合い半歩手前まで行ったことが上層部に漏れたようで、それが原因で超叱られたらしい。
申請が通った決闘以外での殺し合いは厳禁、だそうだが、普通に死人が出るタイマンを許容してる文化コワ……。
『デ、これ預かって来タ! 特別だっテ!!』
そういって手渡されたのは、また古式ゆかしいデータチップだった。基本的にこれらの情報媒体は使い捨てでデータを写したい時か、クローズドネットワーク以外で接続したくない内容を収めているもので、我々の時代では企業間での調停や封緘処置を施された命令書くらいでしか見られないものだ。
ただ、それより驚くべきことは、これが〝高次連規格〟であることだった。
「セレネ」
『……間違いありませんね、湯谷重工製の普及型記憶素子です』
手渡された小指の先より一廻りほど小さい素子は、首筋のスロットに挿入して使うチップであり、主に工業分野で高次連のシェアを大東亜重工と二分する湯谷重工製の市販品に見える。
ご丁寧にロット番号が刻んであるが、大した意味はないのだろう。
見たところ新品であるため、立体整形機から出力されるにあたって惰性でナンバーが振られただけだと思われる。
いやいや、ちょっと待ってくれ、なんでここで高次連製品が出てくるんだ。私はてっきり、この庭師と名付けられた種族も通信帯テロをやらかした連中の産物だと思っていたのだが、よもや高次連産とか言わないよな?
そりゃ数列自我の筐体に通じるところがあるので、人型ドローン産業は盛んではあるものの、こんな奇抜な連中を作ったりはしない。
ただ〝ティアマット25〟に巣くっていた異形や、〝死の渓谷〟を埋め尽くしていたノスフェラトゥと設計思想が違いすぎる。アレらも我々の製造設備を改造して作られていたが、何と言うか趣が全く違った。
どちらかと言えば、高効率人工血液が流れているところといい、テックゴブに近い。
謎というよりも、嫌な予感……そう。
もしかしたら、第二二次播種船団の一部も、この事件に加担していたのでは? という嫌な発想が脳に湧いてきて、掻く機能なんてないのに背中に嫌な汗が滲んだような気がした。
「あー、えーっと、これはなんだ?」
『乱数表! アたシを挟んで話すのは面倒だっテ。もっト、信用して欲しいよネ』
物が物の上、入っている物までとんでもなかった。
秘密主義で踏み入る者絶対殺すマンが多数派を占めるトゥピアーリウスが、私に三進数と一五進数入り乱れる言語の乱数表を寄越す?
……こりゃえらいことだぞ…………。
【惑星探査補記】高次連の機械化人と数列自我は他国から人間扱いされないことも多いため、あまり条約に加入できていないが、同盟国の末裔ともなると当たり前ながら気を遣う。
当時の生き残りは絶えたとしても、広大な宇宙を漂流するにあたってクルーが子孫を残して代々船を維持し、永い時を経て故国に帰還した事例があるため、指揮権を相続する国際法が存在しているのだ。
明日の更新も一応未定でお願いします。
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