1-8
「僕はガラテア……天蓋聖都のマギウスギアナイトだ」
改めて体を布で隠した彼女は――あとで予備のツナギをあげよう――初見の単語を二つ並べて名乗った。
恐らく天蓋聖都は地名だろう。そしてマギウスギアナイトは役職。
しかし、言語フォーマットの基礎に準えるとマギウスは魔法、ギアは機械、相反するように思えるのだが、何だって一つの役職名に同居しているのだろう。
もしかして、この世界では〝聖槍〟のような高度な機械を魔法として扱っているか、テックゴブ達が謎の祈祷で動かしていたように魔法的要素で動かしているとか?
そういえば、彼女が着ている強化外骨格も今更ながら動力らしい動力がないな。学者に聞かせたら苦笑されそうな理屈なれど、強ち的外れな推論でもないのかもしれない。
まぁ、私がファンタジー要素が濃いVRゲームにどっぷりし過ぎたせいって可能性もあるけどね。
「よろしく、ガラテア。私は……」
ふと、どう名乗るのが正解なのか詰まった。
高次連とか統合軍つったって通じないだろうし、変な人扱いされそうだ。惑星表面上に文明が留まっている中、遠い宇宙から来て、この惑星を人類が住めるようにした人間の一人ですとか宣った日にゃ病院に連れて行かれてもおかしくない。勿論、頭の方のだ。
「ノゾムだ、ノゾム・マツヨイ、今は兎達の同胞をやっている」
なのでお茶を濁し、現状に即した地位だけを名乗っておいた。
うん、嘘は言っていない。だから大丈夫。
「なら君は太母を取り戻すと言ったな? 小鬼達に武器を提供して戦うと」
「ああ、それなんだが、君は何故小鬼の言葉が分かる? 彼等の言語は人の可聴域外……あーと、人間には聞こえない音も混ざっているようだが」
「これだ」
言って彼女は右耳に指を突っ込み、肌色のシートを引き剥がした。
「翻訳機がある。我々マギウスギアナイトは、聖堂より聖なる機械の使用を許されているのだ」
聖なる機械ってなんやねんと思ったが突っ込まないでおいた。
しかしそうか、外耳道に貼り付けるタイプの翻訳機か。機械化されている我々には無縁過ぎて発想すらなかったな。
外骨格といい、実は彼女達、結構高度な文明を持っているのではなかろうか。だとしたら抗重力ユニットとかを所有していないかな。そうすれば宇宙に上がって、生きている艦艇を探すこともできるのだけど。
「聖なる機械はマギウスギアナイト以外の使用は認められていない。だが君は霊薬といい色々持ちすぎている。どこから来たんだ?」
おっと、これまた困る質問だ。地下で二千年寝てましたとは言えないしな。
ここは、ちょっと真実を糊塗してそれっぽいことを言っておくか。
天蓋聖都という都市名、微妙にズレた科学感からして、墜落した高次連の船あたりを住処にしているとかかなと思い、私も同じく遺跡住まいだったことにしておこう。
ほら、馴染みがあるんだよ。文明って滅び掛かってるか滅んで残骸に人類がへばり付いてるのが基本じゃん。ゲームだと。
「私はここから離れた所にある遺跡で育ったんだ。そこに残された遺物を使って方々を旅していたんだよ」
「聖なる機械は全て聖堂の管理物……と言いたい所だが、命を助けられてはね……」
ああ、よかった、彼女は意外と話が分かる人物だったらしい。猫のように愛らしい瞳を伏せ、散切りの短い頭をバリバリ掻いて自分に納得を付けているようだった。
しかし、機械は全て聖堂の管理物とは、彼女が属している組織は随分と傲慢な物の見方をするようだな。これは少し気を付けておいた方が良いか。
私も軍人だ。必要とあれば抵抗するが、人型の物を撃つのは抵抗がある。VRでは何億と殺してきたが、現実でのキルスコアは三桁そこそこ。そこに無駄な数字を足したくはないので、対応は慎重に行おう。
「それに君は貴重な霊薬を使ってくれた恩がある。聖堂には私の名前で便宜を図ろう」
「ありがとう、ガラテア。私は遺跡育ちなのもあって、この辺には疎いんだ。よかったら、その天蓋聖都というところを教えてくれないか?」
「聖都も知らないのかい? 本当に辺境だなここは……。一千年前、我等が造物主が降臨なさった地で、天蓋で守られた唯一安息の大地だよ。我等はそこで機械神を崇め、機械精霊と戯れ生きてきたのさ」
おっと、また何か胡乱な単語が出てきたな。機械精霊ってなんだよ。もしかしてマシンの調子に精霊とか妖精とかが関係していると思っている口か? だとしたら、とんでもない物を〝カン〟で使っていたりして怖そうだぞ。
やだなあ、縮退炉の周りで踊って、ちゃんと動くように祈願してたりしたら。下手したら次の瞬間には惑星が制御されていないマイクロブラックホールに呑み込まれるとかだろ? 冗談じゃねえよ。
「そして、僕達マギウスギアナイトは聖都を守護すると同時、散逸した神の御業を集めて回るのが仕事なんだ。今回は太母を確保すべく僕らの……大隊が……派遣され……たけど……くっ……」
仲間の悲劇を思い出したのか、澄んだ緑の瞳に涙が滲んだ。私が慰めるように肩に手をやれば、彼女はぐすぐすと泣きだしてしまう。
もしかしたら、初陣だったのかもしれないな。
「皆、皆死んでしまった……大隊長、副長、エーミール、ドミティア……」
それで自分以外全員戦死の惨状か。私には慰める言葉が思い浮かばない。光子結晶さえ無事ならば何度でも舞い戻る我々には、死の概念が希薄なのだ。
私とて過去何度も参加した戦役で義体を全損失したことがあるし、摘出された脳殻だけで母艦に帰投したこともある。戦友の多くも同じで、大破しても死人なんてのは数えるほどもいなかった。
通信帯汚染で大勢死んだはずだが、その実感もない。考える暇もなく今の状況に陥って、浸っている時間なんてないからな。
しかし、それでも兵士を慰めることくらいはできる。
「泣いてどうするガラテア。君は騎士なんだろう。そして、一足先に楽になった戦友達も騎士だったのだろう」
肩に手を置き、顎に手をやって前を向かせる。目を目で見つめ、区切るように言葉を紡いだ。
「兵士は死ぬ。そういう生き物だ。だが、仇を取り名誉を守る戦友がいる限り死なない生き物でもあるんだ」
「仇……そうだ、仇だ! 僕は、仇討ちがしたい! その武器を僕にくれノゾム!!」
衝動的に腰の拳銃嚢に手を伸ばされたので、手首を掴んで押し止めた。
「これはあげられない。私にしか使えないからだ。見てご覧」
「なんだ、これは。銃……なのか? だが、銃なんて外骨格の前には無意味じゃないか」
コイルガンを引き抜いて渡せば、引き金も照準装置もない銃に驚いた上、少し私をも愕然とさせる発言が引き出された。
彼女達は銃を知っているのか。だが、よもや装甲の方が分厚く、銃が役立たずになる技術的な奇形状態に陥っているとは思わなかった。
長い長い我々の歴史においてさえ、火器火力より防護兵装が優越した時代などなかったというのに。
これは相互理解に相当の時間と苦労が必要になりそうだな。
「だが、この銃は空を飛ぶ怪異を落とした。嘘だと思うなら小鬼達に聞いて回れば良い」
「本当に、本当に戦えるのか?」
「ああ。これより強いのをあげよう」
「仇が、討てるんだね? 僕は」
「そうだ。討たせてあげるよ」
「うっ、うう、ああぁぁぁぁぁ」
泣き出した彼女に縋り付かれたので、背中を優しく摩ってやる。装甲越しなので意味があるかは分からないが、それでもやるべきだと思ったのだ。
『……上尉、お楽しみのところ申し訳ありませんが』
「なんだか棘のある言い方だねセレネ……」
通信が来たので答えれば、何故か我が相方は随分と拗ねた声を出していた。身に覚えのない非難を受けて困惑する私を余所に置き、彼女は淡々と量産用コイルガンの草案ができたと言ってきた。
早いな。幾ら構造が原始的だからといって、ここまで早く設計図ができあがるとは。我が相方は本当に優秀だなぁ。
『銃身を延長してボルトアクションにしただけですので。グリップはピストルグリップ、ストックは反動吸収機構付きのストレートタイプ。必要最低限の本当に簡素な造りですが』
網膜モニタに投影された3D設計図は、前置きの通り実際シンプルであった。何と言うか、外見は歩行補助用の片手杖に近く、鉄パイプの中程に機構が生えているいるといった風情で飾り気もへったくれもない。上部のアイアンサイトと本体右側から伸びるボルトがなければ、銃だと認識することもできなかっただろう。
『マガジン式ではなくヒューズとバッテリー、弾頭を一纏めにした使い捨て弾頭を使う単発式にしました。本体重量を増すことでリコイルはシルヴァニアン達でも撃てるくらいマイルドです。その分、携行性に難がありますが』
「威力は?」
『強装モードと同じく3,300J出るよう調整しました。ですが、上尉の銃ほど拘って作っていないので銃身の射耗率は高いですよ。千発も撃てば限界が来ます』
「それだけ撃てれば上等だろうさ。〝太母〟を取り戻すのは、どうせ短期決戦だ。その半分も撃たないと思うよ」
我々が高度な立体成形機技術を手に入れて以降、技師の仕事は完全なフィッティングを求める繊細な仕事のみになり、単純製造業という物は存在しなくなった。即ち、物を作ることに関しては設備と原料さえ用意できれば、コストは非常に安く付くようになったのだ。
今やボタン一つでほぼ完全な球形、流体力学に基づく流線型装甲、果ては反物質弾頭まで製造できる時代であるため――二千年経ってるなら、本国はもっと進歩していそうだが――長持ちするかどうかは、あまり重視されない。
必要な時に必要なだけ使えれば良いのだ。壊れたら壊れたで、また原料として再生してしまえば済むのだし、良い時代になった物だ。
……そう考えると、なんで我々は仮想空間教育時代に工作の授業なんてやらされたのだろう。今の状況より過酷なサバイバルに放り込まれた悲惨な有様を想定してとか?
一瞬思考が余所にズレたが、武器自体は順調に製造できそうだ。設計図を見て満足した私だが、一つ気付いたことがある。
「銃剣はないのか?」
『……機械化人の皆様ってお好きですよね、それ』
人類が宇宙に進出しても、極東起源の機械化人が喜んで刀をぶら下げているように、我々は未だに銃剣が大好きだ。
というのも、宇宙に出て〝ぶっ壊すと拙い物〟が大量に増えた結果、白兵戦の機会が圧倒的に増えたのである。
歩兵の強化外骨格や増加装甲を貫徹できる威力の銃は航宙艦やコロニーの気密に穴を開けかねないので、環境によっては下手に使えない。
そこで再び刀剣と銃剣の時代が到来し、CQBにおいて活躍するようになった。
私が軍刀を帯びているのも、甲種白兵戦徽章を持っているのも伊達や酔狂に趣味の話ではなく、本当に実戦的だからなのである。
故に銃には銃剣が必要なのだ。
まぁ、何でかあんまり数列自我知性体には人気ないんだけどね、銃剣。
「近接戦闘ができて損はないだろう。それにテックゴブ達は槍や刺股を持っている。武器として刃が着いている方が馴染みやすいんじゃないか?」
『……はぁ。承知しました。銃剣ラックを増設し専用銃剣も設計します』
「ありがとう、セレネ」
『お礼を言うぐらいなら無茶振りを減らして、御身を大事にしてください。必要なのは分かっていますけど、私、実のところ上尉が〝太母〟に向かうのは反対なんですから』
何故かと問えば、数秒の沈黙。一秒で数ギガバイト分の情報をやり取りできる我々にしては随分と長すぎる沈黙の後、セレネはどこかぶーたれた声で吐き捨て、一方的に通信が切られた。
『繊細な乙女心が分からない上尉なんて嫌いです』
……私、なんかトチッたかな。
自信過剰って訳でもなく、私がここで最大戦力なんだし、事件の謎と帰還に最も効率よく辿り着けそうな手段を選んだだけで、何で怒られないといけないんだ?
そりゃ、この脆い上に予備もない体。死んだら終わりの状態で無茶するのは冒険主義が過ぎるとは思うが、一切危ない橋を渡らないで済む状況じゃないんだから仕方ないだろう。
私は相方のご機嫌をどう取ろうかと考えつつ、今だ泣きじゃくるガラテアの背をなで続けるのであった…………。
すみません、体調不良で寝込んでおりました……。
予約投稿時間から大幅に遅れて申し訳ない。
明日の更新は15:00頃を予定しております。