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7-3

 天体を覆う濃密な大気の層、大気圏に触れて重力下に入るまで、基底現実時間でほんの数十秒のことであった。


 『副操縦士の東野下尉です。当機は大気圏を抜け順調に飛行中。エチケット袋、ブランケットの貸し出しなどは行っていないため各自でのご用意をお願いします』


 「軽い! ノリが軽いよ!!」


 「特攻野郎はどいつもこいつもこんなもんだよ。むしろ、今回対応している京極下佐と東野下尉は真面目なほうだ。お巫山戯が酷いとずっと爆音で音楽流してたりするからね」


 カーマンラインを悠々と乗り越えた桜花-24は、惑星特性によって緑色に映る空の下を超音速で滑空する。後方主機に火が入り、大気圏内で推進するためのエンジンが吠えて余勢を借りながら一気に増速。耐熱殻内に収まった機体にまで、強烈な横Gと大地にひかれる縦のGが同時に襲いかかってきた。


 「速い! 怖い!!」


 「落ち着いてくれガラテア、あくまでコレは記憶の再生だ。肉体には一切影響しないし、生還した戦場での記憶だから」


 「だとしても怖いよ! 何で君は平静でいられるんだい!?」


 「いや、さっさと地上に降りたいと結構焦れてたよ、この時は」


 突入時、私とセレネは機体に脳殻を写しているため特に苦でもなかったのだが、旧人類なら一瞬で挽肉になっていただろう。敢えて全没入にしなかったのも、この圧力をガラテアが実際に受けるのは耐えられないからだ。


 なにせ本気で推力増強装置を噴かした桜花-24は極超音速揚陸機ということもあって〝マッハ24〟でカッ飛ぶ頭のおかしい化物機体だ。


 その設計コンセプトは〝全ての照準が追随できない速度〟を出しながら〝偏差射撃が困難な高高度〟で飛んで迎撃を回避しようという、脳内筋肉率1,200%はありそうな、ゴリ押しも大概にしろよと言いたくなるものなのだから。


 とはいえ、その力押しが有効なのは現実で、増速し始めてから撃墜される機体は殆どなかった。


 この機体の隙は隊列を組むため僅かに減速する瞬間と、軌道変更ができない突入時だけで、大気圏内に入りさえすれば速度という分厚い装甲によって大抵の攻撃を撥ね除ける。


 ただ、このままのんびり飛んでるだけではいかん。


 何せ特攻野郎の仕事は、腹に抱えた我々を送り届けることなのだから。


 『えー、機長の京極です。現在は敵制空権内を悠々と飛行中。これより迎撃網に突入するため、シートベルトサインが消えるまで席をお立ちにならないようお願いします。また、通路に手荷物などを置かないようご注意ください』


 「高度が! 高度がぐんぐん下がってるよノゾム!?」


 「当たり前じゃないか。上から無防備に放り投げたら、私達は良い的になるんだから」


 編隊を組んで飛行していた用陸艇は、僅かに遅れて熱圏を突破してきた攻撃機と、押っ取り刀で駆けつけてきた敵迎撃機を叩き落とすため随伴している制空戦闘機の群れから飛びだしてフォーメーションを解除。


 それぞれ目標に向かって、乱数回避機動を取りながら滅茶苦茶な軌跡を残しつつ地上に向かって急降下を始めた。


 投身自殺めいた落下は凄まじく、灰色と緑が入り交じる地上が見る間に近づいて具に観察できるような大きさになった。そこには対空陣地が構築されており、迎撃用の自走砲や戦車軍、そして突入機をはたき落とすべく全ての迎撃砲火を天に向けた〝掃陸艇〟と〝巡洋艦〟の姿があった。


 「ほら、ご覧ガラテア。アレが敵の陣地だ」


 「ひっ!? あ、あんなに沢山!?」


 凄絶なまでの密度で弾幕をばら撒く地上には、計六隻の陸上艦が鎮座していた。琴座協商連合の普及型ではあるが、アラドファル星系の第一惑星に配備されているだけあって最新型揃いだ。練度も悪くなく、此方の電子戦に対抗電子戦を行いながら苛烈な反撃を繰り出してくる姿には、限られた時間しか生きられないにも拘わらず、その多くを訓練に費やしてきた熱意を感じられる。


 『ブリーフィングで分かっていたが激戦地だな』


 『中尉、大隊指揮官より通達。我が中隊は南方外縁部の掃陸艇、仮称〝標的え〟を撃破せよとのお達しです』


 「これが私達、統合軍陸戦部隊の戦場だ。宙からの攻撃に地上に腰を据えて耐えきるのが難しくなった現代戦で出された一つの解答に対する、更なる解答」


 「なんて、なんて激しい……」


 衛星軌道からの攻撃が簡単に行えるようになったことで、地表に露出した恒久拠点が陳腐化した現代戦闘での前線拠点は、我々を必死に寄せ付けまいと全力で射撃を行っていた。しかし、この速度で飛ぶ上、電子戦で妨害も同時に仕掛ける桜花-24に追随できるFCSは存在しない。


 まぐれ当たりすることを期待して野放図にばら撒かれる砲弾の危害範囲を、おちょくるようにヒョイヒョイ飛んでいた強襲揚陸機の群れは、大隊長からの指揮を受けて突撃機動に入る。


 『機長の京極です。これより目標に突入するため、お客様各位はシートベルトを再確認してください。基底現実時間で残り四五秒ほどの短いフライトとなりますが、空の旅をお楽しみ頂けると幸いです』


 目視では殆ど分からないような攻撃の隙間。クロック数を最大まで引き上げ、電算機の処理速度で以て〝コンマ0何秒〟かしか存在しない空白に身をねじ込むのは、正しく特攻野郎と呼ばれる連中の怖い物知らずさあってこその所業。


 一瞬、機体が少し揺れたのは砲弾が掠めたからだろう。航空機乗り共はこれを〝かすり(グレイズ)〟と呼び、撃墜数を稼げない輸送機乗りの間ではキルマークの如く数えて誇りとするという。


 敵に肉薄して暴れてナンボの我々が言うのも何だが、やっぱりイカレてるよなコイツら。むしろ規則に反していないからといって、自分達の基準で勲に定めるのが数mmズレたら死ぬような間際を飛ぶことに定めるあたり、マジで脳味噌のネジが外れてると思う。


 しかし、当時の我々はそんなことを気にしていては正気が幾つあっても足りないと無視を決め込み、一分にも満たない未来での戦闘に備えて機体の点検に入った。


 『よーし、始まるぞ。セレネ、機体チェック』


 『主機臨界安定、データリンク正常、各アクチュエーター暖機済み。全兵装所定通り。オールグリーンです、中尉』


 『よし、為朝-6機動する』


 赤色の視覚素子に光が灯り、それを護ると同時に補助するバイザーが降りるのと、耐熱殻をオウカに接続していた炸薬ボルトが起動するのは同時のことだった。


 『当機は無事、目的地に到着いたしました。ただいまより全ての電子器機をご利用可能です。当便をご利用いただき、誠にありがとうございましたっと』


 掛かっていたGの方向が横方向から斜めに変化し、複雑な変化を画きながら自由落下と慣性を借りて一直線に落下。上空1000mに達したところで、殻が弾けかつての愛機、甲種一型強襲機動兵器、通称為朝-6が虚空に投げ出される。


 「守護神様に似てる……」


 「ああ。あれはこの機体を元に作られた物だからね」


 アラドファル・プライムの空に飛びだした機体は、テイタン2と外見上共通している部分が多い。しかし、古の英雄から名を借りた機体は高次連の叡智を結集した最新型であり、中身がまるで違うものだ。


 シルエットは大凡同じなれど、胸部装甲や頭部装甲は丸みを帯びた太古の鎧武者めいた姿であり、地上戦用であっても高機動戦闘に備え各所にスラスターが備わった姿は、興味がない者でも別物だなと察することができよう。


 何より装備の充実具合が違う。


 『熱工学迷彩機動、電子戦開始』


 『了解』


 過去の私が指示するのに従って、セレネは甲種一型機動兵器の防御兵装を起動した。


 「み、見えなくなった!」


 「そういう塗料が塗ってあるんだよ」


 宙間戦闘に合わせた漆黒の機体には電磁塗料が採用されており、それは熱工学迷彩として機能する。起動すると同時に光学的に対面側の光景を映し出して擬似的に透明になると同時、装甲表面を大気温度と同じように偽装するガスが噴き出す。


 またセレネが妨害電波を撒き散らしてレーダーでの照準を困難にし、地上に降りるまでの無防備になる僅かな隙を潰してくれたおかげで、曳光弾が混じって空を幾重にも切り取るような賑やかな対空砲火が私達を熱烈に歓迎することはなかった。


 それでも運の悪い僚機が空中で何機か爆散したが、生残性に重きを置いた機体であるため脱落はしても戦死はしていない。後で回収すればいいと、誰も気にしないで目標への突撃に集中する。


 空中でスラスターを噴かせて姿勢制御を行い、抗重力ユニットを起動して軟着陸を決めると同時、盛大に砲弾をばら撒いていた砲兵陣地に向かって耐熱殻の底部が猛進するあたりで……私は、記憶の同調を切った。


 「あ、あれ!? ノゾム!?」


 「ここから先は刺激的過ぎるから、ちょっとカットだ」


 唐突に終わらされたせいでガラテアがビックリして顔を上げるけど、ここから先はマジでゴア表現塗れの地獄絵図だから、ちょっとお見せできないんだよ。


 ほら、体高10mもある機動兵器が歩兵入り乱れる陣地を蹂躙する訳だから、色々酷いことになる。特にこの戦場で、私は丁度良いところで装甲歩兵の分隊がウロウロしとるやんけとばかりに、スライディング着地を決めながら紅葉下ろしにしたこともあって直視させるのは憚られた。


 これだけの兵装を用意して戦う戦場の苛烈さに脅えていた乙女には、ちょっとばかり目に毒かと思ったのだ。


 彼女の覚悟を馬鹿にしているのではない。ただ、何事にも用法用量というものがあって、一気に浴びせ掛けられては堪るまいよ。


 だから今は、ここで止めておくべきだと思ったのだ。


 「……ノゾムは本当に僕を子供扱いするよね」


 「軽んじているんじゃないよ。段階を踏むのも大事だと思っただけさ」


 「うん、でも、ちょっと助かるよ。正直、凄まじさに面食らった。一隻でも大きすぎる船が何隻もいて、しかも守護神様が大盤振る舞い。ちょっとついていけてなかったところなんだ」


 言うと彼女は仰向けに倒れ、晴天の陽光から目を守るように腕で顔を覆った。


 「凄かった。そっか、あそこが、アレがノゾムにとって本物の戦場なんだ。そりゃ僕達の戦いが温く思えるよね」


 「温くはないさ、死ぬことはあるし、脅威がない訳じゃない」


 次々と加速度的に大変になっていくだろう? そう問えば、彼女は目を腕で隠したまま呟いた。


 「……僕ね、この船を見て、不安になったんだ」


 「不安にって、何がだい? 君は立派に戦ったし、殿(しんがり)として美事に敵を食い止めてくれたじゃないか」


 「でも、ノゾムの戦場はどんどん激しく、大きくなっていく。何時か、僕が何の約にもたてない足手まといになるんじゃないかって。僕が着いていくことが、君の弱点になる日が来るじゃないかと思うと、怖くなったんだ」


 そんなことを心配していたのか、と馬鹿にすることはすまい。


 彼女は副脳を使って幾らか機械化したとはいえ、旧人類だ。それも今までは陸上艦などない――巨竜とか結構な大敵はいたと思うんだが――惑星表面上の戦場でのみ戦ってきた。


 それが一年足らずで、これだけの修羅場に頭から突っ込まされたのだ。自分が至らなくなることを危惧することもあるだろう。


 ただね、心得違いをしちゃいけないよ戦友。


 「私だって一人じゃ戦えないんだ。シルヴァニアンも、テックゴブも、そして君も、誰一人として用を為さなくなることなんて絶対にない。怖いのは君達が死ぬことだけさ」


 「けど……」


 「第一、あの戦場で私達を手子摺らせたのは、君と同じ旧人類規格の人間なんだ。装備さえ更新すれば、幾らでも戦い用はある。あまり自分を安くみるんじゃないよ戦友」


 頭が微かに傾ぎ、少し動いた腕の下から塗しそうに眇められた片目が此方を見ていた。私の言葉に嘘がないか心配しているような視線ったが、微笑んでやれば猫を思わせる愛らしい目は、とろんと眠いような、安心したような蕩け方をした。


 「ここからは全てが遠いんだ。私が還ることができるよう、君達の手助けは必須なんだよガラテア」


 「……そこまで言うなら、信じてみるよ。僕の聖徒様」


 「心強い返事だ」


 たった二人でできることは限られてくるからね。仲間がいるからこそ、私は今までの戦果を上げて来られたのだ。頼ってくれるのは嬉しいけれど、あまり過信されても困る。


 個々に性能の差がいくらかあれど、結局最後に物を言うのは手数だからなぁ。


 そのまま縁で足をパタパタさせていると、後ろから穏やかな寝息が聞こえてきた。振り返って見れば、ガラテアはまた腕を目隠しに寝入ってしまったようだ。


 まぁ、昨日の晩叩き起こして、そこから今まで後始末やらで忙しかったからな。


 私は彼女に何かかけてやる物を探すため、甲板に止めてあるディコトムス4を漁るため、足音を立てないよう殊更気を付けて立ち上がるのだった…………。




【惑星探査補記】個体としての性能差が大きかろうと、高次連は幾度もの敗戦を味わっているため旧人類の戦闘能力を決して侮ってはいないし、自分達と違って筐体が破壊されれば終わりの命であるのに、全く臆せず戦いに身を投じる姿勢を評価している。 

明日の更新も未定となります。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] こうしてSFの戦闘シーンを観るたびに何故かふと某イギリスの円盤やドイツのミニみたいな珍兵器がこの時代にもあったのだろうかと思いを馳せてしまう。 近未来の超テクノロジーを駆使して作り出さ…
[一言] この時代にもあるのか 紅葉おろし・・・
[一言] 更新ありがとうございます。衛星軌道から大質量でも投射すれば良さそうですが、あえて機動兵器で降下するあたりが戦闘民族ですね
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