7-2
「ねぇ、ノゾム」
セレネの最適化と捕虜の日干しが適度に済むのを待つ間、陣地の奥に無理矢理ねじ込んだ〝テミス11〟の甲板で煙草をふかしていると、甲冑を脱いだガラテアがやって来た。
最近は一着で作業着にも外骨格インナーにもなるのが便利だからか、私と同じツナギを着ている彼女は鎧の整備をしていたのだろう。頬に微かな油が付いている。
「なんだいガラテア。まったく、頬が汚れているよ」
「わっ!? こ、子供じゃないんだから!」
「それなら仕事終わりに手鏡を覗くくらいしなさい」
家から逃れるように軍人になったお嬢様は、そこらの気配りが面倒というか、好きではないのだろう。私に頬を拭われて褐色の肌に朱が差したが、掌を弾き飛ばされることはなかった。
隣に座るように促せば、彼女は〝こんな高い所〟の縁は御免だと言わんばかりに、尻一つ分奥側に座った。
まぁ、艦橋を抜いた高さは12mほどなので、落ちれば普通に死ぬから怖いか。私でも今の筐体なら、受け身に失敗すれば全損しかねない高度だからなぁ。
「で、どうしたんだい?」
「突撃する時は夢中になってて気にならなかったから今更だけど、僕ら、よくこんな大きな物を陥落させられたよね。マギウスギアナイトになって城攻めを二回もやるなんて思いもしなかった」
「あまねく巨大構造物が持つ欠点を同時に突いたからね」
どれだけ優れた構造であろうと、どれだけ優れた武装を持とうと巨大な兵器には殺しきれない欠点が複数ある。スタンドアロンでは運用が難しいことと、内部に乗り込まれると弱いことだ。
「ヴァージルは状況的に見れば正しい運用をしていたけれど、私達からすると幾つかの大きな間違いを犯していた」
「マギウスギアナイトを温存していたこと?」
ガラテアの応えを聞いて、私は無意識に笑顔を作っていた。やはり聡い子だ、一度戦えば多くを学んでくれる。
さて、通常の運用教義に基づけば、この手の掃陸艇は動く前線拠点であるため周辺を機動兵器や戦車隊、装輪装甲部隊に歩兵隊で固めて動く。
前線の中核として、同時に動くことでジリジリと前線を押し上げるために。
そして何よりも、我々のように特攻戦術をかましてくる敵を追い払い、弱点たる内部に乗り込まれないようにするためだ。
「君が言ったように、掃陸艇は動く出城だ。攻城戦の戦法にハマれば覿面に弱い」
ヴァージルは配下の損耗を嫌ってトゥピアーリウスにやられないよう――事実として、この選択は合理的ではあった――マギウスギアナイトを内部に残していたが、巨大さ故の死角を潰すためには必ず最小の兵科を随伴させなければならない。
歩兵だ。周囲を随伴歩兵と高機動の軽車両などで固めないと、掃陸艇は実に脆い。それは我々たった一六人の突撃で内部制圧されてしまったことから明白であろう。
だからこそ、高次連のように天体を覆い尽くすような構造物を建築できる文明レベルに至った国家でさえ、歩兵という存在を捨てきれない。
それに結局、人間が人間である以上、同じ大きさのユニットがないと拠点の完全な制圧と維持は不可能だからね。
これはあくまで、その展開と戦闘を補助するための装備なのだ。単体で強力な大駒ではあるものの、置き場所を誤れば歩兵に取られてしまうのは将棋と大して変わらない。
「攻勢の橋頭堡であると同時に守るべき城の両側面を持つ陸上艦は、必ず歩兵や機動戦力とセットで運用するべきだ。さもなくば……」
「昨日の僕らみたいなのが乗り込んできて好き勝手される、だね」
大きく頷き、覚えが良い仲間に満足する。幾ら高機動つったって、コイツは十分デカイからな。群狼のような高機動兵器から逃れられるはしっこさは持ち合わせていないため、迎撃兵装をてんこ盛りにしていたって完璧ではない。その事実は、我々がここを占領していることが証明していた。
それに攻め方は一つではないのだ。ウチは「流石に危ねぇよ」としてやらなくなったけど、一部の国家じゃ歩兵を詰めた有人弾頭を衛星軌道から叩き落として、直接乗り込ませるちょっとアレな戦法を未だに大事にしているところもあるのだ。
謎の変質を遂げた民主主義を鼻から吸引して、良い感じにキマッた連中の話はさておくとして――二千年経った今も元気に叫んでいるのだろうか――諸兵科を統合し、兵站し、一つの戦闘単位として成立させなければ、何処かしら弱点が出るのは技術がどれだけ発展しようと変わらない。
だから我々は補給を煩雑化させ圧迫しかねないほど多様な兵器を作り、運用するという軍隊が好む単純さからは程遠いことをし続けているのだ。
「でさ、ノゾム。これって船なんだよね?」
「定義上はそうなるね」
「……僕、人生で初めて船に乗ったよ」
「そうなのかい?」
「天蓋聖都って基本的に陸の国でさ」
言われてみれば、聖都には川船が渡る運河はあったものの、基本的に車両や路面電車が通っていて輸送の多くを陸送に頼っていた。版図に大きな湖を持つ領邦はあれど海に繋がっている立地でもなく、灌漑はやっているようだが大運河の建設などはやっていなかった。
となると、彼女が船に乗ったこともないのは頷ける。
しかし、この忙しい中――人数不足で船を掌握するのには酷く苦労している最中だ――雑談をしに来たのかと思って振り向けば、彼女は何か深く考え事をする表情で甲板を撫でていた。
「だから、船って物はそんなに知らないんだけど、戦舟が作られていることくらいは分かってる。聖都から南西にあるニオ・マザーレイク公爵領には凄く大きな湖と川があって、その鎮護のために攻城弓を載せた船が配備されるんだって」
少しデータを漁ると、アウレリアから提供されたものの中に該当する物があった。面積は400k㎡ほどはある大型の湖で、ほぼ真円を描くそれは彼等の与り知らぬことであるが、惑星播種作業に伴って〝大質量弾〟を投下して作った人工湖なのだ。
大気中に適度な湿り気を与え、貴重な淡水を供給するために作ったクレーターと、その周りに地殻変動機構で山を隆起させて作った湖は南西物流の中枢として機能しており、不届き者を掣肘する目的で軍船も配備されているそうな。
「でも、こんな大きな船を造ってまで戦う戦場なんて、想像もつかなかった。ねぇ、ノゾム、守護神様を操るのが前の仕事だって言っていたけど、君はどんな戦場を潜り抜けてきたんだい?」
深い思慮、そして想像も及ばぬナニカへの怯えが滲む瞳に見つめられ、私はどう答えたものかと僅かに窮した。
「僕には想像もつかない。こんな物が必要な戦場も、守護神様が入り乱れないといけないような苛烈さも。君は、本当にどんな戦いを繰り広げて生き抜いてきたんだろうって、改めて思ったんだ」
まぁ、天蓋聖都で生きてきたなら、突然こんなブツをお出しされたら困惑もしよう。艦橋を抜いた高さですら機動兵器より大きく――輸送するから当たり前なんだが――それが浮動して巨大な砲と誘導弾で針鼠の如く武装しているのだ。
しかもこれが三基編成で、より巨大な船に指揮され、それよりも更に更に大型の艦艇を守っていると唐突に言われれば、苛烈さを増し続ける戦場に着いてきてくれた彼女でも、少し尻込みするのだろう。
如何なる解説をすれば納得できるか考えた私だが……まぁ、彼女ならいいかと思った。
首から直結用のケーブルを延ばし、差し出す。
「見てみるかい? 我々の本気の戦場がどういうものか」
「君の、戦場……?」
「機械化した君なら、私の記憶を直接見ることができる。ガラテア、他ならぬ君だから直接見せてもいいと思ったんだ」
二隻の掃陸艇を排除したとはいえ、敵にはまだ万全のアイガイオン級とギュゲス級にコットス級が一隻ずつ残っている。この脅威を排撃し、天蓋聖都を守ろうと思えば、衛星攻撃と超音速攻撃機こそ飛んでこないものの、前世にちょっとは近い戦場に繰り出すことになるだろう。
その死線を現場で直接叩き付けるよりは、前もって見ておいた方が精神衛生上よいのではないかと思ったのだ。
彼女は少しの躊躇いの後、コードを取って手首に直結した。
「怖いけど、これで君を識ることができるなら」
目の前が微かにチラつく、直結が問題なく進んだ時特有の感覚に浸りながら、私はとある記憶を引き摺り出した。
全感覚没入は副脳しか持たない彼女には辛かろうから、五感をリンクし、私をコンバーターとして無理のない程度の没入感で再生した。深度で言えば、義務教育期間中に使うことができるヘッドセットタイプのVR器機くらいであろうか。
『……永いな。まだか?』
『中尉、クロック数を落としすぎるのも問題です。規定値まで上げますよ』
「えっ? わっ、あっ、ノッ、ノゾム達の声がする!?」
「この記憶の時の思考だよ。懐かしいな、この作戦に従事していた頃、私はまだ中尉だったか」
直結し、共有した視覚は琴座協商連合との小競り合いで、彼等の製造惑星であるアラドファル・プライムを強襲した際の戦闘データだ。
私はこの時、第七強襲打撃艦隊の第268独立戦闘団に配属され、その第二大隊隷下第二中隊の指揮を預かると同時、大隊の第三席指揮官として戦場に投入された。
記憶の再生地点は前哨戦、つまり惑星直轄艦隊を打撃艦隊が蹴散らした直後。衛星軌道支配権の優位を握ったところで、陸戦隊指揮官が果敢にも敵星系首都直撃を狙ったあたりだ。
目的は強襲降下を実施しての衛星軌道上まで攻撃を加えられる防御拠点を叩き潰し、更なる陸上部隊揚陸を支援するための橋頭堡構築。いわゆる降下部隊の中でも最先鋒だ。
『あー、あー、こちらモミジ2-3機長よりご挨拶。乗員乗客の皆様に快適な宙の旅を提供するため、ガイドを流しますので安全のしおりをご一読ください』
「ノゾム以外の声もする!?」
「これは、私達を惑星に下ろす〝特攻野郎〟の冗談だね。甲種一型高高度強襲揚陸機、通称〝桜花-24型 ModelB〟の機長だよ」
さて、惑星攻略時の定石は幾つかあるが、第一歩が衛星軌道を守る艦隊の排除であるとすれば、第二歩目は惑星上に点在する防空陣地の排撃だ。
これがまた中々厄介なもので、衛星軌道から質量弾をボンボン放り投げて終わりとはいかない。敵の中枢司令は力場防御に守られた大深度地下施設にあるのが相場で、宇宙から拡大望遠で見える都市部は人間が暮らしているだけで飾りに近い。
上物を木っ端微塵にしても一般市民を虐殺して敵の怒りを煽るだけで意味がないため、高次連では機動兵器を主軸に強襲上陸をお見舞いし、敵〝移動対空陣地〟を破壊する任務がステップ2として重要な位置に置かれる。
『えー、少々悪天候に付き揺れが予想されるためシートベルトを着用の上、シートは倒さないようお願いします。また、当機は残念ながら航空法の規定で禁煙となっているためお煙草はご遠慮ください』
その任務を熟すのが、宙を飛ぶ鱏といった風情の桜花-24の――つまり24回モデルチェンジされている――腹に円筒型の耐熱殻に包まれて吊されている私達機動兵器乗りだ。
機動兵器は陸戦の王である。戦車に劣らぬ機動力、二足歩行故の俊敏にして繊細な機動、そして膨大なペイロードを活かした多彩な武装により、理論上全ての兵器を相手取れるマルチロール機。これを飽和的に地上に散布し、今も衛星軌道に居座ろうとしている当方の艦隊を追い払うべく、バンバカ賑やかに対空砲火を浴びせている陸上艦群を撃破するのだ。
「し、下! 何か、凄くピカピカしてるけど!? ここに飛び込むのかい!?」
「ああ、この時は不意討ちが上手く行かなくて敵の対空迎撃能力が殆ど健在だったから、大変だったのを覚えているねぇ。まぁ、最悪ってほどじゃないよ」
「これで!? って、わぁ!? い、今! 今隣が凄く光ったけど!?」
「第四中隊の第二小隊を輸送していた桜花が吹っ飛んだね。宇宙だから音はしないんだけど、後付で再現しようか?」
対空迎撃の密度は依然として厚く、母艦から放出された揚陸機や攻撃機がそこら辺で多彩な色の華となって散っている。とはいえ、その殆どは一際頑丈に防御された中枢防護に護られており、脳殻が生きているので戦闘後に回収され「いやー、参った参った」とばかりに復帰してくるのだが。
『あーあー……中瀬班は地上に降りるに脱落か』
『上手く行けばキルマーク五越え、エース入りだと気炎を上げていただけに口惜しいでしょうね』
「何か軽くないかい!? 君も、セレネも!?」
「いや、機体が吹っ飛んだだけで生きてるからね」
こんな高高度、地上から打ち上げて威力が減衰している対空砲火を受けたくらいじゃ特攻野郎も機動兵器も壊れこそすれ死にはしない。時折混じっている〝反物質弾頭〟は流石にヤバいが、ただの重粒子砲や質量弾では意味消失しないので気楽なものだ。
実際、先の攻撃で爆散した中瀬上曹及び配下三名は功名を上げ損ねたことを悔い、打ち上げで痛飲して廊下で寝るという醜態を晒す程度には元気だった。
「さぁ、降りるぞ」
「えっ!? うわぁ!? はっ、速っ……」
『えー、ではこれから当機は大気圏に突入します。現地の天候は晴れ、気温は25℃と過ごしやすい模様ですが、時折荒れて重粒子や質量弾が吹き荒れますので十分にご注意ください』
それはさておき、幾らか欠けは出たが迅速に陣形を構築した揚陸隊は、そのまま大気圏へと潜り込むべく惑星直下へ滑り込んでいった。
あまりの速さにガラテアは悲鳴を上げているけれど、軽いVRでこれなら、本格的な機器で一緒に遊んだらどうなるのだろう。
ちょっと歪んだ愉しさを覚えている私を余所に、記憶の中の自分は地上に降りる瞬間を待ちわびながら断熱圧縮の光を眺めているのだった…………。
【惑星探査補記】記憶の共有。電脳化した者達にとっては珍しくない行為で、状況の報告のみならず想い出語りにも用いられる。特に数列自我知性体にとっては、それ専門の通信帯を作るくらいには情報共有を重視しているようで、これに浸ることを趣味にする個体も存在する。
いわゆる生のドラマでもあるため娯楽的な要素もあるが、一種の強力な〝集合知〟の構築のために数列自我はこれを生理的に行おうとする。
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