7-1
『上尉、そーっと頼みますよ、そーっと』
「分かってる。私が君からの指示を雑にやるが訳ないだろう?」
さて、激戦から一夜明けて、私達は半壊した〝テミス11〟の扱いをどうするかで、少しだけ会議をした。
騎士達はこれだけ巨大なサンクトゥスギアを鹵獲したとあれば、聖都の民も安心すると主張し、テックゴブ達はこれ以上ないトロフィーだと喜んで、シルヴァニアン達は中立寄りというかイマイチ興味がなさげ。
四半刻ばかし話し合った結果、私としてはボロボロなのを加味して――右舷迎撃装置は八割破損し、艦首大破、及び艦橋消失――部品取りに使った方が早そうだったのだが、運用を続けることとなった。
現在は甲板の空いた所にディコトムス4やサシガメを乗せ、有線でそれらの感覚素子と直結することで辛うじて視界を確保しているが、コイツを真面に機能させようとすると大幅なオーバーホールが必要になる。
というか、艦橋が基部近くから熔けてることからして、陸上戦艦用の乾船渠がなければ、完全復活は無理だな。
私としては、これだけの船を浮かべられる大型抗重力ユニットが手に入っただけで十分だと思うんだけども、会議した中でセレネが一番強く鹵獲を主張したんだ。
「えーと、ケーブルを外す順番をARタグで表示してくれないか」
『指示通りにお願いしますね。一応、正規のメンテナンス担当官IDを偽装してますが、しくじったら機密保全のため全部クリーンアップされちゃいますから』
そんなこんなあって、私は今、船体中枢部のデータバンクにてツナギ姿で作業をしていた。幸いにもこの体は汗もかかないし、毛も抜けなければクシャミもしないので普段着で問題ないのだが、旧人類は対化学戦装備めいて着込むか、全裸に帽子でなければ作業できないので大変だったんだろうなぁ。
「で、このコンバーターはコッチにはめて、中継器で分岐させーの」
『一一から二四のケーブルを抜く順番を、くれぐれもお間違えしないでくださいね。基幹部分に接続されてるので、非常に敏感です。あ、外したら順番にARタグを割り振るのもお忘れなく。まだ使いますから』
「工兵じゃないんだから、あんまり繊細な仕事を期待しないでくれたまえよ」
今セレネから細々指示を受けながらやっているのは、船体制御用疑似知性の筐体を取り外す作業だ。このAIは黄道共和連合のお手製なので機密化保全が施されているため、クリーンアップが始まると同時に船の機能が情報保持のため破壊されてしまうから凄く慎重にやっている。
順番一つ間違えると電装系が全部オーバーロードしてオシャカになるそうなので、配線一本外す度にヒヤヒヤする。私は機動兵器乗りであって戦闘工兵じゃないんだから、こういう作業には不慣れなんだよな。
かといってセレネの人形筐体や、持ってきているドローンは私より器用じゃないから、こうやって指示を受けながら、おっかなびっくりやるしかないんだけどね。
「しかしよかったねセレネ、整備マニュアルが残っていて」
『ええ、僥倖でした。流石の弊機も構造をスキャンしてから頭を捻っていたら、半年仕事ですよ』
第114戦闘団のブリアレオースパッケージは、惑星播種作業を終えてから設定作業をするつもりだったのか、指揮官を任命した以外は殆ど初期出荷状態で――使いもしない陸戦隊を五〇年も食わせるのも勿体ないから、当然だが――多くの部分に新品の証であるビニールシートが被っているのと同じく、所定の物が所定の場所に置いてあった。
その中でも整備マニュアルが残っていたのは、正に幸運としか言いようがない。我々は同盟国の装備なので諸元を知ってはいるが、専門家ではないので設計図なんて知る訳もなし。コイツがなかったならば、セレネの目論見は半年かかってやっと成功するかどうかの、とてつもなく長い道のりとなっただろう。
「ただ……本気かい? テミス11を取っ払って自分を載せようなんて」
『もう処理領域がパンパンなんですよ。多少筐体がゴツくても、量子電算機が手に入るなら文句は言ってられません。これ以上の管制をしつつ上尉の支援をしようと思ったら、机の広さが全く足りません』
何と言っても、セレネは自分を〝テミス11〟に移植するというのだから。
いや、理屈は分かるんだけどね。掃陸艇は陸上戦艦の中では小型とはいえ、大量の兵装と指揮する部隊の処理で大量のデータを扱うから、光子結晶こそ使っていないものの汎用型量子演算器や情報処理領域を持つ。たった一つの脳殻しか持っていなかった彼女としては、待望の副脳を得られるまたとない好機でもあるのだ。
今までは、すっかりお馴染みとなってしまった箱形ドローンやディコトムス4 TypeIやらでだましだましやっていたけれど、私の筐体がアップグレードされるのに合わせて、彼女もちょっとお洒落したくなったらしい。
私としては、こんなボロボロの船ではなく、ちゃんとした筐体をプレゼントして着飾ってほしいところなんだけど……まぁ、今までがシーツ一枚羽織っていただけとするなら、ボロ着でもないよりマシなのだろう。
「最期にこのデッカい電源コネクタを引っこ抜くんだね?」
『そうです。あ、気を付けて、一度下に傾けた後、また上に押し込んでロックを解除しないとプロテクトが働くそうです』
「物理的操作にも安全弁かけとくとか、気合い入ってんなぁ……」
ガコン、と大きな音を立てて疑似知性の筐体を完全に外し終えると、サーバールームの照明が落ちた。それから数秒して赤色の非常灯が灯り、サーバーの明滅が止まる。AIが積んでいない状態だと動かないよう設計されているのだろう。
『では上尉、あとは指示通りに』
「ああ。しばらく君と話せないのは不安で仕方がないよ」
『ほんの数十分のことじゃないですか。我慢してください』
「ああ、分かったよ。寂しいけど何とかしてみせるさ」
『上尉は強い子だから平気ですって。それから、信頼して全てをお任せするんです。弊機の本体をよろしくおねがいしますよ』
言って、箱形のドローンが隣に舞い降り、機能を停止した。電子戦機体から筐体を乗り換えたセレネが電源を切って自閉モードに入ったのだ。
「……そういえば、初めてだな。本当の意味で一人になったのは」
万能工具でドローンのメンテナンス口を開きながら、ふと呟く。
私は物心が付いてから、そしてテラ16thでの惨禍を逃れ、目覚めてからずっとセレネと一緒だった。声をかければ直ぐに返事が来て、困れば助け船が出る。当たり前過ぎて忘れていたけれど、彼女が機能を落とした今、私は本当に孤独だ。
アクセスしてくるものはなく、繋がっている通信帯もなく。訓練以外で味わう真の孤独は、存在しないはずの心臓が不健康に高鳴る感覚を喚起する。
この寒々しいサーバールームには私一人だけ。ここ最近で使い慣れてしまった音声言語でも、圧縮電波言語にも応える者はない。
省電力モードで待機しているサーバーの騒々しい静寂だけが凝るように横たわっていた。
「よく、耐えてくれたね、セレネ。二千年も」
私の相方は、よくこんな頭が痛くなる静けさと孤独に耐えて、長い長い時間を待ってくれたものだ。私が逆の立場になっていたならば、耐えられただろうか?
丁寧に丁寧に取り外した相方の脳殻は、パッと見れば私の脳殻と殆ど同じ形をしている。違うのは数列自我が入っていますと一目で分かるように施された模様だけだが、愛おしい相方の自我が収まっているという意味では唯一無二。
誰にも見られていないのを良いことに、そっと抱きしめた後、私は彼女が残した指示書通りに配線を終えていく。
解体する時はどうでもよかったコードの並び、結束バンドの締め具合、全景を見た時のレイアウトをちゃんと考え、衝撃にも耐えられるよう補助装甲を被せて行く作業に没頭していると、ついつい懲りすぎていたのか基底現実時間で二時間が経過してしまっていた。
いかんね、少し感慨に耽りすぎた。何時アイガイオン級が追いかけてくるかも分からないのに、時間を贅沢に使いすぎだ。
私は一瞬反省し、最期のコードを繋げ、目覚めを促す信号を送る。
『……おはようございます、上尉』
すると世界に光が戻った。照明が点灯し、サーバーが再び目覚めて色とりどりのライトを明滅させる様は、失った色が帰ってきたような。
ただの視覚素子を刺激するにしては劇的すぎる灯りが、今はただ嬉しかった。
「ああ、おはよう」
彼女が味わった孤独とは比べるべくもない時間だけど、私はセレネが最初に聞いた「おはよう」の一言がどれだけ心に響いたのか、少しだけ分かった気がする。孤独と不安で乱れていた心が、ゆっくりと落ち着いていく。
『上尉、どうなさいましたか? 少しバイタルが乱れていますが』
「いいや、無事に君が目覚めてくれたのがうれしくてね」
脳殻を覆った装甲をポンと撫で、私は彼女に目覚めの調子を聞いた。照れ隠し半分、感謝半分。こればかりはどれだけ言語を圧縮できる身としても、表現しきれるはずもない。
『ドライバのインストールに少し時間が掛かりますが、高次連設計なのもあって直に動けるようになりますよ。癖は強いですが、概ねコッチが読めるようになっていますし』
「そうか、よかった」
『これが終わったら最初に拠点を置いた地点に引き返して、できるだけ修理をしましょう。尋問もしたいですしね』
「ああ、急がないからゆっくり頼むよ」
さて、ここでできることは終わった。私はゆっくり立ち上がり、努めて何もなかったように振る舞いながら中枢電算室を出る。後ろで扉が開き、勝手に開かないよう三重の錠がキチンと落ちるのを確認してから、私は仮の拠点に据えたCICに向かって歩き出す。
〔ノゾム様ー〕
〔ピーター、どうした〕
すると、向こうから外骨格を脱いだピーターがぴょこぴょこ跳ねてくるではないか。外骨格を脱いでモフモフを晒した彼は、兎特有の無表情からは察しづらいものの、少し苛ついているように感じた。
〔捕虜が五月蠅いです。開放しろとか獣がとか人を馬鹿にして〕
〔翻訳機をオフにすればいいじゃないか。それか口に何かねじ込んでしまえ〕
〔それだとお役目が果たせません! 脱走しようとしたらどうするんですか。仲間内でヒソヒソ企てられると困ります〕
うーむ、真面目だ。全身検査もして武器を隠し持っていないことは確認済みだし、対単分子原子コーティングを施した展性チタン合金製の手枷で拘束してあるから、逃げる心配もないのに仕事は徹頭徹尾やりきるつもりなんだな。
〔あと、ぼくらはいいんですけど、ファルケンがキレて手を出しそうになってガラテアから外に連れ出されてました〕
〔アイツも堪え性がないな……〕
まー、彼は根が真っ直ぐだからなぁ。反乱者というだけで絶許案件だろうし、更に捕まって尚不貞不貞しいとなれば腹が立つのも当たり前か。
〔リデルバーディも尋問は何時やるんだと気が急いてましたよ〕
〔あー、それなぁ、ちょっと準備がいるから、もうちょっと日干しにしときたいんだよなぁ〕
〔日干し?〕
我々機械化人と数列自我は、脆弱なタンパク質で構成される旧人類が水と栄養がなければ弱ることをよく知っている。VRをあまりやらず、義体を使って普通の通信帯に浸っている文民だと忘れることも多いが、同盟国と合同演習をやることも多い軍人の中では常識で、補給が絶えた友軍のことを考えて態々飲料水精製装置やら糧食を用意するくらいには気を遣ってやっているのだ。
だからこそ、それが弱点であることも知っている。
やる気満々で出てきた兵士も、三日ほど何も与えないで放置しておけば、たった一缶の水欲しさに味方を売ることだってある。この戦訓を知る我々は条約を結んでいない――というより、向こうから蹴ってきた――国の捕虜は適度に乾してから尋問することにしているのだ。
向こうは我々を器物扱いして、砕いてくるんだから、一方的に殺さない分まだ上等だろう?
水という潤滑油が口を滑らかにしてくれるし、抵抗する体力を削げるから便利なんだよ。
だから隔壁もまだ開けていない。閉じ込められたマギウスギアナイトは脱出しようと藻掻いている者達もいるようだが、あと二日も放置しておけば大人しくなるだろう。船内での迎撃戦ということもあって、水や食料を携行している者もおらんだろうし、直に暴れる元気もなくなるはずだ。
ま、大本命たる指揮官は直接、副脳を除く予定だから、他の尋問は殆どオマケなんだけどね。
〔そこかしこがガンガン五月蠅くてたまらないと陳情が〕
〔砲声よりマシだろうと言っておいてやってくれ。それに、下手に直結すると汚染されるかもしれなくて怖くてな〕
仲間達には少し苦労をかけるが、もう少しだけ看守をやってもらうしかない。
何と言っても、あの捕虜達は船を動かせる端子持ち。アウレリアが私の電脳エントランスに干渉できたように、直結して尋問するのは危険すぎるんだ。副脳の記憶媒体から情報を引っこ抜ければ楽なんだけど、それにはスタンドアロンに保った電算機がなきゃ危なくてやっていられん。
だから、セレネが新しい体に馴染むまで、もう少しだけ我慢しておくれ…………。
【惑星探査補記】電脳を介した尋問には防壁などの高度な電子戦知識が必要とされるため、専門の部隊が編成される。しかし、前線などで彼等の支援が受けられない場合、逆ハックや攻性防壁に灼かれる危険性から、条約に批准していない敵には〝強度の尋問〟を執り行うことが銀河中で珍しいことではない。
少しずつ復調してきましたが、明日も更新は未定となります。
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