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6-16

 這々の体で戦域を離脱した〝テミス11〟であったが、その内部はあまり穏やかとはいえなかった。


 我々を猜疑の目で見ているトゥピアーリウスの戦士達と、いつ襲いかかってくるのかと備えて臨戦態勢を崩さない味方の間で、空気が物理的な粘性を帯びたかの如く緊張しているからだ。


 『悪かったナー、ノゾムー。ウチの連中ハ、ほラ、アレ、外の人間を知らなイかラ。吊すカ、狩るカ、それくらイしか関心がないんダ』


 「まぁ、暴れなきゃ何でもいいさ。森の手近な部分まで送ろう」


 『そっカ、助かル。イやー、しかシ、また死に損ねタ。次の戦場までの時間が長イナ』


 いつもの糸目に戻ってからから笑っている彼女だが、緊張を湛えた両陣営の中で私と面と向かって話していて、後ろから誰も文句を言ってこないあたり、やはり戦士としては一廉のものなのだろう。


 『でモ、凄いナ! こんなにデッカイのが動イてル! しかも浮イてル! どうなってるんダ!?』


 「あー、ちょっと、コンソールに触るな! 指示が狂う!!」


 だのに平常運行の彼女は周りをキョロキョロ見回して、興味を示す物にとりあえず触ろうとするから困る。そこら辺を勝手に弄られると計器情報が狂って、艦の運航に支障を来すから止めてくれまいか。


 『こんなデッカイの、試練でしか見たことなイゾ!』


 「試練?」


 『エー、なんだっケ、二進数文字難しイ……森、普段は入っちゃイケナイ場所アって、そこから生きて帰ってきたら褒められル』


 「度胸試しみたいなものか?」


 『かモ? ほラ、証拠!!』


 言って、彼女は訥々にガバッと上衣を捲り上げ――粘膜部分は口腔内と同じ色をしていたとだけ言っておこう――背中を見せる。


 そこには複雑な紋様の刺青が彫られていた。装甲に色を定着させるにあたって、特殊な塗料を用いて画かれているのは壁画めいた図案だ。


 背中の刺青の中では、巨大な船めいた構造物から木々が生えているような情景が、曲線を使わない直線が複雑に交差する画法で画かれている。独得な画風もあって、なんともなしに宗教画のように見える意匠は非常に興味深い。


 私、これ何かのVRゲームで見たことあるぞ。


 ああ、アレだ、セフィロトの樹だ。あれの円形部分が――たしかセフィラとかいったか――航宙艦のような物に入れ替わっていて……。


 「はっ、はっ、破廉恥だ! 破廉恥だよノゾム! 止めるように言ってくれ!!」


 「分かった、ガラテア! 目を押さえるのをよしてくれ! つぶれはしないが傷が入る!!」


 ほう、と思って観察できたのは基底現実時間で数秒のこと。唐突に服をまくり上げるという、お嬢様基準で言えばあまりにはしたない行為にガラテアが呆気に取られた後、顔を真っ赤にして私のメインカメラを隠そうとしてくるではないか。


 戦場に出ることもあって痛覚は切っているけど、二型の体で目をやられると警告がめっちゃ出て鬱陶しいんだ。疑似粘膜部分は脆いから本当に勘弁してくれ!!


 何がまずいのか分かっていないヒュンフは目をぱちくりとさせていたが、唐突に晒された刺青にトゥピアーリウスの何人かが握った右手の親指を額に添え、口元まで垂直に下ろしながら何事かを呟いているのがサブカメラから見えた。


 我々が宇宙に上がっても、ホトケさんに手を合わせるのと同じく、宗教的な仕草なのだろうか。


 つまり、この刺青は彼女達にとって――よくよくみれば、不思議と雄性体っぽい体つきの個体がいない――拝むだけでも有り難い物でもあると。


 〝穢れたる雄神〟から引っこ抜いたデータのことを思い出して納得した。


 〝プロジェクト・エデン〟と銘打たれていた、壊れていて殆ど読めなかったデータの一つ。それは旧地球で崇められていて、今も一部のマイナーな信仰を得ている〝キリスト教〟に関連するワードであったから。


 アーカイブに格納されていた文献曰く、聖四文字(YHWH)の神が作りたもうた楽園の地には、見るからに好ましく、食べるのに適したあらゆる木々が生えた、飢えとは無縁の園があったという。


 エデンという彼の地、その中央に植わっていたのが、さっきヒュンフが晒したセフィロトの樹。命の樹とも呼ばれる、食べれば永遠の命を得られる木の実を宿す物だそうで、同じく中央に植えられた知識の樹と対を成す物。


 人は後者の実を啄んで今の形となり、結果的に神の勘気を被って楽園を追われたそうだが――ケツの穴の小っちゃい野郎だ。そも手前の管理不行き届きだろ――永遠の命とやらに私の光子結晶内に疑似構築されたニューロンがビビッと来た。


 永遠の命、メンテナンスされていないにも拘わらず稼働し続ける機械。そして、知恵の実を囓った人間には影響を及ぼさない何か。


 これ、凄くそれっぽいんじゃないか。


 ヒュンフに服を戻すよう頼みつつ、体捌きでガラテアを振り解いた私は少し考えに浸りたくなったが、流石にそんなことをしている時間ではないので、頭の中のメモ帳でも深いところに格納し忘れないようリマインダを設定した。


 多分、テラ16thで派手にやらかしてくれた連中は、この惑星の特性を既存の神話に準えて理解しようとしたのではないかと言う類推を添えて。


 『上尉、そろそろ完全に主砲の射程から脱しました。森の近くに停めますか?』


 「あまり近寄りすぎて攻撃されても困る。20kmほど離れた場所で停止してくれ」


 『了解。気を付けてください、今の〝テミス11〟は自走できるだけで、ほぼ棺桶のような状態ですからね』


 相方からあんまりな評価を受けてもテミス11は何の文句も言わず、淡々と航行して指定座標にゆっくりと止まった。こういう時、苦情一つ言わないから疑似知性って可愛げがないんだよな。


 「この辺で良いか?」


 『うン! っテ、どうしタ、ミーッレ……おっト』


 反射的に二進数言語で喋ってしまったようだが、ヒュンフは肩を掴んで注意をひいてきた個体に――よくよく見れば、私が捕虜に取った子じゃないか――母語で喋りかけ直す。それから、暫く話し合っていたようだが、俄に雰囲気が険悪になってお互い胸ぐらを掴み合い始めたではないか。


 犬歯を見せつけるように歯を剥いて、額をぶつけ合うメンチの切り方は堂に入っているが物騒過ぎて止めて欲しい。


 何事かと仲間達が火器の安全装置を外そうとするのを押し止め、私は二人の間に入って急に喧嘩は止めてくれと訴える。


 『こイツ、イうに事欠いてノゾム達も殺しておイた方が良イとかイいだした。戦場で何がアったか見てなかったか?』


 「ああ、まぁ、この船も森を焼いたからな……懸念を抱いても無理はないか」


 『けド! 無礼ダ! アたしは見てタ! ノゾム達が突っ込んだかラ、敵が混乱して反撃できタ! 森焼かれるの止まっタ!! 味方してくれた勇士を何となくで殺すやつがアるかヨ!』


 庇ってくれるのは嬉しいが、殴り合いを始めるのは止めてくれよ。折角上手く行ったのに、ここでケチが付いちゃ夢見が悪いだろうよ。


 それに、私のナリがよくないんだろうな。本質的には大分違う物だけど、森を焼いた連中と見た目が同じだ。長い間孤立し続けてきた庭師達にとって、人間と見た目上は同じってのが気に食わない、というより不安に感じることもあるだろう。


 この筐体だと太古から伝わる、首を外して「ロボジャナイヨ」とボケる、ウケるかドン引きされるかの二択が約束された鉄板ネタが使えないから困る。


 その後も暫く私達では解読できない言い合いが続いたが、他のトゥピアも何事か会話に混じり始め、やがて納得がいったのかミーッレは引いた。凄く不満そうな顔をしながら。


 多分だが、人生の芸風が大きく違う中で、まだ割と理解できそうな人達が「まぁ落ち着けよ」くらい言ってくれたのだと思う。


 だって、そうじゃないと今後トゥピアーリウスとつき合うのしんどいよ私。


 機械化人と数列自我が捨て身戦法大得意なのって、そっちの方が効果的なのと〝幾らでも換えが効く〟ってだけであって〝命が軽い〟訳じゃないんだわ。


 何と言うか、アレだよ、私達だって軍人、本当に賢い生き物なら必要のない存在だけあって何時でも死ぬ覚悟はしてるし、我が身を鴻毛の軽きに置き~なんて訓示を真面目な面で読み上げたりもする。


 けど、トゥピアーリウスのは何か違うんだ。この短い時間の中でも、たった一度の戦を見ただけで分かるくらい違う。私達は一死千生が叶うなら喜んで死ぬんだけど、トゥピアーリウスは一死千殺ができるから狂喜して死にに行くというか……。


 アレだよ、結果は同じでも包んである包装が大分違う気がするんだ。餅大福と求肥大福くらい違う。


 だから、ちょっとくらいはコッチ寄りの人がいなきゃやってられんて。


 [族長、どうする。コイツら明らかにヤバいぞ]


 [分かんないだろうからって露骨に言うな。せめて表情くらい隠せ]


 [コイツらに俺達の表情が読めるとは思わんが]


 黄色のカメラアイを胡乱げに収縮させながら、コイルガンの安全装置をいじいじしているリデルバーディを窘めておいた。彼の言う通りテックゴブの微妙な表情の違いや、金切り声めいた言語をトゥピア達が理解できるとは思わないけども、念のために真面目な表情をしておいてくれ。


 くそ、外交官ってみんな、こんなに心労掛かってんのか? 無事生還できたら、そっち方面に進んだ友人に飯でも奢ろう。軍人畑面子で揃って、お前らがトチったら俺らが最前線だからなって煽りまくったの、きっと私の想像よりめっちゃ刺さってると今になって分かったわ。


 ああ、こういう思いをしたくないから、私は万年上尉止まりだったのになぁ。


 『とりアエずみんな納得したから帰ル。戦も落ち着イたみたいだシ、火を消して回らなキャ。それにコレ、ノゾムの獲物だから飾る権利はノゾムにアるし』


 「ああ、うん……ご配慮、ありがとう?」


 しかし、この惑星の連中ってみんなトロフィー好きだなぁ。テックゴブも倒した敵の頭蓋とか欲しがるし、トゥピアーリウスはご覧の通りだし。私達みたいにキルマークだけで満足できんもんかね。


 変なことをしないよう見張りとして出口までついて行って、ゾロゾロと出ていく機械仕掛けのエルフを見送る頃には完全に地平線から陽が顔を出しつつあった。


 「濃い一晩だったなぁ……」


 『上尉、終わった感出してますけど、まだ何にも終わってませんよ。捕虜の尋問とか艦内の掃討とか懸案事項がてんこ盛りです』


 「五分くらいでいいから浸らせてくんねぇかな……」


 後頭部をボリボリ掻きながら、私は半壊した船の中で重い溜息をついた。


 陸上戦艦の艦長、一国一城の主つったら大出世だけど、隙間風吹きまくり、隙間ガッタガタだと手に入れてもイマイチ嬉しくねぇなぁ…………。




【惑星探査補記】高次連統合軍は基本的に鹵獲した兵器を使うよりも、生産設備を回した方が早いため獲得した敵武装を流用することを念頭にはおいていないのだが、一部の「鹵獲兵器を自軍カラーで運用するの楽しいよね」という一派によって、一応使えるようにするマニュアルと規則、そして訓練が策定されていた。

次回新章開幕。

体調不良につき投稿予定は未定でお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ロボットじゃないよ」に、 「うるさい、お前なんかロボットだ!」 って敵性国家の連中に言われたら大喜びで反応したんだろうなぁw
[一言] お大事になさって下さい
[一言] やっと感想を書く余裕を取り戻せました……ともかく、大変な中の変わらぬ更新、ありがとうございます! しかし試練の樹の航宙艦ですか……伊達将範聖の『DADDY FACE』とか思い出しますねぇ …
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