6-15
『フュンフ! 聞こえているか!! 全員に伝えろ! 乗り移るならコッチだ!!』
戦場に響き当たる砲声、及び突撃の蛮声に紛れて聞こえているか分からないが、スピーカーを最大出力にして声をかけると、痛ましい姿になった彼女が振り返った。
そして、周りの仲間に何やら話しかけると、ティティス7の甲板上に跳ね上がったかと思えば……全力で助走して飛び移ってきたではないか。
嘘だろ!? アイガイオン級からの砲撃を避けるため、まだ近くにいるとはいえど150mは離れているんだぞ!? 走り幅跳びで飛び移ってくるとか、どんだけ基礎性能が高いんだ、あのエルフもどき。流石にこの距離は乙種義体でも外骨格がなきゃ普通に届かないんだが!?
『ノゾム! なんデ、こっちイるノ!?』
『森が危ないと思って助けに来たんだ! こっちのデカブツは私達が黙らせた! 急いで引き上げろ!!』
『待っテ! ちょっと待っテ!!』
言うと彼女は大慌てで艦尾方面に走ったかと思えば、腰から二本の棒きれを引っこ抜いたかと思うと、盛大に発光させながら降り回しはじめたではないか。木の樹脂を塗りたくった松明にしか見えないが、その光量は無線封止下で仲間に信号を送る発光信号機に負けていない。
だが、視覚素子は、こういった状態であまり聞きたくない言葉を拾った。
『アッ、まずイ、間に合わなイ』
『上尉! 警告! 磁界熱兵器反応多数!!』
あかん、このままだとローストされるぅ! そうだ、大抵この規模の船には、的の磁界操作兵器を霧散させる対抗兵装が積んであるはずだ。それで防御すれば何とかなる!!
『テミス11! 対磁界崩壊力場は……』
『砲打撃戦により損壊しました。今からではミサイル弾頭での無効化も間に合いません』
『ド畜生がぁぁぁぁ!!』
私が叫ぶのと、森の縁からプラズマの雨が降り注ぐのは、殆ど同時であった。
くそっ、肉薄した部隊は敵の注意を集めるための決死隊で、本命はコソコソと集結したプラズマの魔法を操る砲撃部隊か! よくよく見れば、ティティス7に群がっていた面々も仲間が攻撃を成功させたことを確認すると同時、飛び降りて逃げ出しているではないか。
普通に巻き込まれたら死ぬのに、よくやるなぁ!?
『ごめン! 何か仲間割れ始めたかラ、注意を惹いて砲撃しようってことになってテ!』
『明らかに熱量が私達を襲った時より大きいぞ!?』
『一六声多重輪唱式だもン!! アんまり逃げること考エてなかっタ!!』
その多重輪唱式とやらがどういう物かは知らないが〝対艦攻撃規模〟であることだけは分かったよ。畜生、あの庭師を作り出した連中は、一体何から守らせるつもりでこんな馬鹿げた性能を与えたんだ! 装備さえあればプラズマを包んでいる磁場を崩壊させて無力化できるが、壊れていちゃどうしようもねぇ。
『回避急げ!!』
『実行中ですが、危害半径が広すぎます。回避成功率は12.7%ほどと試算』
『重要区画以外には当たっても構わん! 擱座しないよう姿勢制御!!』
『それでも成功率は58.22%です。退艦準備を急いでください』
微妙に分が悪い数字を上げながら無茶言うんでねぇよ! こっちは折角取った大駒だから逃したくないのもあるけど、プラズマが無秩序に降り注ぐ外になんて出られるか! というか、連中よく味方が肉薄攻撃仕掛けてるのに拡散型でばら撒いたな!? 正気か!?
『フュンフ! 動ける仲間を砲撃で開いた穴からコッチに逃がせ!』
『死ぬ覚悟で出てきたかラ、言うこと聞イてくれるか分かんなイヨ!!』
必死に松明を振っているが、やはり攻撃が止まらなかったことから諦めて走ってくるフュンフを迎え入れ、他生き残りのトゥピアーリウスを収容するために各ハッチを開けさせた。後どれだけ生き残れるかは、各員の運だ。
〝ティティス7〟も今更になって回避しないと拙いと判断し始めたのか、抗重力ユニットを起こして浮かび上がり始めたけれど、もう襲い。陸上型戦艦の欠点は、一度腰を落ち着けたら初速を稼ぐのに時間がかかることだ。予め暖機していなかったのであれば、その重い図体が浮かび上がるのに暫くかかる。
そして、物理法則に反して何もないところから発生した、恒星の熱をも上回るプラズマは待ってなどくれないのだ。
『取り舵一杯!!』
『実行中です』
こういう時、一緒に焦ってくれない疑似知性は味気なくていかんなぁと思いつつ、私は生き残っていた少量の光学素子が光に灼かれるのを見た。
世界が、白く、燃える。
『上尉! 上尉! ご無事ですか上尉!!』
「い、生きてる……」
プラズマの接触は砲弾のそれと違って、轟音をもたらさなかった。
ただ、高熱の球が装甲を熱したバターナイフで溶かすようにえぐり取っていったようで、幸いにも我々の立て籠もるCICに損害はない。
『上部構造物がゴッソリいかれましたよ! 見えてますか!?』
「ダメだ、センサー系統が殆ど死んだ。ティティス7はどうなった?」
『殆ど跡形もありません。蕩けたチーズみたいになっています』
うわぁ、こわ。マジでギリギリだったみたいだな。
疑似知性に命じてダメージレポートを行わせると、本当に際の際、船の機能さえ生き残れば良いという回避を断行したこともあって艦橋の2/3と、船首側の幾らかが消し飛んでいた。おかげで探知機能は殆ど死んでおり、目隠しされて耳栓をしたような状態になっている。
電子戦用のジャマーは晴れているので辛うじてレーダー頼りの航行はできるが、セレネが誘導してくれないと真っ直ぐ進むことすら不可能な状態だ。よかった、フュンフが攻撃を止めるよう頼んでくれて。少し遅かったが、次射や第三射が襲いかかってきたら、装甲や構造材と溶け合ったデキの悪いアートに転生させられていたぞ。
とはいえ、これでは折角奪い取ったのに価値が激減だな。銀を取ったと思ったら、いつの間にか桂馬に変わっていたくらいのガッカリ度合いだ。
いや、使いこなせば強いけどね、桂馬。
『テミス11、乱数回避しながらの航行は可能か? 可能な限り現在位置から離れたい』
『暫定艦長、現状のセンサー類では極めて困難です』
『船外の友軍が支援を行う。データリンクを行い指示に従え』
黄道共和連合の船としては、所属している団体以外の通信帯に確固たる権限を持った人間以外の指示で接続するのはよろしくないのだろうが、このまま何も見えない状態で、しかも自分を破壊し得る敵が伏せている中動きを止めるのはもっと下策と判断したのだろう。大人しくデータリンクの深度を深め、セレネからの指示に従って機動を始める。
『……了解、指示に従い航行します』
『良い子だ。暫く世話を任せていいかい、セレネ』
『お任せを。きかん坊の扱いには慣れていますから』
その扱いを慣れさせるに至ったきかん坊が誰かは聞かないことにして、私は接続端子を引っこ抜いた。
「あー……死ぬかと思った」
「僕も」
ずっと抱きしめられていたガラテアが腕の中で脱力し――バイタルが黄色くなるくらい心拍が上がっていた――そこかしこで面白おかしい格好を取っていた各々もやっと地面が安定しはじめたことに安堵しているようだ。宇宙でふわふわやっている時間が長い我々には慣れっこだが、どうやら二本足で大地と仲良くしている面々には過激すぎたらしい。
[ま、まだ世界が揺れているような感じがする……吐きそうだ……]
〔くるくるする……ぎぼぢばるい……〕
「い、痛い、どっかぶつけた……」
リデルバーディは捕虜を括り付けた椅子にもたれ掛かって呻く。それも上下逆さまになって、地面を両手で掴み、脇息に足を絡めていたので体勢の維持に相当苦労したのだろう。ピーターはコンソールにサブアームと腕を使って全力で縋り付いていたようで、掴んでいた場所が少し凹んでいた。そしてファルケンは運が悪かったのか、真面に掴まれる場所が満杯だったらしく方々に叩き付けられて、ギアアーマーがジャガイモのようにベコボコになっていた。
他にもシェイクされた面々は前衛芸術めいた姿勢になっていたので、大なり小なり打ち身やら捻挫やらに悩まされるだろうが、死人はなし。たった一六人で掃陸艇相手に特攻戦術をかまし、この軽装甲で砲打撃戦をやらかした挙げ句、プラズマの雨に襲われたにしちゃマシな被害だったな。
戦死者なし、なんと甘美な響きだろう。戦闘詳報に記載して、これほど心躍る文字は白兵突撃成功と敵司令部制圧以外にはそうそうないぞ。
「セレネ、砲撃は?」
『今のところ来ません。後方のアイガイオン級も何が起こったか状況を把握しかねているのでしょう』
「戦場の霧に感謝だな」
我々が憎みに憎み、徹底的に晴らそうとした前線から遠ざかるにつれて濃度を増す霧が、今は我が身を守っていた。情報が後方に届くまで何が起こっているか分からない状況は、何処にでも発生し、それは超光速通信技術を確立した時代でも変わっていなかったのが、衛星に頼れないこの地では尚濃く立ちこめる。
かなり苦労して前方と連携していたであろうアイガイオン級が、攻勢の完全な頓挫を知るまでに今暫くの余裕がありそうだ。
結果論だが、もっと前に出しておくべきだったなヴァージル。勝ち確の盤面をひっくり返すコマが、どっか余所から飛んで来ることなんて間々あるんだ。我々だって予想外の増援に作戦を台無しにされたことなんて、数え切れないくらい経験してきたんだから。もっとリアルタイムで状況を読める場所にいたら結果は全てかわっていたろうに。
ま、安全を取りたい気持ちも分かるがね。我々なら、そうしないってだけで。
実際、下手に前に出て来ていたら、私達の標的はアイガイオン級に変わっていたからな。
ま、陥落させられるかどうかは、デカさが文字通り桁違いなので怪しいところだけども。
「あ、そうだ、フュンフは!? 生きてるのか!?」
『待ってください、飛び込んだハッチは艦橋間際だったのでセンサーが死んでいて……』
『警告、第二層ブロックⅣー9-2の隔壁がこじ開けられています』
船内図を出して貰うと、それは彼女が飛び込んだ場所の近くだった。
ああ、うん、元気みたいで何よりだね。ただ、もうどうしようもないくらいぶっ壊れているんだから、これ以上の破壊活動はやめてもらいたい。
「テミス11、隔壁を開いてこっちにお通ししてくれ。丁重にな」
『軍籍コードにないドローン群です。推奨いたしかねます』
「それは友軍の特殊戦コマンドだ。警戒の必要はない」
雑な言い訳で納得させれば、遠くで隔壁が開いていくのが地面伝いの振動で分かった。これで船内を破壊せず、トゥピアーリウス達が平穏に中に来てくれれば助かるのだが。
『ノゾムー!!』
「こっちだって、えらくお友達が多いな」
十分背が高いはずの通路を窮屈そうに中腰になってやってきたヒュンフの背後には、数十人のトゥピアがいた。各々似たようでいた個性的な戦装束を守っているが、森を焼かれた余波で煤だらけだったり、髪の毛がチリチリしていたりして痛ましい。中には突撃前に流れ弾を喰らったのか、四肢が吹き飛んでいたり、装甲板が脱落して内部構造を露出させている個体もいるではないか。
この様になっても戦意が折れず、遮二無二突撃に入れるとか本当に戦意が凄いな。脳殻が無事なら何度でも帰って来られる私達と違って、換えが効かなかろうに。
『~~~~~~』
彼女の後ろにいた一人の庭師が矢をつがえようとしたが、素早くフュンフの手がそれを捕まえ、制止……を越えて握り潰した。
『~~~~~~~~~~~!?』
『~~~』
三進数と一五進数に乱数が噛んだ意味不明な圧縮電波言語は読めないが、彼女が何を言ったかは分かる。
止めろ、そう恫喝しているのだ。
普段の笑顔にしか見えない糸目が見開かれていた。カメラアイの瞳孔部分が小さくて、三白眼気味の白目部分が多い目は、普段見ている子供っぽい彼女とは違い、歴戦の戦士が放つ殺気を宿していた。
それに引いたのだろう、武器に手を掛けようとした戦士達は一歩後ずさり、自分達の手が何も握っていないことを主張していた。
……あれ? 私達、この子のこと、興味本位で動くデカイ子供だと思っていたけど、実は結構尊敬を集める戦士だったりする…………?
【惑星探査補記】トゥピアーリウスの戦士の中で、森は自分の命より重い。
申し訳ありません。猛烈な体調不良で寝込んでいました。
明日の更新はちょっと未定でお願いします。




