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500mm重対地攻撃砲は地上で運用できるレイルガンの中でも最大級の物であり――口径が更に大きいと地軸に悪影響を与えかねない――これと言って凝った仕掛けを搭載していない〝圧縮質量砲〟であっても膨大な運動エネルギーだけで半径200mを軽々と吹き飛ばし、深さ10m近いクレーターを作り出す。
こんなブツが跋扈しているから、各国は既存の恒久陣地計画を投げ捨て、移動可能な軍事拠点を作ることに腐心し始めたのだ。
だから我々も前進があと少し遅ければ〝テミス11〟ごと蒸発して、抉れた地面に滞留する金属粉という形でしか存在していた痕跡をこの世に遺せなかったであろう。
「あっぶねぇ!!」
『至近弾! 破片で後尾スラスター一番破損! ご無事ですか上尉!!』
「何とかな!!」
盛大に揺れる船内で何とか体を維持し、転げ回る味方を避けて姿勢を保つ。ガラテアが吹っ飛んできたので、左手で受け止めて抱きしめる形になったが、問題はまだ解決していない。
『警告。何者かから攻撃を受けています』
おっせぇよ! ギアプリーストに操られていたから寝ぼけてるのかこの子は!!
「乱数回避に移れ! 損害報告!!」
『後尾装甲板に破片が被弾しました。尾部ブロック2~7で火災発生。船内で生体反応消失二一。また一番スラスターに破片が潜り込んで炎上。自動消火装置を起動しました。ダメージコントロール班に通達……応答なし』
「船体維持のみに注力しろ! 破損箇所は速乾硬化剤注入急げ!」
クソ、流石は衛星攻撃の次に効果的と言われる大型主砲だ。直撃せず、危害半径ギリギリに脱していても装甲を抜かれるか。
だが、敵が最初から位置を知っている場所から逃れたら何とかなる。衛星とデータリンクしていたのであれば、アイガイオン級の主砲は時速200km以上で突っ走る車両を個別に打ち抜ける精密性を持つぶっ壊れ性能を持つが、遠方から計算して撃っているだけならば乱数機動による回避で対処可能だ。
そもそもコットス級掃陸艇は、衛星攻撃を掻い潜りながら前線を維持することも主眼において設計された、高機動型の陸上艦なのだ。装甲こそ薄いが機動しながらの打撃戦では、頼れる目に乏しい相手に撃ち抜かれるほどのろまではない。
『上尉、離脱しますか?』
「まだだ! 〝標的い〟を黙らせて敵の攻勢を頓挫させる! 主砲照準!!」
正直、今すぐにでも逃げ出したいところではあるものの、今少し粘らねばならん。これだけの至近に〝標的い〟を残したままケツを捲れば、後ろから撃たれてスラスターを失い、移動能力を奪われる。後は微調整を繰り返しながら500mmにぶん殴られて木っ端微塵にされるだけ。
となると、この戦場から安全に離脱したいなら、最低限〝標的い〟の攻撃能力を削ぐ必要があった。
『エラー、その命令は受諾できません暫定艦長。あれは友軍艦の〝ティティス7〟です』
ああ、もう、これだから疑似知性は頭が硬くて使いづらいんだ。直接管制してくれているのがセレネだったら、IFFの敵味方識別コードなんぞ蹴飛ばして、さっさと砲撃を開始してくれていたというのに。
「ノゾムっ、その、ちょっと恥ずかしいよ! 重くないかい!?」
「平気だから大人しくしててくれ! リデルバーディ! ピーター! 生きてるか!!」
[■■■■! 立っていられんぞ! 何が起こってる!]
〔ころっ、ころぶ! うわぁ!?〕
乱数回避が激しすぎて中はバターを作ろうと掻き混ぜられる瓶のようになっているが、自棄を起こして半径1kmくらいを釣瓶打ちにされたら死ぬから我慢して貰うしかない。きっと、隔壁に挟まれて閉じ込められた敵はもっと酷いことになっているだろう。
「全員、地面に這いつくばるか、掴まれる物を探して耐えろ! 暫く続くからな!」
回避はし続けないといけないし〝標的い〟こと〝ティティス7〟にも気を付けないといけない。あまりにも忙しすぎる。
とりあえずは、この頭の硬い疑似知性を説き伏せないと。
しかしコイツ、友軍の識別信号を発している私にはギアプリーストの命令なら普通にぶっ放してきたのに、正常に動き出した途端に融通が利かなくなるって不平等過ぎないか。魔法だっていうのは分かっているけれど、疑似知性が普通なら拒否する命令を破壊するでもなく従わせられるってえげつないにもほどがあるぞ。
「現状、艦内で反乱が起こっていることは把握しているな!?」
『不正アクセス者の存在から認識しております』
「その勢力に〝ティティス7〟は掌握されている! 向こうの艦長を呼び出せ!」
『了解、エドガー・ドロン大佐に接続……』
こっちは一々名文を用意して、口説き落としながら命令しなきゃならないってのに。
艦長から副館長、第五次まで権限を持つ人間が艦内に不在である上、識別コードを持たない人間が直結して動かしていることを認識させた後、私はようやく代行権限で以てIFFを無効化することに成功した。
『エラー、応答がありません。また、僚艦よりレーダー照準を確認。プロトコルRに基づき一時的にティティス7を友軍判定より除外。敵対行動が停止するまで攻撃対象と認識します』
しかし、些か遅すぎたようだ。〝ティティス7〟もアイガイオン級が我々を撃沈しようとしていることから敵になったことを悟ったのか、砲口をこちらに向けてきたのである。
基本的に量産される兵器の主兵装は、同格の兵器を破壊できることを前提に作られる。故に同じコットス級であるティティス7の速射砲はテミス11の装甲を貫通し得る。
幸いなのは、この至近距離なのもあって対艦誘導弾を使えないことだろう。アレには自爆を防ぐための信管が装備してあるので、こうも肉薄していては発射が承認されない。よしんば魔法で無理矢理撃ったところで、弾頭が非活性化して炸裂しないはず。
しかれども遠方からの対地攻撃と違って、至近距離にいる敵艦の速射砲を乱数で回避するのは不可能だ。あとは、高次連が設計した装甲レイアウトと、被害を受けてもしぶとく動ける設計に期待するしかない。
「砲照準、敵速射砲!!」
『照準了解、発砲準備よろし』
「打ちぃ方ぁ始め!!」
私の命令より数秒、ティティス7の発砲が早かった。
左舷に速射砲が容赦なくめり込み、艦橋部分を横断するように叩き込まれる。それに応じて近距離迎撃兵装も反応して側舷を滅多打ちにしてくるが、こちらは対艦兵装ではないので問題にならない。
『艦橋部大破。センサーの三割七分が機能を停止』
「死んだセンサーは捨てろ! データリンクした測距情報を元に撃ちまくれ!!」
一方で此方が狙うのは、敵の速射砲だ。コイツを先にぶっ壊してしまえば、敵艦には我々を撃沈しうる攻撃オプションがなくなる。
ここでも練度の差が出て来た。馬鹿め、こういう状況なら頭を叩き潰して一発で行動停止に追い込むのは魅力的だろうが、同格同士で殴り合う時は主兵装を先に潰された方が圧倒的に不利になるんだよ。
『当艦よりの命中弾僅少。浮動状態にある上、乱数回避中なので照準が非常に不安定です』
しかし、敵は腰を据えて撃っているのに反し、抗重力ユニットを起動してスラスターを噴かせている我々は姿勢制御に難がある。台座が揺れるということは砲が揺れるということであって、微速で動いているならまだしもアイガイオン級から殴られることを嫌って全力で動き、乱数回避までしているとなると命中率はガクンと落ちる。
それに他の迎撃兵器と異なり、速射砲は船体上部で常に露出している問題から装甲化が施されており頑丈だ。一発や二発当てたくらいでは沈黙してくれないので、黙らせたいなら連続して攻撃を当てる必要があった。
「そのまま射ち続けろ! 同時に進路変更! 九時方向!!」
『進路変更了解、九時方向に転舵します』
なので、少々強引にだが状況を有利に持っていこう。
現状拙いのは遠方からの数打ちゃ当たるの制圧射撃、及びティティス7からの発砲。
しかし、前者は無理矢理に黙らせる方法がある。
『警告、このままでは三二秒後にティティス7と激突します』
「腹を食い破るつもりで突っ込め!!」
『否定、船体保全プロトコルから推奨できません。当艦に衝角攻撃能力は搭載されていません』
ギリギリで止まればいいんだよ! そこまでの船体剛性は期待してないから。ぶつけるつもりで行けってだけで、本当にぶつけろとは言っていない。たしかにクサナギ級の護衛型である、コットス級の元になった〝ツムハ級掃陸艇〟には衝角が装備されていたけど――冷静になると何で積んだのか設計者に問い詰めたくなる――黄道共和連合人は真っ当な思考の持ち主だったのか、そこは設計段階で省いていたからな。
ともかく、ただ近づくだけでいいんだよ。
五秒後、散発的に続いていたアイガイオン級からの超遠距離射撃は止まった。このままだと、まだ味方が指揮を掌握しているティティス7にも被害が行くと察したのであろう。
よし、いいぞ、致命打が一つ減った。乱数回避機動を取る必要もなくなったので、これで命中率が向上する。小さな的である速射砲にも攻撃が当たり始めて、装甲板が吹き飛ぶのが見えた。
ここで敵も遅れて、先に攻撃手段を奪わないと自分達がやられることに気付いたのだろう。砲照準を速射砲に向けようとしている。今まで〝見た目からすると弱点っぽい〟艦橋に攻撃を集中していたのだが、狙いを変えようとしているのが分かった。
なるほど、向こうサン、指揮官は艦橋にいるのか。肉眼で状況を確認できるなら、碌に機械化してない旧人類なら、心情的にそっちの方にいたいと思うわなぁ。
相手は一手損ばかりだ。やはり慣れていないと対応が遅くて助かるよ。この距離だと後部に備わった短距離対地自動推進弾も発射と同時に撃墜されて、自分達に被害が及ぶことを考えて更に使えまい。勝利が少しずつ見えてきた。
『敵速射砲、装甲脱落。機能停止まで僅か』
「撃ちまくれ! 後のことは考えなくていい……」
『上尉! 見てください!!』
ああ、もう忙しいな! セレネが寄越してきた情報に目をやれば、私は思わず変な声が出そうになった。
アイガイオン級からの砲撃が止み、テミス11が我々の手に落ちた上、こっちと殴り合うのに忙しくなったティティス7からの圧も失せたからだろう。森の中からトゥピアーリウス達が、今をおいて好機はないとばかりに全力で打って出てきたのだ。
ワラワラと大量に、乾坤一擲の突撃を仕掛けんと這いだしてきた数は百を超え千に近い。
あかんあかん! 今、彼等はこっちの状況を掴んでいない。こっちにまで乗り込んでこられたら大変なことになる! さっさとティティス7を黙らせて事情を説明しないと、まとめて攻撃目標にされてしまう! 流石に耐熱コーティングされている装甲板とはいえ、彼等のプラズマ攻撃に耐えられるくらい頑丈には作られていないんだ。
『警告! レーダーに微弱な感アリ。敵の浸透装備を用いた歩兵と推察』
「自動迎撃プロトコルをカット! 間違っても撃つな!」
『しかし暫定艦長、未確認勢力は当艦も対象と接近しております」
「いいから撃つな!」
ああっ、クソ、そりゃそうだよな、何が起こってるか分からないなら、とりあえず森を焼いてきた敵はどっちも襲うわな! 助けようとしているのに、話が通じないから反撃されてるというのは中々に洒落にならんぞ。
『どうしますか上尉! 戦車隊から牽制砲撃を実施しますか!?』
「ダメだ! こっちから手を出したら手がつけられなくなるぞ!! テミス11、接近する歩兵への発砲は改めて禁じる!!」
『停止命令了解……暫定艦長、同時に敵速射砲一番沈黙』
「二番も叩き潰せ!!」
前方に搭載されていた速射砲は、こちらが叩き始めたのが早いのもあって沈黙させられた。何発も砲弾を受けて装甲板が剥がれ、内部機構に弾が飛び込んで操作不能になったのであろう。自動ダメージコントロール機能によって爆発炎上することこそなかったが、煙を噴いて止まったので上等だ。
『二番速射砲より攻撃を受けています。一番速射砲、機能低下。船体ダメージも増加中。離脱を推奨』
「間合いを空けたら死ぬ! 耐えろ! 接近しつつ左転回、こちらも後部砲の射線を開けろ!!」
現在当艦は敵艦右舷に真っ正面から突っ込んでいる形なので、被弾面積が小さくなると同時に使える速射砲は前方の一番のみとなっている。対して横を向いていることで、両方の砲門が使えた敵は火力を集中することができる。
そのせいで敵の一番が大破するのと、こちらの速射砲が中破するのは殆ど同時であった。
前方砲門に集中していたこともあって後方は無傷、それも当方は装甲板が脱落しつつあるので通常迎撃兵装でもダメージが通るようになってしまった。
これは脆い側面を晒し、横を通り抜ける形で後部速射砲を叩き潰さねば。
『一番速射砲、大破。誘爆の危険アリ、自切します』
「二番、照準合わせ! 捕らえると同時に発砲開始!!」
せめてもの足掻きと、破壊されるのを分かって敵後方に前方砲で射撃を加えられたのは数秒のこと。近距離火器と速射砲からの集中攻撃を受けて、前方速射砲は自切した直後に砲台基部諸共に吹き飛んだ。運悪く蓄電池部分に直撃したのであろう。
無惨に抉れた穴を見せる船体表面に速乾特殊硬化剤が流し込まれ、ダメージコントロールを行っているが間に合うか? ここに砲弾をブチ込まれると、脆くなった部分が連鎖的にやられかねん。
ジリジリとした時間のなかで、船体が軋みを上げながら横滑りしつつ向きを変えるのを見守って、艦橋の陰を脱したテミス11の速射砲が火を噴くまでの時間がもどかしい。
早く、早く……。
『射線、確保確認。照準完了』
「全力射撃開始!!」
『了解、発射レート最大規定値』
基底現実時間で数秒。思考力を稼ぐため限界まで上げたクロック数の中では、無限のように感じられる長さを経て、やっと砲門が敵を狙える位置に来た。
柔軟性には欠けるものの、能力は流石と言うべきか、彼我の距離が100mを割っていたこともあって速射砲の砲弾は百発百中の勢いで突き立ち始めた。
数秒で装甲が脱落し、更に四秒ほどで内部機構が露出。遂には砲弾が内部に突き立って炎上し始めた。
よし! これで敵の主砲は両方潰した! これでもうティティス7にはテミス11を撃破する能力はない。
「って、待てよ、いかん! トゥピアーリウスが乗り込み始めた!」
『いけまえせん! アイガイオン級からの攻撃を受ければ、斬り込み隊諸共吹っ飛びますよ!?』
数分のラグがあるとはいえ、敵は前線の情報を一応知ることができている。二隻とも失う可能性がでてきたら、損害を最低限に抑えるため、奪取されるまえに破壊する可能性もある。
何とか、その危機を彼等に報せねば。だが、我々にあの三進数と一五進数を混ぜた乱数言語を操ることは……待てよ、アレは。
機能の何割かが死んだセンサーの中で、敵艦に鍵罠を引っ掛けている――対登攀塗膜はどうなってる――庭師達の中にヒュンフの姿が見えた。
この惨禍の中生き残っていたのか! 装甲表面は焼夷攻撃でボロボロで、綺麗な銀色の髪も多くが焼けているが健在の彼女を見つけられたのは不幸中の幸いではあるのだが、止めなければ拙い。
このまま吹き飛ばされると、通訳がいなくなる!
「テミス11! 外部スピーカーは生きているか!!」
『六割ほど破壊されましたが、一部は機能しています」
逃げるよう呼びかけないといかん。遠隔でティティス7をハックすることができない今は、攻撃を取りやめさせて此方に乗り移らせないと全てがオジャンになる。
「フュンフ! 聞こえているか! 私だ! 直ぐに攻撃を取りやめてこっちに乗り移れ!!」
音量を最大にした警告が、砲声鳴り止まぬ激戦の中どこまで届くか分からないが、私は慌てて唯一の知己に警告を発するのであった…………。
【惑星探査補記】本来掃陸艇同士での砲打撃戦というものは想定されていないが、あらゆる万が一を計算する統合軍は〝現実的に起こる可能性の低い〟状況すらシミュレーションで兵士達に経験させる。
明日の更新も18:00頃を予定しております。




