6-13
戦闘情報中枢室だけあって隔壁は硬く、解錠爆弾を二重巻きにして何とかこじ開けることができた。
破壊した扉には入室前のマナーとしてグレを放り込む物と太古より決まっているが、今回放り込んだのはOQボムではなく非致死性のスタングレネードだ。出陣前に対人戦で船に斬り込むのなら、各員一個は持ってて腐らないだろうと思って持ってきていた。
流石にね、旧人類規格だけあってコンソールやら何やらがミッシリ詰まった部屋を確保するにあたって、擲弾をブチ込むと全て台無しになりかねないからね。
〔かくほー!〕
[クリア!!]
すばしっこいテックゴブとシルヴァニアンのポイントマンが潜り込み、内部に詰めていた護衛とギアプリーストが閃光手榴弾で藻掻いている中に追い打ちをかけ黙らせると、CIC内部は完全にクリアになった。
よかった、奪取されることを嫌って自爆の準備とかされてたらえらいことだったからな。
「よし! 各員迎撃態勢! 敵を寄せるな! 艦を奪取できるか試す!」
「分かったよノゾム! 指揮は任せて!」
やる気満々のガラテアに後事を試し、私はまず船の掌握にかかった。内部には生き残っている乗員も多いだろうから、苦労を掛けるがちょっと時間を稼いでくれ。
何せあんまり時間がない。奪われるくらいならぶっ壊してしまえというのが軍隊の思考様式であって、いつ奪取されたことを後方のアイガイオン級に察知され、主砲がカッ飛んでくるか分からんのだ。
『まずは敵艦奪取、おめでとうございます上尉』
「ありがとう。アイガイオン級の動きは?」
ほんの数秒の間を置いて、まだ森の外縁部を砲撃し続けているとの報告があった。よし、やはり衛星がないこともあって後方とのデータリンクはできていないな。指揮権を艦長に預けて、予定通り動くことを期待して作戦を遂行していると見た。
ただ、これだけの設備を発掘しているとなれば、何らかの長距離通信手段を手に入れていると見るのが良いだろう。何時〝標的あ〟が堕ちたことを悟られるか分からんので、迅速にコトを進めねばならない。
「セレネ、この型のコンソールは取扱説明書を持ってたかな」
『残念ながら黄道共和連合のマニュアルなんて持ち合わせがありませんよ。テイタン-2のは機体内部にドライバがあったから何とかなりましたが、これは我々の直結を前提にしていないので、そんな便利な物は用意されていないかと』
「だよね」
ブリアレオースプロジェクトの艦船は黄道共和連合の人間が動かすことを前提とし、レイアウトやら何やら最適化してあるからな。PMC向けへの一般販売もやっていたテイタン-2と同じようにはいかんか。
とすると、手探りで、しかも疑似知性に命令を与えて動かさないとならん訳だ。感覚としてはゴツい軍手とゴム手袋を二重履きにして、繊細な時計のムーブメントを弄るようなものだな。
クソ、デカイ船だけあって制御盤も巨大でモニタに投影される数値も実に多様だし、こんなもん幾ら機械化人だからつって、人力かつ単独で動かすのは不可能だから仕方ないけど、よくこんな面倒くさい方式でコントロールしようと思ったな。
めぼしいポートは……チッ、ギアプリーストが直結して埋まっている。連中からは情報を搾り取りたいからログアウトもさせず引っこ抜く訳にもいかんし――ああ、そこピーター、気を付けて。無理に引っこ抜くと死ぬんだ――別の所から、もっと深部にアクセスする必要がある。
「とすると、この辺か」
ガンとコンソール下部の整備点検用ハッチを蹴り開けると、予想通り中には整備用端末への直結ポートが備わっていた。ここから管制疑似知性に電子戦を仕掛けて、船を掌握しよう。
ただ、この想定残り時間でできるかね。私は電子戦担当官じゃないし、軍艦の中枢端末とあれば護りも厚い。〝穢れたる雄神〟と違って読める二進数コードで書かれているからマシだが、防壁を単体で抜くのはしんどいだろうな。
「セレネ、バックアップよろしく」
『了解。幸いにも〝標的い〟はそちらの動きが止まったことに困惑して攻撃を中断しています。リソースは全てそちらに割くので、戦車隊の支援が一時止むのをお忘れなく』
「ああ、正攻法じゃなく〝裏技〟でいこう」
首からコードを延ばし、端子と直結。
よし、ここは真正面からねじ伏せて、管制AIを“分からせる”のではなく、上位船員権限を捏造してしまおう。幸いにもこの船は我々高次連統合軍とも連携することを前提としているため、万一に備えて最上位指揮官が斃れた時、立ち往生しないで済むよう機械化人や数列自我に一時的な権限移譲をすることを考えてOSが作られている。
そこの弱点を突けば、幾らか融通は利かないにせよ疑似知性をハックできるはずだ。
「ノゾム! まだかい!? 敵が多い! 思ったより沢山乗ってる!!」
[■■■■!! 頭を出すな! 死ぬぞ!!]
〔盾が! 盾が保たないよう!!〕
「あと五分くれ!!」
急げ急げ、中も外も大変だ。ええいヴァージルめ、殺し間に誘引して殲滅した後、ゲリラ戦に持ち込まれても何とかなるよう乗員を大量に用意してやがったな。早いこと権限を掌握して隔壁を閉鎖しないと、駆けつけてきた増援に押し潰される。
こっちは装備で優越しているとはいえ、たった一五人だからな。早いこと終わらせないと。
『黄道共和連合地上軍第114戦闘団所属、コットス級掃陸艇〝テミス11〟へようこそ待宵 望 上尉』
四角四面の面白みに欠ける黄道共和連合のOSに接続すると、合成音声での案内が響き渡る。なるほど〝標的あ〟こと、この船の個体識別名はテミスか。たしかギリシア神話のティターン神族の一柱で法の女神だったかな。
取りあえず敵味方識別に基づいたコードをタタッと入力すれば、元々は同じ播種船団に追随してきた船の付属品だけあって即座に弾き出されることはなかった。
「えーとセレネ〝イナンナ12〟で引っこ抜いた情報を使って船員権限を作れないか。私を〝イナンナ12〟のアドバイザーかナニカに偽装しておいてくれ」
『畏まりました。では上尉、今から貴方は出向組の観戦武官です。ご出世、おめでとうございます』
お、また絶妙に偉そうで偉くないところを引っ張ってきたな。これなら頭の硬い疑似知性を〝誑し込む〟のに具合が良さそうだ。
『情報を引き出すために暫く接続を維持してください。送信されるデータをデコーダーに掛けて緊急時プロトコルを無理矢理起動させますので。そうですね……艦長からの遺言あたりを捏造しましょうか』
「分かった、善きに計らえ」
『了解しました、観戦武官殿』
さて、軍艦に搭載されるような疑似知性を口先だけで口説き落とすのは、旧世代の創作でもあるまいに不可能であるにせよ、やり口というのは幾らでもある。
要は今、唯一頼れる偉い人だと完璧に誤解させてしまえばいいのだ。
しかし、我々と違って船員権限もなかろうに、どうやってギアプリースト達はコイツに命令を聞かせていたのだ? しかも、途中から一部とはいえ人力で迎撃兵装を動かしてきたあたり、命令系統がどうやってねじ曲げられたのかまるで分からん。
曲がりなりにこっちは友軍の識別コードを発しているのに、何だって攻撃できたんだろうね? 普通、私にはロックがかかって攻撃が飛んでこないはずなんだが。
『当艦は現在半自律稼働モードに入っています待宵上尉。所属の異なる貴官がアクセスしてきた理由を教えください』
「現在指揮系統に甚大なもつれが出ている。第114戦闘団司令部、及び中央管制に問い合わせされたし」
『了解、最寄りの中継通信を介して司令部に連絡…………』
長い沈黙は使える衛星や通信網を介して、どうにかこうにか前線司令部や総司令部にアクセスしようとしているのだろうが、残念ながら君の通信可能範囲にいるのは〝標的い〟くらいもので、答えは返ってこないよ。もし繋がる物があるのなら、私が知りたいくらいなんだからな。
『エラー、原因不明の通信帯接続不能により全指揮系統へのアクセス途絶』
「艦内最上位権限者に照会をかけてくれ」
『了解…………アラン・コッポラ中佐へ接続……エラー、艦内にいらっしゃいません』
「次席指揮官、及び第五次まで照会」
さて、基本的に疑似知性というのは、あくまで〝人間〟の仕事を手助けするのがお仕事であって、全てをコントロールしているように見せかけて実のところは何の権限もなかったりする。
これは機械怖い勢が〝AIの反乱〟とかいう、そもそもそれが可能なように設計してなきゃ起きない事態を想定して迂遠に作ったせいで、権限を持つ誰それさんから命令されたことを言われた通り熟すことしかできないからだ。
だから彼等は正しく動いているのなら、誰かから命令を受けないと何もできない。予め状況Aに陥ったら行動Bを取れとOS設計段階で設定しておくことは可能だが――完全無人状態で襲われるという、億が一くらいの備えだ――自分自身で状況を判断して臨機応変に動くことは不可能。
我々なら状況Aの近似値であるA´が起こったならば、対応BではなくB´の方が最適だと自己判断して動けるのだが、疑似知性ちゃんはお堅いので近似値に対しても柔軟に反応はできない、というよりしてはいけないと定義されている。
まぁ、要するに絶対に責任をおっ被りたくない新人と一緒で、延々と責任者を出せと言い続ければ、その内に困ってしまうのだ。
大凡彼女の指揮権限を握っていそうな相手への通信をセレネが横から掠め取り、中身を読んで権限コードをデッチ上げる。本来なら船の中に責任者が一人は残っているだろうから、異常な状況でないかぎりは使えない技法であるため〝裏技〟と私達は呼んでいる。
「現在貴艦にアクセスしている、私を除いた複数名のコードに該当はあるか?」
『……エラー、識別コード不明。ですが、指示権限が与えられています』
「即座に停止しろ、反乱者だ。貴艦は現在ハックされている。彼等を容認した上位者はいるか」
『上位権限者に問い合わせ、エラー』
さて、いよいよ以て誰の指示を聞けばいーのという状態に陥ったテミスは悲鳴を上げ始める。船外での右舷側防御兵装は大半が沈黙、そういえば誰やねんコイツらという指揮系統から戦時下でもないのに謎の発砲命令が出続けており、同時に船内でも戦闘の形跡。
アップアップと状況に溺れ始めた彼女は、最期に縋れる、いやさ最期まで縋るなという藁に手を伸ばす。
「〝イナンナ12〟観戦武官の権限を以て一時的に指揮権を要求する」
『エラー、播種作業中の指揮系統は……』
「〝イナンナ12〟観戦武官の権限を以て一時的に指揮権を要求する」
重ねて命令すると現在の状況のまま放置するのと、私に指揮権を渡すの、どちらがより拙いのかを勘案しかねているのか回答までの時間が伸びてきた。
はよう、はようしてくれ、基底現実時間で五分が過ぎようとしている。アイガイオン級から砲撃が飛んできたら粉々にされるんだよ私達は。
『上尉、デコードできました。艦長アラン・コッポラ中佐から指揮を執るよう命令を受け取った欺瞞データです』
「でかしたセレネ。聞いたなテミス11、アラン・コッポラ中佐から貴艦の指揮を引き継ぐよう命令された」
『………………了解、待宵 望 暫定艦長。全権限を貴官に委任します。改めてテミス11へようこそ』
っしゃ!! じゃあ先ずはだ……。
「最大戦速! 一二時方向!! 全隔壁緊急閉鎖!!」
『命令受諾。最大戦速一二時方向。全隔壁緊急閉鎖』
船体を維持する抗重力ユニットが出力を増し、砲撃のため安定性を増す目的で設置していた船体が浮かび上がる。そしてスラスターが推進を始めて、微妙に地面から浮いた状態となった。同時に船体後尾に備わった三発の主推進器に火が入り、船体を前方へと押し出した。
立ち上がりが遅い! 仮にも敵前線で戦ってたんだから、完全に着地しないで少しは浮いておけよ! こうやって油断するから我々に斬り込まれるんだぞ。
「やった! 壁が降りた! これで敵も立ち往生……」
現状位置から船体二隻分ほど動いた頃だろうか、船の隔壁が降りてガラテアが喜んでいるのは悪いのだけど、唐突な衝撃に船は強力に掻き乱されることとなる。
「うおおお!? 総員、対ショック姿勢!!」
遂にアイガイオン級に〝テミス11〟が陥落したことが知られたらしい…………。
【惑星探査補記】疑似知性は数列自我と熟している仕事は似ているが、権限という一点において全く異なる。それ故、第一命令たる自己保全を盾にされて追い詰められた場合、多少怪しい命令でも受諾してしまう些細な欠点を持つ。
2024/09/02の更新は18:00頃を予定しております。