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6-12

 ヒュッと甲高い音を立てて間際を弾丸、いや砲弾が駆け抜けていった。


 敵までの距離が残り4kmまで縮まったあたりで、ようやく混乱から回復したのか撃てるだけ撃って、分厚い弾幕で追い払う方針に切り替えたらしい。


 しかし、派手にばら撒くということは音と光の波長をぶちまけるということで、本体ほどの装甲を与えられていない弱点部分への攻撃を誘発することとなる。


 『全門斉射、敵迎撃兵器を黙らせます』


 セレネは先行させた〝コバエ〟から送られてくる測距データを元に照準を調整し、丘の上からサソリの尾めいた砲のみを覗かせて近距離武装を次々に沈黙させていった。


 〝標的あ〟は移動しながら攻撃するだけの処理能力がないのか、前線を維持することに拘ったのか位置を変える様子はない。依然としてトゥピアーリウスからの攻撃が続いていることもあって、戦術的に位置を変えるのを嫌っているのだろう。


 いや、よく考えるとここは後方から距離が遠すぎる。如何にアイガイオン級が高度な通信設備を内蔵しているとはいえ、それが本気を出すのは衛星からの支援あってこそ。最大有効射程ギリギリで放っているということは、コットス級とのデータリンクは行えていまい。


 だから一隻からの猛攻だけで済んでいるのだ。突入位置を計算しているため奥側のコットス級は――以降〝標的い〟と呼称――こちらに射線を向けられない。友軍相撃を防ぐことを念頭においたFCSが発射を戒めるのだ。


 これが統合軍なら最悪味方を巻き込んでも敵特攻部隊を粉砕できれば上等とばかりに釣瓶打ちにしてくるし、何なら〝標的あ〟の艦長は嬉々として己を囮に据え「俺ごと撃て!!」とIFF(敵味方識別装置)の判定を弱めるだろうけども、疑似知性頼りでおんぶに抱っこされている状態ではそこまでの博打はできない。


 というより、しない。標準型の疑似知性は味方の保全と自己保全を第一に置くこともあって、それだけリスキーな反撃を行わないよう設定されているのだ。


 何と言っても元は旧人類が操艦するよう作られている。艦内で爆発なんぞ起こったら数十単位で死人がでる柔い彼等には、自爆覚悟の判断をするAIなんておっかなくて詰みようがないのさ。


 「残り2km、圧が弱まってきた! 各機、乱数回避!!」


 二次被害を被らない程度の車間距離を空けて縦列で蛇行していた隊列が、指示に従って増減速を繰り返し横列に配置を変える。同時に装輪装甲モードから四脚モードに切り替え、より有機的で見越し射撃が難しい機動に移る。


 幸いにも現状、脱落者はいない。ガラテアとテックゴブ二人が至近弾で破片を浴びただけで損害は受けておらず、戦闘続行は可能であると伝えてきている。この電子戦下でもセレネの支援があって辛うじてデータリンクを維持しているので、視界の端っこに移るバイタルサインを併記した顔写真が誰一人消えていないのは正しく僥倖。


 そして、ここからが第二の博打。


 「あと五秒で距離一〇〇〇を割る!」


 『臼砲準備! 斉射……今!!』


 〝標的あ〟の右舷側側部の装甲板が開くのと、突貫で自走臼砲仕様に改造された群狼の砲声が響くのは殆ど同じ。


 よし、勝った。やっぱり敵サン、設定を規定値から変えていないようで〝対人散弾地雷〟の起動を距離一〇〇〇を割ると同時に設定していたようで、普段は装甲で隠してある緊急用兵装が顔を覗かせるのと、そこに榴弾の雨が降り注ぐタイミングはバッチリ同時であった。


 やはり敵の諸元を知っているのは強いな。緊急用の迎撃兵装は肝心要の時に動かなくては困るので、普段は装甲に隠されているのだが、起動する瞬間はどうしても無防備だ。撃ってくる瞬間さえ読めていれば、カウンターを叩き込むのは加速された時間の中で生きている我々にとって実に容易いことだ。


 しかし、幸運は何時までも続かないもの。敵が自律射撃を止め、人力操縦に切り替えた機銃座の攻撃が一発群狼に直撃した。


 〔おあーっ!?〕


 〔無事か!?〕


 車体後方に秒間百数十発の発射レートを誇るコイルガンを驟雨の如く浴びた群狼は四散し、搭乗者であったシルヴァニアンが宙に投げ出された。


 虚空をクルクル回って群狼からの慣性を受けていた彼は、そのまま地面に落ちると何度も転がって直ぐ見えなくなった。


 〔じょ、乗騎大破! な、なんでかぼくいきてる!!〕


 しかし本人に直撃していなかったことと、強化外骨格のご加護もあって戦士は死んでいなかった。衝撃でバイタルが乱れたせいか顔写真は黄色く染まっているが、まだ生きている。


 〔後退するか、砲撃で開いた穴に伏せておけ!〕


 〔くぅ……心ぐるしいけど、離脱します! 星々のご加護を!〕


 残り一五機、距離五〇〇。ここまで離脱一で済んだのは敵が特攻戦術に慣れていないこともあるが、なにより運が大きい。やはり我々には三至聖の加護があるようだ。


 「セレネ、頼む!」


 『対登攀塗膜防除、いきます』


 次いで砲声が響くが早いか〝標的あ〟の右舷側面に無色の――しかし、補正視界には強調表示される――特殊な塗料が浴びせ掛けられた。


 立体機動攻撃に用いるアンカーを弾く、特殊塗料を更に上塗りして鉤爪が引っかかるようにするための装備だ。特殊な磁性を帯びた塗装剤は瞬間的に凝固し、カーキ色の標準迷彩を上塗りして足場の素地を作ってくれる。


 我々の機動歩兵を〝ヤモリ〟と呼んで畏れる連中が、戦車や大型装備、時に構造物に施す対抗装備にも我々は抗う術を持っているのだよ。


 戦争の基本とは有効な戦術に対抗戦術をぶつけ、それに更なる対抗策を叩き付け合うことだからな。ECMとECCM、更にECCCMとCounterが重なっていくように兵器はより上を行くよう加速度的に発展を続ける。


 まぁ、これも我々が琴座協商連合のケーペリオン6攻略戦で立体機動を封殺され――この紛争は、たしかテロで我々の研究ステーションが吹っ飛ばされた報復攻撃だったかな――原始的な包囲戦術から離脱できず中隊規模での戦死者を出したことによる反省あってこそなんだが。


 「乗り込むぞ!!」


 「了解!!」


 [応! 腕が鳴るぞ!!]


 〔ひぃっ、たかい! こわい!〕


 先人の犠牲と絶え間ない準備に感謝しつつ肉薄。今更になって現場を放棄して後退しようとし始めた判断の遅い〝標的あ〟の右舷に取り付き、アンカーを発射。そのまま群狼を乗り捨てて這い上がる。


 「狙いは乗降ハッチだ! そこは防御が薄い!!」


 船体側面はどう足掻いても〝解錠爆弾〟で突破できないものの、乗降口は可動部分があることもあって脆い。流石に横から穴を開けてお邪魔することはできないので、取りあえず正面玄関を叩き破ってお邪魔するしかない。


 味方陸上戦艦と砲打撃戦をやって決着が付かなかった末の特攻なら、予想外の穴からお邪魔することもできるんだけど、今回は装甲を破る手段がないから仕方がない。紳士的に入り口からお邪魔しよう。


 船体側部に幾つかある乗降口の中で、中枢指揮所に近いであろう場所に解錠爆弾を貼り付け起爆。一発では完全に破壊できなかったが、二発目で装甲が拉げ、その隙間に三発目をブチ込むと流石に根負けしたのか乗り込み口が露出した。


 「総員着剣!! 擲弾行くぞ!!」


 「擲弾了解! 抜剣しろ!」


 [着剣! お楽しみの時間だ!!]


 〔前衛部隊、とつげきじゅんびかんりょー!!〕


 ギリギリ一人がお邪魔できる隙間の横に陣取り、手榴弾のピンを抜いて放り込む。内部に戦闘要員を連れてきていない道理もないので、勢いよく吹き飛ばしてから乗り込むのだ。


 マギウスギアナイト達は剣を抜き私と前衛を努める準備をし、コイルガンを装備した者達は銃剣を装着。仕度が整うと時を同じくして、船体内部でOQボムが弾け、辛うじて繋がっていたハッチが圧力によって吹き飛ばされた。


 「吶喊!!」


 [行くぞぉぉぉ!!]


 〔えんとりー!!〕


 さぁ、こっからは白兵戦の仕事だ。指揮官先頭の伝統に則って内部に飛び込めば、扉の脇でミディアムレアに焼けた外骨格が転がっているのが見えた。どうやら押っ取り刀で搭乗していた陸戦隊が封鎖に駆けつけたようだが、彼等の戦闘教義には事前にグレを放り込んで吹き飛ばそうとする敵への警戒が書かれていなかったらしい。


 いかんね、船内戦闘での基本だぞ。余程ぶっ壊しては拙い物がない限り、我々は擲弾やら偵察ドローンを放り込んでから突っ込むくらいの能はあるんだから警戒しなきゃ。


 無断乗船を成功させたので、次は中枢を訪問して制御を乗っ取らねばならない。なので私は外骨格の帯革に装備した四機のコバエを先行させ、それっぽい場所へ突っ走る。


 「はいそこ!!」


 「がっ!?」


 即ち敵の護りが厚い場所だ。角から上体だけを覗かせて聖弓を撃とうとしていた敵マギウスギアナイトの頭部をレイルガンで吹っ飛ばし、角を曲がると同時に群れていた五人の敵中に潜り込んで単分子原子ブレードを振り回す。


 一筆書きの容量で頭部をなぞるように一刀を豪快に振り回せば、外骨格のシーリングを単原子の刃が斬り割いて大量の血が雨の如く注ぐ。


 よし、敵も多いしコッチだな。


 「ノゾム! 後ろから来てる!」


 「殿は任せた! 断固撃退しろ!!」


 「分かった! ファルケン、援護射撃するから斬り込め!」


 「了解! うおおおおお!!」


 ガラテアが美事な射撃で通り過ぎた通路の角から現れた敵の頭を撃ち抜きつつ警告を発したので、迎撃しつつ前進するため後方の指揮を任せる。


 すると、騎士達は完璧な連携で以て敵の後衛を潰し、前衛は私が仕込んだ対人剣術と徒手格闘で叩き潰していく。ここで対竜戦闘に特化した騎士団と、私が自分の護衛として対人戦闘を教え込んだ差が如実に表れた。


 そうそう、こういうシチュエーションの時、人間相手に戦える技量がないとグダるから、あれだけ教え込んだんだよ。


 「ノゾム! 片付けたけど封鎖はどうする!?」


 「今回はナシだ! 退路を維持してくれ!!」


 先の戦と違って船を乗っ取っても即離脱する必要があるかもしれないので――アイガイオン級が〝標的あ〟を見捨てたら木っ端微塵にされる――発泡金属壁は軽々に使えん。帰り道を自分で塞いでしまったら、逃げる時に大変だからな。


 何より今回は敵の管制が生きている。兵員の効率的な移動を諦めて、隔壁を全閉鎖されては〝解錠爆弾〟が幾らあっても足りん。


 圧を適度に掛けつつ前進し、撃退できるという希望的観測を以て挑ませるのだ。


 〔多い、多いよ!?〕


 [クソッ、圧が凄い! 角一つ曲がるのにどれだけ苦労させるつもりだ!!]


 「そりゃ敵の前線拠点だからな! 地道に掃除するぞ!!」


 マギウスギアナイトが駆けつけてくるのと時を同じくして、船内各所で侵入者を排撃するために備えられた兵器が目を覚ます。監視カメラと一体化した機銃が天井よりせり出し、廊下の側面がスライドして現れた空間からは長方形の直立する戦闘ドローンが現れた。


 機銃は何処の軍設備でも設置されている浸透部隊迎撃用なので、盾で防げるコイルガンしか装備していないし装甲も甘いので撃破は容易いが、戦闘ドローンはちと厄介だ。


 民間船の内部を這い回っている配膳機器にも似たそれには、近接用の大口径散弾発射機や小型擲弾筒が装備されているため、マギウスギアナイトより優先して排除せねばならない。


 かといって、ヴァージル麾下の騎士が装備している聖弓も馬鹿にできる火力ではないので、あまりにも忙しい。


 〔わぁっ!? み、右サブアーム破損!!〕


 前方に突出しすぎたシルヴァニアンの盾を持っていたサブアームが、聖弓の射撃で吹き飛んだ。やはり、この至近距離だと作業用サブアームに持たせていては、盾が耐えられても基部が保たんか。ここの設計は要改善だな。


 [無理せず下がれ! 制圧射撃!! 族長! あの箱の弱点は何処だ!]


 「今光らせたセンサー部分を壊せ! そうすれば狙いが付けられなくなる!!」


 船内に搭載されている戦闘ドローンは平地を走ることだけを想定した装輪型なので、ひっくり返せば簡単に無力化できるのだが、流石に現状の装備だと近づくまでに弾幕が厚くて被害が出る。重戦闘装備なら雑草みたいなもんなのだが、今の軽装甲だと散弾も擲弾もおっかなくて仕方がない。


 なので、共有した視界内で装甲の隙間から覗くセンサー系を強調表示してやれば、味方の射撃はそこに集中して迅速に破壊。後は味方との誤射を許容できないドローンは自閉モードに移行して沈黙する。


 そうしてやれば物騒な墓石めいたオブジェと化すだけなので、前衛兵がウサギ跳びで障害物に活用できる。角から身を乗り出して射撃しようとする敵を弾幕で抑え、私が斬り込むという戦法で乗り越えていくと、遂に大きな隔壁が見える通路を発見した。


 「あれがCICだ! 制圧するぞ!!」


 コットス級のせり出した艦橋部分は殆ど探知器機が密集しており、万が一視界が潰された時の補助艦橋以外の役割を持っていない。中枢は船体の中でも厚く護られ、最も攻撃が届きにくい後尾寄りの中央に集約されていた。


 そこにはマギウスギアナイト達が盾の横列を組み、その横列の隙間から弓箭兵が顔を覗かせて万全の防備体勢でおもてなしの仕度を終えていた。戦闘ドローンも集まっているが、我々には敵より一つ、何より優れた利点がある。


 完全に擱座させない限り、どれだけ船体設備をぶっ壊そうが問題ないということだ。


 「擲弾!」


 [しゃあああ!!]


 〔くらえー!!〕


 捕虜は欲しいが、末端のマギウスギアナイトは大した情報を持っていないだろうからどうでもいい。恨むならば敵方に付いた我が身を恨んでくれ。一方的に射撃の間を掻い潜ってOQボムを放り込めば、盾の群れなんぞ何の用も為さず吹っ飛んで方々に飛び散った。


 まぁ、我々相手の戦闘経験不足だな。この擲弾は当たり所によっては乙種外骨格にも――高機動軽戦闘用――痛打を与えられることもあって、下手な密集は悪手以外の何物でもない。マギウスギアナイト同士の戦いなら有効であっただろうが、爆弾を持っている相手には下の下よ。


 「死に損ないに慈悲を配って回れ! 〝解錠爆弾〟用意!」


 密集していたこともあって味方やドローンが爆風の壁となり、即死できなかった可哀想な者がいるのか、そこかしこから呻き声が聞こえる。やはり対竜戦闘用の重装甲だけあって、ガラテア達が装備している物より機動性は落ちても防御力は上か。


 それが原因くたばり損なうのは哀れではあるが、構ってやれるのは精々トドメを刺す時間くらいだ。今まで一方的に森を焼いてきたんだから、文句を聞くつもりはないぞ。


 さて、ご開帳と行こうか…………。




【惑星探査補記】コットス級掃陸艇。全長300m、最大幅80mの〝小型〟移動拠点。船内に製造設備こそ持たないが一度に大量の兵員と装備を輸送でき、多数の火砲と迎撃火器を有する動く最前線。


 主に斬り込み部隊の補助や陸上戦艦の進路掃討などを請け負うべく製造された移動式HQとでも呼ぶべき存在で、正面から殴り合うことはあまり想定していない。 

大変申し訳ありません。手癖で予約投稿時間を18:00にしておりました。


2024/09/01の更新も15:00頃を予定しております。

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[一言] 内部構造も迎撃兵装の仕様も筒抜けだと制圧はヌルゲーですねえ。
[一言] やっぱ敵の使ってる兵器の構造やらを熟知していると攻略法は生まれるもんだなあ
[一言] ああ炸薬、炸薬は全てを解決する… もっと炸薬詰めなきゃ(グルグル目)
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