6-10
万が一に備えて防護陣を敷きながら、ヒュンフが来るのを待つのが我々の習慣となって早十日。
陣形の中は完全に弛緩していた。
「いかん、このままではいかん」
「聖徒様! 聖徒様! ギブです! キマッてます! もげます!!」
死んでも構わんという心持ちで出てきた軍勢の意気が、平和という蜜に浸って錆かけている。平穏は尊い物だが、戦時にそれを味わい過ぎるのは毒だ。
「あー! 困ります! 困ります聖徒様! あーっ!!」
テックゴブ達は森が近くにあるのに入れないというフラストレーションで天幕に籠もっているか、身内で殴り合っているかのどっちか。シルヴァニアン達はセレネを毎日拝めるのを特権とばかりに宗教的踊りに忙しく――あまり割って入ると私の印象が悪化するので、救助は三日に一回くらいに留めていた――騎士達も気合いが抜けつつある。
まぁ、“死の渓谷”での激戦の後で待機時間ばかりとなれば無理はないのだが。
「ノゾム! そろそろ止めてあげて! ファルケンの肩が外れる!!」
「というかもげます! 聖徒様ーあーっ聖徒様ぁぁぁぁぁ!!」
こうやって不意討ちを仕掛けて適度に揉んでいるのだが、どうにもどいつもこいつも軍属で戦地にいるという自覚が足りん気がする。
アレかね、プロトコルを発動しておけば常に戦場で気を張り詰めていても疲弊しない我々の方がおかしいんだっけ。二千年くらいVRやって、普通の人間とファンタジーな殺し合いをしまくっていたから辛うじてついて行けている私なのだが、昔の合同軍事演習に参加した時の疎外感を思い出してきた。
いや、高次連ってお友達少ないからさ、軍事力の傘を安価に提供することで同盟を組んでいる国家が結構あるんだよ。二個分遣艦隊を常時星系内に貼り付けて、惑星級戦艦も常駐させますよ~なんて誘い文句で囲っている新興国とか技術後進国が結構いてだね。
それでシーレーンならぬスペースレーンと縦深をある程度確保しているのだが、彼等を突っ立たせているだけなのは勿体ないので統合軍は時折思い出したかのように演習を組むのだけれど、その時に我々と同盟だと随分温度があるのだ。
やる気が足りないというか、意識のスイッチができていないというか。まだ状況が終わってないのにレーションの交換を持ちかけに隣の壕からノロノロ這いだしてきたり、待機壕で普通にカードゲームに興じているヤツがいたり色々と温いのだ。
こう、戦うとなったら常在戦場、欠伸一つも出なくなるのが普通じゃないのか!?
「し、死ぬかと思った……」
「傷は浅いよ! しっかりしてファルケン!!」
「い、いや騎士ガラテア、傷は浅いのに滅茶苦茶痛いのが辛いといいますか……」
なので立哨中にデカい欠伸をするという無様を晒したファルケンを捕まえて、ちょっくら組み手をしていたのだが、やっぱり私の方がおかしいのだろうか。
いや、間違っていないと断言したい。
だって相手はドローンの警戒を簡単に掻い潜り、電子的な素子越しでは視認が困難になるとかいう意味不明な〝魔法〟を操る存在なんだぞ。警戒なんぞ幾らあってもいいですからね。
『上尉、冬眠し損ねた熊みたいにウロウロするなと陳情が』
「だって皆、警戒が適当になってるんだもん」
『もん、って何ですかもんって。貴方そういうキャラじゃないでしょう』
「そういう君も段々不貞不貞しくなってきてないか?」
そんなことはないと否定するセレネであったが、ピーターのヘルメットの上に胡座を組んで片膝を突いた状態でやってこられると、何かもう開き直ってる感しか感じられないんだけども。
たとえ、誰かに乗っかって移動している時が一番安全だと学習したことを理解しててもさ。
『まぁ、上尉が耳を唐突に掴む不意討ちをかますようになったおかげで、シルヴァニアン達もメットを常に被るようになってくれましたが』
「だろう? 士官の仕事ってのは兵卒が弛まないよう冬眠し損ねた熊になることなんだ」
『テックゴブからも急に投げ飛ばすのは止めてくれとか、後頭部に絵を描くのは勘弁してくれと子供の悪戯めいた報告が来てるんですが』
「嫌じゃなかったり痛かったりしないと覚えないだろう。だから今さっきもファルケンをブン投げて来たとこ……」
『なんカ、アたしがいないところで楽しそうなことしてル……』
うわぁ、という私とセレネの悲鳴が被さって十秒足らず、陣地の中がやっとこ五月蠅くなったが、これは流石に遅いと怒って良いんだ。
だって王将の隣に何の脈絡もなく駒が現れたようなもんだぞ、もっと早う気付いて臨戦態勢に入ってくれ。
割って入ってきたのがヒュンフだったから良かったものの、敵意あるトゥピアだったらどうするんだ。
「びっ、ビックリした……」
『手を振っても無視されタ』
「くそ、本当に弛んでるな……昼間だからというのもあるが」
掛けたら掻いていたであろう冷や汗を拭い、真っ昼間だというのに侵入してきたフュンフに斬りかからなくて良かったと柄に掛けた手を戻した。友好的な個体もいるという前提がなかったら、普通に斬ってたぞ。
「しかしヒュンフ、君が昼間に訪ねてくるのは初めてだな……それに、その格好は……」
『ごめン、アたし、暫く来られなイ』
申し訳なさそうにする、初めて陽の下で見た彼女は戦装束に身を包んでいた。皮膚装甲の上には黒や緑で迷彩効果を高める塗装が施されており、唇には黒い紅が敷いてあった。そして腰には矢筒と黒曜石製と思しき短刀がぶら下がっており、背には木の枝と弦で編んだ、どう見ても超音速なんて出せそうにない弓を背負っている。
完全武装だ。一体何があったというのだろう。
『全体が北に移動すル、そういう命令が出たんダ』
「騒がしくなっていると言っていたな」
『一昨日、えート、なんだっケ、二進数言語だと……燃エ、まァ、なんかよく燃エる物が北に投げ込まれて大騒ぎになっタ』
「森を焼こうとしたヤツがいたのか!?」
エルフの森は焼かれる物と相場が決まっているが、この色々極まった蛮族の森を焼こうとするとか正気か? 正直私は十万のノスフェラトゥを相手する方がずっと楽だと思うような手合いなんだが。
中々信じがたい蛮行が働かれたことに驚いたが、それを重く受け止めたトゥピアーリウスの部族会議は戦力の大幅捻出を決め、北に戦士達を送ることになったという。
だから今日、彼女は普通に五体満足なのか。未だにこっちに来る時、怪我をしていない事例がないくらいボコられていたのに――正直、まだやるのかと半分呆れ、半分感心している――キチンとした姿で来られたのは戦うかもしれないから。
また随分とキナ臭いことになったな。
『だかラ、出陣を報せろっテ、ノゾム達と話すことに前向きの古老が言っタ。信用して話すんだかラ、留守の時に入ってくるなっテ』
「そりゃそんな盗人みたいなことはしないが……」
『とりあえズ、そういうことデ、アたしも暫くこられないかラ』
その割に何か楽しそうだなと聞いてみれば、彼女は弓を引っ掴んで吠えた。
『外を知るの楽しイ! けド、戦の楽しさとはちがウ!!』
「……攻めてくるヤツら今までいなかったのになんで戦が娯楽に?」
『ん? 死なない程度に部族間で殴り合うのが普通ジャ? さっきノゾムもやってタ』
あ、ああー、そうか、今初めて分かった。
私達が脳殻ぶっ壊れない程度の火力に落とすけど、型落ち廃棄予定の兵器使ってガチ演習やってるのを眺めてる他国人ってこんな気持ちだったんだな……。
いや、私達はボディ幾らでも換えが利くし、万が一でも死なない設定でやってたからいいんだよ。ただトゥピアーリウスは、四肢の換えこそ利くが普通に死にそうなのに、何で政治的要因でも折衝でも、はたまた外交的失敗でもなく〝娯楽〟で戦争をやるのだろう。
そういうのはVRの中だけにした方が健全だと思うなぁ、おじさん。
ちょっと信じられない蛮族具合にドン引きしながらも、我々は一応揃ってヒュンフの出陣を見送った。
「ではヒュンフ君の出征を祝って万歳三唱!!」
『せーの!! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!』
『なにこレ』
分からないけど、何でかやることになっているんだと言えば、外の人難しいと首を傾げられてしまった。
まぁ、これは我々も何処からサルベージした記録なのか分かってないから、本当に何となくでやってるんだけどね。一人だけで戦地に向かう人間を後方から送り出す時の万歳三唱。
[ってことは暫く暇になるな族長]
[暫くもなにも、君も暇して取っ組み合いしてただろう戦士長]
[鍛錬と言ってくれ鍛錬と]
訳も分からないままつき合ってくれたリデルバーディと小突き合いながら陣地に戻ったが、やはり北が気になる。
装備が標準規格より外見的には劣っているとはいえ、私が本気で戦争はしたくないなと思う武力を持つ種族とガチで戦争をやらかそうとしている奴がいる?
そして、北にはヴァージルもいるもんだから、嫌な予感がして止まない。
とりあえず何時でも出発できるよう準備をさせながらヒュンフが来ない初の夜を迎えた訳だが……煌々と明るい月が頂天に達しようという時、私はがばりとサシガメの座席から起き上がった。
警戒として直結していた聴覚素子が音を拾ったのだ。
かなり離れているが故、旧人類規格の体のままだったら絶対に聞こえない音は砲撃音だ。このサシガメには対砲迫射撃を感知できるレーダーは工廠の都合で省略されているが、ただ音だけを拾い、それを自動で選別ピックアップする機能は生きている。
「セレネ!!」
『こっちでも拾いました。選別強調します』
TypeIに筐体を載せ替えて夜を大人しく過ごしていたセレネも砲声を拾ったようで、直ぐ分析に掛けて雑音やらノイズを取り消して鮮明化してくれる。
チッ、遠いな、森の反対側からじゃないか。というか、この距離で発射音が届くって〝陸上戦艦〟クラスの主砲だぞ。500mm級の対地攻撃砲とか詰んでる船なんて誰も持ってきてない筈なんだが……。
あ、いや、待てよ。何か嫌なことにチラッと記憶によぎる物が……。
『上尉! 該当あり! 〝アイガイオン級陸上戦艦〟の主砲音と合致しました!』
「総員起ぉこし!!」
やっぱりか!
いや、ちょっと〝天蓋聖都〟のアーカイブにアクセスした時、ざっと積み荷目録に目を通したんだが、お客さんは随分と恒久拠点化に拘っているようで色々持ってきてんなぁと思ったのだ。
そして、そのリストの中には惑星降下後に陸上軍の移動総司令部として――二千年前、軍司令部は衛星攻撃に対応するため移動できるのが基本だった――我が国の〝クサナギ級〟をダウングレードした輸出型の〝アイガイオン級〟を一隻持ち込んでいることが書いてあった。
クソッタレ! 船体外部でも底面にあるから大気圏で格納部分と一緒に燃え尽きたと思ったけど生きてたのかよ! 熱のせいでセンサーから情報が漏れてやがったな!?
そして、ヴァージルが強気になる理由も分かった。
〝アイガイオン級〟は全長2.5km、全幅400mの浮動要塞を定義上船と呼んでいる物であって、内部に小規模な工廠を呑み込んで地上を移動する建造物の中では〝中型〟に該当する。
機能が全部生きているかは微妙なところではあるものの……いや、この不思議な惑星のことだ、無傷で落着していると想定しよう。主砲は500mm三連装重対地砲が三基、各所に数千基の対空迎撃装備と〝機動兵器〟の運用設備が備わっている。
地面に降ろす際の重量限界などの関係で機動兵器は搭載していなかったはずだが、偵察用の軽航空機を積載している可能性があるので直援部隊も手厚いはずであろう。
同時に〝アイガイオン級〟が無事であれば随伴艦として設計された〝ギュゲス級陸上巡洋艦〟と〝コットス級掃陸艦〟を連れていてもおかしくない。
そりゃこんなモン地元で隠し持ってたら強気にもなるし、最悪天蓋が残骸と化しても新しい聖都を作れば良いと開き直りもするわな!!
『どうしますか上尉。弊機が計算するに護衛艦隊を含めて健在であれば勝率は数学的にゼロに近いですが』
「発射音の大きさから逆算するに最大射程でブチかましている。近くにはおらんはずだ」
何があったとドタバタ起き出している戦士達に武装を纏って撤収準備を急がせながら、私は頭の中で実際の軍務によって培った経験則で戦場の予想図を弾き出す。
まず、あのヴァージル、武人肌とは言い難いので前線に出てくることはないだろう。況してや虎の子一隻、危険に晒したくはないはずだ。何処で見つけて来たか知らないが、今まで伏せておいたということは森から攻撃を受ける範囲に置いておくとは考え難い。
となると、制圧に来ていると考えられるのは随伴艦隊から抽出した戦力が一隻か二隻ってところだろう。
目的は……恐らく、我々と同じブロックⅡ B-2か。
中に積み込む兵器がなかったら寂しいだろうよ。乾坤一擲、聖都を制圧したいなら神話の再現のため機動兵器は喉から手が出るほど欲しかろう。
しかし待てよ? あんにゃろう、これだけのブツを手にしておいて何だって迂遠なことをやっていたのだ? それこそサッサと艦隊引き連れて颯爽と登場し〝死の渓谷〟なり〝竜の山脈〟なり聖都の危機を叩き潰せば現人神になることだって簡単だったろうよ。
それがどうして政治劇を操って〝騎士団総代〟への就任なんて狙っていたんだ? 陸上戦艦なんてあったら、そこまで遠回しに躍る必要性が見当たらない。私なら発掘して動かせると分かるや否や、聖都に乗り込んで我こそが次なる神だとデカデカブチ上げるくらいのことはする。
クソッ、非効率だ、何を考えているか分からなすぎて怖い。
「全員乗り込んだな!?」
[あまり慌てさせるな! 何があった族長!!]
〔少し待ってください! 荷物の積み込みにもう少しかかります!〕
「ノゾム! ビックリして寝床から落ちたファルケンが額を打ってる! 二分ちょうだい!!」
ああっ、もう! だから平和ボケするなつったのに!
トゥピアーリウスの森が着いた頃には灰燼に帰してましたなんてことになってたら洒落にならんぞ…………。
【惑星探査補記】ブリアレオース計画。高次連の〝クサナギ級標準陸上戦艦〟及びその護衛艦群を惑星内政治摩擦を解決する目的で黄道共和連合が導入しようとして建造された、三機種の建造計画で艦隊まるごとパッケージ化されたお得な商品。
国内における政治摩擦を知らない高次連の人間は首を傾げていたが、彼の国では〝落ちない陸戦指揮所〟は絶対に欲しい物であったらしく、巨額を投じて購入され、各惑星の最高司令部として配備されている。
表記揺れを訂正しました。
2024/08/30の更新も18:00頃を予定しております。




