6-9
[ダメだ、スコープ越しでは殆ど見えん]
ディコトムス-4の上でバイポットを展開したスナイパーライフルを伏せた姿勢で構えたリデルバーディは、闇夜の中、地平線の向こうからトボトボ歩いてくる人影を見て舌打ちをした。
VRヘッドセットゴーグルめいた頭部に装着するスコープの視界を借りれば、確かに感はなく何もない平野を写している。
「純粋な光学観測器機なら見えるな。やはり機械に強く働きかける魔法か」
その隣でスポッターをしていた私は、原始的な光学式望遠鏡で5km先の地平を眺めていた。視線の先にはポツンと孤影で月光を浴びている姿があり、肩を落としていることから露骨にしょんぼりしていることが分かった。
[最新式の装備が徒になるとはな]
「誰にも想像できんさ、ここまで魔法らしい魔法なんて私も初めて見たんだから」
[俺の知っているそれは〝太母〟と繋がる物だけだからな。こんな理不尽なことができるヤツらが世の中にいるとは]
テックゴブの戦士は魔法の無茶苦茶度合いに私と同じくらい憤ってくれているようで、スコープを引っ剥がすように脱ぐと、傍らに置いてあった一つ前の型のリボルビングライフルを手にした。
それには光学式のスコープが載せられており、急造感はあるがちゃんと機能するよう改造されていた。警戒網を簡単に潜り抜けられたセレネがブチギレ、夜なべして近代化改修をしてくれたのである。
[しかし、コイツで真面に当てられるのは八〇〇以内だ。頼りないな]
「射撃ソフト補正がついていないからなー」
それでも用意してから、僅か半日で800m先の標的に当てられるようになったリデルバーディも凄まじいがな。私、一切の補正なしでスナイパーやって、味方から「糞雑魚蛞蝓」とか「You NOOB」って煽られなくなるのにどれだけ努力したか分からんぞ。
[試しに撃ってみるか]
「やめろ。尾行されてるかの確認だけだ」
[分かってるよ族長。冗談だ]
しかし、これなら弓も持ってきた方がよかったなと笑うリデルバーディであったが、その笑いは次第に小さくなっていった。
光学器機の中で鮮明になっていく姿が、あまりに痛々しかったからだ。
[おい、アレ……]
「ああ、右腕を捥がれてる」
[顔も凹んでないか?]
「フェイスプレートがイカレたようだな……」
フュンフは酷くボロボロになってやって来た。右腕は肘から先が脱落しており、真っ白な血が固まって蓋をしている状態だ。フェイスプレートは頬が歪んでおり、酷く殴られたようで装甲板が歪になっている。
そして、よくよく見れば腹も服越しに分かる程に数カ所が陥没していた。
あれは私刑を受けた後だ。
「……失敗したか」
[そのようだな]
あちゃー、いや、想像してなかった訳じゃないけど、お手柄持って帰っただけじゃダメだったか。せめてお手紙は持たせない方が良かったかな。
ありゃ相当折檻されなきゃならないぞ。丙種の義体でも破壊するのにコツが要る程度には頑丈だったんだから、しこたま怒られなきゃああはなるまい。
「可哀想に」
[分かって行かせた族長もどうかと思うぞ]
「ウチだったらむしろ褒めてるくらいだから、大丈夫だと思ったんだよ」
独断専行は戦の華。軍規を守るのは大切だが、それなりの理由があって、そして功績を持って帰れば大体見逃される。ウチの軍隊は規律には五月蠅いが、規則を四角四面に守れという集団ではなかったので、意識が行っていなかった。
まさか、あそこまで酷くボコられるとは。
『ノゾム!』
「大丈夫かヒュンフ!!」
こちらの陣形を見つけた彼女は、しょんぼりしていたのが嘘のような速度で――駆け足程度なのに時速40kmは出ていた――駆け寄ってくると、何てことなさそうに笑った。
『久し振りにメッチャ怒られタ!』
「やはりか、すまない……」
『顔歪むくらい殴られたのは先週振りダ! 腕は半月ぶりくらイかナ!』
ん? 今なんて?
『ミーッレを助けたのは褒められたけド! 手紙持って帰って読んだら叱られタ! 帳消しだっテ!!』
「帳消しで片手を捥がれるくらいのリンチに遭うのか……?」
『ン? ウチじゃよくアることだヨ』
顔面装甲が歪んだまま笑うエルフもどきに我々は普通にドン引きした。
いや、仮想空間内だったら何千回死のうが平気な私達だってそこまでしねぇよ。修理する必要がある筐体をここまでボッコボコに、しかも頻繁にするって何?
コワイ。体育会系にも程があるだろ。こっちのエルフってみんなそんななの?
『ミーッレはもっとボコられたヨ。鍛錬が足りない、一族の恥だっテ。イマシメ? とかで暫く逆さに吊されるんだっテ!!』
「そ、そうか……」
『でモ、アたしもこの程度で反省したって思われたかラ、抜け出てくるの簡単だったヨ!』
アハハと笑うフュンフにちょっとだけ退いてしまった。あかん、精神性が我々と大分ズレてる。人生の芸風が違う。
そりゃ片腕引っこ抜くのが体罰になるってことは換装も簡単なんだろうけど、義務教育期間中に義体は大事に扱うよう教育される我々と考えていることが違いすぎる。普通、ここまで破損するのは交通事故に遭うか――それも天文学的に低い確率で――戦闘に参加するくらいのことがなければ有り得ない。
だのに彼女は、母親に叱られてデコピンを喰らったくらいの気軽さで語る。
ああ、今は遠き星の果ての御母堂よ、貴方は本当に優しかったのですね。
『それニ、ノゾムの手紙に興味持った古老いたヨ!』
「本当かい?」
『昨日の晩、皆殺しにしなくてよかったっテ!』
やっぱり徹頭徹尾体育会系……いや蛮族かよこのエルフもどき集団。ただ夜襲をかけて捕虜を奪還するだけじゃなくて、できそうなら戮殺しようと試みていたとかマジか。
私達だって敵か味方か判別できていない相手にそこまでしないぞ。精々、熱光学迷彩を着込んだ特殊戦部隊が後方に浸透して、偉そうなの二、三人〝ご招待〟して詳しく話を聞くくらいの紳士的行為で留まるというのに。
怖い、この惑星の機械エルフ怖い。
「で、その古老は何と?」
『最近、北から鬱陶しいのが来てるかラ、減るなら歓迎だっテ!』
「北?」
私達は森の南側から接触しているが、やはりフュンフ達の領邦は森全体であるらしく、北の方にも警戒網を張っているらしい。
詳しく話を聞いてみると、人間がそこそこ送り込まれているようで、都度都度撃退して皮を剥いで吊しているようだが――そんなカラス避けみたいな……――効果がないことにエルフもどき達は苛ついているようだ。
しかし、少しでも聞く耳を持ってくれる人がいて良かった。自分達の面倒を掃除させるためとはいえど、交流を完全に断たれた訳ではないのが嬉しい。
となると、ちゃんとした呼び名を考えないといかんな。勝手に私が期待してエルフだと思っていただけなのに、いつまでもモドキ呼ばわりは失礼であろう。
「そういえばヒュンフ、君達は自分を何と呼ぶんだ?」
『? アたしはヒュンフだけど? 忘れちゃっタ?』
「そうじゃなくて、こう、種族全部の呼び名だ」
『トゥピアーリウス! トゥピアともイうヨ』
またラテン語……よっぽどの旧地球かぶれか永遠の一四歳がいたにちがいないな。
それにしても庭師とは。また〝らしい〟名前を付けたじゃないか。
ともあれエルフもどき改めトピアーリウス達は森を守るため一番手っ取り早いのは人類を一切寄せ付けないことだと判断したようで、例外なく狩ってきた。
しかし、最近になって静かだった森に踏み入る存在が増えてきたので、古老の一人は人間同士で解決させた方が早いのではないかと悟ったようだ。
意外と腹黒いことを考える体育会系連中であると思ったが、ふと良くないことに気が付く。
北、北と言っていたな。侵入者は北から現れると。
この北方禁域は天蓋聖都の天領と北方領域の狭間に横たわっており、正に北は天蓋聖都の中でもホットスポットと化してしまった、今も黙して答えを返さない賊徒の塒だ。
そこから立ち入り禁止に指定されて久しかった森に人が入っていく。それだけでもう香しい陰謀の臭いがするじゃないか。
もしかしてヴァージルめ、やっぱり勝ち目があって逃げ帰って籠もっているのか。そして、どんな情報源があるか分からんが禁域にとてつもないお宝が眠っていることも知っている可能性が出て来た。
いや、待てよ? 竜が襲ってきた時、アレは結構ガチで天蓋聖都が滅ぶ危機だったよな。その中で政治をこねくり回そうとしていたということは、流石に考えナシの馬鹿って訳じゃなくて〝奥の手〟を伏せていると考えた方が妥当か。
たとえば、陥落した聖都を復活させられるような隠し札とか、あるいは北方を新たな聖都にできるような設備があるとか。
考えられないことではない。聖都こと〝イナンナ12〟ほど完璧な形で落着していなくとも、今回の播種船団に随行していた工廠船は多い。〝ティアマット25〟クラスの船でも領内に墜落していたのを見つけたら、良からぬことを企むには十分過ぎるだろう。
何だかとても嫌な予感がしてきた。
『どうしタ? ノゾム?』
「ああ、いや、何でもない」
敵はできる限り強大に見積もれとは言うけど、流石に考えすぎだよな。考えすぎであってくれ。お願いします。
私は三至聖に祈りを捧げた後、また手紙を書いて賛成派の古老に渡して貰うことにした。もっと仲良くなったら乱数コードを教えて貰って、ちゃんと会話が成り立つかもしれないし、あわよくば森に入れてくれるかもしれん。
そして、惑星の庭師達にどんな秘密があるか探ることができれば、惑星探査も進んで良い感じにコトが運んでくれるはずである。
『なァなァ、このでっかイ箱って動くのカ?』
「ん? 動くぞ。そういう風に作ってある機械だからな」
『じゃア乗せて! 手紙を運ぶ、えーと、代わりダ!』
おっと、そうきたか。確かに彼女は外への興味で部族内の決まりを破ってまで私達に接近してきた変わり者だ。伝書鳩をやって貰うのであれば、相応のお礼をして然るべきだな。
「分かった、乗ってくれ。ここから入れる」
『オォー……せまイ!!』
そりゃね、250cmもある大型筐体を乗せて運ぶことを前提に作られたAPCじゃないから。一般的な兵員は武装しても190cmを越えることってあんまりないし、そりゃ狭いでしょうよ。
[……なぁ、族長]
[どうした?]
[俺ぁこのデッカい童みたいなのに仕事託すのは不安になってきたんだが]
[言うな。今唯一友好的で話ができる相手なんだから]
アレはなんだコレは何だとマシンガンめいた質問を次々浴びせてくるトゥピアにテックゴブは懸念を抱いたようだが、今は唯一縋れる藁なんだから我慢してくれ。
『弊機も同意します。というよりも、トゥピアーリウス全体と交流が図れても意思疎通ができるか怪しいんですが』
「君までそんなことを言うのかセレネ……」
『折檻で片手をブチ折るどころか引っこ抜く蛮族とどうやって考えを合わせろというのですか』
私もちょっと思ったけど、そこはコミュ力で何とかするよ。
ほら、私はアレだぜ? シルヴァニアンの尊崇を集め、テックゴブの族長になり、天蓋聖都では鋼の守護神として君臨するマルチタレント……いや何か違うな。ともあれマルチに役割を熟している実績があるんだ。何とかしてみせるさ。
『シルヴァニアンは完全にティシーのおかげで、テックゴブも天蓋聖都でも力でのゴリ押しだったじゃないですか』
「力押しでも何とかなったんだからいいじゃないか!」
『義務教育期間中にプラモ作ろうとして、力押しではめ込んで壊して泣いてた人に言われても……』
ちょっと、何で急に人の黒歴史を掘り返すかな。あの時はまだ子供だったんだから忘れてくれよ。君だってクロスワードパズルを有り得ない単語を無理矢理当てはめて『これでいいんです!』って強弁したことがあるだろうに!
私達は暫し、無邪気に過ぎるヒュンフを議題に大丈夫なのか話し合ったが、結局彼女しか頼れる綱がないので妥協させるのは難しいことでもなかった…………。
【惑星探査補記】トゥピアーリウス。トゥピスとも。外見は機械仕掛けのエルフといった風情ではあるものの、その本質は望が期待していた物とは全く違った。
そして、見た目通りの人型ドローンには有り得ない〝知識欲〟があることからして、ただの疑似知性体でもないのであろう。
2024/08/29も18:00頃の更新を予定しております。




