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6-7

 さて、人型という物には浪漫が詰まっているが、それ以外にも極めて実利的な意味と意義があって、この形をしている。


 というのも、人型であれば人間と同じ道具を使い、装備を運用し、施設を活用できるからだ。


 故に二千年前の我々も機械化しつつも人間の形を保っていたし、数列自我も筐体に人型を選び、また他の文明でも人型機械を作っていた。


 その中でも銀河間でゆるーく守りましょうねという条例で、完全に人間と同じ姿のロボットを作ってはならないという条文があった。


 我々は〝中身入っていないと動かないからロボットじゃないです〟などと言い逃れして二型の筐体を作って誤魔化してきたが――そもそも心遣いのために作ったのに、何で言い訳が必要なんだ――余所の国だとパネル型の装甲を取り入れたり、カメラアイを露出してみたり、頬などの目立つ部分にペイントを入れることでロボットであることを証明していた。


 まぁ、どの文明にもロボットに憧れる人間はいたもんで、自分の体を改造して逆にロボットに近いナリになって、誤解されるなんて事件も多々起こったのはご愛敬だ。やはり公共の場でコスプレをしてはいけない。


 余談はさておき、捕まえたロボットは、どういう訳か完璧にその条件を満たしている。我々が〝機械怖い勢〟などと煽っている連中の汎用テンプレート通りなのだ。


 『■■■■!!』


 「うーん……どういうことだ?」


 捕虜の前に首を傾げる私とセレネ。そして遠巻きにビクビクみている聖都民達という構図で尋問は遅々として進んでいなかった。


 というのも、この筐体が話しているのは例の〝三進数と一五進数〟を混ぜたコードである上、乱数化されているせいで翻訳が追っつかないのだ。同じ乱数表を持っていれば、死の渓谷で引っこ抜いた情報を元にある程度二進数言語に変換できるのだけど、こうもゴチャゴチャ秘匿処理されていると解読が間に合わないのである。


 流石のセレネも電子戦機は〝使える〟というだけで、暗号解読専門家ではないため解決できかねるらしく――そも、専門は私の副操縦士(フライトオフィサ)だ――私は機動兵器乗りなので言うまでもない。ソフトをインストールすればできたかもしれないが、膨大な情報量を誇る情報庫(ライブラリ)と隔絶された今ではそれを望むこともできないため、正しくお手上げだ。


 しかも、このエルフもどき、どういう訳か直結用の端子がない。具に観察してみても何処にもないどころか、ガラテア達に備わっているような緊急接続端子(パッシヴジャック)すらないのだ。


 その割に動きは滑らか、かつ表情を憤怒に染めて自由に喋りまくっている様には、高次連以外で出回っている疑似知性を使った、個我のない機械の気配がない。


 普通に感情と自我がある――ないしは我々にそう思わせるだけの処理能力があるか――数列自我にしか見えない。


 「セレネ、スキャンは?」


 『それが上尉、深部スキャンが弾かれます。特に頭部は分厚くて、表面装甲より下は見えません』


 「参ったな」


 これじゃ本当に分解しなければ、どのような構造をしているか分からないじゃないか。


 「これが禁域の鬼……」


 「なんて恐ろしい姿なんだ……」


 ガラテアとファルケンは何か知らないかなと目をやってみたが、普通に畏れていることからして聖典にも記述はないのだろう。外典とやらには何か書いてあるかもしれないが、二人はそれにアクセスできるセキュリティクリアランスを持っていないから、この場で解決できなさそうだな。


 うーん、かといって、同類っぽいものを生きたまま解体するのは抵抗があるんだよな。


 何より、初めて見る機械を初見で綺麗に分解して、また組み立てられる自信がない。高精度スキャン設備を備えた自動工場ならできるだろうが、手作業でやれと言われると大変困る。


 『意思疎通もできない、敵意丸出し、となるともう分解してみるしかないと思いますが』


 「分かるんだけども、イマイチ気乗りしないんだよなぁ……」


 『言ってる場合ですか?』


 「私だって森一個焼く戦争の釦を完全に押しきるのには、ちょっと覚悟が要るんだよ」


 セレネの提案は合理的なのだが、如何せん私の気が乗らなかった。


 この“エルフもどき”には命と知性があるように見える。女性型筐体が拘束をなんとかしようとのたくっている姿には、必死に生を掴み取ろうとしている生命の力強さがあって、手がないからと単純にバラしていいものとは思えないのだ。


 それに意思疎通も現状では困難なだけで、不可能とまでは断ずるのも難しい。根気よく喋らせまくって、断片的な情報を集めれば何とか……という気がしないでもない。


 ただ、数ヶ月はかかるだろうな、最低でも。


 その間、彼女の機能維持ができるかどうかが……。


 〔ノゾム様! あそこ!!〕


 〔ん? どうしたピーター〕


 立哨に立っていたピーターから通信が入ったので、彼の強化外骨格に埋め込まれた視覚素子とリンクしてみると、森の縁に異変があった。


 エルフもどきの軍勢が現れていたのだ。手に矢や短刀を持ち、戦仕度を万全に整えた彼等が敢えて姿を現したのは、何があっても捕虜を奪還する――ないしは情報の漏洩を防ぐ――という強い意志の現れであろうか。


 仲間意識も強く、ちゃんと連帯感もあるが……ドローンに搭載された真社会性動物めいた無機質さは感じられない。


 何と言うか、きちんと仲間を慮っている雰囲気を感じるのは感情移入のし過ぎだろうか。


 ほら、見るからに戦士部族じゃん。生きて虜囚の辱めを受けず、ってために味方を殺すのはある意味で優しさってのも理解できるんだよ。


 「どう思うガラテア」


 「どうもこうも、凄く怒ってるようにしか見えないよ」


 「自分も同意します聖徒様! 鬼は怒り狂ってますよ!!」


 だよなぁ……あれ疑似感情系プロトコルじゃなくて、ちゃんと自我あるよな。


 ということは、このスキャンできない頭部の中には光子結晶電算機が収まっている可能性があるのだよな。


 そうすると途端にやりづらくなる。我々は基本的に知性体が大好きだし、セレネの派生的な姉妹達となると尚更無下には扱いたくない。


 どうしたものか。二進数コードは警告の矢文を飛ばしてきたあたり読めるようだし、親書でも持たせて送り返してみるか?


 『っ!? 上尉、高エネルギー反応!!』


 「何!?」


 警告を受けてクロック数を最大限まで加速。澱む時の中でドローンの一機と視界を共有すれば、森の縁に集まったエルフもどきが数人集まって何かしていた。


 円陣を組んで鉄の棒きれらしい物を幾何学上に交差させていると思えば、その中央部分に高熱が発生している。


 温度はどんどん高まり、数十度だったものがあっと言う間に数百度を超え、一千度を上回り……。


 「プラズマ!?」


 『磁界熱兵器! 第一種致命兵装です!!』


 ナンデ!? プラズマナンデ!? ありゃ大気中に熱が直ぐ逃げるせいで荷電粒子砲より扱いが難しい上、発射するにあたっても磁界に閉じ込めるなりして熱が拡散しないよう気を払わねばならない、恐ろしく扱いが難しい物だぞ!?


 それが何だって棒きれ持ったエルフもどきが集まるだけで発生するんだよ! 超音速の矢といい理不尽さが留まる所を知らないな!?


 「退避ー!!」


 『発射されました! 曲射です!!』


 スローモーションの中で間抜けに引き延ばされた声を上げれば、全員がわっと散らばった。何があるか分からない、つまり砲撃される可能性を加味して全員に仕込んでおいたのだ。


 私も捕虜を掴み上げて慌てて逃げながら、遠隔操作でディコトムス-4とサシガメを密集陣形から疎らに散らす。恥も外聞も投げ捨てて退避すれば、数kmの距離を減衰することなく飛翔したプラズマ球は陣形があった場所の端っこで炸裂。恒星の表面にも劣らぬ熱をぶちまけて地面を焦がした。


 あっ、危ねぇ! ここまでの耐熱装備を持っていないから、何に当たっても大惨事だった。早く気付けて良かった。あとでピーターには何かお礼をしておこう。


 『第二射、来ます!』


 「くそっ、ケツ捲るぞ!」


 敵の最大射程が分からない上、曲射してくるとなると丘は役に立たん。何処までも追いかけてくることは習性上なさそうだが、とりあえず逃げ出さないと。


 ブロックⅡ-B2を諦める気は一切ないが、森を全部焼き払って知性体と戦争をやらかすつもりも今のところない。


 どうにかこうにか交流の切っ掛けをもって、平和裏に探索させてもらいたいだけなのに、何でこうなるかな!


 『上尉! 敵兵装は追尾性があります! 空中で軌道が変化しました!!』


 「冗談だろ!? 下手な新興国よりよっぽど良い性能してないか!?」


 ギャアギャア大慌てて撤収準備をして逃げ出し、森の周囲50kmから離れてようやっと執拗なプラズマ攻撃は止まった。


 途中で発射する数が増えたり拡散してきたり、そりゃあもう大変だった。


 いや、ほんと良かったよ装備を充実させてて。トロトロ走っていたら絶対に逃げられない弾幕だったから、全員が乗車できるだけの準備を整えておいた自分の慎重さに乾杯。


 我々は尻に帆を立てて逃げて、禁域指定されている周囲50kmから念のために更に倍、100km離れた所に陣を敷いて一旦休憩を取ることにした。


 [で、どうするんだコレ]


 [とりあえず見張っておいてくれ。できるだけ会話する努力をするから]


 リデルバーディは捕虜を見て明らかに持て余しているようだが、四肢の内3/4をぶっ壊したまま放置するのも悪いので、暫く様子見だ。セレネに言語の解読を進めて貰っているし、その内何とかなることを祈ろう。


 最悪、聖徒まで連れ帰って設備が整った場所で分解……なんだけど、元に戻せるかな。戻せなくて意味消失させてしまうと凄くいたたまれない気持ちになりそうだ。セレネは淡々としているけれど、攻撃してきた時点で敵認定が通っちゃっただろうから、ここまで塩対応なんだろうしなぁ。


 今や同胞は私だけというのもあって、彼女はちょっとカリカリし過ぎている嫌いがある。ここは相方である私が上手いこと宥めておかないと、取り返しのつかないことになりかねん。


 さぁて、どげんした物かとサシガメの上で野営を張っている陣地を眺めた。車両は分散し、万が一攻撃を受けても車体が盾になるよう、脚で立ったAPCの下に各部族の天幕が立って、皆そこで休んでいる。


 直ぐ移動できるようディコトムス-4とサシガメにも乗員を配備し、周囲にはドローンをばら撒いてあるので安全なハズなのだが、一二機の連携を潜り抜けられたこともあってまるで安心はできん。


 しかし、本当にどうしたものだろうか。天を見上げれば月は恒星の光りを浴びて冴え冴えと輝いており、その孫衛星になってしまった砕けたリングもよく見える。アレを何とかしないと故国には帰ることができないのだけど、道のりの遠さに謎の重みを感じてしまうから、あんまり見ないようにしてきたんだよな。


 今もラグランジュポイントにある各種工廠は生きているのだろうか。


 まぁ、生きてたとしても二人で掌握するのは無理だから、辿り着けたからと言って即再建の目処が立つ訳じゃないんだけどさ。


 色んな人達に頼んで人手を出して貰って、彼等が使えるように設備を改造して、更に不足しているであろう船舶も建造して……。


 うわぁ、まだ大気圏から離脱する方法すら見つかっていないのにエラいことになったぞ。本当に私、帰ることができるんだろうか。過去のアーカイブから引っこ抜かれた、バレーボールを話し相手にしていた男だって、ここまで遠大な遭難はしていなかろう。


 「でも、帰っても二千年のギャップか……着いてけるかなぁ……」


 『にぃ、千、ねン?』


 乾いた笑いを上げた独り言に答えが返ってきて、私は咄嗟に戦闘姿勢に入っていた。腰を落とし、得物の鯉口を切り、柄に手を添える。抜き打ちの姿勢を取りながら、私は知らぬ間にセンサーを潜り抜けて間合いに入っていた相手と対峙した。


 エルフもどきだ。


 よくよく観察すると背が高く酷く大柄で、200cmは優に越えている。捕虜にした個体の1.5倍ほど大きい。スレンダーな体は女性型であると辛うじて分かるが、流れるようなラインは洗練されていて刃のような鋭さを宿している。


 糸目に近い翡翠色のカメラアイは月明かりを反射して好奇心に輝き、放熱フィンを兼ねた髪は銀色で艶があり頭の高い所で括ってあった。輪郭を縁取るような前髪の中にある顔は、体格に反して幼げで丸い小鼻が愛らしいデザインとなっており、目の下には〝標準数字〟でのペイントが施されている。


 05と頬に書かれた個体は戦装束ではなく、識別タグであろうか。ARコードが仕込んであって、読めない言語で更に複雑な製造番号を表記してあった。


 衣装は気軽な貫頭衣を纏っており、武装らしい武装は身に付けていない。


 『にぃ、千、ねン? って、なァニ?』


 開いた口の中、疑似粘膜系は淡い緑色に染まっている。唇も同じ色で、外見から人間ではないとパッと悟らせる標準様式の特徴だ。


 「君は」


 しかも、二進数で喋っている。合間合間に三進数コードが挟まったせいで奇妙な発声になった圧縮電波言語は、読み取るのに少し苦労するが分かる。


 彼女は我々の言葉を喋ろうとしている!


 『アたし、ヒュンフ』


 旧い旧地球圏系の言語で五番と名乗った彼女は、サシガメの上で私に手を差し伸べてきた。


 『ねェ、にぃ、千、ねン? って、なァニ?』


 大人びた外見の癖をして、童女の笑顔で問い掛けてくる彼女に私は柄に添えた手から力を抜きながら、何と返すべきか暫し悩むのであった…………。




【惑星探査補記】プラズマ兵器。恒星に近い熱量で全てを焼き尽くす兵器であるが、磁場によって隔離しないと大気中でも真空中でも熱が飛散するため、高度な技術を要する割りに射程も短く、扱いが難しいとしてあまり流行しなかった兵器。


 しかし、実際に運用できた場合の火力は絶大であるため、安定して反物質やマイクロブラックホールの運用ができない国家での主砲に採用されることが間々ある。

明日の更新も18:00頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
釦の字は本来は器物の口縁を金銀で飾ること。ボタンにあてるようになったのは明治初期。そして、スイッチのうち、形が服のボタンに似ているものを「ボタンスイッチ」と呼んでいたが、それがいつのまにか、押すスイッ…
[一言] 他の人も言ってますが、「釦」は服のボタンの意味なので、プッシュボタンには使えませんね。同音類義語と言うやつです。 スイッチなどのボタンを和訳すると開閉器とか切り替え機とかかなぁ。それか鋲の…
[気になる点] この惑星そのものが機械化人に匹敵する有機生物を生み出すための実験場とかなんかなぁ ファンタジーとSFが変に入り混じってるのは箱庭ゆえというか… 光子結晶を持つとこまでは結果を出せたけ…
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