6-2
あんまり物騒な物を作らないで欲しいのだけど、セレネが必要だというのなら必要なのだろう。
「何コレ」
『スナイピングレイルガンです』
さて、私の目の前にデンと置かれたのは大型のレイルガンだった。折りたたみ式の大型筐体ながら箱形の銃身と機構部、そして衝撃吸収機構を内蔵した銃床部までほぼ一直線でできあがっており、第一印象はデカい箱だ。
驚くほど凹凸がない。彼女は妙にサムホールグリップに――親指を通して保持するアレ――拘りがあるらしく、銃把もないのでボルトアクションの槓桿が伸びている以外は一切凹凸が見られない本体に妙なフェティシズムを感じた。
『小型の融合炉と一緒に運んで運用します』
「見せたい物はあるからっていうから来たけど、まーた妙な物を……」
朝の鍛錬が終わって呼び出されたと思ったら〝ティアマット25〟の中で奇妙な物を見せられたから反応に困る。
なんだって今更スナイパーライフルが必要になるんだ。私のレイルガンは有効射程3kmちょいはあるし、セレネとの観測を合わせたらこんなもんなくても普通に狙撃と呼べる距離の敵を倒すことができる。
じゃあ何で今更用意したのかというと、恐らくは戦士達に装備させるためであろう。
照準器がついているからだ。
『アップデートによって小型の疑似知性を作れるようになりました。スコープの中央に収めるだけで偏差から風速まで全て計算してくれる優れものです』
「また旧人類向けの代物を作ったな。久し振りにみたぞスコープなんて」
チンと指で弾いた銃本体の上部に備えられたスコープは、私がVRの中で見慣れた筒形のそれと違って旧世代VRヘッドセットの如く大きい。有線接続で繋がっており、コイツを頭部に装着した後に構える構造になっているのだろう。
そして、よく見れば近くにセレネが中継用ドローンとして使っている、蜻蛉のような羽が生えた卵大の小型ドローンも四機ある。コイツが観測手の役割を果たすのであろう。
「で、これを何に使うんだ?」
『貴方を守るためですよ。聖都に向かうに当たって、懸念が一つ』
懸念とは? と問うと、北が静かなことに嫌な予感がするとセレネは言い、戦術予測プロトコルが弾き出した結果を寄越してきた。
『第二種警戒兵器を敵が装備していることはご存じだと思います』
「ああ、聖弓ね」
我々は幾つかの条件に従って武装への警戒度を設定している。
第一種はレイルガンなど、当たり所によっては一撃で脳殻を損壊し得る武器。
第二種は義体を破壊し得る武器。
第三種は破壊とまではいかないが損壊可能な武器といった具合にだ。
マギウスギアナイト達が装備している聖弓は、対機械化人機械弓という極めて高度な弓矢であるため、至近距離、まぁ50m以内で当たれば丙種二型の装甲なら貫通するだろう。
そして、矢が体内で爆発し内部機構に致命的なダメージを与えうる。脳殻を破壊できるほどかっていったらそうでもないが、行動不能に陥らせるには十分な訳だ。
『ここで北に逃げた連中が一発逆転を狙うには、上尉の暗殺が最も手軽だと判断しました』
「あー、私、向こうじゃ半分現人神だもんな。政治的に蹴り落とすのは難しいか」
『肯定。なので、殺すことによって神ではないと証明するのが一番楽であると敵が判断する可能性は高いです』
神が権力を持っているのは不可侵性があるからだ。不老であり、不可能を可能にし、人々に益をもたらすと同時に一つの絶対条件がある。
不死であることだ。
私は復活を遂げたため彼等からの崇拝を得ることに成功した節があるが、死ねば聖徒を語る者で片付けられてしまうし、そうすれば今の再編中でガタガタの聖堂を切り崩すことは容易かろう。
なるほど、考えれば自分自身が一番のウィークポイントであることに変わりは特にないわけだ。
『なのでカウンタースナイプ部隊を編成しようかと』
「だとしても大仰なモンを作ったなぁ……これ滅茶苦茶重いだろ」
片手でひょいと持ち上げてはいるが、大体15kgってところか。外骨格がなければ運搬できても構えるのは無理な重さだ。性能を突き詰めたのであろうけど、また無茶な設計をしたもんだな。
『都市外縁部に配置して上尉を守るのに必須かと思いまして』
「相変わらず過保護だね君は」
私を守るためにこんな物まで拵えるとは。愛されている重みを感じてしまう。
『引いては戦士を五人ほど狙撃手教育することをお許しいただきたく』
「分かった、頼むよ」
補充が済みつつあるから来週には聖都に旅立つとは言え、我が相方は本当に準備がいい。まぁ、どうせ杞憂だろうさ。
なんて考えていた私を少しぶん殴りたい気分になった。
「聖徒を騙る悪魔に……」
鉄槌を、か、死を、と言いたかったのだろうが、群狼に跨がって大路を進む私に〝レイルガン〟らしきものを向けようとした男は最後まで言い切ることができず、狙撃を受けて四散した。
[■■■! 肝が冷えたぞ!]
[助かった、リデルバーディ]
私は聖徒を進む際、民心慰撫になればと体を露出して、人々と一言二言話ながら進むことにしているのだが、その群衆の中に暗殺者が紛れていたとは。
しかも、知っている顔だ。被服はボロボロになって顔は泥汚れ塗れ、そして窶れ果てた上にぼうぼうの髭が生えていたとしてもプログラムで補正をかければ元の顔くらい分かる。
破門された高位ギアプリーストの一人だった。
恐らく北に逃げて、ヴァージルに嗾けられでもしたのだろう。
「クソッ! 異端者め……」
二人目は私がレイルガンの抜き打ちで即座に始末した。ホルスターから急いで引っこ抜き、腰射ちで貫通しない程度の出力に抑えて心臓に一発、頭部に二発。完全に無力化された、これまた破門されたギアプリーストは崩れ落ちて手から粗雑なレイルガンを取り落とす。
「ノゾム!」
「見えてるよ」
ガラテアが警告しつつ銃を抜いているが、私が脇の下を通すようにレイルガンを構える方が一拍速かった。背後にいた刺客にも胸部と頭部に弾丸を贈呈して、辛い生活に終わりをもたらしてやった。
すると周りは大混乱を起こす……のだが、信仰心に厚い信徒は「聖徒様を守れ!!」と私の周囲に近寄って肉壁になろうとするではないか。
いかん、これでは返って身動きが取れんぞ。
そう焦った刹那、近場の建物の屋上から遺体が二つ振ってきた。手にはメッセンジャーバッグめいた物を持っているが、炸薬反応がある。
[まだいる! 族長! 速く逃げろ!]
[無茶言うな! 市民を轢き潰せるか!!]
爆弾まで用意しているとは本気だな。私は市民の壁という逆に動きを阻害する味方に巻き込まれながら全体をスキャンしていると、遠くの建物の影から立ち上がる姿を視認した。
手に構えているのは聖弓だ。
三つの影は市民ごと私を爆殺しようとしているのか、鏃が異様に大きな擲弾型の矢を用意していやがった。
[一時、四時、一一時方向に敵! 一時と一一時は私が対処する]
「後ろは任せて!!」
もみくちゃにされながらレイルガンを構えて聖弓を持った、市民に偽装したマギウスギアナイトを射殺。同時、後方でもガラテアに射殺された敵が地面に転がり落ちる音が聞こえた。
『上尉! お怪我は!!』
「無傷だ。それより巻き込まれた市民がいないか警戒。全周スキャン!!」
盾にならんとする市民に紛れ込んだ自爆兵がいないかとセレネに警戒を頼むと、羽音を立てた小型ドローンが幾機も舞い降りて詳細スキャンを始める。
幸いにもそのような者はいなかったのか、どうにかこうにか混乱を収めて天蓋に入ることができたが、私は自分の不用心を恥じることになる。
「真逆本当に暗殺されかかるとは……」
『だから言ったんですよ、備えは必要ですと』
「ありがとうセレネ、君はいつも私の足りないところを補ってくれる」
掌の上に飛び乗って、ドヤ顔のスタンプを送ってくるセレネの人形型筐体を一頻り愛でた後、機械の足をカチャカチャ言わせながら全力疾走してきたアウレリアに出迎えられた。
「無事ですか!?」
「おかげさまでな」
ヴェイルだけは謁見用の豪奢な物になっているが、礼装ではないカソックドレスを裾も持ち上げさせず駆け寄ってくる姿は相当に慌てているようだった。準備も何もかも投げ出してやってきた彼女に、私は健在を示すべく両手を広げてみせる。
「暗殺されそうになったのは初めてだ。新鮮な経験ができた」
「言っている場合ですか! 御身が損なわれたら、天蓋聖都は終わりみたいなものですよ!? だから護衛のマギウスギアナイトを派遣させてくれと言っていたのです」
民心慰撫を優先した結果がコレなので、何も文句が言えない。素直に詫びて、次からは護衛を派遣して貰うことを約束し、我々は予定より前倒しで会談用の貴賓室へ入った。
「生きた心地がしませんでした。貴方が暗殺されかかるなど」
「私もだよ。何よりコイツが拙い」
懐から取りだしたのは、最初に私を暗殺しようとした破門者が取りだした銃だった。
小型のレイルガンであり動力はないが、ギアスペルとやらを操れた者ならば実際に撃てたのだろう。
だが、問題はこの玩具の水鉄砲めいた掌大のレイルガンが直撃すれば〝筐体が大破する〟威力を持っていると推察できることだった。
しかも、この威力なら義体化していない射手は衝撃で死ぬだろう。こんなブツ、普通にしていては発見されない。
「天蓋聖都でこんな物は作れないよな?」
「当たり前です。こんな姑息な……」
「なら拙いぞ。ヴァージルは何処かに工場を持っている」
私の推察を聞いて、アウレリアはハッとして顔を上げた。
ヤツが今も強気に北で構えている原因、それが分かってしまった。ヤツはヤツで、本当に天蓋聖都とコトを構えるにたる設備を手に入れてしまっていたのだろう。
それが何時のことかは分からない。どうやって手に入れたのかも知れないが、強気になる程度の物は製造できるのだろう。
それに私は実際に知ってしまった。
〝イナンナ12〟が崩壊するにあたって、方々に軍事ユニットを製造するための工場をばら撒いてしまっていることを。
その内の一つがヴァージルの地場に落っこちていたとして、なんら不思議はないのだから。
「……これは、北に急ぐ必要が出てきましたね。しかし、こんな物を用意されていては……」
「騎士団を差し向けるのは危険だ。だから、私は連中を詰みに持っていくため、北東の森に行こうと思う」
そう告げた瞬間、彼女は勢いよく立ち上がって悲鳴を上げた。
「北東の森!? あそこはいけません! 〝死の渓谷〟以上の死地です!!」
「……禁足地だとは聞いていたが、あそこも危ないのか?」
「あそこには鬼がいます! 端子も器機もなく異端の〝魔法〟を操る鬼が! そんなところに貴方を送り出す訳には!!」
ほほう、魔法、魔法か。
その言葉を聞いて、私は自分のテンションが俄に上がっていくのを感じていた…………。
【惑星探査補記】粗製レイルガン。単発式かつ射手の安全性を一切考慮してない急造品。しかし、その威力は一撃で脳殻を破壊することはできずとも、丙種二型義体を破壊できるくらいの出力は秘めているようだった。
無論、第二射、第三射と脳殻に連射すれば破壊も可能であろう。
2024/08/22の更新は18:00頃を予定しております。