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6-1

 「ヤァッ!!」


 裂帛の気合いと共に突き出された右の貫手を左手で軽くあしらい、弾き飛ばした勢いを借りて顔面に向ける。


 そして、私の貫手はガラテアの紅潮した顔に突き刺さらず……愛らしい唇をぷにっと押した。


 「はい、死んだ。人中、立派な人体急所の一つだ」


 「くっ……もう一本!」


 「はいはい」


 請われたので間合いを取って、さぁ構えるかと思ったところで一瞬の隙を狙ったハイキックが飛んで来る。足と腰の捻り、上体の粘りも使った見事な蹴りだが、些か間合いの管理が甘い。私はそのままだとこめかみに直撃する起動の足先を避け、下から掬い上げるように足首を掴み上げた。


 「あっ!? わっ、きゃっ!?」


 姿勢の維持に失敗した彼女は体幹が揺らいだので、そのまま押し込めば尻餅を突いて倒れたので、指デッポウを向けて呟く。


 「ばーん。はい、死んだ」


 「ううう……ま、負けました」


 「ありがとうございました」


 お互いに立って一礼。組み手の礼儀を教えた彼女は立礼を綺麗に行ったが、顔はどうしても悔しそうだった。


 「ううー、勝てない……」


 「当たり前さ。格闘用プラグインを入れたばっかりの君に負けてちゃ、私が教官に殺される」


 さて、再び聖都に向けて出発するまでの準備期間、私がガラテアに徒手格闘の鍛錬をつけてやっているのは、彼女が折角端子が空いたのだから色々試したいと言いだしたので、取りあえず近接格闘のプラグインを入れてやったからだった。


 射撃系は体に馴染んだから次は格闘を、という発想は理解できるのだが、正直私はこの近接格闘ソフトをあまり信用していない。


 「それにガラテア、型どおり過ぎるし、命中確定の表示が出た瞬間に攻撃してるだろう? それだと攻撃してくる瞬間が見え見えだ」


 何故なら型通り過ぎて、あんまりにも動きが読みやすいのだ。


 確かに何千何万という反復行動の末に身につく動作がソフト一本インストールするだけで習得できるのは美点だが、どうにも画一的過ぎて、私のように実戦やVRで延々暴れ廻ってきた人間には判で押したような印象があって良い鴨でしかない。


 喩えるなら格ゲーのキャラと生身で戦っているようなものだろうか。


 そりゃ手から何らかの波動を撃たれたり、影を潜って背後に現れたりされたら流石に殴り負けるが、決まり切った攻撃が全く同じ型、同じタイミングで放たれたら簡単に避けるし逆撃もするさ。


 なんつったって、我々は秒単位ではなく、デフォでフレーム単位で生きている人種なんだからさ。


 「うーん……でも、ソフトはノゾムに隙があるって表示してたんだけど」


 「それは敢えてそう見せかけてるだけ。誘ってるんだよ。そうだなぁ……」


 分かりやすい見本として、私は右半身に構えつつ左手は腰の高さに、右腰に拳を当てて膝を軽く撓めた。いわゆる伝統空手的な構えであるが、彼女のソフトは無遠慮に突き出した左手と前に出しすぎた左足、そして些か前傾気味になっている顎をポイントしていることだろう。


 「今、私の重心がどっちの足に乗ってるか分かる?」


 「左でしょ?」


 「残念ハズレ」


 明らかに右半身で前傾姿勢になっているが、私の左足はまるで体重が一切掛かっていないかのように持ち上がった。


 「えぇー!?」


 これは体幹操作を用いたフェイントの一種で、何時でも体を引けるように重心は後ろ側に寄せているのだ。


 そして一見蹴りやすそうな顎や掴んでくださいと言わんばかりの左手、刈り取るのが簡単そうな左膝は全てフェイクであり、ここに攻撃してくださいと誘っているのである。


 だが、ソフトではそこまで繊細な違いを読み切れない。相手の体を内部構造までスキャンできる高解像度視覚素子を搭載していたら、ここまで見え見えの罠には引っかかるまいが、副脳を電脳化した以外は生身のガラテアには不可能だろう。


 「私は武器をなくしたり壊した時用に徒手格闘も鍛えているから、ソフトを入れたくらいで負けちゃ本当に話にならないんだよ」


 「やっぱり一朝一夕で強くはなれないか……」


 残念そうに空を見やるガラテアに、ふと聞いてみた。


 どうして唐突に白兵戦技能を上げたいと思ったのかを。


 「だって、この間、ノゾムは僕を置いて行ったじゃないか」


 「置いて行った?」


 「突入の時、騎兵隊は待機だった」


 「だからあれは……」


 分かってるけど、と言ってガラテアは手で顔を覆う。それは汗を拭う仕草の一環であったのであろうが、何か別の物が滲んでいるように感じたのは気のせいではないと思いたい。


 「分かっちゃいるんだ、分かっちゃ。けどね、僕も一緒に斬り込みたかった」


 だって、僕は君の従士だろう? と掌の中でくぐもった言葉に、私は返す言葉が見当たらない。


 まったく、どうしてどいつもこいつも最前線に行きたがるんだか。


 「君を頼りないと思ってるわけじゃないよ」


 肩に手を置き、友人同士がやるように抱き寄せれば一瞬彼女の体が強ばった。義体を目立たなくする偽装皮膚の圧点素子や熱感素子にツナギを通して、彼女の熱が伝わってくる。


 「実際、君達があそこにいなきゃ私達がケツを捲るのにかかった時間は三分以上増えた。そうなったら下手すりゃ全滅だぞ?」


 「頭では分かっているんだけどね」


 自然と掌を降ろして汗を拭ったガラテアは顔を背けて目を合わせようとしない。ただ、上質な蜂蜜を思わせる褐色の肌に淡い朱が入っているのだけが分かった。


 「まだ借りを返せていないから」


 「……そんなのあったか?」


 「首を刎ねられてまで僕を守ってくれたろう!?」


 ガバッと勢いよく振り返った顔は、初めて見る表情に染まっていた。


 憤怒だ。


 私にとっては換えが利く義体の一つを喪っただけでも――いや、あれはあれであの時点で唯一だし大事だったけど――旧人類系に近い彼女にとっては全く違ったのだろうか。


 そこら辺、私達って旧人類と感覚がズレてるから、イマイチ理解が及ばないんだよな。VRにしたってリスポーンできるものだし、一回死んだらデータが全部飛ぶ上に中断セーブ以外が効かない設定でも、どうせ本人は生きている。


 そして、死は一瞬過ぎて知覚ができない。疑似体験は何度となくしてきたが、本当の死は光子結晶が砕ける瞬間であるため、我々には絶対知覚できないようになっている。


 だから彼女がここまで怒っていても、心から理解してやれないのが少し悲しかった。


 私も旧人類だったなら、ガラテアを怒らせるようなこともなかったのだろうか。


 「悪かった、そうだな、あれは貸し一つだ。ただ、同じ返し方をされても困るぞ」


 「……君のために命を懸けるのは迷惑だって言いたいのかい?」


 「そうじゃない。君の素敵な体は換えが利かないんだからな」


 頬に触れ、鼻筋をなぞり、唇の縁を辿って顎を掴み、額同士をぶつける。澄んだ緑色をした虹彩は陽の光を浴びて美しく、そのまま宝石飾りにしてしまいたいくらいだった。


 「この目も、鼻も、唇も、治してやることはできても換えはない。壊れたら交換できる私と同じように扱っちゃ駄目だ」


 「だけど」


 「説明したろ? 君と私じゃ命の本質が違う。揮発性の高い魂なんだから、大事に使ってくれ。それが私にとって一番の喜びだ」


 じぃっと見つめ合っていると、眼球に偽装したカメラアイの疑似瞳孔がピントを合わせるために収縮していることに気が付いたのだろう。彼女は私の胸に手をやり……襟首を引っ掴んで投げの姿勢に入ろうとした。


 「はい、まだ甘い」


 「うわっ!?」


 なので、腰を払って転ばせる。


 「力を以て証明したいなら、私から一本取ってからだ。それまでは、体を慈しんで長生きしてくれ、我が戦友」


 「もー!!」


 ぷんすか拳を振り上げて怒るガラテアに背を向け、用事があるからと手を振ってその場を後にした。


 本当は特に何もないんだけどね。彼女によく考える時間を持って欲しかっただけだ。


 ガラテアは私を聖徒などと勘違いしているけれども、しょせんは同じ一個の命。どこかで折り合いをつけて、満足して貰えれば良いんだけどな。


 [覗き見とは趣味が悪いなリデルバーディ]


 [朝の鍛錬の時間が重なっただけだ族長]


 太母近くの茂みに声をかければ、のっそりと首からタオルを掛けた戦士長が姿を表した。私達が組み手をしているのを眺めていたようだが、その前は基礎鍛錬をしていたのだろう、タンクトップに似た薄手の肌着や腰巻きが汗でしとどに濡れているのが分かった。


 [しかし、もう族長には誰も忍び寄れんな]


 [後ろにも目がついてるもんでね]


 [そりゃおっかねぇ]


 冗談と取られたようでなんだけど、本当についてるんだよなぁ。髪に隠れて見えないだけで視覚素子が方々に埋設されていて、360°の視界が熱感センサー等々と一緒に搭載されているから熱工学迷彩でも使わない限り私の背を取るのは不可能だ。


 これが甲種義体ともなれば大気の歪みを感じ取る空間掌握センサーも積んであるから、電波的、熱的、光学的に迷彩していても分かるから尚更隠れられなくなるしな。


 [で、清廉なる雄神よ]


 [なんだね太母の勇者殿]


 [お前、ガラテアと番ってやる気はないのか?]


 思わず素で変な声が出た。


 お前は一体何を言っているんだ。


 [アレは明らかにメスの顔をしているぞ。部族の皆はお前を太母の夫と呼んで憚らんが、流石に子は成せまい]


 [あのだねリデルバーディ、その物言いは流石に失礼だ]


 [だが、ああも直截に慕っていると態度に出されて黙っているのもどうかと思うぞ]


 コイツ、嫁さん貰ったからって急に態度がデカくなりやがったな……。


 そう、つい先日、我がラスティアギーズの戦士長閣下は嫁御をお貰いになったのだ。


 それも一気に三人も。


 〝死の渓谷〟で万以上の敵を相手に戦ったことや、一時的に指揮を預かって陣地を防衛した功績。それと目聡くトロフィーになりそうな綺麗な頭蓋を二つ三つ持ち帰ったこともあって、彼はテックゴブの中では一躍時の人。大量の縁談が舞い込んで、ラスティアギーズから一人、他の有力部族から二人も嫁さんを貰いやがった。


 まぁ、テックゴブでは普通のことらしいし、今のテックゴブは空前の女あまり状態だ。


 先の氾濫で部族を守るため多くの戦士が玉砕したこともあって、一時的にテックゴブの男女比は1:3程に大きく偏っており、一番大事に守られた年頃の娘が大余り状態である。


 そしてテックゴブはこのような事態を過去に何度も経験したからか、一夫多妻制を取っており、家格や個人の勇名によっては、族長が認めれば最大で四人まで妻を娶ることが許されているそうな。


 ここで彼が四人目の妻を迎えなかったのは、族長が未婚なのに先んじて結婚するだけでも結構な不敬であるのだから、流石に最大人数受け容れるのは拙かろうと遠慮しての差配であると長老より聞いたが、ちょっと文化が違うので何を言っているのかは良く分からなかった。


 [甘く見るなよリデルバーディ、これでいて私は恋多き男だ。どれだけの婦女をこの手に抱いてきたと思う?]


 [ほう? そう宣うからには相当なのだろうな?]


 [そりゃもう数えきれんくらい]


 VRの中でな!


 いやまぁ、ここで一つ言い訳しとくと我々って基本的に肉の欲求が薄いんだよ。そういうのは大抵〝義務教育期間〟に堪能し尽くしちゃうのと、自我を二進数化するにあたって三大欲求が「楽しいこと、愉快なこと、面白いこと」に変換される傾向もあって、恋愛の機微が分からんのだ。


 それを乗り越えて我が両親も番となって私を為したのだが、私ってほら、まだピッチピチの二四五歳だから良く分かんないの。


 [その割に一番側に置いている女の扱いが下手なのは、どう言い訳するんだ族長]


 [ああもう、しつこいな戦士長。女の手解きとか言いだしたら蹴るぞ]


 [そりゃ怖い。ミュルメコレオの首を蹴り折る足に踏まれちゃ溜まらん]


 テックゴブにしては小柄な体が小走りに去って行く。私はその背中に悪態を投げつけるでもなく、後頭部を虚しく掻くのであった。


 さて、どうしたもんかねぇ。


 機械化人と旧人類の恋、恋愛歌劇じゃ擦られ続けたネタではあるが、いざ我が身になってみると全くわからん。


 どうするのが正解か、このテラ16thに起こっていることと同じで謎だらけだ。


 ただ、一つ分かっている正解もある。


 この相談をセレネにはしてはいけないということだけは…………。




【惑星探査補記】同じく経験蓄積のため数列自我知性体も義務教育を受けるため、自然と馬の合う機械化人と相方関係を構築することが多いが、その絆の深さ故に二人の繋がりが恋や愛という言葉一つで片付けることは不可能である。


 何せ、夫婦で死に別れても立ち直る事例は多々あれど、相方が死んだ場合は殉死してしまうケースが機械化人、数列自我知性体共に非常に多いのだから。  

2024/08/21の更新予定も18:00を予定しております。

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― 新着の感想 ―
流石にそれはわかるのか! よかった〜
>[そりゃもう数えきれんくらい] デビッド・エディングスの小説なら、この後に 「では幾つまで数えられるんだ?」 という質問がデフォでしたね。 殺した人数を把握・理解できないアホなのか 本当に戦士・勇…
機械化人って気分と資材・設備次第で男にも女にもたぶん四つ足や重兵器(箱になれるのなら自走と思考ができれば人型にこだわる必要も無い)にもなれそうだろうし、そういう人たちが恋愛・結婚を重視しないのは仕方な…
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