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兎達の王国に戻るまでに意味消失したテックゴブは三個体増えていた。
やはり止血だけでは間に合わず、三人もの命が失われてしまったのだ。
兎達と一緒に手伝って出血を――彼等の体液は白く粘性が強かった――止めるなどの応急処置を施したが、バイタルパートを負傷した個体はどうにもならない。
内臓構造さえ知らない相手を、一体どう治療しろというのだ?
「さて、どうしたもんだか」
朝は平和に儀式をしていた王国が、今や野戦病棟めいた忙しさとなっている。治療する甲斐がありそうな個体は、幸いにも生き残っていたテックゴブの医者に診られていて、亡骸は一所に集められていた。
そして、身内が〝開頭〟を試みている。
[……あれは?]
[生命/本質/魂の宿る結晶を取りだしている]
集団のリーダー。私に語りかけてきた単眼の黄色いアイカメラが特徴で、胴鎧を着た小鬼が答えた。
肉眼で見ると益々異様だ。体高は大柄な個体なのか122cm、体重は金属部品も含めれば60kg強といったところか。集団の中では一際屈強で、長であるのも納得だ。
彼は標準言語に訳しづらいが、無理矢理に表音化するとリデルバールディと名乗っていた。今はテックゴブ達を率いる立場にあるが、元々は戦士筆頭の助役だったという。
そういえば、兎達は個人を匂いで判別して名前を名乗る文化がないから、私もARタグで勝手に管理していたから、今度から名前を付けてみようかな。
ティシーが健在の時はそうしていたようだし、提案してみたら喜んで貰えるかもしれない。
話が横に逸れたがリデルバーディは、泣きながら――涙は透明なのか――親族の頭を切り開く様を手で示して解説してくれる。
[我等はいずれ太母に還る。その時に生命/本質/魂の宿る結晶が必要]
流石にあの空気の中、ずけずけと踏み込んで「それちょっと見せてくんない?」とは言い出せなかった。
けれども、似ている。
光子結晶に。
機械化人が自我を転写し、発生した数列自我知性体が存在を宿す演算中枢に。
整形された十面体の正規品と比べれば随分と歪で荒削りとしか言えないが、小指の爪ほどの大きさのそれを見間違える訳があろうか。
これでも軍属だ。負傷者を母艦に連れ帰るために斃れた戦友から取りだしたこともあるし、破損して意味喪失した欠片も見たことがある。
ただ、開頭した頭の中には脳味噌も詰まっているようなので、身体構造がどうなっているのか謎が深まるばかりだな。もしかして機械部分の管制をできるよう、小さな光子結晶が自然発生しているのだろうか?
いや、どう考えても細胞分裂している間に割り込める物体じゃないのだけれど、ほんとどうなってんだろうね、この人達。
〔異人/緑の友人達、よくいらした……どうなさった?〕
沈痛な面持ちで彼等流の葬儀を見守っていると、やっとこ巣穴から長が出てきた。ご老体を一日に何度も引っ張り回して申し訳ない。生産施設に余裕ができたら、ティシーのデータを使って膝を治す薬を作ろう。
たんたん足音を鳴らし身振り手振りを介して話す姿を見て、二つの言語を対照することでリアルタイム翻訳の精度が上がっていく。この調子でいけば、私の時代がかった話し方が抜ける日も早いやもしれん。
[加護ナシ、来た。都/天蓋/聖都の呪い騎士]
〔都/天蓋/聖都の!? 何故!?〕
[やつら一端に/高慢に/生意気に太母を取り返すと■■■]
ん? 何だ今の塗りつぶされた部分。もしかしてかなりのスラングで検閲でも入ったか?
そういえば、ティシーファイルに注記があったな。テックゴブ語は罵倒の語彙がシルヴァニアン語の五〇倍はあるから注意しろって。うっかり発音をミスって戦争とかになったら洒落にならんから気を付けねば。
[しかし、何故ここにも加護ナシいる。前来た時、いなかった]
〔彼は違う! 神様の伴侶/主/大いなる庇護者! 匂いで分からないか!〕
そういえば、さっきからずっと出てきている単語だが詳しい意味が分からないな。ティシーも自分は該当しない? と謎の付記を残していただけだし。
[あー、失礼だが、加護ナシとはどういう意味だ?]
[頭に生命/本質/魂の宿る結晶保たぬ■■■■]
また自動翻訳で検閲が入った。さてはティシー、君、汚言恐怖症だな? 翻訳官や外交官をやった経験がある数列自我知性体が患いやすい精神疾患だと聞いたが、前歴でどちらかを勤めたことがあるのかもしれない。
まぁ、知らない言葉は発することもできないからいいんだけどね。
ただ、これでハッキリした。
彼等の言う加護ナシとは光子結晶を脳に持たない生物のことを指すのだろう。
[だとするならリデルバーディ、私は加護ナシではない、此処を見てくれ]
[これは……古の端子……!!]
しゃがみ込んで首筋を見せれば、一つ目の瞳孔が激しく収縮して驚いていることが分かる。駆け寄ってきたのでさせるがままにしていると、ぺたぺた触ってきたり、書いてあるだけの偽物と疑ったのか擦ってきたのでやめさせた。
一応繊細なところなんだよ。極小機械群で守っているとはいえ止めておくれ。
[ヒトが端子を持つことがあるのか! 我等でさえ、最早端子を持った子は殆ど生まれないというのに]
[元々君らは端子を持って生まれてきたのかい?]
[そうだ! 俺も持っている! そして、祖先は皆それで太母と繋がることができた!!]
しかし、彼はやにわに沈んで、二百年前のアレされなければと嘆き始める。
ボソボソキィキィとしたノイズ混じりの独白は、三分の一くらいが検閲削除されているが、さっきの異形の鷹のような怪物を貶める物であった。
彼等は元々〝太母〟と呼ぶ何かの近くで暮らしており、実際にティシーファイルでもそう記載されていた。聖地でありテックゴブ以外の接近が禁じられているためティシーも訪ねたことはないらしく、詳細は不明である。
しかし、ある日突然、その〝太母〟から異形の化け物が湧き出してテックゴブ達は聖地と故地を追われ、森で暮らすようになったそうだ。
何でも、異教の邪神が太母と無理矢理にまぐわったから異形が生まれるようになった、と結構際どい神話的な言い回しが跳び出してきて私は反応に窮した。
なんかこう、直截に言われると恥ずかしいな。
[その異形、■■■が溢れ出した。あそこの加護ナシ、呪い騎士が刺激したせいだ。部族は森に散り、近くのここに警告に来た]
途中で見つかってあの様だが……とリデルバーディは深く肩を落とした。
長老はそれを聞いて大いに慌てた。急いで穴を塞がなければとか、戦士達に戦の準備をさせねばとか。
恐らく、異形はあの一種類だけではないのだろう。地を這う型、潜ってくる型もいるのかもしれん。
こりゃ参ったな。森の縁まで来ると言うことは、手早く対応しないと酷い目に遭う。
生き残ったテックゴブ達は勿論、シルヴァニアン達までもが。
何よりテックゴブが〝何らかの方法で製造された〟可能性が強まったのが大きい。
もしかしたら、何か大きな工場が生き残り、たまたま彼等が生産されたのではなかろうか? だとしたらQOLの向上、そして本国へ帰還する取っ掛かりとして見逃してはおけん。
ただなぁ、武器がなぁ……空を飛ぶという性質上、脆弱であることが前提の飛行型異形を破壊するのに強装モードで三発もブチ込まないといけないのがいただけない。
地上を闊歩する重戦車みたいなのが出たらどうするよ? 地面に鋤き込まれてゲームオーバーなんて勘弁願うぜ。
それに溢れ出したという表現を使うってことは、最低でも数百体規模なのは間違いない。携行できるマガジン全部使っても足りない連中に喧嘩を軽々には売れん。
かといってなぁ、武器を改良するのにも限度があるし、どうしたもんだか。
「うーん……何か良い案はないかセレネ」
『テックゴブの生き残りとシルヴァニアン達に武器を配布しましょうか? 上尉のコイルガンを元に簡易生産型を設計して配布すれば、防衛は楽になるかと』
妥当な提案ではあるのだが、ちょっと急に高度な武器を配布するのは不安が過る。
ほら、昔にあったんだよ、どっかの星系で旧人類系の国家が信頼の証として〝融合兵器〟を未開惑星に贈ったら――その時は貴方方を一方的に殴りませんよ、というポーズをとりたかったらしい――惑星内紛争で使って、一知性体種族が滅んだ事案が。
その時は全銀河が「阿呆かお前ら!!」と経済制裁を課して、絶対に笑ってはいけない銀河系国際会議になったもんだ。外野の我々は大いに笑わせて貰ったけど。
シルヴァニアン達は牧歌的かつ省エネな種族なのでそんなことはやるまいが……いや、まぁ、あれか、惑星表面上で荷電粒子砲を運用してるテックゴブがいる時点で今更か。敵だってレイルガン使ってきてるんだし。
正直、ガウスライフルの千挺や二千挺で世界が滅びやしないわな。
「しかし、作ってる余裕はあるのか?」
『工場生産と電力の殆どを上尉のメンテナンスと筐体制作に使っていたので、今は大分余裕がありますよ。単発式で簡易な形状ならば、日に二〇挺と弾五〇〇発くらいならなんとか』
なら、そうしてもらうか。神様の友人からの贈り物だといえば、丁重に扱ってくれるだろうし大丈夫だよな。うん。
「よし、生産キューに入れておいてくれ」
『承知しました』
方針は一旦これでヨシとして、次はあの人間だな。
見たところ主要な怪我は胴体の裂傷。かなり丁寧に処置されており、テックゴブの医師に処方を聞いたところ、腸が破れていたので洗って縫い合わせたとのこと。玉葱スープを飲ませて傷口から匂いが漏れ出していたら――その時分、内臓損傷は不治の病だった――諦めるような時代があった我々と比べたら、随分と先進的でいらっしゃる……。
驚嘆はさておきながら、この旧人類っぽい人物、テックゴブ語で呪い騎士と呼ばれる集団唯一の生き残りだそうで、他は皆太母の下で討ち死にするか、集落で手当しても間に合わなかったらしい。
唯一の生き残りは上質な蜂蜜を思わせる褐色の肌の持ち主だった。短い散切りの髪、猫を思わせる大きくて丸みを帯びた目、そして少し尖りがちな歯が特徴的なれど、どうみてもホモ・サピエンスの雌性体だよな。
眠っている瞼をぐいと押し上げて眼球を確かめれば、澄んだ緑色をした眼球がちゃんと収まっていてカメラじゃないし、破損した甲冑の隙間から皮膚を触れば柔らかくて暖かい。
この丁種義体とほぼ一緒、我々が旧人類と呼ぶ旧地球、つまり1stテラ規格の人類だ。
しかも、この鎧、内側に生体人工筋肉が張ってある。かなり造りと見た目が原始的だが〝強化外骨格〟の一種じゃないか。
着用者の筋力を増す物というよりも、普通であれば着て行軍できない分厚さの装甲で移動可能にするコンセプトと思しき甲冑の残骸は機能停止しているが、正面装甲厚は20mmばかしありそうだな。
……これを粉砕する敵って何? あと、それ喰らって何でこのヒトまだ死んでないの。
体調はどんなもんかと首筋に触れれば、軽いしこりがあった。
なんだろう、血管に腫瘍でもできているのかと思って触ってみたが、位置的に違う。
「ん……これ……緊急医療手引きにあったやつだな。頸動脈の内側、側頭骨下部パッシヴジャック……」
我々機械化人は義体化しても基本的に四肢がある人型を尊ぶ。というのも情緒が育つまで放り込まれている仮想空間内では旧人類規格の肉体で過ごすので、頭と手足があると落ち着くのだ。
なので基本的に義体には首があり、重要でよく守る場所というのもあいまってそこに端子を設けるが、露出していると壊れることもままある。特に戦場では。
そのため、汎用規格義体の殆どには予備の端子が側頭骨の下部にも埋設されていた。位置がここなのは、斯様な場所がぶっ飛ぶようなら、そもそも端子以前の問題だからだそうで。
ともあれ彼女には端子がある。
もしかしたら直結できるのではないだろうか。
「なぁ、セレネ、これを見て欲しいんだが」
『上尉、いくら弊機がマルチタスカーとはいえ限界があるんですよ。なんでしょう』
「これ、緊急接続用のパッシヴジャックじゃないか?」
『……スキャンしてみましたが、確かにそうですね。微弱ですが光子結晶の反応もあります』
マジかよ。我々が苦労して製造している物が、なんで普通に生殖して生まれている生物の中に備わっているんだ!? 不完全とはいえ謎を通り越して理不尽さを感じ始めたぞ!!
「……意識もないし、ジャックしてみるか」
『じょ、上尉!! そんな初見の、それも見たところ女性と直結なんて! 破廉恥です!』
「医療行為だ! 失礼な物言いをしないでくれ!! 一応、乙種電脳技師章持ちだぞ私は!!」
通信端末では処理領域とラグの不安があるから、私の電脳と彼女の電脳を直結しようと試みたら相方が騒ぎ始めた。
まぁ、直結というのは障壁を取り払った状態で自我領域を触れあわせること、いわば魂同士の物理的接触に等しい。今や快楽を得るためだけの行為になった粘膜接触よりも意味が深く――実際、お互いの自我領域で致した方が限界がないので気持ちいいし――特にセレネのような数列自我知性体にとっては重要な意味を持つ。
それを相方である私がやろうとしているのは、精神的な抵抗があるのだろう。
ただ、この世界の謎を解き明かすのに絶対必要そうな情報ではあるんだよ。我慢してくれ。
そういうと、ポコンと視界の端っこにアイコンが浮かんだ。
彼女の筐体が健在だった時の顔がぷくっと膨らんだ可愛い意匠に、私は正当な医療行為だというのにそこはかとない罪悪感を覚えるのであった…………。
【惑星探査補記】
パッシヴジャック。体表外に露出しない緊急用接続端子。主に脳殻に直付けされており、頸部を損傷するなどの重症を負った機械化人の意味消失を防ぐ応急医療などで用いられる。
体の表側にないので接続にはそれなりのリスクがあるため、電脳取扱資格者以外での接続は原則として禁止されている。
ブクマが1,000件を突破して大変喜んでおります。
これからもご支援お願いいたします。
2024/07/11も18:00更新を予定しておりますので、お楽しみに。