表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/119

5-15

申し訳ありません、体調不良で今まで寝ていました。


2024/08/19は18:00頃の更新を予定しております。

 いやぁ、死ぬかと思った。


 まさか〝機動兵器級〟のノスフェラトゥがいるとは。


 アレと真面に戦えるオプションを持たなかった我々は尻に帆を立てて逃げ出し、何とか人員損耗なしで戦場から離脱することができた。


 敵としても緊急発進であったのだろう。暖機が済んでいなかったノスフェラトゥは動きが鈍く、歩き出すまで五分もあったのでどうにか逃げる余裕があったのだ。


 渓谷の外までは追いかけてこなくて本当に良かった。


 しかし、今までアレを誰も見たことがなかったということは、本気を出すまでもない程度の攻勢しか掛けられたことがなかったのか。


 土壇場で叩き付けられたこともあって、本当に度肝を抜かれたよ。


 『とんだ威力偵察になりましたね』


 「あんなモンが五機もあるなんて聞いてないぞ……」


 得られた物は大きいが、エラいことになってしまった。アウレリアになんて報告しよう。


 というか、なんであんな物が控えているのに今まで天蓋聖都は無事だったのだろうか?


 単騎では巨竜ほどではないにせよ――武装を持っていなかったし――五機もあれば防衛線を木っ端微塵にして天蓋聖都に踏み入ることなんて簡単だったろう。そして、適度な建物を投げつけ続けるなどして滅ぼすことも可能だったはずだ。


 それがどうして、ノスフェラトゥは今まで中途半端な圧を掛けるだけで天蓋聖都を滅ぼさなかったのだろう?


 量産型ばかり差し向けて、マギウスギアナイトはともかく歩卒なら苦労しそうな装甲型、騎士でも一対一では勝利するのが難しそうな大型。


 そして、土壇場で勝利をひっくり返してきた機動兵器級を温存する?


 これらがあれば天蓋聖都を更地にするのに十日もかかるまい。


 [どうする族長。アレを〝聖槍〟で倒せるか?]


 リデルバーディが戦士達の動揺を抑えきったのか喋りかけてきたが、私は首を横に振った。


 出力全開なら装甲板もないこともあって破壊できる可能性はあるかもしれんが、磁場発生機構を搭載されていたら終わりだ。


 それに修理したとはいえガタが着始めている〝聖槍〟ではぶっ放したあと三百秒は冷却と再充填に時間を取られよう。そうなっては第二射を発射する前に追いつかれて踏み潰されるのが関の山だ。


 [じゃあ引き上げるのか?]


 [退くしかないだろう。倒せない敵に向かっていって死ぬのは勇気ではない。ただの自殺だ]


 [■■■! 戦士団の解散は暫く先だな]


 戦士長の言う通り、安息の時はまだ先だ。


 ただ、我々は手ぶらで帰る訳ではない。


 万単位のノスフェラトゥを撃破したという戦果は大きいし、〝死の渓谷〟が秘めた本当の危険度を報せることができる。


 何より〝穢れたる雄神〟よりデータをサルベージできたことが大きい。


 コイツの解析は本拠に戻ってからしかできないが、きっと有益な情報をもたらしてくれるに違いない。


 「いやぁ、危機一髪だったね」


 兜を脱いだガラテアが短い黒髪を掻き上げながら近寄ってきた。女性特有の甘酸っぱい汗の匂いをさせた彼女は離脱時に突破の最先頭を走ってくれたので、勲一等としてアウレリアに報告しようと思っている。


 「守護神様並みにデカいノスフェラトゥがいるなんて聞いてませんよ……」


 一方で途中まで戦わせろ戦わせろと喧しかったファルケンは、すっかり萎んで今にも追いかけてくるのではないかと地平線を眺めていた。


 安心しろ、追いかけてこないってことは向こうも相応の理由があるのだろう。それに平地での走破性はこっちの方が上だ。全速力を出せば振り切れる。


 「よかったぁ……」


 「まぁ、何か投げつけられたら話は別なんだが」


 「……今なんか怖いこといいませんでした?」


 「言ってないよ?」


 素知らぬ顔で嘘を吐き、我々は粛々と大量の死体を残したまま〝死の渓谷〟を後にした。


 そして、分析のため本拠に帰りがてら天蓋聖都に寄ってみれば、あまりに雰囲気が悪いことに驚いた。


 どういうことだろう。南方からの食料供給は再開されたはずだし、ディストピア風だが味は悪くない食事も出回って、復興も進んでいるのに雰囲気があまりに暗い。


 どういうことかと思いつつ郊外に戦車を停めて――全幅がデカいから大路を走れないのだ――枢機卿補佐に謁見を願い出ると、思いの外すんなり通してくれた。


 まぁ、神聖なる天蓋には異種族を入れられないというナチュラルな種族差別を案内役の助祭から喰らったのに少し腹は立ったが、当人達が「余所の神様ん腹の中に入るのとか怖い」と嫌がったのでギリギリ許してやるとしよう。


 ただ、顔と名前は覚えたから、いつか僻地に飛ばされても文句言うなよ。


 「貴方ですか……死の渓谷は如何でしたか?」


 待合室で四半刻ほど待つと来賓室に通され、そこで更に待つこと五分。


 なんというか……疲れた、というより随分とやつれたアウレリアがやってきた。ヴェイル越しにも痩せたのが分かるのってよっぽどでは?


 「まぁ、ご覧になられた方が速いかと」


 直情報と戦闘詳報を入れた小型端末を渡すと、彼女は特に何の警戒もせず直結して戦地の光景と報告書を見始めた。


 数万近い軍勢に息を呑んだり新型の登場に驚いたりしているようだが、最初の感想はこうだった。


 「……どうして娯楽媒体風の演出がされていたのですか?」


 「機械妖精が暇だったからでしょう」


 そこ? と思わないでもなかったが、多分私でもツッコんでいたと思うので何も言うまい。折角人に見せるのだからとセレネがアングルやら演出やら拘って、BGMやらを挿入し始めたのは半分彼女の趣味だ。


 私はVRが好きだけど、彼女は古い映像媒体とかを見るのが好きだったからな。多分、映画監督とか演出家の真似がしたかったのだろう。実際に軍の報告書でやると怒られるから、誰にも叱られない今やってみたかっただけだと思う。


 「見応えはありましたが、何と言うか……プロパガンダの臭いが」


 『そんな! 純粋娯楽作品を目指したのに!』


 何やらポンコツめいたショックを受けている相方はさておき、概要は伝わったんでよしとしておこう。


 「これで暫く渓谷を心配する必要はなくなるでしょうね。正直、騎士団が二つ壊滅している今、そちら側の砦に人をやる余裕がなかったので」


 「力になれてなにより」


 「ただ、問題が幾つか」


 一つ解決したら増える。なんだかプログラムのバグみたいで嫌だなぁと思いつつも、一応ここの生産設備も借りているため聞かない訳にはいかんよな。どうぞと手で促せば、彼女は少し悩んだ後に北方と竜の脅威を語った。


 「また来たのですか!?」


 「小型竜が数匹……北方に置いた巨竜の首を見たら脅えて逃げ帰っていきましたが、民心が大きく荒れています。いざという時、また守護神様が助けてくれるのかと」


 なるほど、来る途中に市中が暗かった原因はそれか。目に見えるところに置いておいても、動かした私が不在であることは噂で出回っていたようだから、不安にもなるわな。


 あの奇妙なまでに市民が帰参を歓迎した理由はそれか。


 「特に現在は対竜戦闘を主に行っていた東園騎士団が北方に逃げたまま帰って来ないこともあり、民は竜を殊更に恐れております」


 「その後、北の状態は?」


 梨の礫であると小さく頭を振られて、私は舌打ちを堪えるのに少し苦労した。


 ヴァージルめ、何を考えている? 守護神が起動して天蓋聖都が護られたことくらいは分かっているだろう。北が地元なのは分かるが、天蓋聖都とやり合って勝てる算段でもあるのか?


 いや、そもそも宗教国家で破門にされたヤツに人々が従っている理由はなんだというのだ。何も分からなすぎて気持ち悪い。


 「内偵要員を送りましたが、誰も帰ってきませんでした。説得のために送った特使も」


 「よもやあの男、聖都とコトを構えるつもりでは?」


 「そこまで愚かではないと思いたいのですが……」


 竜に襲われて大打撃を受けたと言えど聖都は百万人都市だ。平地にあるので防衛戦には不向きなように見えて、複雑に建物が入り組んでいる構造もあって大路さえ塞いでしまえば、あとはスターリングラードめいた建物一軒を巡って双方百人が死ぬような戦場が生まれる。


 特に騎士団の装備には砲兵がいないので――というより砲の概念がなかった――都市攻略は不可能なはずだ。


 だがもしかしたら、何か逆転の策でも抱えていたりするのか? たとえば、聖都にも黙っている遺跡があって、そこで戦車やら重砲やら作っていたり。


 かといって、こちらから北方を攻める余裕は全くない。現在聖都で真面に戦えるのは南園騎士団だけであるが、彼等は都市警邏の役割を負った治安部隊であって前線を張る騎士ではないし、中央騎士団とやらはお名前こそ立派だが聖職者の護衛であってアウレリアからさえ員数外にされている。


 北園騎士団は遅滞戦闘で五割が戦死、残りの半分も負傷者だらけで実質全滅しており、西園騎士団も稼働率は四割を切っている。


 とてもではないが外征の部隊を出す余裕はなかった。


 「補充の進捗は?」


 「ギアキャリバーとアーマーこそ生産できていますが、機械精霊や妖精と相性の良い人間はそう多くないのですよ。特別政令を出して身分の貴賤なく適性があるものを市中から集めていますが、芳しくはありません」


 よしんば数が揃っても戦力になるのは一年後か三年後か、とこめかみを揉む彼女に私は何となく申し訳ない気分になった。


 いや、ほら、機械化人って最低限のソフトをインストールしたら簡単に兵士になれるからさ。強弱は勿論経験の積み重ねに寄るけれど、募兵所に行って登録を済ませ、義体を乗り換えたら最低限使い物になる兵士が半日で仕上がってしまうから、育成に年単位をかけている様を見ると、ウチって恵まれてたんだなぁとね。


 実際、兵隊が足りないって聞いて、一瞬「ソフト入れたら?」って機械化人の常識でツッコみそうになったのは秘密だ。


 「それで、竜の危機に対処したいのですが、ノウハウは全て東園騎士団が持って言ってしまったので、教練役もおらず困っているところなのです」


 「ふーむ……何か作を考えておきましょう」


 天蓋聖都自体にはあんまり思い入れはないが、ここに生きている沢山の知性体が喪われるのは可哀想だ。アウレリアも身を粉にして建て直しを図っているようだし、私もできる限りの支援をしよう。


 とりあえず聖弓を改造したバリスタでもセレネに簡易設計してもらって、郊外の屋上に設置させるとかで誤魔化して貰おうか。そうすれば追い返すことくらいはできるだろう。


 流石に自動照準システムは無理でも、素人なりに当たるようにする照準器を作ることくらいはできるし、最悪機械と直結できるギアプリーストにやらせればいい。十分の一税を取っているのだから、それくらいの仕事はして然るべきであろう。


 「一度帰って対策を協議してみます」


 「……そちらから戦士団を派遣することは難しいですか?」


 「旧じ……こほん。人間同士の戦争に加担するのはちょっと。私はあくまで彼等の尊敬を集めているだけに過ぎず、強権を以て命令を下せる立場にはありません」


 どうやら藁にまで縋り始めたあたり、相当追い詰められているなこれは。


 それもそうか、膿み出しで使えない連中相手とはいえ破門者を出しまくり、地方の人事も入れ替えまくってたら混乱もするし手も足りんわな。


 ただ、事情は理解するし同情もする。脅威を排除する手助けもしてやるが、権力闘争にまで参加するのは勘弁願いたい。


 そりゃやろうと思ったら北方に遠征してヴァージルを吊してくるくらいのことは、今の戦力なら十分可能ではあるんだけど、それで北方……何州だっけ。とりあえず北の民を危険に晒すの私の信条に反する。


 そこはもう、腐敗を食い止められなかった天蓋聖都全体の問題だ。私は都合良く現れて全てを解決できるデウス・ウキス・マキナじゃないんだから何でもかんでも期待するのはやめてくれ。


 とりあえずホットラインを用意して、可能な限り早く駆けつけられるよう対策しておくから、それで我慢して貰おう。


 どんな馬鹿でも守護神が動いているところを見りゃ動きも止まるだろうからな。


 さて、聖都も大事だが私にとってより大事なのは持ち帰ったデータだ。これで少しでも虐殺の真相が分かるなら、惑星探査も進もうというもの。


 心労に折れかけている真面な神職の生き残りに「ガンバレ!」と丸投げするのは心苦しいが、今は拠点に帰る方を優先させてもらうとしよう…………。




【惑星探査補記】機械化人はVRによる体験を娯楽として尊ぶが、数列自我は考察や解析の余地がある小説や映像作品を好む傾向がある。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >俺にはこう見えた さん 直前の単語を見るに演劇の演出手法の「デウス・エクス・マキナ」と同義で使われていると思います
[気になる点] ウキス・マキナで検索したらガーゴイルか少佐の船しか見つからなかったけれど、何か元ネタがあるのでしょうか [一言] 地方の情報が集まってこない首都って落ちる予感しか無い
[一言] 報告に使う様な映像を純粋娯楽作品にしたらアカンやろw 無理はなさらずご自愛ください
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ