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5-14

 『誰? ねぇ誰なの? ねぇねぇ』


 簡素な問いが三進数と十五進数、そして未知のコードを組み合わせた膨大な情報量で叩き付けられて、目の前が一瞬真っ白になった。頑丈な扉を施しているエントランスの扉を、大量のゾンビが叩いているような感覚だ。


 小窓から覗く敵のコードは無秩序なようでいて、先の戦闘で断片を掴んでいるため、そこから逆に相手のエントランスに侵攻をかける。


 「お前こそ誰だ」


 無数に木霊する自我に悪影響を及ぼす誰何は、あくまで敵味方識別信号に紛れてくることもあって防壁の半数が役に立たない。そして迂回した各種防疫コードをすり抜けて、直接受け取れば二進数コードで成立する我々の自我を蝕む自問を叩き続けてくる悪辣さは、最早形容に尽くしがたい。


 しかし、今の私は一種のデータ要塞と化しており、多くの処理を二進数化コードに変換して理解した上、更に敵の狂っていながらも狂っているなりに法則性のある誰何に対応することができた。 


 そして分かったことは、敵も電脳を持っており、その構造は高次連規格と大きくことなることであった。


 これは……生体電脳!?


 何世代前の発想だ! ナチュラリストの旧人類共が我々の電算速度に対応しおうとして生み出しはしたが、多くが脳細胞が受ける負荷に耐えきれず発狂していった欠陥品。そんな物がどうして今頃こんな所に配備されている。


 生体電脳はCPUや光子結晶を用いずニューロンの配列を擬似的にイジって電算機化するもので――そもそも脳は人体を制御する高度なCPUだ――正直に言って碌でもない。


 真面な旧人類ボディのまま電算機になろうなんて、狂った発想によって生み出された本末転倒の代物。こいつがどうして真面に機能しているのか、そして機械化人や数列自我を狂わせることができるのか謎すぎる。


 どうあれ私はイカレた『誰?』の洪水をいなして敵のポートを探り出し、逆侵入をかける。


 チッ、狂気の産物の割りに演算速度は悪くないな。しかも私は不正にポートへアクセスしようとしているため攻性防壁や囮防壁が発動して侵入を阻まれる。こっちだけ防壁が役立たずなのに、相手はしっかり反撃してくるとか性根が悪すぎるだろ。


 『上尉、ポート四三~五六は囮防壁への入り口です。攻性防壁を解して前面突破してください』


 「無茶言うなセレネ!」


 『上尉の自我領域のため、素早い突破が必要かと。……拙いですね、こっちも防壁に取り付かれました』


 エントランスの壁がガリガリ削られているのが分かる。大量のゾンビをいなして、どれだけ生き延びられるかを試すVRを遊んでいる気分だ。


 とはいえ、死んでも生き返られる仮想現実とは訳が違う。ここでしくじってメインエントランスに侵入され、自我領域に触れられれば〝狂ったコードで上書き〟され、私の自我は消失するだろう。


 その前に敵のエントランスをブチ割って、データをコッチが理解できる形に分解しないと負けるな。


 「チィ、欺瞞プロトコルが働いている上に領域上に反発性ウイルスをばら撒きやがった。ポート二三~三三へのアクセス路は遮断する」


 『ポート八九~一一一を試してください、上尉。比較的防備が薄いです』


 「ぐっ、攻性防壁が厚い……損傷した部分をパージする」


 蓋を開けていた電算機の内、処理領域を汚染された光子結晶がアームによって弾き出される勢いで起き上がり接続を断つ。こうすることで破損させることなく情報汚染から逃れることができるのだが、その分性能が落ちるのでジリ貧だな。


 ええい畜生、こちらはここまで手間と費用を兼ねてガチガチに固めているのに、生体脳一個でここまでできるなんてどういう了見だ。誰がどんな設計を腐った脳味噌から引っ張り出せばできるようになる。


 『誰? 誰? ねぇ、なんなの?』


 拙い、問いかけの質が変わった。コードが既知の物から変換されブロッカーをすり抜けて防壁に取り付いてくる。囮防壁の幾つかが容易く割れ、欺瞞領域を暴れ廻って擬似的に再現した自我を侵食している。


 こえぇ、あれが本物の私の自我領域なら、今頃二進数コードがゴチャゴチャにされて完全に意味喪失していたぞ。


 しかも、敵は〝自我を壊した手応え〟を感覚で掴んでいるのか、疑似領域で暴れ廻るのをやめて迂回路を探し始めている。


 さっさと決着を着けないとコッチが死ぬな。


 『ポート一一五~一三二を封鎖。囮障壁を展開……よし、食いついています。演算能力では負けていませんよ上尉』


 「ただの肉の塊と高次連知識の結晶が拮抗していることに憤死しそうだよ!」


 瞑目して狂ったコードの変換にひたすら没頭し、私が読める二進数に上書きしては元に戻されの一進一退の激戦を辛うじて有利に進める。


 よし、読める、何とか読めるぞ。敵の管制系基本プログラムを尻尾だけだが掴んだ。ここから逆算してとっちらかってイカレたコードのデコーダーを作り、ポートに無理矢理突っ込んで演算能力でゴリ押ししてやる。


 『誰? 誰なの? ねぇ、なんなの? 何がしたいの?』


 「黙れ、所属を名乗れ。官姓名及び識別コードを明らかにされたし」


 誰何の連打に高次連IFFコードの乱打で処理数を上回り口を強引に閉じさせる。それでも敵はこちらの迂回路を探すのに必死なのか、押されながらも攻撃を止める気配がない。


 今度は光子結晶が二つ、汚染を避けて離脱するのが分かった。外付け防壁が幾つも汚染され、尋常では読めないコードに変換されていくのが分かる。


 ああ、気持ち悪い。コイツ、言語基フォーマットを乱数化しているのか問いかけが木霊するのみならず、多数の重なり合わない雑音が響き渡って吐きそうだ。この義体に反吐を吐く機能はないけれど、光子結晶からよくない汁がしみ出しそうな幻覚を覚える。


 これを全く油断している時に公式通信帯から叩き付けられたら、そりゃみんな抵抗する術はなかっただろうな。苦しかったろう、気持ち悪かったろう、自我が変質するのは心底恐ろしかったろう。


 細やかながら、仇を討ってやるぞ。


 「乱数変化のパターンを掴んだ! 攻性をかけるポートを増やして飽和攻撃を仕掛ける。セレネ、防御は!」


 『囮防壁、迂回されました。敵も此方のパターンを読んだのか、思考迷路や疑似自我領域に引っかかりません! っ、防壁六七~八九番が焼かれました!!』


 電算機の光子結晶が一気に三つ持ち上がった。ああ、もう、こっちがパターンを読むのと同じで敵もパターンを読んできているな。


 いや、むしろ敵は二進数コードの高次連基礎フォーマットを知っている分、一々変換しちているこちらより有利なのか。だよな、そうでなければ自我領域を無理矢理上書きして発狂させるなんてことはできまい。


 電脳エントランスへの圧が強まるのが分かる。扉を叩くゾンビめいたコードは圧力を増し、仮想空間で私の周りに展開した幾つもの防壁がどす黒い紫色に侵食されて割れていく。


 「もう少し保たせてくれ! ポートの幾つかを占領した! OSをこっち仕様にオーバーライドして修正できないようにしてやる!」


 『補助電算機損耗率34%! リブートして順次戦線復帰させますが厳しいですよ!』


 「もう少し耐えてくれ、ライブラリに、ライブラリにアクセスできそうなんだ」


 私の主目的は情報収集。敵を焼き殺すのではなく情報庫にアクセスし、この小汚い脳味噌に蓄えている情報を引き摺り出して、同胞の多くを殺した連中の首根っこを引っ掴むこと。


 殺すのは最悪物理的に頭を吹っ飛ばしてやってもいいのだ。ここは〝ティアマット25〟と違って絶対確保したい領域ではないし、効率を優先して最優先目標を達成する。


 あと少し、穴を掘っても一掬いする度にお代わりが放り込まれるような虚無的な作業が身を結ぼうとしている。


 読めてきた、読めてきたぞ、やはりこの狂ったコードは自然発生したものではなく、通常の二進数コードを機械化人と数列自我を意図的に殺すためデコードした一種の情報攻勢媒体だ。


 いわば毒ガス。我々が当たり前のようにやり取りしているデータを汚染することで自我を焼く無形の兵器。対応していなければ窒息するか脳を直接破壊される悪辣さに舌を巻きそうになるが、それより速くアーカイブのポートを探り当てる。


 「あった! 変換してる余裕がないから生データのまま落とすぞ!!」


 『防壁三四番から六六番汚染! 自切します!!』


 いよいよこっちも危なくなってきたが、まだ自我領域に触れられるほどじゃない。エントランスはホラー映画じみて来ているがアーカイブに指が掛かった。


 ダウンロード開始、ウイルスやこちらを発狂させるコードが潜んでいることを警戒して自前の電脳ではなく電算機の情報領域に無理矢理吸い上げる。


 すると、敵はこれまでと悟ったのか攻性の速度を上げながら……自己フォーマットを始めやがった!


 正気か!? 機密保全のためとはいえ、自分の脳味噌をクリーンアップするような真似がどうしてできる! 私は慌てて吸い上げる速度を上げるが、消えていく速度が圧倒的に速い。


 しかも、生き残っている領域を自爆覚悟で攻撃に当てているのか防壁がガリガリ削れていく。一気に五個もテックゴブ達の光子結晶が自切され、電算機の防壁機能はもう半分を割った。


 速く、早く、速く、1GBでもいいから多く情報を……。


 『上尉! 直結を解いてください! 自爆するつもりです!!』


 「っつ!?」


 セレネからの渓谷があと1μsおそかったら、私の電脳はダウンロードしている経路から焼かれていたことだろう。反射的に端子を引っこ抜けば、首の〝身代わり防壁〟が煙を上げて最後の予備端子口から吹っ飛んでいくのが見えた。


 そして、水死体めいた異形は口から泡を吐いて痙攣し沈黙する。赤黒かった肉体が青く鬱血していき、機能が停止しているのが一目で分かる。


 「……勝った」


 『アーカイブデータの七割を手に入れることに成功しましたよ上尉! 直ぐ持ち帰って、スタンドアロンの電算機で解析しましょう!!』


 「ああ、そうだな、これでノスフェラトゥの脅威も……」


 言い終える前にふと気付く。銃声が止んでいない。


 「どういことだ? 表はどうなっている?」


 『上尉、ノスフェラトゥは健在です! 未だ戦闘行動が続いています!!』


 「何!?」


 中央管制は制圧したはずだぞ! じゃあなんで……。


 そこで、背筋に冷たい感覚が走った。


 もし私が敵だったら、地殻変動があったとしても〝解錠爆弾〟で進入される可能性がある場所の要塞を露出させておくだろうか?


 そして、何かやらかしたなら二千年間そのままにしておくか? ここは天蓋聖都が生まれた時から〝この様〟だったことからして、改装するための時間はたっぷりある。時折奪還しようとテックゴブが現れる〝ティアマット25〟と違ってだ。


 「拙い! 総員退避!!」


 〔ノゾム様!?〕


 「地表建築物は飾りだ! 地下が拡張されてやがる!!」


 私は電算機を慌てて閉じて、サブアームに引っ掴ませると入り口を警戒していた分隊にすぐ表に出るよう命じた。


 全力で死体を踏みしめながら疾走し、ワイヤーを頼りに建物を飛び降りる。


 [どうした族長! まだ敵は動いてるぞ!]


 [見積が甘かった! 上部構造物は飾りだ!!]


 [ああ!?]


 「総員乗車! 離脱準備!! 防壁は置いて行け!!」


 戦士達が慌てて分乗する中、地響きが轟き地面が揺れ始めた。立っていられないほどではないが、大地が鳴動するのに合わせて地下よりせり上がってくる物がある。


 「な……」


 〝サシガメ〟の操縦席に駆け込み、高感度素子と直結してから見た姿を見て私は叫んだ。


 「何じゃありゃー!?」


 体高10mはろうかという〝超巨大ノスフェラトゥ〟が出撃口から何体もゆっくり姿を現そうとしていたのだから…………。




【惑星探査補記】機械化人の自我は複雑極まるが、全く読めない訳ではない。専門家であれば解読し〝汚染〟するプログラムを組むことも十分可能で、通信帯崩壊より以前にトラップを踏んで意味消失する事件は多々存在していた。

2024/08/18の更新も15:00頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
きっつ 高性能デコイかよ
我々を眠らせない小説だ
[一言] 自爆テロと変わらないなぁ コスパは良いのかもしれないが、これで機械化人を一掃できたところで、「敵」を危険視した別勢力によって滅ぼされるだけだと思うんだがなぁ
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