5-13
内部にもノスフェラトゥ、それも重装型が犇めいており中々の地獄ぶりである。
「イィィィヤァァァァ!!」
怪鳥の叫び声を上げながら――こうした方が気合いが入るんだ――抜剣を斬撃に変えて戦闘の敵を唐竹割りにし、刃を暴風の如く吹き荒れさせて次々に敵を斬る。
膂力が旧人類規格の丁種義体とは桁違いなので丙種義体で剣を本気で、そして技量を乗せて振れば風切り音すら立てずに敵が数拍遅れて真っ二つになっていった。
やはり頭部に中枢ユニットがあるようで、頭を破壊するか、頭を胴体から切り離せば動きが止まるので楽だな。逆に痛みを感じていないのか手足を切断しても効果が薄いため、一撃必殺が求められるのが中々に難易度が高くて……楽しい。
やはり剣を振っている時が一番〝生きてる〟って感じがするな。VRもいいが、義体の性能に任せて暴れ廻るのもたまにはいいものだ。これが甲種義体ならもっと凄まじく、色のついた風めいた動きができるのだけど、丙種でも十分十分。
〔や、やっぱり神様の伴侶すごい……〕
[族長こえぇぇぇ……]
通路に犇めいていた三〇体ばかしのノスフェラトゥを膾斬りにするのにかかった時間は二五秒と少し。撥水機能を持っている極小機械群のおかげで血はついていないが、左手で手首を叩き血糊を払う仕草をして納刀。
こういうのは格好付けじゃなくてルーチンだから大事なんだ。
慎重に納刀して内部に充填された研ぎ師達に単原子分子を復活させてもらっていると、通路の向こうから足音が多重奏で響いてきた。
「前へ!」
〔射撃用意!〕
[安全装置外せ!!]
私の両脇に分隊が展開し、敵が角を曲がってくると同時にコイルガンを浴びせ掛ける。外骨格のおかげで射撃精度は良好そのもの、バタバタと糸が切れた人形の如く斃れていき、こちらに射かけられる弾丸は空を切るか追加装甲に阻まれて虚しく火花を立てた。
〔さいそうてん! かばー!〕
[多いなクソっ!!]
シルヴァニアンのポイントマンがジリジリ前進しつつライフルマンのテックゴブがカバー。そして、角に辿り着くとピーターが擲弾を取りだし、ポイッと放り込んで耳を押さえながらしゃがみ込んだ。
これはOQ爆薬を使っていない普通の破片手榴弾だ。廊下で弾けたグレネードは増援の真ん中で炸裂、ケースを無数の鉄片に変えて吹き荒れ、廊下の向こう側で鋼の嵐となって全てを薙ぎ払った。装甲ノスフェラトゥは護られていない部分を切り刻まれ、乱反射する鋼に斬り割かれて無力化されていく。
〔クリア!!〕
シルヴァニアンの一人が小指を廊下の向こうに差し込んでから安全を叫ぶ。そこには小型の視覚素子が埋まっており、ディスプレイのサブモニターに繋がっているのだ。鏡を差し込むより安全で、広範囲を見通せるため全ての外骨格に装備されている標準オプションである。
やっぱり曲がり角が一番危ないからね。そこら辺の装備は時代を経るに連れてどんどん洗練されていったのだよ。
まぁ、来ているのが乙種外骨格なら専属の偵察ドローンが装備されているから――ピンポン球大で蜻蛉のような羽が生えた高機動型だ――指を吹っ飛ばされるリスクを冒す必要もないのだがね。
「前進再開。死に損ないにトドメを忘れずにな」
最後っ屁が怖いため銃剣を突き刺しながら、ちゃんと死んでいることを確認しつつ廊下を行き、あと曲がり角二つというところで重い足音が響いた。
これは……標準警備ドローン、通常〝肉壁〟の物とは違うな。あれは船内でも使うことを考えて総重量が300kgに抑えられているから、ここまでの足音はでない。聴覚素子と電脳で計算する限り軽く500kgはないと出ない足音。
ズシンと重い足音を引き連れて廊下の角を鉤爪が掴んだ。
反射的にポイントマン達が弾丸を浴びせ掛けるが、鋭い爪は弾を拒んで弾き返し溢れることすらない。分厚い肉は衝撃吸収力が高いのか弾丸が沈み込んだかと思えば、そのまま衝撃力を急襲してポロリと落とす。
そして、前掲がヌッと顔を出したが……。
「しゃがめ!!」
〔わぁぁぁ!?〕
[あぶねぇ!!]
私は何の感慨も抱かず、躊躇することもなく〝聖槍〟をぶっ放して消滅させた。
いや、ほら、何かボス感出してくれてたところ申し訳ないとは思うんだけど、仲間の安全の方が大事だからさ。
こっちは強い武装を持っているんだから使わない方が損だろう? 全員で生還することを目標に作戦立ててるんだから、そりゃ使えるなら使うさ。
しかしデカかったな。体高はこの廊下一杯の大きさということもあって、屈んで尚も3.5mはあっただろうか。ヒョロガリの標準型ノスフェラトゥを五体束ねたくらいの分厚い肉体は筋肉という名の強力な生体装甲で被甲され、弾丸の衝撃を吸いきったということは皮下に何らかの衝撃吸収剤を充填していたのだろう。
真面に殴り合っていたら、かなりの損害を出していたことであろう。
〔ノゾム様! 撃つなら前もって言ってください!!〕
〔この〝聖槍〟は前方にしか被害が行かないから大丈夫だって〕
ピーターに叱られながらサブアームを動かして背中に聖槍を戻しつつ、上半身が消滅した大型ノスフェラトゥをつま先で蹴ってみた。分厚いゴムの塊、それこそ超大型ローバーのタイヤを蹴ったような手応えは、やはり先制攻撃して良かったと思わせるだけの硬さがある。
レイルガンの強装モードか単原子分子ブレードなら切り刻めるだろうが、それ以外だと対処できないだけの強さがあったな。
しかし、敵は何故コイツを量産しないのだ? あれだけの雑兵を量産するより、コイツを百体用意される方がマギウスギアナイトの詰み度合いは上がっただろう。万単位のノスフェラトゥを生産できることが可能な立体成形機があるというのならば、こんなもの幾らでも培養できるだろうに。
この〝死の渓谷〟自体は天蓋聖都建国時から脅威として存在していたらしいし、作っている時間は十分あったと思うのだけど。
それとも何か理由があるか。
『上尉、後方の発泡壁に攻撃が加えられています』
「おっといかん、考え込んでいる余裕はないな」
基底現実時間で二秒ほど無駄にしてしまった。私は前進のハンドサインを出し、死体を跨ぎ越えて中央管制へと向かった。
どのみちコードは壊れているから、ここでも解錠爆弾を使って扉を吹き飛ばす。すると、内部から反撃があった。
固定されている警備用コイルガンだ。生きているとはと驚きつつ、穴から銃口だけを差し込んでレイルガンで粉砕。標準設計ブロックの配置通りに設置されていた防御装置を無力化すると、私は爆砕された穴を潜って中央管制室に入り込んだ。
そこにあったのは二体の死体と一つの異形。
遺体は機械化人のもので、甲種義体が朽ち果てており明らかに死んでいることが分かった。抱きしめている数列自我知性体が好む形状の筐体も経年劣化により装甲や半生体部分がグズグズになっており、こちらも死んでいる。
IFFが自動でARタグを表示させる限り、女性の方は仲井 静香下佐。この管理拠点の責任者であり、抱きしめているのはミシュリーヌ二二四一〇。双方共に通信帯汚染に巻き込まれ、発狂する寸前に抱きしめ合って終わりを迎えたのであろう。
そして、その二人の向こうでコンソールに縋り付くように張り付いているのは〝ティアマット25〟でも見たことがある〝穢れたる雄神〟であった。
ここで合ったが二千年目、今度こそ叩き潰してやる。
「セレネ、電子戦用意」
『指揮能率が一時的に落ちますが』
「かまわん、リデルバーディなら上手くやる。陣はがっちり構えたし、腹ん中で暴れてるこっちの対応で忙しいのは向こうも同じだ」
左のサブアームに引っ掛けていた電算機を下ろし展開する。
今度は大丈夫、繋いだだけでぶっ壊れたりしない。
なにせコイツは特別製。
テックゴブ達から贈られた〝亡き勇者の結晶〟ことデータの転写を終えた、ナマの光子結晶を連結して搭載した疑似量子電算機なのだ。
彼等の祭礼に従うのであれば、死した者は再び太母に還って太母から生まれるために光子結晶を取り出されるが、使うのは一度きりで、終われば砕いて大地に蒔くという。
彼等なりの葬礼を見送っていた時に、死した勇者にもう一度活躍の場面を与えたいのだがと提案したところ、部族長達は喜んで転写を終えた結晶を持ってきてくれた。百何十年前に活躍した誰それの結晶でと、口伝で伝わる冒険譚と共に供出された〝この者こそは〟と選ばれた光子結晶の数は三〇個。
私達はそれを有り難く、記憶データ領域を損壊させないままに連結させて電算機の中枢に造り替えたのだ。
元々、これに魂は宿っていない。生まれながらにして持った副脳であり記憶と遺伝子を運ぶ殻であるが、彼等が尊重していることを理解して大事に大事に使わせて貰ったよ。
一台あたり十個の欠片にちかい光子結晶を連結して生産した疑似量子コンピュータは――完全な物には流石にできなかった――一基でセレネの15%分の処理能力を持ち、強力な補助脳として機能する。
配線をそれぞれ繋げ、計算を同調。三基の電算機を一基のCPUとして稼働させる疑似プロトコルを構築。セレネが夜なべして作ってくれたOS管制ソフトを電脳で起こしながら首からコードを延ばし直結。
う、凄い情報量だ。副脳を持つのは初めてなので知らなかったが、体内に自分の脳味噌以外の疑似神経系を持つってのはこういうことなのか。
そりゃ適性検査も厳しいし、高官以外は常用しないわ。この情報量に溺れないでいるだけで精一杯だし、脳殻の計算速度がガンあがりしたせいで廃熱が追っつかない。
「あっちぃ」
[族長!? 戦場で甲冑脱ぐとか正気ですか!?]
[蒸し焼きになるよりマシだ]
密閉されていた兜を脱ぎ捨て、放熱のために微風を放つ髪を掻き上げる。首の予備端子二つにもコードを接続し、準備完了。
今の私は小型のデータ要塞だ。演算速度は普段の三倍を通り越して三乗。玄人の電子戦武官からは鼻で笑われるだろうが、簡単に死んでやるものかよ。
「カウント三で直結する」
『了解。電子戦支援準備、入ります。現地とのラグをお忘れなく』
「同調誤差6.2%かー、キチー、2km先を火薬式銃で偏差射ちするようなもんじゃん」
『でも上尉ならできるのでしょう? VRに徹夜でつき合わされた学生時代を忘れていませんからね』
「はいはい、やってみせますよ。三……」
セレネとのデータリンクを構築。距離が離れていることと中継器を何台も挟んでいるせいで通信ラグは約十秒。くそ、やっぱり光って遅いな。量子通信機が欲しい。
『防壁直結。精神防壁展開よし、一三~二五番まではデコイとして切り離すことを前提に領域を意識してください』
「あいよ。一~三番と最終防壁だけお守りを頼む。二……」
今回も直結している私がオフェンス、ディフェンスは頼もしい相方セレネ。これで不安がって臆病なことを言ったり芋を引いたら男が廃る。
なに、それに前回と違って、こっちには聞くのも大変な武勇をもったテックゴブ達の残滓が三十人分も就いてるんだ。霊験灼かだろうから、きっと三至聖と一緒に私を護ってくれるさ。
『前回と同じく、攻性防壁と囮防壁には期待しないようにお願いします。ウイルスでもハックでもなく、ただの言語対話で焼き殺しに来ますからね』
「分かってる分かってる。そこまで物忘れ激しくないから……」
心配性な相方に苦笑しつつ端子を膨れた水死体めいた異形に触れさせる。前回は〝ティアマット25〟越しだったが、今回は一切挟まない直結。どれだけの情報が洪水として襲いかかってくるか分からないから怖い怖い。体が丁種のままだったら指が震えていたかも。
「一、直結開始」
『電子戦支援開始します』
さぁ、おたくは何処の誰サンですかっと…………。
【惑星探査補記】テックゴブ達は肉体的な接触での繁殖のみではなく〝太母〟を通して供給される遺伝子サンプルで繁殖することもできる。これが太母に還り、また巡る魂のサイクルであると彼等は深く信じており、連綿と優秀な遺伝子の先鋭化に努めてきた。
大変申し訳ありません。盛大に寝坊しました。
明日も更新は15:00頃を予定しております。