5-12
基本的に迷彩効果を加味して、今回は土色の装甲を選択したのだが、戦列に参加している皆は真っ白に染まっていた。
テックゴブ達は何らかの戦化粧を施しているような風情になり――実際、出陣前に黒い塗料で何か描いていた――地形の合間を走り回ってノスフェラトゥに近距離で弾丸をばら撒いていたシルヴァニアン達は白ウサギ状態だ。
それでも、弾薬を射耗仕切らず建物に辿り着いた。
「防柵展開!」
〔あいあいー!〕
〔いそげー!!〕
指示に従い、バタバタと予備の第五分隊がAPCの中から展開式の装甲を引き摺り出した。地面に突き刺せばスパイクと支持脚が伸び、二層構造の前面が上にスライドして背の高い遮蔽物になるものだ。
我々高次連は脳筋国家とか言われるが、戦争においては基本的に築城で勝つことを前提とした侵攻建築型ドクトリンを敷いている。故に多くの兵器が走破性の高い四脚から八脚で構成されており、火砲も移動力が高い物を採用している。
そして短期間で恒久陣地を構築して――無論、衛星軌道攻撃を阻止した後で――敵陣の中で楔となり、岩を割るようにガンガン打ち込んで戦列を食い破る。
高度な立体成形機技術、リングワールドなどの巨大構造物を他国が呆れるほど作り続けて積み上げた経験、そして一糸乱れぬ兵士のデータリンクがそれを可能とする。
今は非電脳化兵士ばかりだが、それもセレネの処理能力で補えているので真似事にはなっていよう。
私達は建物に取り付くと同時、陣地の構築を開始した。
最も脆い突端部に一際頑丈な〝サシガメ〟を据え、そこから五角形を画くように〝ディコトムス4〟を降着させて壁にする。合間には展開式の防柵を置き、同時にセレネがこんなこともあろうかと、とドヤ顔をしつつ用意していた〝軽機関銃〟を据える。
機関銃はコイルガンの中でも大型で、一応は過般式というだけで持って高速戦闘ができるような代物ではない。しかし、防衛戦や撤退戦を視座において十挺だけ生産しておいたのが、真逆こんなところで役に立つとは。
〔そうてんー!〕
〔おりゃー!!〕
露出した構造物に取り付いた我々を排除せんと小隊単位で襲いかかってくるノスフェラトゥを軽機関銃の弾幕射撃が追い払った。ボックスマガジンは巨大なバッテリーと弾薬入れになっており、ベアリング型の弾頭が一箱につき五百発収まっているため継戦能力は凄まじく高い。
その上で大型化して小銃弾並の威力を確保してあるので、このような状態では正に最適な武装である。
「全員、防壁からあまり頭を出すなよ! それと自爆兵を寄せ付けるな!!」
[分かったが弾薬を再分配してくれ! シリンダーが空だ!!」
リデルバーディが悲鳴のような要請を上げながら、空になったリボルビングライフル型のコイルガンに弾丸を詰めていた。ああ、もう、ここで嵩張るシリンダーはあんまり沢山持ってこられないという弱点が出てきたか。
上手く当てればノスフェラトゥを二枚抜きできる火力は魅力的であったが、こっちもマガジン式に更新しておくべきだったか?
とはいえ、構造が簡素だから雑に扱っても良い利点は捨てたくないし、痛し痒しだ。
「セレネ! 第五分隊にシリンダーを回収させる暇はあるか!」
『車内にローダーが積んであるので五分もあれば何とか』
五分、五分か、血の滲むように重要な時間だが致し方ない。
陣地を構築して、内部に突入する仕度を終えるまでここを死守する必要があるから、効率とトレードオフになることは分かっても我慢せねば。
「陣地構築を終えたらやらせてくれ! それから装備の損耗が少ない人員を選抜し、内部への斬り込み隊を組織する!」
『了解。それと、軽騎兵隊から次の仕事を寄越せと要請が五月蠅いのですが』
「撤退する時、敵陣に穴を開ける大事な後備えだ! 私が黙って待ってろと厳命していたと伝えてくれ!!」
こういう時、戦意が高すぎる味方がいると苦労する。持ち場で大人しくしていて欲しいのだが、戦いたいという気持ちも分かるから扱いに困るんだよな。
かといって内部構造の突破に失敗し、逃げ帰る際に攻囲されれば穴を開ける突破力がある騎兵は離脱に必要不可欠。ここで欠員を出されては困るので待っていて貰うしかない。
『ノゾム! ごめん! ファルケンが助勢しないとって五月蠅いんだ! どうすればいい!?』
「砲は我々の生命線だから死んでも守る必要があると一発ぶん殴っておけ!!」
遂には席次を越えて出撃要請が来から困ったもんだ。クソッ、ファルケンめ、少しはましになったと思ったが猪根性は健在か。無事帰れたら〝太母〟の周りを十周させてやるから覚悟しろよ。
『上尉、防御陣構築進捗65%。同時にブロック構造から敵の大まかな内部構造を割り出せました』
「でかしたセレネ!」
よし、時間稼ぎのために陣地は確保でき、同時に敵中枢を叩く仕度も済んだ。〝ティアマット25〟の先例を鑑みるに敵異形は頭を刈り取れば黙ることからして、さっさと内部に侵入してしまおう。
「降車する! 自動戦闘プロトコル」
『I have control.Goodlack lieutenant』
疑似知性に制御を任せるのは少し不安があるが、流石に〝サシガメ〟の操作までセレネにやってもらうメモリは空いていないので、仕方がなしに外へ出た。
外骨格の跳躍力に任せて飛び降り、兵員輸送車の一両に積んであった〝解錠爆弾〟を取り出す。
こいつは内側に向かって指向性を持たせたOQ爆弾の帯で、鍵の掛かった扉や壁を爆砕して内部に侵入する特殊部隊向けの装備だ。今回のように敵構造物が外部に露出している際や、航宙艦に侵入する時に使う装備である。
「選抜部隊編成は!」
『今……済みました! 忙しすぎです上尉!』
「悪いが戦場なんてどこもそんなもんだ!!」
セレネからの苦情はご尤もだが、忙しくないのんびりした戦場なんて私は知らない。確かに彼女は今までと違って共有記憶領域もなく単独で電子戦・広域指揮・砲撃照準まで担当する忙しさではあると思うけれど、現場は現場での忙しさがあるから耐えてくれ。
今更ながら、私ってほんと恵まれてたんだよな。担当するのは中隊一六機とドローン数百くらいで、HQから指示を唯々諾々と受け取り、電子戦担当は別にいて、言われた通りの場所で暴れ廻るだけで〝仕事をした〟ことになるんだから。
そりゃ同期も昇進を嫌がるわ。私も内示を蹴り続けてきた身としては何だが、もし生還が叶って高次連から褒められても軍での出世だけは断ろう。何ならセレネと一緒に退役して、百年くらい悠々遊んでから郷土防衛軍に入り直してもいいんだし。
いっそ本でも書くか。実質異世界転生したような状況から帰ってきましたとか。ノンフィクションだから多分売れるだろう。
「全員集まったな!」
[応!]
〔はい!〕
テックゴブの中衛とシルヴァニアンの前衛が三名ずつに私を加えて七名の突入分隊が揃った。そして、今自分の外骨格背部にはサブアームを三本使って分解整備された〝聖槍〟が保持されている。
残りの三本が保持しているのは電子戦に備えて新造した電算機だ。これで〝穢れたる雄神〟と直結すれば、逆ハックをかけて何らかのデータを引っこ抜けるかもしれん。
[リデルバーディ! 現場指揮は任せるぞ!! セレネの指示を守ってくれ!!]
[■■■! 大任を次々押しつけるな族長! 手早く済ませてくれ!!]
罵倒混じりの見送りを受け取って、私達は見上げるほど高い建物に向かって肩部に装備された連装式の高所作業用ワイヤーを飛ばした。
鋼線の先端にはファンデルワールス力や――ヤモリが壁につっくける原理のアレ――磁力吸着機構を搭載したアンカーが繋がっており、対登攀塗装が経年劣化で剥げている建物の表面に完璧にくっつく。
二度、三度跳ねて安全を確かめた後で、壁に足を掛けながら巻上機を起動すると、我々は垂直に壁を登り始めた。
高次連製外骨格の標準装備は、こういう時、特に力を発揮する。歩兵の仕事は市街戦なので、建物によじ登ったり高所を取ったりするために装備は必要不可欠。高所作業以外にも活躍する場面は多いのだ。
アンカーの射程は25mしかないので、そこまで登った後で壁に杭を打ち込んで体を保持。再びアンカーを飛ばして屋上へ――元々地面に埋まっていた場所をそう呼んで良いか微妙だが――達すると、積み木のように層を成す別の箱を更に登る。
〔弾が! 弾が飛んできた!〕
〔ビビるなピーター! 盾を背中に構えておけば何の問題もない!!〕
我々の意図に気付いたのだろう。地上から銃が撃ちかけられたが、下からの射撃の上に元々そこまで強力な銃ではないため問題にはならんよ。本体の装甲板だけでも弾けるし、追加の盾があれば更に安全だ。
「よし、ここだな!?」
『はい、上尉。そこが最短突入ルートの入り口です』
赤くピックアップされた壁面にベタベタと解錠爆弾を貼り付けて、全員に距離を取らせた。私は穴が空くだろう場所の上方に陣取り〝ノック〟と同時にラペリング強襲する予定だ。
「総員着剣! 白兵戦用意!!」
〔ちゃっけーん!〕
[着剣!!]
白兵戦の準備を済ませた後、全員が安全圏にいることを確認して壁面を爆破した。円形に切り取られた外部露出部が円形に中へぶっ飛んでいき、中でナニカが潰れる音が聴覚素子に届く。
やはり中にも犇めいていたか。
私は壁を蹴った後にワイヤーを適正距離まで伸ばし、ブランコのように後方へ跳躍。その後、反作用で戻る動きを活用して内部に突入。着地と同時にクロック数を最大に引き上げ、360°見える視界の中で全ての敵を強調表示させた。
って、いるわいるわ、ノスフェラトゥがゴチャゴチャと。しかもコイツら、近衛タイプなのか装甲服を纏っていやがる。外のは廉価品で、内側にちゃんとした警備戦力を置いておくとか、やっぱり結構賢いぞコイツら。
そんなことを思いながら、私は両腿のホルスターからレイルガンを抜き放ち、着地した姿勢のまま両手を左右に伸ばして速射を行った。
レイルガンの出力は装甲材の品質からして省エネモードで十分と判断。FCSが捕らえ、照準補正がかかると同時、一番近い個体から順に頭に弾丸を叩き込んで吹き飛ばした。
頭は前を向いていても関係ない。この丙種義体と外骨格なら補助モニターで全てが見えるし、処理速度の問題で左右同時にぶっ放しても攻撃は的確に当たる。何か旧時代の映画で見たような姿勢のまま三秒ほど射撃を続けると、廊下に犇めいていた敵はあっと言う間に静かになった。
「内部クリア! 後続、来い!」
〔えんとりー!!〕
[クリア!!]
待機させていた突入組が入り込んだのを確認してから、私は胸元のグレネードポーチから一本の缶を引っこ抜き、セレネが予め視覚化してくれていた中央管制に向かう通路の逆側に放った。
10mばかし先に転がった缶は五秒の間をおいて炸裂。真っ白に泡立てられた石鹸めいた泡で通路を完全に封鎖した。
船内で遅滞戦闘を行う際や、敵の後続を断つために使う〝発泡金属壁グレネード〟である。コイツで道を塞げば見た目はモコモコやわらかそうなのに、鋼の硬さを持つ泡が道を塞ぐ。
しかも合板の壁と違って多数の泡が壁を構築しているので、船体へのダメージ覚悟で吹っ飛ばすか、チマチマやるかの二択しかない中々に性悪な装備だ。我々は主に敵中枢に向かってまっしぐらに斬り込むため、後方に何個も投げながら進みながら使うので、あまり仲の良くない国家からは〝悪魔の泡〟とか言われてたな。
「前進! 全力で中央管制を抑える!!」
後方を完全に遮断できたことを確認し、私は最短経路を駆け抜けるべく白い血を踏みしめて先陣を切った。
指揮官先頭は高次連の常。
閉所戦闘に備えてレイルガンをホルスターに戻し、単分子原子ブレードを引っ張って腹の前まで引き延ばして抜刀しやすい位置を確保。
この先に何が待ち受けようと切り拓く覚悟を決め、角を曲がった…………。
【惑星探査補記】都市部における立体的な機動戦闘に備えた装備は、全ての外骨格に標準装備されており、このことから高次連の陸戦隊は敵対国家から〝ヤモリ〟という異名を受けている。
予約投稿時間の設定をミスっていることに気付きました。
2024/08/16も更新時刻は15:00頃を予定しております。




