5-11
故に曰く、彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。とは旧地球からサルベージされた有名な軍事教本の一節であり、今も一般戦闘教義に組み込まれている有名な言葉なのだが、これには続きがある。
彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す、と。
「うーん……噴出は止まったが……」
あれから二時間、退き撃ちと砲撃、そして戦車主砲の釣瓶打ちで万近いの軍勢を蹴散らした結果、敵の動きは止まった。
しかし、ここから先の動きが読めない。
我々であれば、そもそも敵が衛星攻撃ができないとなれば籠城して待ち受けるし、他の国家でも似たような対抗策をするため攻撃立案もやりやすいのだが、相手が狂ったコードで動いている狂った軍団となると動きが読めん。
単純に吐き出せるだけ吐き出して動きが止まったのなら良いが、思いの外賢くて籠城戦に移られたら血みどろの白兵戦になるし、時間を待って中で再びノスフェラトゥの量産に掛かっているなら速戦をしかけて施設を制圧しなければならん。
敵がイカレ過ぎていて「実質何も分からん!」という状況なのが何ともやりづらい。
「ノゾム、残敵の掃討終わったよ」
「敵は見事に逃げ散っていきました!!」
砲撃で開墾しつくした土地を群狼で走り回り、敵を掃除していた騎兵隊が戻ってきた。
しかし、返り血で真っ白に染まった彼等を見て、改めて異形の血は高効率人工血液が使われていることから、根っこが一緒なのだなと確信した。
だが、テックゴブ達も血は白いが理性と知性がある。
この差は一体何で生まれたのだ?
もっと色々なデータとケースが欲しい。惑星をこの様にして遊んでいる連中が何を考えているのか、未だに全容が掴めていないからな。
「……待てよ? 逃げ散った?」
「え? ああ、うん、ばらばらになって統制を喪った感じかな」
「全部撃ってやりましたがね!!」
ファルケンが自慢げにコイルガンを掲げるが、これはちとよろしくないな。
バラバラに逃げるのは被害を抑えるための定石だ。統率が取れていない軍隊ならまだしも、真社会性生物めいた挺身を見せる連中となれば、それは壊走ではなく纏まって逃げれば正確無比な砲撃の的になって全滅すると学んだととるべきだ。
敵は籠城に入った。つまり、自己防衛プロトコルを働かせるくらいの頭はある訳だ。
参ったな、一気に面倒になったぞ。
私は地平線の向こうにある、地殻変動で剥き出しになった〝第5689開発拠点〟を睨んだ。
御菓子の箱を組み上げたような雑な建築物であるが、それは全て効率を重視してブロック構造で完成した建築物ユニットを接続した結果だ。内部構造は万が一攻撃を受けた際に防衛がし易いよう複雑に作られており、何も考えずに侵入すると万全待ち構えた敵に攻撃を受け続けることとなる。
アレが地表に露出している理由は分からないが、正面から突っ込んだから酷いことになるぞ。
最悪、通路を隔壁で封鎖して速乾硬化剤をブチ込まれる可能性もある。
「となると、坑道戦術がベストか」
『ですね、上尉』
よし、正攻法は捨てよう。ここは卑劣な手段が一番だ。
本来は地下に埋まっていて攻略が困難なはずの構造物が表に出てくれているのだから、楽をするのが一番に決まっている。
「総員乗車! 警戒態勢を取りつつ前進する!!」
『砲陣地は如何しましょう?』
「半数は残し、後は移動! 最悪、釣り野伏せりだった時に備える」
敵に知性があることが分かったので、攻略は慎重に行わなければいけない。いざという時は火砲の支援があるとないとで全然違うので、直ぐに使える砲は半分残しておきたかった。
それに迫撃砲は移設が簡単だからな。群狼のサブアームでひょいと掴むだけで、なんならタンデムシート部分に乗せても運用が可能だ。地面に置いた方が安定性が高いからそうしているだけで、実際〝軽臼砲モデル〟の群狼だって存在しているんだし。
「歩卒は盾を用意しろ!!」
命じると、外骨格を着込んだシルヴァニアンとテックゴブが一対二本の作業用アームを伸ばし――彼等に六本は扱い切れなかったので、省略したのだ――体の両脇を護るように実体盾を持った。
「降車後、戦闘に対応できるよう即応待機」
この盾は私が天蓋聖都で苦労させられたブツと同じで、二枚の装甲を衝撃吸収機構で挟み込んだものだ。縁はダンパーとシーリングで封鎖されており、内部には衝撃を受けると一時的に硬化する衝撃吸収ジェルで満たしてある。
これによって理論上は10,000Jまでなら無傷で防げる設計を実現しており――外骨格を着てないと腕が逝くが――3,300Jと小銃弾並の威力しかないノスフェラトゥの火器は直撃しても怖くない。
〔いそげいそげ〕
〔これ重いからきらい〕
〔もんくいうな、僕らが死んだら、小さい神様も神様の伴侶もかなしまれるぞ〕
パタパタ跳ねながらシルヴァニアンは二枚装備し、テックゴブは片方をリロードのために開けてバイタルを護るため一枚だけ装備する。ここら辺も種族の趣味が出ていて、戦闘中だというのに興味が湧いてしまう。
それはさておき前進だ。兵士達が乗り込み、周辺警戒のため軽騎兵隊が先行するのを見送って戦車とAPCも進発。
すると、案の定方々から弾丸が飛んできた。
とはいえ、それも分隊規模。機首機銃や銃座、迫撃砲の攻撃を受けて一瞬で沈黙させられる。
釣り野伏というには弱いか? と思っていると、不意に左右の地面が崩れて大穴があいた。
やっぱりか!
「全力射撃! 歩兵は降車し、戦闘しつつ前進する!!」
即座に〝サシガメ〟の砲を巡らせて左方の出入り口を破壊。同時に残ったディコトムス-4の機首機銃で出てくる端から敵を白い挽肉に変えて行く。人工血液特有の生臭い臭いが立ちこめる中、降車した戦士達が討ち漏らしを狩っていった。
〔降りろ降りろ!〕
〔うてうて〕
〔前は怖いよ!〕
シルヴァニアン達は素早さを生かして前方を固め、回り込んで進路妨害しようとしていた一団を掃討。テックゴブ達は殿を努め、車載機銃の死角に潜り込まんとする敵を排除。
『1-4、前に出すぎです。そのままでは包囲されるので少し下がりなさい』
『2-3、分隊長の側から離れないように。首なんぞ後で幾らでも拾えます』
『4-1! 遅れていますよ! 孤立するとなぶり殺しです!!』
この完璧な連携は各外骨格の現在位置と交戦相手をセレネが統合指揮システムを介して把握しているからできることだ。数列自我知性体のマルチタスク能力は機械化人の数段上をいっており、私では処理するのに手一杯な小隊規模の掌握を片手間にやってのける。
これを大規模副脳なしにやってのけるんだから、やっぱり私の相方は凄いなぁと思いつつ、右方の欺瞞されていた穴も粉砕。
しかし、40mも進まない内に後方に二つ、前方に一つ穴が開いた。
くそ、モグラ叩きか。子供のころはよく遊んだが、百円を呑み込まれてばっかりだから結構トラウマなんだよ。
「火力を前方に集中させろ! 後方はテックゴブ二分隊、及びサシガメで抑える」
『了解! 第一分隊、第二分隊前に、第三第四はカバーを』
〔ひえぇぇぇ〕
兎の耳の形に合わせた集音装置と同時に減音装置を兼ねた追加パーツを寝かせながらシルヴァニアンが走る。外骨格は筋力を増幅させるものであるため、足の回転を速めるのではなく跳躍力を高め一歩で十数mを踏み切って射撃位置に就いた。
それからすかさず発砲。弾丸をばら撒く制圧射撃で敵を始末した後、カバーに入っていた分隊が適正な支援位置に飛び込めるように庇うのだ。
〔盾に弾が当たった!〕
〔こわい!〕
〔もんくいうな! 太母の時よりましだ!!〕
この中ではすっかり古参兵になってしまったピーターが前衛達を叱咤しつつ銃を乱射。支援分隊が敵を挟み込んで殺し間を作ると同時に肉薄し、擲弾のピンを引っこ抜いて穴に向かって投げつける。
アレもOQボムだ。小さいナリして純粋な破壊力はVRゲームで使っていた手榴弾と比べものにならず、穴を容易く塞いでみせる。
やっぱりウチの子達はできる子ばかりだな。銃弾の雨を浴びても前に出て、怖いと言いながら仕事を止めない。笑って戦いに行ける兵士をこそ統合軍は尊んだが、こうやって義務のため現場に踏みとどまる兵士も優れた兵士なのだ。
後方の穴を主砲で吹っ飛ばしながら、湧き出してきたノスフェラトゥを同軸機銃と遠隔操作可能な車載機銃で粉砕。既に白い血でしとどに濡れた戦場を塗りつぶすが如く蹂躙。弾は装甲で弾き、肉薄される前に粉砕。
[何だアレ! 他のと違う!]
[分からん! 取りあえず撃て!!]
機械化人のクロック数でも敵を把握して処理をするのが困難な中、随伴歩兵をやっていたテックゴブ達が会話しつつ敵を撃つと、途端に戦場を爆風が撫でた。
自爆兵!? クソッ、今まで温存していたのか。
爆風の威力は旧時代でいえばプラスチック合成爆弾程度で大したものではないが、脆い関節部に張り付いて自爆されれば機構部にダメージが入るだろう。あれは止めさせねば拙い。
「セレネ!」
『優先目標ピックアップ!!』
打てば響く相棒は、指示に答えて戦場をスキャンし自爆兵を見つけ出すと、味方のディスプレイに赤く縁取って表示するようにしてくれた。おかげで随伴歩兵や周りを駆け回る騎兵は危険な敵を真っ先に見つけ出して迎撃してくれるおかげで、自爆でやられる味方はいない。
ただ、自分達の欠片や地面の一部が余波で降り注ぐため、センサーが汚れて視界不良に陥る者が多々現れるのが鬱陶しいな。洗浄液が装備されているものの拭い去るのに基底現実時間で0.3秒はかかるため、その間は視界が塞がれてしまう。
[クソッ、視界の一部が欠けた!]
[おい、兜に何か刺さってるぞ!]
[ヤツらの骨だ! 畜生!!]
その上、混じる骨片や武器の欠片でセンサーを傷付けられた兵員までいるようだ。流石にセンサーは装甲で覆われていないため脆く、破片を完全に防ぎきれなかったらしい。
チッ、丙種だからな。前線での戦闘をあまり念頭に置いていないから、そこら辺の設計をケチられているのが惜しい。これがせめて乙種ならば、透明な複合素材カバーで護られていて破片程度ではびくともしないのだが。
「兜をあげるなよ! 視界が少しやられても我慢するな」
[やりづらいぞ■■■!!]
[文句言ってる暇があれば撃て■■!!]
[■■■■! ■■■!!]
シルヴァニアンの五十倍を誇る罵倒の語彙を如何なく発揮しながら射撃を続けるテックゴブ達は、懐かしきオンラインVRを思い出すな。
敢えて鈍い旧人類の体に収まって、塹壕線をやるのは楽しかった。同接数数万で師団クラスのぶつかり合いをリアルタイムでやるゲームは、二千年過ぎ去った今でも現役なのだろうか。
過去に思いを馳せながら榴弾を斉射。愚直な突撃戦法を止めて、一定の数が溜まるまで入り口で待機し始めたノスフェラトゥを纏めてネギトロに仕立て上げる。
しかし、そこで視界の端っこを赤い警告ウィンドウが汚した。
残弾数60%。えっ、もうそんなにぶっ放したのか。
詳細ウィンドウを見れば榴弾が残り三五発、徹甲榴弾が二九発。デカいガタイに似合うだけの装弾数を誇る〝サシガメ〟の性能に酔って少し奢りすぎたか? まだ敵の本丸に辿り着くまで随分と時間があるぞ。
「セレネ、サシガメの弾に不安が出てきた! 随伴歩兵の残弾は!」
『予備選力の第五班が逐次分配しているので問題ありませんが、備蓄量は70%を切りました』
「ええい、機首機銃と銃座の弾丸は60%未満だと? あの大群をいなすには必要だったとはいえ、酷い出費だ!!」
残り2km、歩兵の銃弾は波濤となって襲いかかってきた時にはあまり撃たせなかったから余裕があるが、車載兵器の段数に不安が出てきた。これでも動きが鈍るのを覚悟で腹一杯食わせてきたというのに、それでも不足しかけるとかどういうことだよ。
『退きますか? 流石に前線で補給はできません』
「いや、進撃する。敵の補充速度が分からん、ここで退いたら威力偵察にもならんぞ」
せめて敵の手札、底の底くらい覗いておかないと割に合わない。
まだ大兵力を伏せているのか、生産能力に限界が来ているのか。
お互い、まだ伏せ合っているせいで手札の枚数すら分かっていないのだ。ここで退いて、敵に余力がたっぷり残っていたら何も分からないで帰ることになる。
せめて手札の一枚二枚晒してからじゃないと、戦死者こそ出ていないが勿体ない。
「車載機銃は30%を切ったら射撃を止める! 歩兵携行弾薬が50%を割ったら撤退だ!」
『了解。分配を再計算します』
「それから、随伴させた三機の砲を敵勢力下ギリギリまで騎兵に後退させてくれ! 面制圧力が欲しい!」
『ガラテア達にやらせます。二分半ください』
一五〇秒!? 畜生長いな! とはいえ、簡単に破壊されない安全圏まで持っていかせるなら、設置を含めてそれくらい掛かるか。
仕方のない出費だ、無理なく進もう。
馬鹿みたいに突進して弾切れした瞬間、また万単位の敵がブワッと湧いてきたら洒落にならん。
まだ行けるは〝もう危険〟なのだ。RPGの鉄則を守って慎重に行かねば。
最悪、敵陣を突破して撤退できるだけの弾を残して施設に取り付けるか、結構な賭けだが無理なベッドはしないでおこう。
帰ればまた来られるのだから…………。
【惑星探査補記】統合指揮システム。一種のデータリンクシステムだが、今回セレネが使っているのは部品が足りない簡易型で著しく性能が制限されている。それ以外は全て彼女の演算力で以て補っており、本来の性能を発揮しようと思えば数列自我があと数人か、大型の副脳が必要となる。
2024/08/15も更新は15:00頃を予定しております。




