5-10
死の渓谷は全幅約600m、高さ20mほどで、奥行きは地平線に続くほど長い起伏に富んだ地形をしており、方々に地下に通じると思われる穴が開いていた。
『上尉、偵察ドローン損耗率3%を越えました。狙いは荒いですが弾幕がキツいです』
「そうだな、そろそろ行動に移ろうか」
その荒れ野を数十m間隔で五体から一五体のノスフェラトゥが徘徊しており、広く厚い警戒網が敷かれている。
しかし、あの死者の如く生気を感じない異形は何処から熱量を得ているのだろう。完全な荒れ野で食う物など何もなく、真面な燃料補給施設もなさそうなのだが。
とはいえ、そこは今更か。〝太母〟に巣くっていたキマイラーもテックゴブ達を襲っても殺すだけで、食ったりしていなかったから小型の炉かバッテリーでも積んでいるんだろう。
『観測情報は十分。では、手痛い一撃を見舞いましょう』
「うむ。撃て」
『了解。撃ちます』
セレネの宣言と同時、ワインのコルクを抜いた音を十倍にもしたような音が軽快に六回続いて鳴り響き、数秒遅れて地面が〝爆ぜた〟。
『だんちゃーく……今。観測実施、全弾直撃。撃破六五、損傷二四』
「流石」
『上尉、それは旧人類に向かって呼吸が上手だねーと褒めるような物です』
さて、我々は渓谷の入り口から約5kmほどの場所に陣取っていた。現在は簡易陣地を構築し、戦闘準備を始めると同時に事前砲撃を実施中だ。
砲撃をしているのは小型の迫撃砲で、六基用意されたそれは統合軍の軽歩兵が携行する丙種一型軽迫撃砲。砲口径は80mmと小さく対装甲目標の撃破ではなく、浸透した特殊部隊が敵陣地後方に放り込みまくって擾乱するための装備だ。
しかし、今回はそれで十分。敵は装甲されておらず、マギウスギアナイトでもない徴収兵でも倒せる脆弱な肉体をしているせいで榴弾で挽肉にできる。
今、その迫撃砲は全てセレネとリンクされており、調整は全て手動ではなく機械が行っているため正しく正確無比だ。支持架と底盤の間に設置された油圧照準機構が微動を繰り返し、一射毎に微調整を繰り返して砲弾を撃ち出していく。
最も敵が分厚い位置、分隊同士が交差する瞬間、後は穴を狙ってポンポン軽快な音を立てて自動装填式の弾が送り出され、弾倉が空になるたび強化外骨格を着込んだシルヴァニアン達が――セレネ必死の説得で、やっとヘルメットを被ってくれた――追加を放り込んでいく。
『……蜂の巣をつついたような騒ぎですね』
「おうおう、出るわ出るわ……」
砲撃から遅れて、地面にあいた無数の穴からノスフェラトゥが鉄砲水の勢いで溢れ出してきた。その数は分間百体を優に超し、地平線を埋め尽くさんばかりである。
『まるで津波です。重砲が欲しいですね』
「打ち続けてくれ、在庫はたっぷりある」
『了解』
その数は千では利かず万に達しようか。砲兵陣地を半円形に護るように掘った塹壕の中で、外骨格兵達が脅えているのが分かった。
よし、ここらで景気づけに一発ドカンといくか。
私は臨時で拵えた操縦席から――本来この子は脳殻を直接収めるので人が乗るスペースはない――乙種多脚軽戦車一型、通称〝サシガメ〟と直結して操作系を起動。FCSとリンクして主砲への通電を開始した。
「弾種対人、出力60%、照準敵集団前方……」
自分の体が〝サシガメ〟になった感覚で機体をスムーズに動かし、尾部から生えた砲身を敵へと指向。自動装填装置に弾種を指示し、ターゲットをロック。
現在渓谷からは吹き上げる風が吹いているので、それに合わせて威力を調整。レイルガンは理論上亜光速まで加速可能だが、地上でそれをやると大惨事になるため大気の壁をぶち抜いて直進できるだけの出力で十分だ。
「斉射三連よぉい」
余熱された砲身が陽炎を上げ、励磁音が鳴り響き今か今かと解放の時を待ちわびる。
そして、私はその欲求に答えて三角形を画く動線に弾体を乗せた。
「発射」
刹那、超電磁加速を受けた砲弾は音速の数倍で飛翔。
着弾の直前、砲弾ケーシングが自壊して無数の〝子弾〟をばら撒いた。
葡萄弾とも呼ばれる対軽装甲実体弾である。
一発につき千近い子弾は円錐形にばら撒かれて前方を鋼の嵐で攪拌。非装甲のノスフェラトゥを百体以上真っ白な霧に造り替え、更にその霧を突破した第二射、第三射が傷口を広げていく。
「よーし、今ので五百ほど消し飛んだかな?」
目に見える巨大な破壊に戦士達は歓声を上げた。
だがまだだ、敵は突っ込んでくるだけの単純な戦法で天蓋聖都を危機に貶めるような存在。あまり軽く見ちゃいかん。
吹っ飛ばされた穴は後続が増速して即座に埋め、気持ち悪い白の波濤となって押し寄せる。
こりゃ難儀するぞ。せめて〝サシガメ〟があと二両もありゃ引き潰してやるってのに。
『上尉、先頭集団まで後4km』
「よし、全車前進」
データリンクされた〝ディコトムス4〟に指示が飛び、今まで掩体に隠れていた車体が起き上がる。敵本拠だけあって大型砲が隠れていないか心配して伏せさせていたのだが、これだけ全力の反撃に出て打ってこないと言うことは心配いらないのだろう。
「敵1km前方まで進発。各銃座、まだ撃つなよ」
敵の全力疾走は時速30kmってところか? 中々速いな。相対速度によってみるみる近づいていくAPCの射手席に乗ったテックゴブやシルヴァニアンが、それぞれのやり方で迫る敵への興奮と恐怖を呑み込もうとしているのが分かる。
「先に機首機銃で攻撃を掛ける。機銃席は距離五百まで我慢しろ」
無線操作で私とセレネが操る甲虫は淡々と前進し、規定位置まで到着すると底部を地面に押しつけ安定を図る。
そして、広く稼働する頭部を胸の高さに構えると、一斉に大口径コイルガンを放った。分間2,600発の暴威が線を引くように敵陣を舐めて、真っ白な不死者を正しい姿、すなわち死者へと仕立て直していった。
各機ごとに範囲を決めて扇形に薙ぎ払えば先頭のノスフェラトゥが木っ端微塵になって、貫通した弾丸の余波で更に二から三体を巻き込み粉砕。それを踏んで転んだ後続が続々と後ろを巻き込んで転倒していき、将棋倒しになった勢いで圧死していく。
それでも連中は進撃を止めない。死体を乗り越え、蹴散らし、銃が届く距離まで到達できれば後はどうでもいいとばかりに走り回る。
おうおう、凄い勢いだ。後ろに督戦隊がいるでもないのに、何だってここまで必死に走れるかね。
「よし、各銃座任意に発砲しろ」
〔うおー!〕
[死ねーっ!!]
[はっはー! 目を瞑ってても当たるぞこんなもん!!]
車両と先頭の位置が五百を割ったところで車載器銃への発砲を許可する。こちらは機首機銃より口径がちょっと大きく、代わりに分間レートが2,000と控えめになった分破壊力に秀でているので巻き込めるノスフェラトゥが増えていた。
そして、射撃開始と同時に車列をジリジリ後方に下げる。
退き撃ち、退き撃ちこそが大軍を圧倒する最良の方法。
「よし、騎兵隊前へ。間違っても射線に割って入るなよ」
「「「了解!!」」」
まぁ、IFF搭載してあるから誤射する心配はないんだけど、念のため警告しつつ命令を発すれば、十六機の群狼が待ってましたとばかりに飛びだしていった。
先頭はガラテア、後続にファルケンや騎士達が続き、シルヴァニアンとテックゴブも後を追う。荒地を縫うように四脚の鋼が地面を蹴立てて進み、敵前列に接触する寸前で展開。本体から伸びた多目的アームが持っていた、アタッシュケース大の箱を投擲して一目散に走り去る。
そして、その数秒後、敵戦列が文字通りに吹き飛んだ。
オクタニトロキュバン。立方体に組み合った炭素原子にそれぞれニトロ化した水素原子を結合させた、原始的に精製できる最も強烈な爆薬が炸裂したのである。
爆心地では数百単位で敵が跡形もなく吹き飛び、余塵と共に巻き上げられて消えていく。
更に土砂と纏めてノスフェラトゥが何十と虚空に吹き上げられ、地面に叩き付けられて水風船のように弾けていった。
陣地を突破する際に我々高次連の驃騎兵ユニットが捨て身で行う最も効率的な戦法は、ただ数で押し進む軍勢相手であると覿面に効く。千数百規模で敵が纏めて微塵に飛び散って、世界が割れるような轟音と熱波に巻き込まれて後続も斃れていった。
しかし……。
『上尉、補充が絶えません』
「なんという生産量だ。あの拠点にそこまでの工場はなかったはずだが……」
どういう訳か倒しても倒してもノスフェラトゥが湧き出してくる。迫撃砲弾で吹き飛ばそうと、機銃で薙ぎ倒そうと、爆弾で吹っ飛ばそうと勢いが弱まっても止まることはない。
このまま無尽蔵に出てくると仮定すると、三十分ほどで陣地に食い込まれるな。これはよろしくない。敵の銃弾を弾き返すだけの装甲が丙種外骨格には備わっているが、合板の間に充填された緩衝液の衝撃吸収能力とて無限ではないので、何千発と弾を浴びせられれば処理できず斃れる者も出てこよう。
となると、敵の供給口を狩れるかが大事になってきそうだな。
「弾種、徹甲、照準……よし」
主砲の弾種を炸裂徹甲弾に切り替えた。表面を超硬質金属で被甲した弾丸は、敵装甲を貫徹した後内部で炸裂し内部機構や乗員を殺傷することを目的に作られた物。
これならば、ノスフェラトゥを吐き出し続けている地下に続く口を破壊できるかもしれない。
「出力は40%程でいけるか……発射!!」
ドローンから収拾した地形データを元に頑丈さを計算し、高出力過ぎると穴を広げかねないため加減して主砲を発射。超音速の弾丸は大気を割る轟音を引き連れて大気中を泳ぎ、今正に跳び出そうとしていたノスフェラトゥの一団を貫通して地面に突き立った。
直後、破裂し地面の一部が吹き飛んで埋まる。
すると、そこから敵の噴出は止まった。穴が塞がったのもあるが、内部機構を破壊することに成功したのか機能不全に陥ったようだ。
「よし、効果あり。次々潰していこう」
『流石です、上尉』
「伊達に地球護ってないぜ私は」
『……高次連は第二次紛争で質量弾ブチ込んでませんでしたっけ? それに私達、第四次紛争に従軍したじゃないですか」
『VRの話だよ、VRの』
あの手のゲームで無限湧きする敵の出撃口は穴っていうのがお決まりだったしな。実際、軍事的にも地面に欺瞞した出撃口というのはお約束で、敵陣前方を制圧したと思ったら後方から戦車やら機動兵器やらが湧いて酷い目に遭ったことが何度もある。
やはり穴は塞げる内に塞いでおくに限る。
「前線寄りの穴を優先して叩く。勢力図を常にアップデートし続けてくれ」
『了解。敵を押し込めたらやはり……』
「前進する」
『承知しました』
今回は防衛線じゃなくて敵拠点を陥落させるための侵攻だからな。敵の圧力が落ちれば、そりゃ前進制圧するのみさ。
「よし、やはり穴を潰せば噴出は止まる。ただ……」
『内部に残存する敵が増えそうですね』
「そこなんだよな。適度に残して、制圧可能な数を表で延々叩き続けるか」
『弾が保てばいいんですが』
一応、運んできた小型立体成形機で弾丸は生産し続けているが、補給が保つだろうか。我々も聞き取り調査だけで来たから確信がなかったんだが、真逆用意した弾より敵の方が多いなんて絶望的なことはないよな?
そうでないことを祈りながら、私は殺し間を構築すべく邪魔な穴を戦車砲で埋め続けるのであった…………。
【惑星探査補記】OQ爆弾。オクタニトロキュバンを原料にした高次連標準爆弾。かつては精製難易度から理論上は最高の爆弾であるが実用性はないとされていたものの、高次連の立体プリンターでは安定して精製できるようになったため実用化された。最も安価かつ高威力な爆弾として使用されており、その主用途は大型擲弾や施設破壊用パッケージとして広く流通している。
2024/08/14の更新も15:00頃を予定しております。




