表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/119

5-7

 ガシャンと力強く痛々しい音が響いた。


 ファルケンが外骨格(ギアアーマー)諸共地面に引き倒された音で、自分の重量と鎧の重みに負けて、傷みで呻いているのが見える。


 「今日はここまで!」


 「あ、ありがとう、ござい……ました……」


 何とか言い切ると、彼は気絶したようで全く動かなくなった。


 「なんだなんだだらしない、二回や三回ブン投げられただけで気絶して。対甲冑術の基本だぞ」


 『上尉、旧人類のボディは瞬間的に7Gの衝撃を受けて耐えられるように作られていません』


 そうは言うがねセレネ、旧時代の戦闘機でも9Gの加速が掛かるし、プロは更に地面に叩き付けて衝撃も加えるんだ。それを外骨格を着ているのに上手投げや背負い投げ程度のGで気絶するようじゃ、これから先の戦闘についてこられんぞ。


 第一、この義体は丙種二型、本質的に戦闘用に作られていない。甲種義体なんか捕まった瞬間に空き缶のようにひねり潰す力があるんだから、そもそも掴まれないよう剣術を錬磨してくれんと困るんだ。


 〔またヒデぇ様だな……何回耐えた?〕


 〔三回だ。まぁ、初日に比べたらかなりマシになったがね〕


 早朝の清々しい空気が立ちこめる中、同じく外骨格を着たリデルバーディが汗を流しながらこちらにやって来た。彼等は彼等で訓練をしていたようで、装甲の諸所に泥汚れが見えることからして白兵戦の鍛錬であったのだろう。


 〔しかし、本当に凄まじい醜男だよアンタは。ギアアーマーを素手で投げちまうんだからな。しかも相手は本身だってのに〕


 〔これくらいでビビって軍人ができるか。剣林弾雨の下を潜り抜けて、敵の対空兵装を破壊するのが仕事だったんだぞ〕


 〔何だそのイカレた作戦。普通は自殺って呼ばねぇか?〕


 統合軍では普通のドクトリンなんだけどな。迎撃するのが難しい高高度と超速度で機動兵器を投下して、そのまま対空陣地を蹂躙。航空優勢を確保した後に掃討戦に移る黄金勝ち確パターンとして恐れられてきたのだが。


 むしろ怖いのは我々をそこまで運ぶ輸送船乗りだ。其奴らは〝特攻野郎〟と呼ばれて尊敬されるくらい無茶苦茶な回避機動と突入軌道を取ることから、航空機乗りから一等尊敬されていて戦死率も――脳殻は後で回収されるから、厳密には死んでないんだけど――高かった。


 それに比べたら頑丈な装甲に護られて、運んでいる機体が吹っ飛んでも機動兵器に護られている我々の方が随分と安全な方だったんだが。


 『上尉、お疲れの所もうしわけありませんが、工廠部分のアップグレードが済みましたのでご確認をお願いします』


 「ああ、お疲れ様セレネ。これが済んだらいくよ」


 汗を掻かない体を颯爽と翻し、気絶している護衛共の兜を引っ剥がして水をぶっかけ再起動させた。


 「うん、動きは良くなってきてるが、まだ堅いな。全力で振りすぎだ、ギアアーマーに振り回されている。敵の反撃を予測してもっとコンパクトに剣を振れ」


 「はい……聖徒様」


 まだ視線がぼんやりしているが、ファルケンの目を覗き込んでスキャンするとバイタルと脳波も正常。いやー、今までセレネに頼らないとできなかった生体スキャンができる目があるだけで便利便利。


 生身相手の訓練は生かさず殺さずが大事だからな。VR訓練だったら文字通り何百回と殺されるんだけど。死の苦痛アリで。


 その分、私はシミュレーター上の教官よりは優しい方だよ。アイツらマジで刺してくるからな。


 「体を解してよく休んでおくように。私は太母にいく」


 「りょう……かい……おい、おきろ、死ぬな、聖徒様が手ずから訓練してくださったって自慢するんだろ……」


 友朋を起こそうとする護衛を余所に軽やかな足取りで太母に入り、突入時に比べれば小綺麗に掃除され、杭も打ち直された船内をするする登る。


 そして私が使って良いと許可を貰った工廠区画に入ると、大きく改装されているのが分かった。


 素材の投入口が自動化されている上、取り出し口は大型化してもっと複雑で大きな物品を製造できるように改造されていた。聖都の工廠区画で製造した予備部品をはめ込み、ティアマット25の艦長であった寺田中佐が最期の気合いで行った、情報機密を護るために行った無力化措置を幾つか修理したのであろう。


 隣には組み立て機械も並んでおり、ここで大雑把に組み上げた後、搬出口から船外に出して完成させるという一連のラインができあがっている。


 私はあまりハマったことはないのだが、同期が狂ったようにやっていた工場シミュレーションVRを思い出すな。一人で惑星を地球化したり、軌道上に製品をあげるため部品Aを作るためのBとCを加工するための機械を用意するのに必要なDとEとFを……と延々やっていた時の彼は目がガンギまっていたのを覚えている。


 そういえば、ヤツは趣味が高じて兵站部に行ったんだっけ。複雑な交易路整備で計算に人生を捧げる地獄のような部署だと聞くが、今も元気に各集積所に物資を運んでいるのだろうか。


 「おおー、デカくなったな」


 『一応、これで統合軍企画の中型兵装がある程度出力できるようになりました。巨竜と戦うにはまだまだ役者が足りませんが』


 ピーッと警告音を立てて立体成形機の射出口が開くと、中からベルトコンベアが伸びてきて大量の銃弾が運び出された。


 新型のコイルガンに導入した小口径弾で、威力は2,500Jと控えめながら弾頭が小型なおかげで弾倉に五〇発詰め込める構造になっている。銃自体は脇のコンテナで既に梱包が終わり、輸送の準備を待つばかりとなっていた。


 「しかし、これは君にしても随分とクセの強い物を……」


 『製圧力重視の短機関銃に遊びなんて入れてる余裕はありませんよ。というより、今まで一切遊び心なんて出したことありませんが?』


 そう言いながらもコンテナから取りだした〝サブマシンガン〟型のコイルガンは中々に……うん、中々に味がある形状をしていた。


 銃把の前に本体が伸びる形状は丁字形の見慣れた物なれど、かなりトップヘヴィな仕上がりになっており、これは銃身周囲に冷却機構と衝撃吸収機構を仕込んだからだろう。


 更に銃の前方には見慣れたバナナ型マガジンではなく、ペットボトルめいた円形の弾倉、ヘリカルマガジンが採用されている。


 これは円筒形の本体に弾丸を螺旋状に詰め込むことで装弾数を稼ぎながらサイズを小さくする発想によって生み出された設計で、文献にのみ残る“旧共産圏”とやらで生まれた奇抜な発想から成る。


過去は構造上の複雑さから製造コストが嵩むことと、作動用のバネやらが干渉して装着に手間がかかるとかで一般化しなかったそうだが、給弾方式が異なるコイルガンでは十分実用的らしくセレネの個人的チョイスで選ばれた。


 曰く、サブマシンガンは製圧力が命なので精度は球数をばら撒いてカバーすれば良いとのことだ。


 「うあーっ!!」


 また奇妙な声が聞こえてきたので何かと思うと、音紋を照合すればガラテアの声だった。何事かと隣を覗けば、即席のシューティングレンジでホロターゲットを前にサブマシンガンを抱えて唸っている。


 「当たらない! イライラする!!」


 そういえば彼女は近接格闘は前の上官から血尿が出るくらい仕込まれていたそうだから、朝の訓練は射撃に回していたんだった。


 そして今、ヘリカルマガジンを採用したコイルガンをフルオートでぶっ放して外しまくったと。


 「貸してごらん」


 「わっ、の、ノゾム!?」


 横からにゅっと弾倉が空になった銃を取り上げ、再装填。


 なるほど、このトップヘヴィ形状はシルヴァニアンやテックゴブの姿勢に合わせて調整したものか。彼等は前傾気味に走るから、この方が走行時に邪魔にならないと思って設計したんだな。


 「先ずはストックを伸ばして」


 銃床は本体両脇を滑るように格納されるスケルトン式であったので、伸ばして肩付けに構える。管制系を積んでいない簡易設計なので気合いエイムするしかないのだが、これくらいならまぁ何とかなるか。


 「肩と肘を支えにピシッと構え……撃つ」


 すると、緑色をしていたホロターゲットの頭部が命中を報せて赤く染まった。指切り射撃で三発だけ放ったが、銃自体が重いだけあってリコイルは凄くマイルドだな。人間と比べれば骨格が弱いシルヴァニアンに配慮した設計か。


 「弾は一気にばら撒くんじゃなくて、小刻みに」


 きっかりトリガーの制御だけで三発ずつ放ち、頭部、胸部、腹部、両肩、両肘、両手と貫いていき、最期に股下に照準を合わせた後で引き金を引きっぱなしにし、リコイルを利用して上へ切り上げるように打ち切る。


 「そして、連射する時は下寄りに構えて一気に」


 ビーッと音が響き、全身が真っ赤に染まったターゲットは再び未使用の緑色に戻った。


 うん、こんなもんか。火器管制系が積んであったら、この体ならピンホールも容易かったけど、流石に気合いエイムだと幾分か散けるな。


 「凄いねノゾム」


 「まぁ、伊達に兵隊やってないよ」


 弾倉を外し薬室の内部に弾丸が残っていないことを確認してからガラテアにコイルガンを返したが、彼女は自分には向いてないねとリボルバーコイルガンの方を手に取った。


 「こっちならまぁまぁ当たるようになったんだ。騎射ならまるでダメダメけど」


 「そりゃあ車両の揺れやら移動してる速度やら……」


 アドバイスしようとして、ふと気付いた。


 ここには義体の予備部品を製造する設備があり、ガラテアには副脳が埋まっている。


 これを期に彼女も端子をちゃんと開けて機械化したらいいんじゃないだろうか。


 「ねぇ、ガラテア……私と一緒になってみないか?」


 「ほぇ?」


 キョトンとする彼女の手を握り、目をじっと見て提案する。


 人生の中でも旧人類にとっては気合いの要る結論らしいから、ここは真面目に口説かなくては。


 「とてもいいことだよ。煩わしいことはないし、ちょっと天井を眺めてたら終わ……」


 『上尉っ!!』


 「あいだぁ!?」


 思いっきり後頭部を引っぱたかれて、何事かと思ったら空のマガジンを持ったセレネの人形型筐体がいた。歪んだそれを持っている手とは逆の手にポンポンぶつけている姿は相当怒っていらっしゃるようで……。


 「それにしても酷くないかい!?」


 『乙女の心を弄ぶような言葉遣いをするからです! 普通に機械化しないか持ちかけられないんですか貴方は!!』


 「へ? え? き、機械化?」


 だからって本気でぶつことないじゃないか。人間だったら頭蓋に罅が入っていてもおかしくないぞ……。


 「ここの設備なら安全に機械化できるから、どうかなと思っただけさ。ガラテア、副脳を利用して射撃ソフトをインストールしてみないかい? そうすれば飛躍的に命中精度が上がると思うけど」


 「あっ、な、なんだ、き、機械化ね……って、ぼ、僕が機械化? ギアプリーストみたいに?」


 「大した処置じゃないよ。極小機械群を打って神経系統を直結するだけ。後は網膜モニタを増設するくらいなんだけど」


 「び、びっくりした……こんな朝から何てお誘いをと……」


 ボソボソ呟いた声は高感度聴覚素子が拾ってくれたが、機械化を進めることの何が悪いのだろう。別に時間帯は関係なく必要か否かの問題だと思うのだが。


 「でも、良いのかな。マギウスギアナイトの中でも高位の騎士にしか許されてない処置だよ? 端子を開けるなんて」


 「聖徒様の守り役なら誰も文句は言わないと思うけど?」


 「……それで、君を守れるようになるなら」


 暫く何かを思い出すように瞑目した後、彼女は言った。


 「端子を開けるよ。僕はもう、二度と君の生首を抱くようなことをしたくないから!」


 おう、何だかしらないが凄い決意だ。


 まぁ、安心したまえ、一部の国じゃピアス穴を開けるくらい気楽な処置だから。無針注射器一本打って、半日寝てれば終わるような処置だ。


 「何なら関節とか骨格も機械化するかい? 展性チタン合金にすればギアキャリバーに轢かれても骨折の心配をしなくても済むよ」


 『上尉、それだと骨は無事でも内臓がイカレます』


 「内臓系は流石に今の設備じゃ無理かな?」


 「僕、そこまで色々捨てる覚悟はしてないからね!?」


 いやー、前から勿体ないと思ってたんだ。折角副脳があるのに何のソフトもいれてないなんて、クソ高級なゲーミングPCを買ったのにソリティアしかやらないようなもんだ。


 それに厳密に言えば彼女達は既に機械化がされている。体に光子結晶を埋め込むなんて、機械化の中じゃ中度改造に当たるからな。端子を増設してソフトをインストールするくらい軽い方だ。


 「本当に頼むよ!? 君を信頼して任せるんだからね!?」


 「分かってる分かってる。目が覚めたら右手がドリルになってるようなコトはないから安心してくれ」


 「ドリル!? なんでドリル!?」


 さぁさぁと肩を押して案内する間中、ガラテアはずっと叫んでいたけれど、そんな無法はしないよ。


 やっぱり男の子ならパイルバンカーだよね…………!!




【惑星探査補記】公儀での機械化は通常体に発生する物がない期間を埋め込む高位であるため、旧人類規格ではガラテアは既に体を機械化していると見做すこともできる。  

2024/08/11も15:00頃の更新を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いっその事パイルもドリルもどっちも載せよう。手始めに変形機構を載せてじゃな…
[良い点] ドリル派とパイルバンカー派、亜種として使い捨ての浪漫砲派の争いは…あんまりないよね。 むしろ仲が良い(何の話 誤解を招くお誘い文化、良いよね…
[一言] パイルバンカーは右手 ドリルは左手かな… マニュピレーターからトランスフォームするとなお良き
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ