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歓迎の宴は前回よりも規模が大きかった……というより、子供が大勢増えていて驚いた。
どういうことかと問えば、太母を取り戻したことによって先祖が残した〝光子結晶〟から子供が生産できるようになったので、食わせて行ける分を加減しつつ人口を取り戻そうと尽力した結果らしい。
やはり彼等はこの〝ティアマット25〟で製造されたようで、異形の製造ポッドを清掃した結果、光子結晶に保存された〝遺伝情報〟を元に子供を作れるようになったそうだ。
「クローニング、とは違うんだよな」
『技術的な遺伝とでも言うのでしょうか。今、ログをざっと見ましたが副脳に記憶された技術的記憶だけが複写されていました』
何かしれっと凄いことをしているな。
我々は電脳にソフトを取り込むことで基礎技能を習得できるのだが――私みたいにVRを使って自力で習得する者も多いが――テックゴブ達は先祖が持っていた技術を複写されて生まれてくるのか。
そりゃ〝太母〟なしで繁殖できるにしても、取り戻したいと思うわな。
この二百年で喪われた技術も多かろうし、この子世代が育つ頃にはテックゴブ達は今の何倍を栄えていることであろう。
「あ、うりぼうだ、可愛い」
『家畜の養育まで始めたようですね。本当に優れた種族です』
〝太母〟の足下に築かれた居留地の中には家畜小屋が新設されており、その中で幾頭ものうりぼう、すなわち猪の幼体が飼育されていた。元々定住していた時には、まだ家畜化される前の原種を上手いこと飼い慣らしていたのだろう。
しかし、発情期とかどうしてるのだろう。豚よりずっと激しいし力強いけど、テックゴブの膂力なら何とかなるのかな。
発展しつつある居住地を歩いて、ようやく我々ラスティアギーズの拠点に辿り着いた。〝ティアマット25〟の足下に程近く、朝方は日が良く当たって、夏が近づく頃には厳しい日差しが船体によって遮られる好立地を与えて貰っている。
そこには合板製の箱形住居が並んでおり、リデルバーディが族長のご帰還だと叫ぶと住民達がゾロゾロと這いだしてきた。
うん、皆、肌つやも良くなって健康的だな。戦士達は防具の手入れを怠っていないようでピカピカだし、前に会った時より筋肉質に見える。良い飯を食って毎日鍛錬した成果だと思うと私も鼻が高いよ。
[私が不在の間、大過はなかったか?]
[はい、族長。皆、心おだやかに満ち足りた生活を送っておりました]
留守居を任せた元グラッヴゴルブ族の族長たる老翁に尋ねると――まとめ役を頼んでおいたのだ――緑色の単眼が柔和な笑顔になった。逃亡生活に疲れ果てていた頃の険はすっかり取れ、孤児の赤子を抱いた姿は言葉通りに満ち足りているように見える。
[なら良かった。戦士達、狩りの成果は]
[預かった銃のおかげで良好です! 鎧のおかげで走って鹿に追いつけるので、格段に楽になりました!!]
外骨格を戦利品らしい鹿の頭骨を四つも使って飾った戦士は、嬉しそうに旧式コイルガンを掲げて答えた。
そうか、軽量型の外骨格だから速度がでるから、仮に見つかっても走って追いかけて間合いを詰めてから相手に接射できるのだな。瞬発力にも持久力にも優れる鹿相手に凄い狩りをするものだ。
そういえば、鹿による獣害で悩んでいる荘園もあったし、多部族混成猟友会でも結成して派遣してみようか。そうすれば他種族間の友好を結ぶ切っ掛けにもなるし、森の恵みが足りなくなるなんてこともなくなってWin-Winじゃないか?
今度、それとなく辺境伯に提案してみよう。彼等も森の恵みは欲しかろうしな。動物性タンパク質というのは貴重なのだ。
[ぞくちょー!]
[ぞくちょー、おかえりなさい!]
「ぞくちょーだー!!」
子供達がワラワラ付きまとってくるので、高い高いして相手してやりながら我が家に向かうが、どうにもガラテアを除いた騎士達の目線が厳しい。
これはテックゴブを差別しているのか、他種族と親しくしている私を軽蔑しているのか、あとではっきりさせねばならんな。
我が家は一際大きな立体成形機製の館で、平屋ながら公民館を兼ねているため結構広い。正面玄関とホールを兼ねた入り口には長い卓が用意されており、壁際に掛けられた〝太母奪還時〟に使われていたコイルガンが飾られた壁などから、少しヴァイキングのロングハウスめいた印象を受ける。
収容人数は五〇人前後であろうか。机を取っ払って立食形式にすれば百人は入れそうな空間の最奥には、一段高くなった演壇と族長席があり、その奥の扉が倉庫圏私室である。
私はできるだけ尊大に見えるよう族長席に腰を降ろすと、報告のため就いてきた長老と戦士長補に住民の暮らしぶりや収穫の報告をさせた。
[今夏だけで猪七頭、鹿二四頭、電磁罠のおかげで小さな獲物は数え切れないほど獲れました]
[それを老人衆と子供衆で加工して交易に使っていますが、良き成果を上げています。兎達からは良き鉄や遺物の欠片、近場の荘園からは牛酪などを手に入れ余所の部族と分け合いました]
[怪我人、病人もおりません。皆、餓えることがないので健康です]
ふむふむ、ラスティアギーズは私がいなくても順調だったようで何よりだ。
子供と老人も生産力になれるよう簡単なミシンや鞣し機、手工業用の硬質ブレードを配布したのが利いたと見える。老人達が元気なのは自分達が捨てられたお荷物ではなく、新しい部族の役に立てていると思えているからこそなのだな。
[重畳だ。太母もお前達の献身と健やかな日々に喜んでいることであろう]
[身に余る光栄です]
シルヴァニアンの長老に贈った物と同じマッスルスーツを纏った長老は深々と腰を折り、戦士は跪いて敬意を示した。
知りたいことは知ったので休んで良いと解散を命じると、側に侍っていたファルケンが何か言いたそうだったので手招きして呼び寄せ、耳打ちの距離で話を聞いてやる。
「その、聖徒様はテックゴブを支配なさっているのですか?」
「だから言葉に気を付けろと言っているだろう。私はラスティアギーズという部族の名誉族長をやっているだけで、全部族の長ではない」
それに彼等は賢いぞ、と言うと彼はどうにも納得しかねているようだった。
まぁ、無理もないか。聖なる機械は全て機械神の創造物で、自分達の物だと考えて育ったのだ。それが急にテックゴブは自分達に劣らぬ賢さを持つ種族で〝ティアマット25〟は全く別口の船であると言われても俄には納得できまい。
「小鬼達は賢いぞ。鍛冶の技術もあるし……聖都風に言うとギアスペルか、あれも操る」
「文献では野蛮で遺物を根こそぎに漁る者達とあったので……」
「それは偏見だ騎士ファルケン!」
こそこそ声でも聞こえたのだろう。ガラテアが憤って我々の間に入り、護衛として控えていたリデルバーディを指し示す。
「彼等は太母を奪還すると言った我々先遣隊に情報を惜しみなくくれたし、敗走して逃げてきた時も治療を施しノゾムに巡り合わせてくれた。戦う時は命を惜しまず敵に吶喊し、守勢となれば任された持ち場から一歩も引かぬ勇士揃いだ。蛮族のような物言いは僕が許さない!」
「し、失礼しました騎士ガラテア」
怒鳴られてすごすご下がっていくが、これは知識と現実のギャップを埋めるのに苦労しそうだ。
とりあえず、教化するのは合同訓練で身の程を教えてからだな……。
その晩、新たな技術と〝太母〟を豊かにする道具を持って帰ってきた我々を歓迎する宴が催され、マギウスギアナイトも客分として大いに歓待を受けたのだが、あまり楽しんでいる様子はなかった。
彼等の知る正餐とは違い、そこら辺に料理が並んで取り放題で、酒が入れば取っ組み合いや相撲めいた遊びを方々でするテックゴブ達の風俗には馴染めなかったのだろう。
代わりに私の側について、〝ティアマット25〟を奪還した時の話を聞きたがったので突入組にいたテックゴブやシルヴァニアンを集めて大いに語ってやった。
やはり彼等も騎士なのか、戦いの物語には興味があったようで、仲間達が大袈裟に語る私の剣戟の腕前や襲い来る異形の話には興奮して耳を傾けており、戦利品らしい異形の頭蓋を見て素直に感心していた。
ふむ、打ち解けるにはこっち方面からやるべきか。
と、いうことで翌朝、私は騎士達の寝床へ未明に乗り込むと鍋とお玉を打ち鳴らして全員を叩き起こした。
「なっ、何だ!?」
「敵襲!?」
「何時まで寝痩けている!」
厨房から借りてきた鍋は良い音を立て、寝ぼけていた騎士達を数撃で叩き起こすのに十分だった。こやつら、生まれが良いからか知らんがスパルタな鍛え方をしたことがないな?
「せ、聖徒様……!?」
「何事でしょうか!?」
「貴様らそれでも騎士か! 朝日と共に起きて体を鍛えろ! 見ろ、騎士ガラテアを」
指さしてやれば、彼等の寝床として用意してやった幕屋の外ではガラテアが重しを背中に乗せてプランクをやっていた。ツナギを着て体の線を隠したままだが、全身にじんわり浮かんだ汗が濃淡を画いていて何とも艶めかしい姿をしている。
「っ……起きたか、貴公ら」
「き、騎士ガラテア、何を……?」
「〝太母〟で名前のない怪物に敗れて以降、非力を恥じてノゾムに稽古を付けて貰っていてね……」
全身の筋肉が隆起し、少しだぶついているはずのツナギがはち切れんばかりの姿は、全く動いていないのに全身に凄まじい負荷が掛かっていることが一目で分かった。実際、あれは全身運動で体幹を鍛えるのみならず四肢末端に至るまで筋肉を使うため非常に効率が良いのだ。
その分、慣れれば慣れるほどキツいんだが。
「よーし、まず柔軟だ。私と同じ姿勢を取るように」
その後、二分でツナギに着替えさせて整列した騎士と共にラジオ体操をした。この義体はアクチュエーターで関節部が稼働しているので柔軟は実際必要ないのだが、見本は必要だろうと思ってのことだ。
それにラジオ体操と言って馬鹿にする勿れ。結構本気でやると汗を掻くんだなこれが。
「よし、じゃあ基礎体力を付けるぞ。まず私に着いてこい」
「「「はい!!」」」
柔軟の時点で汗だくになった騎士達を引き連れ〝太母〟の周りを五周した。巨大な船だけ合って一周が長く、十分長距離走といえる距離なので朝のアップには丁度良い。途中、目覚めの早い戦士達が「何かの祈祷か?」と勘違いして着いてきたので、長蛇の列になってしまったが、これはこれで面白いので良いだろう。
「ひぃ……ひぃ……」
「はっ……はっ……はっ……」
騎士達は息も絶え絶えな様子だが、これはあれだな〝外骨格病〟だな。
「せ、聖徒様っ……これにっ……なんのっ……意味が……」
「生身でできないことが、外骨格を着ていてできる訳があるかっ!!」
正式な病名ではなく、我々機械化人が旧人類が陥りがちな状態として呼んでいるだけで、文字通り強化外骨格に〝頼りすぎて〟元の肉体が貧弱な状態を指す。
これは宇宙空間で骨粗鬆症を起こしやすい上に、元の出力が貧弱な旧人類が外骨格を着っぱなしにしていると頻発する症状であるので、我々はそれを揶揄して病気のように扱っていた訳だ。
彼等は騎士を自任しているらしいが、肉体の鍛錬が足りん。そりゃ強化外骨格を着れば筋力や速度は補われて均一になるし、どれだけ素の肉体が頑強だろうが力比べで勝てっこないにせよ〝スタミナ〟で確実に差が出る。
そして疲れ果てた外骨格着用者なんぞ良い的だ。コイルガンで気絶するまで釣瓶打ちにされるか、単原子分子ブレードで膾斬りにされるか。その時のお相手次第って話だ。
だが、そんな半端なのが私の護衛を名乗られては困る。
「私の護衛として選抜されたということは、世界一のマギウスギアナイトでなければならん。故に、世界一になれるよう叩き直してやるから覚悟しろ!!」
「そ、そんな……」
「返事ぃ!!」
引き攣った情けない返答に、こりゃ一人前に兵士だと認めてやるのには手間が掛かりそうだなと私は溜息を溢すのであった。
ああ、生身の相手を育てるのは根気が必要で大変だ。これが義体ならな、技術と根性の問題だからVR戦闘空間にブチ込んで、圧縮時間の中で千時間くらいぶっ殺してやりゃ一端の人殺しの目をするようになるというのに。
時間はないのに先は長い。何とも悩ましい物だ。
「次! 筋トレやるぞ! ガラテアと同じ姿勢を取れ! まず三〇秒」
ひぃ、という情けない声を上げる新兵のケツを文字通りに蹴り上げ、私は久方ぶりに鬼教官になって配下をシゴキ倒すのであった…………。
【惑星探査補記】敢えて疲労も辛さも感じる設定のVRで何千時間と訓練を積まされるため、義体を着ていても統合軍の兵士は異様なまでのど根性を持ち合わせている。それに耐えられた者だけが専業軍人として飯を食っていけるからだ。
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2024/08/10の更新は15:00頃を予定しております。




