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5-5

 「つ、追放!?」


 「ああ、平和喪失刑だ」


 この文言を言う側に立つと、自分に破滅フラグが立つような気がするのは何故だろう。


 そんな錯覚を覚えながら、私はエグジエル辺境伯に淡々と文書を投げつけた。


 「本来は議会で処刑も提案されていたが、慈悲深きアウレリア様は荷台一代分の家財を保証した上で平和喪失刑に納めてくださった」


 「そっ、そんな! せめて申し開きを……」


 「我がそっ首に刃を突きつけた以上、言い訳は聞きたくないな」


 目の前で無様に慈悲を請う、白くたっぷりした髭と飽食で肥満しすぎた肉体を持つエグジエル辺境伯……たった今、称号に元がついた彼は色々あって領主をお役御免となり、平和喪失刑を申し渡された。


 これは言うなれば流刑に近い物で、聖都の権利が及ぶ範囲での人権剥奪。半分死刑に近い宣告だ。


 「第一、己が所業を振り返って見るが良い。胸を張って誇れる成果が一つでもあるかね」


 とはいえ無理もない。幾ら扱いが軽いからと言って首都には凶作だと嘯いて減税を願いだし、一方で七公三民に近い勢を絞り上げた上で対竜戦争への助力という名目で――因みにこっちも全く送っていない――男手や冬を越すための資源まで巻き上げたのだ。


 こんなもん、一体何をどう言い訳したら許して貰えるつもりでいるのだろう。


 「ヴァージル卿にお取り次ぎを! 卿ならきっと分かって……」


 「残念だがヤツなら竜から尻尾を巻いて逃げ出した上、逐電し破門に処された」


 「はっ、破門!?」


 「そして、平和喪失刑となった卿も当然破門だ」


 膝を突いてガクガク震える彼は、余程中央へのパイプに自信があったようだが、そこはぷっつり途切れているのだ。残念だが諦めてくれ。


 「それとエグジエル辺境伯大聖堂座主が見えないようだが?」


 「ざ、座主様は法要で……」


 「彼も破門だ。本来無償で行うべき祈祷で金をせびるような俗物はアウレリア枢機卿補佐は要らんとのことでね」


 「あっ、アウレリア!? あの小娘が枢機卿補佐と!?」


 最後の望みが絶たれたからだろうか、初老の辺境伯はガックリと崩れ落ちたきり動かなくなった。


 どうやら脳が処理限界を超えたらしく気絶したらしい。


 「誰ぞ、前辺境伯を運んで差し上げろ」


 「はっ!!」


 命ずればファルケンが腕を引っ張って雑に連れていったので――後で膝をめっちゃ痛めてそうだ――私は越権の間に同席させていた壮年男性に振り返り、書類を渡す。


 「これで今日から卿がエグジエル辺境伯だ」


 「謹んで拝領いたします」


 南に帰るのだから、ついでにと補充人員も運んできているのだよ。今頃、この新たな辺境伯の手勢が城館の各所に詰めかけて、前辺境伯の配下を捕縛していることだろう。そして、不正の証拠を掴んで本領に報告するという手筈だ。


 悪徳貴族と腐敗宗教家を一掃して辺境の治安は回復しましたよっと。VRゲームで言えば、中規模サブクエ完遂ってところか。


 「聖徒様、ではこれより御身の到着と新辺境伯の就任を祝って宴を……」


 「ああ、よいよい、機械神の祝福はもう其方にある。まずは治安の回復と各荘園の慰撫に努めてくれ。それをこそ神は喜ばれる」


 就任と同時にご機嫌取りとは中々仕事熱心であるが、私は忙しいのでそういうのいいから。聖都滞在時みたいに聖女がどうのこうのと女性を宛がわれても反応に困るんだ。


 ゲームで遊んでいる時ならロマンスルート開拓も一興ではあるんだが、今私は敗残兵とは言えど原隊復帰という大業に挑んでいる最中だからな。


 宴の誘いを素気なく断って城館を出れば、既に街中はお祭り騒ぎになっていた。


 見たこともない巨大さのAPCがゾロゾロ凄い速度で走ってきた上、聖者が竜を狩ってきたとの噂を携えて帰郷したのだ。そりゃ盛り上がりもするだろう。


 こういうのでいいんだよ、こういうので。


 「ノゾム! ノゾム!!」


 「ん? おお、フレドリック! 無事だったか!!」


 群狼に跨がって街路を行進すると、ご加護でもあると思っているのか私に触れようとする観衆が殺到するが、それをテックゴブやシルヴァニアンの外骨格兵が塞いでくれている。


 その中で声を掛けてくる者がいたので目をやれば、最初に助けてやった荘園の若衆頭ではないか。


 「心配してたぞ、私を担ぎ上げた咎で処刑されちゃいないかと」


 「解散命令は出されたけど平和なもんだよ! やっぱアンタスゲぇ人だったんだな!」


 「貴様! 聖徒様になんて口の訊き方を……」


 興奮する彼を護衛のマギウスギアナイトが糾弾しようとしたので、襟首を掴んで引き留める。


 「そう興奮するな。学を身に付ける余裕もない田舎の出身だ。それに、三代もギアプリーストの加護を賜れなかった者達なのだから、大目に見てやってくれ」


 「聖下がそう仰るのであれば……」


 しかし、立場は便利に使わせて貰うつもりだったけど、やれ聖徒様だの聖下だのと呼ばれると流石に落ち着かんな。星の上から降ってきたという点では神と似たような物かもしれんが、私は全知にも全能にも程遠い一人の人間に過ぎないというのにね。


 「そう遠くない内にブルクトマナーにもギアプリーストが派遣されるだろう。今年は暖かい冬を堪能してくれ」


 「やった! 機械神万歳! 聖人の加護ぞある!」


 ひゃっほうと跳ね上がる彼に手を振りながら隊列を進め、竜が討たれたという噂に狂喜乱舞する中を抜けて市外に出た。


 そこでも人集りができておりディコトムス4を興味深そうに眺めている者達がいるが、マギウスギアナイトが乗ってきた物というのもあって流石に触れようとする愚か者はいなかった。


 聖都からここまで三日、全力でぶっ飛ばしたから早いもんだ。交代要員として連れてきたマギウスギアナイトやギアプリーストの何人かは車になれていないのか酔って反吐を吐いていたが、さっき元気に降りて地面の有り難さを踏みしめながら新しい赴任地に飲まれていったので、大過なく仕事を熟しててくれることだろう。


 さて、俗世間のゴタゴタを片付けたが、忙しいのはここからだ。


 戻ったらティアマット25の改修をして立体成形機のアップグレードをしなければならないし、ダンジョンアタックなら相応の武器も欲しい。今回セレネは折角新造したリボルビングコイルガンがあまり活躍したなかったことにご不満だったようで、こんどは近距離戦仕様を新造するとか言っていたので、またとんでもない物が出て来そうで楽しみだ。


 彼女、如何にも堅物ですって言葉遣いと態度なんだけど、武器となるとゲテモノが好きだったりするからな。今度はレバーアクションとか持ち出して来たらどうしよう。


 行きと同じように人々は追従したがったが、我々としては聖都が危険に晒されている状況を長く放置する訳にもいかないので、申し訳ないが寄り道しないでかっ飛ばさせて貰った。


 [太母だ!]


 ガンナー席に座ったリデルバーディが大声を上げる。自動運転からディコトムス-4の操作をマニュアルに切り替えて視覚素子を繋げれば、地平線の向こうに太母が見えてきた。


 しかし、離れた時と随分装いが違う。季節一つ分は留守にしていたので当然だが、かつては寂れた船体を晒していただけの〝太母〟は全体が鮮やかな布で覆われていた。


 色とりどりの布は旗であろうか。宴で見た覚えがある意匠もあれば、始めて見る物もあって何とも楽しげだ。


 しかし、どうやってあれだけの高所作業をやってのけたのだろう。天辺まで登って吊すのはえらく大変であったろうに、よくやったもんだ。


 とはいえ、宗教的モニュメントなんてそんなものか。命の危険があっても美麗に飾り立てる。その途中で死んだら誉れ。歴史の中ではそういうもんだと相場で決まっているものな。


 [えらく豪勢だな]


 [古い習わしだ! 部族が散逸する前は、ああやって各氏族の旗で太母を楚々と彩っていた! 久方ぶりの妻との逢瀬はどうだ族長!]


 [だから勝手に婿にするな]


 抗議してもリデルバーディは笑って認めないので、私は少しだけガンナー席が揺れるようにブレーキを掛けてやった。それでも懲りていないようで、ラスティアギーズの戦士長は笑いっぱなしである。


 それ程に開けた場所から、馴染んだ森へ、そして奪還した太母に帰れるのが嬉しいか。


 『上尉』


 「リデルバーディの冗談を真に受けてくれるなよセレネ」


 『いえ、そうではなく、流石にそろそろ減速しないと木々を薙ぎ倒すことになりますよ』


 っと、そうか。ここはテックゴブ鎮護の森。最低限は仕方がないとは言え、ディコトムス4の巨体で踏み荒らす訳にはいかんからな。


 私は編隊長権限で他の遠隔操縦されている四機にも減速指示を出し――一応、運転席にはテックゴブとシルヴァニアンが座っているが――ゆっくりと森の前で止まった。


 「セレネ、比較的木々の薄いところをマッピングしてくれ。できるだけ自然を傷付けたくない」


 『そう仰ると思ってマッピング済みです』


 「流石は我が相方」


 装輪装甲モードから多脚モードに切り替えて、できるだけ木々を薙ぎ倒さないよう進む。するとガラテアを跨いでファルケンから通信が来た。


 『聖徒様! この森は危険です! 速度を落とすのは推奨できません!』


 「……まず何点か警告だ騎士ファルケン。君直属の上官は誰だね」


 『それは……騎士ガラテアです』


 「なら正規の命令系統に従い給え。上官を超えて指揮官に意見具申するのは火急時以外では相当な無礼だぞ」


 『もっ、申し訳ありません』


 謝る相手が違うだろうに。アウレリアめ、戦力が貴重なのは分かるが、本当に尻に殻が着いたままのヒヨコを寄越しやがったな。こりゃ戦力を整えている間にシゴキ倒さないと駄目か。


 あと、ガラテアにも新兵気分でいて貰っては困るから、今度教育してやるとしよう。


 これでも万年上尉の名を欲しいが儘にしているのだ。下士官教育には覚えがある。準備が終わるまでに彼等を立派な士官と兵卒に育て上げてやろうじゃないか。


 「今回だけは特に許す。この森のクリアリングは完了済みだ。ほら、みろ、迎えもいる」


 『えっ……うわっ!?』


 通信機越しに驚いた声を上げたのは、梢の上に偽装を施してコイルガンを構えているテックゴブを今更になって見つけたからだろう。此方は熱源をセンサーで一三〇秒前に捕らえているから問題なかったが、敵だったら二桁単位で殺されているぞファルケン。


 [出迎えご苦労!]


 [■■■■! やっぱりラスティアギーズか! また変なモンに乗ってるから一瞬敵かと思ったぞ!!]


 [勘違いさせてすまない! 聖都で竜の首を取った褒美に貰ってきた]


 [また豪儀な! いいぜ、先導するからついてこい!!]


 何処の部族の戦士か知らないが、彼は凄まじい身のこなしで木々の間を飛んでルートを案内してくれる。よく見れば左手にカランビットナイフめいた刃物を持っており、要所要所でそれを木々に突き刺したり引っ掛けたりしているからこそ、あの身のこなしができるのか。


 『凄い、聖徒様は小鬼をも手懐けているのか……』


 「騎士ファルケン、オープンチャンネルになってるぞ。それと言葉を気を付けろ、彼等は私の同盟者だ」


 『しっ、失礼しました!!』


 聖都勤めの感覚が抜けない騎士を叱責しつつ、我々は再び〝太母〟の足下に帰ってきた。


 今度はより多くの戦士を募り、より多くの装備を持ち、再び聖都に貸しを作って戦利品を得るために。


 まぁ、まずはその前に宴なんだろうな…………。




【惑星探査補記】現在配給している通信機はイヤーカフ型の簡易生産品で、使用人数が少ないこともあって指揮系統を無視した通信が可能となっているが、近々咽頭型に変更した上で上官を飛び越えるような無法ができないよう改造される予定である。

2024/08/09の更新も18:00頃になります。

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― 新着の感想 ―
おかえりぃー
[一言]  元辺境伯、気絶してしまったか。一応、騙されている感すごいするけど、ヴァージルにクーデター計画聞いているはずだけど、気絶させることで、クーデター軍の奥の手が分からないままの流れを読者に納得さ…
[気になる点] 越権→謁見 ですぜ! [一言] 先日Twitterのタイムラインでこちらの作品の存在を知ってから、毎日の更新を心待ちにしています。 頑張ってください。
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