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案の定、聖都への各地方からの食糧配給は止まっていた。
聖都、竜に急襲さるの報ばかりが大きく広がって、もう復興が始まっていることを知っている人間が少ないのだろう。
食物製造用プラントを再稼働させなければ、二月で備蓄が尽きて、上から下まで餓えて大変なことになっていたと聞かされた時は血の気が引いたね。
現状私が知る限り最大の都市が餓死祭りとか笑えもしない。その上、地方勢力が中央の締め付けが弱まったことを良いことに反乱フェスティバルとなった日にゃ頭を抱えるぞ。
〔また奇妙な物を作りましたね、ノゾム様〕
〔一旦帰っておきたかったからね〕
そんなイマイチ笑えない状況を解消するべく、私は新しく開放した立体成形機工場でギアキャリバーを量産すると同時、神祖達が与えなかった長距離大量輸送手段を聖都に贈呈することにした。
目の前に鎮座するのは六脚の甲虫めいた巨大車両だ。全長8.2m、全幅3.1m、総重量35tの怪物車両であり、黄道共和連合の主力APC〝ディコトムス-4 TypeC〟という。
虫の頭部に当たる部分には操縦席と各種センサーが内蔵されており、二つの台形を貼り合わせた胸部と胴部を一体化させた部分に物資と兵員を乗り込ませることができ、その下部から六脚の足が生えている。
足の先端は群狼と同じく三つ指の蹄に変形できるタイヤになっており、胴体下部にも六輪のタイヤが装備されているため平地・荒地どちらにも対応できる仕様で最大傾斜角65°まで登ることができる優れものだ。
搭乗可能人数はフル装備の歩兵15名までだが、軽装備なら詰めれば20人は乗れるだろうし、小型なテックゴブやシルヴァニアンならもっと乗れるはずだ。
ふふふ、これで兵団を輸送しやすくなると同時にストレスなく運べるわけだ。群狼も乗っているだけでいいとはいえ、姿勢が姿勢だけに楽とは言い難かったからな。ペイロードも2,5トンを優に上回り一機で群狼の四倍以上だ。コイツを五台引き連れて、斥候に一六騎の群狼を連れれば怖い物無しって訳よ。
しかも、コイツには頭部に連装対装甲コイルガンが搭載されている上、上部射手席には対人用チェインコイルガンも装備されている。今までの装備と違って火器があるので、存在しているだけで面製圧力と大型を相手できる頼もしい装備だ。
これを神祖達が被造物に与えなかったのは、無駄に広範囲を動き回れる行動半径を与えたくなかったからだろう。
人間には征服欲という物があるからな。下手に長距離を遠慮なくブンブン走り回れたら、聖都そっちのけで侵略戦争に走る危険性もあった。それを加味して、ギアキャリバーを新造したのであろう。
自分達の利益を考えた干物達にも一理あるが、まぁまぁ酷い話だ。
とりあえず、これからはコイツを月に五台ずつ――武装は外しておくが――騎士団に提供して、各地方の鎮定に当たって貰うとしよう。
どうにも北に逃げたらしいヴァージルが臭い。助命の嘆願に来るでもなく、最大の穀倉地点を抑えた上で荷留をしてくる程度の〝嫌がらせ〟に留まっている理由が何かあるのだろう。
切り札を抱えているか、敗北を認めたくなくて持久しているか。私としては後者であって欲しいところなんだが……。
『上尉』
「ああ、セレネ、具合はどうだい?」
『美しさに欠けますが、性能は十分かと』
格納庫でピーターとディコトムス4の先行量産型を眺めていた私に声を掛ける物もまたディコトムス-4であった。
しかし、こちらは機銃の代わりに大型レドームを装備しており、型番がTypeI、電子戦闘仕様でセレネが遠隔操縦している。レドームには小型の抗重力ユニットが装備されていて、使用時には本体と分離され強力なレーダーとして働く仕様は、電子世界の妖精たる彼女にお似合いの装いと言えた。
本人は無骨さと実用性一辺倒で優美さの欠片もない構造に満足行っていないようだが、性能は今までのドローンと比べものにならないのだから我慢して貰おう。
実際、アレと比べると戦闘能力も支援能力も狼と子犬くらい差があるのだから、私としては心強い相方が強力な武装を得たことを喜ばしく思っている。
とはいえ、これだけ装備を固めても〝テイタン-2〟がなければ巨竜と喧嘩はできないのだら、中々困ったものなんだけどね。
『テイタン2が量産できれば言うことなしだったんですが。あとは甲種電子戦義体があれば……』
「仕方ないだろう、船体底部にあってパージされてしまったんだ。無事であることを祈って今度探しに行こう」
それに、もう聖都で生産できる装備はこれが限界だった。
というのも戦闘用兵器の製造区画は船体底部に集中しており、それらは降下時にパージされて方々に散らばってしまっているせいで行方不明になっているのだ。より巨大な立体成形機があればテイタン2を騎士団に配ってもおつりが来るだけの原料が上部構造物には備蓄してあったものの、肝心の工場とデータがないからどうしようもない。
今、小破状態の――放置していたら驚異的速度で回復した。怖い――テイタン-2を持っていく訳にもいかないので、とりあえず〝第5689開発拠点〟は小型の異形が多いところだから置いて行くしかないし、その内に量産体制を整えよう。地上最強の陸戦兵器を軍団単位で編成できるようになれば、地上に怖い物は存在しなくなるんだしね。
まずは謎を解明するためのピースを拾っていく。態々異形が発生していると言うことは、あの〝穢れたる雄神〟のような物が、元は我々の地球化拠点だった場所に蔓延っているということだろう?
今度こそ生きたまま鹵獲して、あの狂った〝三進数や一五進数〟が入り乱れる謎のコードを読み解いて、仲間を数千単位で葬ってくれた連中に報復してやる。
舐められたら殺す。前文明時代から培ってきた武士の本懐は未だに現役なのだ。
『しかし、この筐体から見ると上尉は小さいですね。たまには悪くないかも知れません』
「勘弁してくれ、押し潰されてしまうよ」
懐いた猫のようにディコトムス4が頭を擦りつけてきたので、軽い抵抗をしつつ相方をじゃれ合う。ソイツの重量は35t、私の最大可搬重量は1t足らずなんだから勘弁しておくれ。
彼女が筐体の操作を誤るとは思わないが、押し潰されてまた義体を乗り換えなんてことになったら洒落にならん。
〔まぁ、中に乗れるなら外よりマシそうですが〕
〔何だ何だ、ティシーの民なのに速いのは苦手か?〕
〔アレは速すぎるんですよぅ〕
ピーターは群狼を見て耳を寝かせた。どうやら最高時速80km/hを発揮できるシルヴァニアンとて時速220kmでかっ飛ばすのははキツいらしい。
これで斥候用の甲種一型に――最高時速約600km――乗せたらどうなるのだろうかと一瞬興味が湧いたが、あの暴れ馬は私でもちょっと乗りこなせないからやめておいた方が良いか。
何と言ったって選抜斥候隊の専用機みたいなものだからな。時速600kmといえば秒速166m、瞬きした次の瞬間には200m近く通り過ぎてるんだから、こんなモンに乗って敵中を掻き分けるどころか〝戦闘して〟擾乱できる連中の神経はよくわからんよ。きっとスピードをキメ過ぎて自我数列が光の彼方にでも行っちまっているんだ。
「テックゴブ達は結構気に入ってるようなんだがなぁ」
『彼等は結構刹那的な所がありますからね』
「ノゾム!!」
そんなことを話し合っていると格納庫にガラテアがやって来た。没収されていたティアマット25で製造した簡易型丙種外骨格は〝イナンナ12〟の設備で完全な状態となり、ギアアーマーより便が良いから此方を着込むことになったようだ。
それから、背後に五名のマギウスギアナイトを伴っている。
「やぁ、ガラテア。彼等が?」
「はっ! 枢機卿補佐より御身の警護に就く栄誉に賜りました選抜班です! 全身全霊をかけて御身をお守りすることを機械神の名の下にお誓いいたします!!」
ガラテアが紹介する前にまとめ役らしい男が踵を打ち合わせて見事な敬礼をした。しかし、髭も生えていない顔はかなり若く見え――機械化人基準なら義務教育も終わってないな――戦力の中でも〝抜けても構わない〟のを何とか引っこ抜いてきた感がある。
まぁ、仕方なかろう。北園騎士団と西園騎士団は無茶な運用によって壊滅、東園騎士団はヴァージルによって連れ去られ、現状聖都で真面に動いているのは南園騎士団と中央騎士団の二部隊だけ。
それも従兵込みで二二〇人ばかしの騎士団がたった二つ。義勇民兵隊を組織しようとしているようだが、百万の都市を護るには全く軍勢が足りていない。
マギウスギアナイトは一騎当千に等しいとはいえ、よくぞいままでコレで保ってきたな。アウレリアは多少無茶をしても地方に駐屯している部隊を引き上げようとしているそうだが、南の辺境伯領には工都でさえ中隊しか駐屯していなかったと聞くし、焼け石に水感が半端ない。
我々が留守にしている間、反乱やらなんやらで崩壊せにゃいいんだが。
かといって、私達は私達で兎の王国やラスティアギーズの面倒を見にゃならんからな。あんまり長く離れていると心配されるから、こればっかりはどうしようもない。
試運転を兼ねて、こっちのやり方に慣れて貰うとしよう。
「君達、名は?」
答礼しつつ問えば、元気よくファルケン・シャンクと名乗った。残った四名もそれぞれ名乗っていくが、全員家名持ちで良いお家の生まれらしい。
これはアウレリアの気遣いと言うよりも騎士団内での政治的人事とみるべきだな。使える人間を寄越せとまでは言わんが、ここまで政治色をださんでもよかろうに。
「分かった、忠勤を期待する。君達には我々の群狼を一機ずつ貸与しよう。まぁ、基本はギアキャリバーと似た物だ。直ぐに慣れるだろう」
「はっ! 聖徒様の足手まといにならぬよう、鋭意努力に努めます!!」
とはいえだ、やる気はあるようだしよかろうよかろう。ギアキャリバーに乗ってきたというなら群狼も殆ど同じ。
なに、安心したまえ、最高速度にビビって気絶しても疑似知性が勝手に操縦してくれるから死にはせん。
「僕が一応、分遣隊隊長でノゾムの従兵ということになったよ。指示を出す時はよろしく」
「ああ、信頼してるぞガラテア。彼等を率い、よく働いてくれ」
拳を掲げれば、彼女は少し気恥ずかしそうに答えて打ち合わせてくれた。
うん、やっぱり民間仕様とはいえ、ちゃんとした義体は良いな。丙種義体と拳を打ち合わせても一方的に揺るがない安心感は、しっかりした体を着ているという安心感を私に与えてくれる。
「では、参ろうか。帰参だ」
胸を張ってお家に帰ろうじゃないか。成果は大きいとは言えないが、戦果として竜の首一個だ。記念に鱗も持って帰らせてくれるらしいし、闘争を尊ぶテックゴブ達は大いに喜んでくれるであろう。
それと、南で味わった虜囚の辱めに意趣返しもできることだしな。
私はちょっとだけ悪い笑みを浮かべて、自分の群狼を呼び寄せた…………。
【惑星探査補記】ディコトムス-4 TypeC。黄道共和連合の標準型APC。TypeCのCは改修型を意味し、初期型のA・B型に比べて整備性・量産性ともに向上している。
一方で原形はやはり統合軍から輸出されたモンキーモデルということもあって、火器はレイルガンからコイルガンに変更、主機も50GW相当とかなり落とされており、廉価品という印象は拭いがたいが、この機体も民間警備会社などから絶大な人気を誇っていた。
2024/08/08の更新も18:00頃を予定しております。




