4-13
「ねぇ、これに本当にノゾムが入っているのかい?」
彼女は自分が抱えるダンボール大の合金板でできた箱を持って呟いた。
『ああ、だから雑に扱ってくれないでくれよガラテア』
「君から渡された物を雑に扱うわけないだろう、僕の聖徒様」
私は今、混乱から回復しつつある聖都の中でも天蓋内部を訪れていた。
無論、テイタン-2の巨体では入れる場所が限られるため、立体成形機で整形した間に合わせの義体……とも呼べない箱に収まってだが。
この箱には最低限の通信装備と生命維持装置、あと電脳が勝手に強制シャットダウンしないよう〝体があります〟と疑似信号を出すための器機が詰まっており、空いた空間に緩衝液を並々と注いで私の脳殻を収めてあった。
なので、今は本当に、このどうしようもなく頼りない箱こそが待宵 望なのだ。
痩せても枯れても統合軍士官、丁種義体に貶められても腐りはするまいと思っていたのだが、よもやこんなナリにされるとは思ってもみなかったね。
だって箱だぜ箱。真ん中にポツンと埋め込んだ光学素子で自分の姿を見た時は、ちょっと情けなくて泣いたよ。戦場で後送される兵士だってもうちょっと贅沢な物に詰めて貰える。
あまりの情けなさからセレネに「ナマモノ」って刻印してもらおうかと思ったよ。
『本当に信頼してるからな、私の騎士様。今の私には自走能力すらないんだ』
「これが天蓋を護った守護神だって言っても、誰も信じてくれないだろうなぁ……」
そんな失礼なことを呟く彼女を連れて――正確には連れられて、だが。あと君、持ち方のせいで乳が箱に乗っているがいいのかね――聖都の禁域を訪れていた。
アウレリアが私の〝詔〟を以てして、今更になって帰って来ようとしている阿呆共を守護神の武力を背景に破門としている間に、こっそり中を探っておきたかったのだ。
今、テイタン-2はセレネが遠隔で操縦しており、更に目の前をいつもの偵察ドローンが跳び、そして我々を引き連れる形で人形型筐体がトテチテ歩いている。
『着きました』
『ようし、じゃあ試してみるか』
ガラテアに頼んで本体側部にあったコードを引っこ抜いて貰って、内蔵端末の端子を禁域へのコンソールに差し込ませた。ここは〝イナンナ12〟上半分の中でも辺境にある放棄区画で、人目につかないことから進入口に選んだ。
「ど、どう?」
『ちょっと待ってくれ』
誰何の信号はちゃんと二進数コード、縺れても汚染されてもいない黄道共和連合のOSに見られる地味な造りをしていた。
ただ統合軍の識別コードを打ち込んでも弾かれたので、船員権限がなくても有効な緊急避難時プロトコルやら国際避難プロトコルやらを色々打ち込んでいると、その内のどれかに反応したのか扉が開く。
「おおー……」
信徒にすればおよそ九百年ぶりのご開帳ってところか。
しかし、繋がっているのは上部の――旧人類仕様なので、この船には上下の概念があるのだ――外殻装甲に近い場所なので重要な物はない。ただの伽藍とした、自己維持システムが働いているせいか殺風景な上にゴミ一つ転がっていない廊下だけ。
一定間隔で緊急時の気密用隔壁扉や、最悪損傷区画をパージするための爆裂ボルトが埋まっているだけの廊下を運ばれ、先程アクセスした時に手に入れた船内図に従って禁域を行くこと二時間ちょっと。
「ちょ、ま、ノゾム、少し休憩……」
『まぁ、デカい船だからなぁ』
なにせ直系一二〇km、月の1/30ばかしあるから、歩いて進むもんじゃないんだよな。端から端まで行くだけで何日かかるやらという話で。
『もうすこし我慢してください。直ぐそこにカートが止まっています』
「はぁ……はぁ……カート……?」
もう五分ほど歩いたところの扉を開くと、小さな体育館ほどある広さの空間に所狭しと電動カートが停まっていた。
当たり前の話だがデカい船なので移動用の足が都度都度設置されているのだ。そのために廊下も全幅15mと矢鱈広く作られているし、船体各部に電車が走っているくらいだからな。
まぁ、流石に着地の衝撃で線路が歪んだり、断裂していたりするだろうから、残念ながら今回は使えないのだが。
「えーと、普通の四輪車かな。これなら僕にも動かせる」
『ちょうどよくそこの士官用が二人乗りだ。助手席に置いてくれ』
カートは長らく放置されながらも船内の維持機能が〝何故か〟生きているので、接触給電されていて動くようだ。バッテリーがへたっているようなこともなく、タイヤも健在で普通に走り出すのは何と言うか凄い理不尽を感じる。
いや、動いてくれることは有り難いんだけどね? でもこんなもん、耐用年数なんて精々五〇年そこらのはずなんだ。なんで動くんだよ毎度のことながら。
「聖都は毎日祝福されてるようなものだから」
『祈って準惑星級の艦艇が健全に保たれるなら船鍛冶達が血涙を流しますよ。主計課は憤死しますね』
『私もEVAやらなくてすんだろうな』
機動兵器乗りっていえば格好良いが、基本的に宇宙空間だと人型の柔軟さを活かした戦闘工兵が役割だ。航宙機に牽引して貰って敵艦に穴を開けるか、逆にデブリが衝突した船の穴を埋めるなり、そういう地味な工作がお仕事の大半を占めていて、船に関する穴にまつわるものが大体我々の仕事になる。
それがまぁ、毎日お祈りを捧げているだけで送電網やら内部の細かな備品まで維持できるなんてなった日にゃ色んな役職が塗り替えられる。三至聖を讃える聖堂や戦死者を奉る小さな仏壇と一緒に機械神の神殿を置くだけで船のメンテが要らなくなるなら、家の国は幾らでも船にスペースを作ってドデカい神殿をぶっ建てるだろうよ。
「うわ、にしても静かだなこの車……人がいないところで良かったよ」
『衝突防止機能がついてるからそこは大丈夫だ』
『あ、次の角を右でお願いします』
本来は時速40km/h制限が施されているリミッターを弄くって解除させ、80km/h以上でかっ飛ばしても風景が一緒なので全然速度が出ている気がしない。
ギアキャリバーに乗っていた時から思っていたが、外見の溌剌さに反して安全運転を大事にするガラテアの運転は安心できるな。急加速も急減速もしないし、角を曲がる時もゆっくりしていて落ち着く。
『案内図通りだとこの辺なのですが』
「はぁ……運転してても疲れる……歩いたら何日かかったか……やっぱり天蓋は大きい……」
途中で二度エレベーターを乗り継ぎ、更に二時間ほど走って封印区画の中央付近に到着した。
『よし、着いた』
「あれは……古代文字だ!」
やっとこ辿り着いたのは、船内リアクター付近。最も電力を食うがため、そして壊れると困ることもあって船内中枢付近に置かれる〝工場施設〟の製品制御室だった。
今とは文語の筆記形態が違うのか、妙に角張ったアルファベットは古代文字と呼ばれているらしいものの、形態は大きく変わっていないらしくガラテアが「読める、僕にも読めるぞ!」などと言っているが、その間にロックをオーバーライドして封印されていた扉を開かせた。
内部も正常に保たれており、よく見れば傍らには四脚の足が生えた多目的清掃ドローンが設置されている。殆ど道路の広さと同じ正装機械と途中すれ違ったりしたが、これらも自律稼働しているのは謎すぎて困る。
『よいしょ』
セレネが私の上からぴょんと跳び立ち、操作盤へと降りたって回線を繋ぎ始めた。
しかし、やっぱり高次連以外の艦船はコンソールやら座席やら色々あって部屋が賑やかだな。やっぱりこっちの方がVRに慣れている私としては船って感じがして興奮する。実際に使う分には実利重視だが、見て回るにはこれが一番なんだよな。
『……あ、行けそうです。というか、やっぱりありました、救難者応急用で設計図が入っていたようで』
『おお! 本当か! セレネ! 早う、早う!!』
『急かさないでもやりますよ。整形完了まで基底現実で三〇分程お待ちください』
「ねぇ、ノゾム、僕あんまりよく知らないで足をやってきたんだけど、ここで何があるんだい?」
『ふふふ、それは待ってのお楽しみだ。君は水分補給でもして待っていたまえ』
「僕、サプライズとかそういうの嫌いなんだけど……」
そのまま座って各々待つこと三〇分、私にとっては永遠に感じる時間が過ぎた。
『そろそろですね。ガラテア、上尉の箱をそこの投入口に』
「え? 入れちゃうの? その、だ、大丈夫?」
私入りの箱を抱えてソワソワするガラテアに――因みにずっと抱きしめられていた――セレネは投入口を指さしてはよしろと指示をした。
おずおずと放り込まれる私。縦にスライドして開いた挿入口の中はベルトコンベアになっており、奥へ奥へ運び込まれる形になっている。何ともなしに、火葬される時ってこんな感じなんだろうかと思っていると不意に意識が途切れる。
そして、モニタが回線の不調で明滅するように視界が開けた。
「おっ、おっ、おおー……」
OS初期設定がズラズラ流れていき、脳殻にインストールされていたお気に入り設定が自動で反映される。私の脳髄は眠りに就いた時点では最新だったこともあってか、この黄道共和連合が製造する部品と幾つかドライバが合わないので古いバージョンに合わせて入れ直すなどの作業が必要であったが、それも無限に感じられる待ち時間と比べれば一瞬だ。
世界が、世界が広い! 視界はナノチューブカーボン製の頭髪に紛れるように設置された視覚素子のおかげでほぼ360°の足下以外全て見渡せ、最大望遠で2km先でも視力検査ができるほど。
耳の聴音域は広く、人間の何十倍にも達する上に自動選別可能で鼓膜が破れる心配もない。今なら200m先で落ちた小銭の音でさえ拾えるだろう。
鼻もフィルター機能が必要ない代わりとばかりに臭覚素子が敷き詰められていて性能が大きく向上し、軍用犬もかくやの領域だ。これなら嗅ぐだけで食べ物や飲み物に何が入っているか一瞬で判別できる。
そして胸で鼓動するのは――実際には動いてないけど――普及型融合炉!
飲食不要、呼吸不要、痛覚選別削除可能の上に部品の交換で頭部全損以外は直ぐに修復可能な夢の肉体……。
「って、丙種二型じゃねーか!!」
「わぁぁぁ!?」
ロールアウト用の出口から出てくると同時に私は叫んだ。また、抱きしめている物がなくて物足りなかったのか、中腰でウロウロしているガラテアも驚いて転ぶ。飄々としているのはコンソールから端子を引っこ抜いているセレネだけだ。
何だコレ! 丁種の肉体と比べれば雲泥の差だけど普段着、いわゆる〝民間用〟の義体じゃねーか!!
『お帰りなさい、上尉』
「セレネ、何コレ!?」
『……いや、冷静に考えたら分かるでしょう。黄道共和連合の船ですよ? 救助した機械化人に一時的な体を与える施設はあっても、軍用義体なんて出力できませんよ。私も設計図持ってませんし。そもそも軍機ですし』
幾らかアップグレードはしましたけど、というので諸元に目をやってみたが酷い。
骨格はただの軽量展性合金だし皮下装甲はマルチスケイル型の衝撃吸収機構こそついているが、防弾性能は最低限。トラックに撥ねられたくらいじゃ死なんが、強装モードのコイルガンで表皮に傷がつく。
しかも各種アクチュエーター出力も微妙で、これじゃあ頑張っても500kgを持ち上げるのが限界ってところか。
てかナニこの小っちゃい炉、5GWしか出力でないじゃん。〝聖槍〟にギリギリチャージできるけど、今くっついている炉の方がマシって何で。
しかも二型……瞬きとか心音、体の温かさを実装した〝機械怖い勢〟に配慮した設計構造……。
「ノゾ……ム……?」
「ああ、ガラテアブッ!?」
これは私の発声機能にバグが発声したとか、急に言語フォーマットがイカレたとかではない。唐突に頬を張られたせいで変な音が出ただけだ。
「あ、あのガラテベッ!!」
ぶ、ぶったね!? 二度も! しかも手の甲で!
「本当に……のぞ……ノゾム……!?」
「そういう時は摘まむか触るにおさめるもんじゃないかなぁ!?」
三発目をブチかまそうとする手首を捕まえると、ガラテアの目が急にうるうるし始めた。
「わぁっ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、胸に縋り付いて鳴き始める。
え? なに? なんなん? 私なんかした?
ちょっと驚かせようと、ここに来た理由が義体の再構築だって言わなかったけど、ここまで泣く?
「生きてる! 生きてるよぉ……心臓の音がするよぉ……」
「あ、ああ、それはダミーで……てか今まで普通に会話して……」
「暖かい、暖かいよう! 肌も柔らかいし、うわぁぁぁぁ!! 何か僕よりすべすべしてるぅぅぅ!! 何で全裸で出てきたのぉぉぉ!?」
色んな感情が綯い交ぜになった絶叫が響き渡り、体をベタベタ触られた。あのガラテアさん? コンプライアンスって物が世の中にはあってですね? 幾ら義体が道具とはいえ、人の、しかも異性の肉体をベタベタ触るのは褒められたことではなくってですね?
助けてくれとセレネを見ても、コンソールに腰掛けてそっぽを向きながら片手で伸ばした端子コードを弄ぶばかり。あっ、くそ、無線を封鎖してやがる。
「ああ、分かった、悪かった、私が悪かったガラテア、驚かせたね、ごめんよ……」
「そうじゃなくてぇぇぇぇ! 生きてるぅぅぅぅ!! よかったよぉぉぉぉ!!」
だから最初から生きてるって言うか、テイタン-2に収まってた時から分かってたことでしょ!? 箱形筐体の時もずっとお話してたでしょうに!?
もうヤダ! 旧人類の感性よく分かんない…………!!
【惑星探査補記】全身義体丙種。普及型一般義体であり一般人が着用するため設計された義体。一型は有機素材を用いないメンテナンス性と頑強性を主眼とした宇宙活動用で人間に似ているが形状が若干異なる。一方で二型は有機素材を使った旧人類に限りなく近い外観であり、義務教育を終えたばかりの義体に慣れていない人間や、ナチュラリストな個体が愛用する。
現在、統合軍とその連携組織が採用しているのは大東亜重工業制のカビヒコヂ二三型である。
2024/08/04の更新も15:00頃を予定しております。