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救助作業を夜明けまで続けても、助けだせたのは僅か千と数百人。街中から集まってきた負傷者はその十倍以上に上り、死者は分かっているだけで五万人を超えていた。
まぁ、あの巨竜が街中で砂場遊びをし、建物を砲弾代わりに天蓋へ何度もぶつけたことを鑑みれば、まだ少ない方と言えるが、死者の数が確定した訳ではない。
これは小型竜が暴れ廻った都市外縁部での集計であって、全体ではまだまだ増えることであろう。
騎士団の戦死者もいるし、逃げ出した先で襲われて死んだ者もいよう。粉砕された建物の中で建材と混淆されて識別不明になった死者も多い。
ほんと、自己満足みたいな数だなぁ。
『ワンオペではないにせよ、一人でやる量じゃないな』
『せめて後二個大隊は増援が欲しいですね』
セレネの言う通り、あと機動兵器二個大隊七二機、随伴歩兵一個連隊三千人も――ドローン含む――いれば、救助活動は粗方終わっていたろうに。
やらないよりやった方がずっといいに決まっているからやったけれど、実数値を見ると機械化人一人の力なんぞ大した物ではないのだなと思い知らさせる。
せめて設備さえ整っていればなぁ。
[族長、そろそろ休んだらどうだ。鋼の体でも限界があろう]
[リデルバーディ、この体の良いところはぶっ壊れる寸前まで動けることだ。まだまだやれるぞ]
テックゴブの戦士達が休憩に入る時間なので見送っていると、そんなことを言われた。彼等は群狼を率いて、私がいなくても何とかなる現場を担当して貰っていたのだが、そちらで救助できた人間は約二百人と大した成果だ。どうやらあの小さい体に備わった屈強な力を用い、機械で出入りできない場所に潜り込んで人助けをしてきたらしい。
〔ですがノゾム様、血ががボトボト漏れてます!〕
〔なぁに、直に塞がるさ〕
ピーターが悲鳴のような進言を上げてきたが、これも問題ない。
破損した人工筋肉の穴は極小機械群が応急修理に駆けつけて埋められているので、今溢れているのは装甲の中に残っていた物や、もう使えないとして排出された分なので心配はいらんよ。
聖血が云々言ってたまに掬って来てくれる人がいるんだけど、実質それって出終わった鼻血みたいなもんだから持ってきて貰っても困るんだよな。
かといって記念品として持ち帰られても微妙な気分になるんだが。
「しかし守護神殿! 貴方が休まない限り我々も休めませぬ! どうか、どうか一時お体をお休めいただきたく!!」
『ぬ、そうか……』
まだまだ働く気でいたのだが、西園騎士団の老騎士にそう言われると、確かにそうかと首を巡らせる。
私が働いているからと限界を超えて動いている聖都住民もいるようだし、西園騎士団の生き残りは悲惨な戦闘を越えて尚も救助活動に従事してくれた。となると、流石に私も良心が咎めるので休むほかないか。
『なら騎士バルトロマイ、其方の進言に従おう』
「有り難き仕合わせに存じます!!」
まぁ、そりゃ上司が残業してたら部下は帰りにくいものだよな。気持ちは分かる。なら仕方がないので此処いらで休憩を宣言しよう。
『再開は昼頃と致す。それまで交代で休憩をとるように』
「はっ!!」
そういうと彼は方々に報せるため騎士を走らせ始めた。
ただ、やっぱり動きたいという気が勝るな。私は一兵卒ではないが、単なる士官に過ぎない。現場にいる限り体を動かすのが仕事であって、今もまだ生き埋めになっていたり、閉じ込められた部屋で救助をまっていたりする人のことを思うと心が重い。
宗教関係者から酷い目に遭わされたが、この街の人々に何かされた訳ではないからな。できる限りのことをしてあげたいんだよ。
街の外に出て、再び竜の首に腰を降ろす。丁度良い腰掛けがないのと、こうしておいた方が威厳があって住民も安心できると思うのだ。
あと、カラス避けの効果があったらいいなぁ、とも考えている。竜は頭が良い生き物というのが相場で決まっているし、同族の死体があったら襲撃も多少は躊躇してくれるんじゃなかろうか。
流石にもう一戦やるだけの余力はないからな。
『上尉、竜の遺骸、調査完了しました』
『お疲れ様、どうだった?』
そうしていると、この機体の高感度聴覚素子だからこそ感じ取れる羽音を立てて、セレネのドローンが降りてきた。ただの調査・警備用ドローンから彼女もアップグレードさせてやりたいが、中々見つからなくて困ってるんだよな。
あの天蓋にいい生産設備が眠っていたら、私も彼女も体を取り戻せるのだけど。
流石にこの体で兎の王国に帰っても、入れないからなぁ……。
『体内に中型炉を発見。ただ、巨大すぎて聖槍への接続は推奨できません』
『あの巨体を維持する心臓だからなぁ。規模は?』
『300GW級です』
となると、丁度機動兵器の主機と同サイズか。本当にありえない構造をしてやがるな。いやまぁ、あの巨体を普通の心臓で動かしている方が有り得ないっちゃ有り得ないんだけども。
『翼を発振器とした二機の中型抗重力ユニットもありましたが、此方は機能を停止してします。かなり無理をしたせいで焼け付いたようですね』
『自重以上を持ち上げる構造をしてなかったんだろう。私諸共飛んだなら無茶したはずだ』
残念、抗重力ユニットは手に入らずか。高度な設備がなければ維持できない上に、どうせ中型二機じゃ大気圏を離脱できないからいいんだけどね。
というより、この惑星に大型ユニットなんて配備されてたかな。我々って基本的にデカイ物は全部宇宙で作って、小型の抗重力機構を搭載した〝艀〟に載せて地上に降ろすってやり方で建造していたから、下手すると存在していない可能性すらある。
いや、ほら、重力って建造する上で邪魔だからさ。どうしたって工廠は宇宙に偏りがちなんだ。だから態々こんな常に1Gの負荷が掛かる惑星表面上に住もうとする連中の感覚が分からないから、作っても拠点にせず売るような商売してんだけども。
『後は喉に荷電粒子砲もありましたが……』
『見ての通りか』
今尻に敷いているのもあって発射口をぶっ壊してしまったからどうにもならんわな。機動兵器級の磁場フィールドがなかったら熔け死んでいた出力は惜しいけれど、丁寧にトドメを刺してる余裕はなかったから致し方なし。
おかしいな、VR世界で竜を狩るハンターやってた時は、部位破壊すればするだけ報酬が豪華になったんだが。
『草臥れ損にならなきゃいいんだが』
『丁種義体完全喪失、及び折角手に入れた機体も大破。そして天蓋聖都では死者十万人級の災害。損益分岐点は恐ろしく高いかと』
喪った物と比べると手に入れた物が小さすぎるな。特に人命は二度と戻らないだけあって本当に勿体ない。百万人都市で1/10近くを喪うなんて、再建にどれだけの時間と労力がかかるか。きっと希少な技術持ちも多く落命したことを考えると心が痛いと同時に色々惜しくて仕方がなかった。
せめて、我々のように自我を二進数化していれば、死者は今の1/1000で済んでいたろうになぁ。
『世界はどうしてこうも非効率的なんだろうなぁ』
『ですが、来ましたよ。謎の効率と非効率を併せ持った連中が』
ん? と首を傾げると、大路の向こうからやって来る者達がいた。
露天の車両が数台、ギアキャリバーに跨がった大量の騎兵に守られて行進している。先頭では馬鹿みたいにデカい香炉が焚かれて濛々と香の香りを撒き散らし、荒涼とした都市を慰めようとしているかのようだ。
そして、香炉を吊り下げる専用の巨大クレーンが備わった儀礼用車両の上に乗っていらっしゃるのは大司教様じゃありませんか。
『おや、彼女は逃げずに気張っていたようだな』
『左腕全損、左膝部より下を喪失、かなりの大怪我ですね』
私からすると救護作業が進んでいる大路を大所帯で、しかもあの巨大車両で来るあたり空気読めてねぇなぁという感じがするのだが、儀礼的に必要なのだろう。ノロノロとした歩調で近づく車列を頬杖ついて最大望遠で眺めていたが、到着まで三〇分は掛かるだろう。
しかし、迎えに行くとコッチの威厳も損なわれそうだな。大路は優先して掃除したのもあって片付いているし、まぁやりたいようにやらせてやるか。
『救助効率はどれくらい落ちる?』
『都市中心部に侵入する主経路ですからね……約4.8%ほどかと』
無視するには微妙に大きいが、さりとて相手の宗教を蔑ろにする凄い失礼に当たる行為に手を染めるのも悩む数値。何とも言えんなぁ。
車列の接近を見守り、ようやく足下まで来たところで私は竜の頭から腰を上げた。
「守護神様に畏まって申し上げ奉ります」
拡声器に乗って届く大司教の声は、重症を押して来ていることがありありと分かった。代役を立てるのを嫌がったか、それとも彼女より上位の役職者が悉く逃げ散ったかは分からないが、まぁどっちにしろ碌でもないな。
『やぁ、大変な状態だな』
「その声は……」
流石に昨日今日で忘れはしないか。悪魔と詰った男の声を。
『色々あってこうなった。都市は……護ったとは言い難い惨状だが』
「……貴方は、何なのですか」
「大司教様!?」
予定にないやりとりなのだろう。側に控えていたギアプリーストが驚いているが、ヴェイル越しにキッと見つめられていることだけは事実。
『名乗った通りの存在だよ。私は人間だ。目の前の街が滅ぼうとしているなら、ちょっと止めようと思う義侠心を持つ程度のね』
「それでは、聖典の記述と……」
『誰が書いたか知らないが、せめて自分で見て聞いた物を基準に判断すると良い大司教猊下。誰ぞ、彼女に薬を、辛そうだ』
指示を出せばたまたま近くにいたガラテアが極小機械群の注射器を持って駆け寄った。マギウスギアナイトの数名が警戒したが、私が一言通せと命じると、大司教とこの巨体を見比べて退いていく。
なるほど、一応は聖典にある伝説上の存在。多生の発言権はあるということか。
「大司教猊下、失礼いたします。太古の霊薬です。とても楽になりますよ」
「騎士ガラテア、貴方は……」
「僕はノゾムを信じています。彼に何度となく命を救われてきましたから」
どうかと請われ、彼女は傷口を差し出して注射を受け容れた。暫くすれば傷口は塞がり、極小機械群が血液の代わりに酸素を運び出す。同時に鎮静効果が働いて楽になることだろう。
「それに、彼は良い人です。それだけでは信ずるに値しませんか?」
「……分かりました。話をしましょう」
『よかったよかった、話をしてくれるのか。とても助かる』
いっそ大仰な仕草を取り、私は元々守護神が鎮座していた郊外の辺りを指さした。
宗教関係者的に、地下の者達は人払いしたいだろうと思ったから、ちょっとした気遣いとして誘ってみる。
なに、常に大音響でなければ喋れない訳じゃないんだ。
ヒソヒソ話の一つ二つ、する準備は進めているさ…………。
【惑星探査補記】聖典には危難があれば必ず守護神は再び目を覚ますとの記述があったが、テイタン2が再起動するには重要な〝命令を出す存在〟が欠けていた。
2024/08/01の更新も18:00頃を予定しております。




