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勝つには勝ったがテイタン2の損害は酷い物であった。
左腕部大破、右膝部関節中破、全身で一二箇所の人工筋肉断裂及び装甲板三枚脱落。最後の蹴りの衝撃が凄まじかったのもあって視覚素子に若干罅が入っているし、これらを全て極小機械群での修復に頼ると二ヶ月は動けない。
本来なら工場に運び込んでオーバーホール……いや、高次連の生産能力だったら廃棄してストックと入れ替えるような痛み具合だな。
ただ、遠距離武器なし、内蔵兵器なしにしては頑張った方だと思う。
「ノゾムっ、ノゾム、本当にそこにいるんだね!?」
『ああ、そうだよガラテア。君に嘘を吐いていて悪かった』
泣きじゃくる彼女を掌に載せ、座り込んだ筐体の胸に近づける。
私の本質はここ。この場所に収められた脳殻の中でも更に一握りの光子結晶に収められた二進数コードなんだ。
『本当の私は機械化人。あの天蓋聖都を作った国家の仲間なんだ』
肉体は基底現実に干渉するためのツールに過ぎず、換えが幾らでも効いた道具……というとセレネに凄く怒られるので、大事な器くらいと行っておこう。
「やっぱり、やっぱり君は聖徒様だったんだね」
『そんな大それた物じゃないよ。宇宙からやって来た軍人の、それも敗残兵の一人に過ぎない。だから、今までどおり接しておくれ、ただのガラテア』
「……うんっ! うん!! 分かったよ、ノゾム!!」
装甲板にもたれ掛かって泣く彼女を抱きしめてやりたかったが、流石にこの筐体でやると大変なことになるので、潰れかかったマニピュレータの腹で繊細に背中を撫でてやった。私は本来機動兵器乗りなのだ。やろうと思えば指の上で豆腐を崩すことなく動くことだってできるのだから――今思えば、謎だよなこの修練――慰めに背中を撫でることくらいはできる。
[〝清浄なる雄神〟の呼び名が似合う体格になってしまったな族長]
[だから、それはよしてくれ〝太母の勇者〟殿。第一、まだまだ背丈が釣り合ってないだろ]
[■■■■、お互い様だ]
しかし、このナリになっても仲間からのウケは悪いどころかむしろ上昇した。テックゴブ達はティアマット25に見合ったデカさになったと益々尊敬を高めているし……。
〔似ている! おはなしの神様に!〕
〔それだけじゃない! 小さい神様も降りてきた!!〕
〔お祭りだ! お祝いだ! 故郷のみんなが喜ぶぞ!!〕
ぴょんこぴょんこと一五人のシルヴァニアン達は跳ね回り、喜びを全身で表している。彼等的にかつて捕食者であった人間の体よりも、こっちの方が崇めている神に近いから嬉しいのかもしれないが微妙な気分だ。
確かに非人型の――装甲とかが丸出しって意味ね――甲種一型義体で過ごす時間も長かったけど、オフの日は普通に旧人類と似た丙種一型で過ごしていたからさ。ここまでウケが違うのかと思うと、筐体の形を変えた方がいいんじゃないかとさえ思えてきた。
うーん、しかしセレネの人形筐体が大人気だな。小さい神様、ティシーの姉妹と、もの凄く大人気で本人も心なしか誇らしげだ。
『さて、そろそろ聖都の人達を安心させてやりに行くか』
「動いて大丈夫なのかい?」
『派手に動かなければね。さぁ、みんな行くぞ』
ガラテアを下ろし、違和感がちょっとあるけど動く右腕で竜の巨大な頭を引っ掴んだ。これ、頭部だけでテイタン2の1/5くらいあるからクッソデカいし重いんだよな。抗重力ユニットも胴体に搭載されていたせいで今は機能が落ちているし――あとで解体して使えるか調べよう――見た目通りの重さになっている。多分、頭部だけでも50tはあるんじゃなかろうか。
ズルズルと白い血の帯を残しながら引っ張っていくと、街の外で人々が脅えながら此方の様子を見ているのが分かった。恐らく急に竜が外に飛び出していった上、地平線の向こうで大暴れしていることに恐怖と興味が入り交じった感情に支配され、大人しく避難していることができなかったのだろう。
私は街の入り口にドンと首を放り投げ、その上に機動兵器の巨体で座り込んだ。巨大な肉と合金の装甲は300t越えの巨体を悠々と受け止めて、僅かに残った白い血を断面から噴き出させる。
『民よ、竜の危難は去ったぞ』
外部スピーカーで呼びかければ、暫く彼等は何を言われているか、何が起こったか分からなかったのだろう。
たっぷり数分かけて咀嚼したのち、漸く理解できたのか人々は喜びに沸いて街から出てきた。竜の亡骸と私を囲んで大騒ぎし、命が助かったことに喜んでいる。
この巨竜が討たれたことで、小型竜も逃げ去っていったからな。聴覚素子が拾い上げた雑多な音声にフィルターをかけて、内容を書きだしてみたところ、一様に機械神の加護と守護神の復活を喜んでいるようだった。
『目覚めるのが遅くて済まなかった。多くの命が失われたであろう。だが、守護神は帰ってきたぞ』
ここで私は内心で悪い顔をしながら、ちょっとした意趣返しを思いつく。
聖堂の人達、あの様子からすると竜の襲撃と同時に逃げ散っていた者も多いのだろう。人を異端だのなんだのと散々な目に遭わせてくれたのだから――命の危機まであったし――今の立場を良いように使わせて貰うぞ。
というか、そうでもしないと肉体が帰って来なくて不便することになる。この体は強力だが、基本的に戦うこと以外は土木作業しかできないからな。
『さぁ、人々を救いに行く。我もと言う者は後に続け。道を空けるのだ』
竜の首から尻を上げ、市内に向かって歩き出す。すると、方々で崩れた建物や飛んで来た残骸に押し潰された人々がいるので、熱源センサーで助かりそうな現場を掘り返していく。
そうすれば、守護神に着いてきていた人々が救助に加わり、埋まっていた被災者を運び出していくではないか。
『セレネ、治療用極小機械群のストックは?』
『上尉とガラテアの分だけなので五〇回分くらいしか持ってきていません。少量投与で誤魔化せば二〇〇回分くらいでしょうか』
『群狼と一緒に持ってきていた小型プラントでどれくらい量産可能だっけ?』
『時間単位で十本なので焼け石に水ですよ?』
『現地の医療従事者も追々駆けつけてくるだろう。重傷者に優先して使ってくれ』
部族の戦士達に天幕を広げさせ、簡単にスキャンした結果トリアージ・レッドの患者に――治療しないと三〇分以内に死にそうな状況――極小機械群を投与させる。
リデルバーディ達は霊薬なんぞ勿体ないと愚痴っていたが、今は人気取りが大事な時間だから我慢してくれ。
『この中にギアプリーストはいるか?』
崩れて傾いた建物の下に肩を差し込み、ゆっくりと垂直に戻しながら問うと群衆の中から数人の神職者がやって来た。あまり上等な格好をしていないことからして、市内で宣教活動を行っていた真摯な者達で、竜が襲ってきた後も逃げずに残っていた根性のある本物の信仰者であろう。
『市内に走って、重傷者を集めさせてくれまいか。可能な限り助ける。無論、我が名を使って構わん』
「はっ、はい、守護神様!!」
直接言葉をかけられたことが余程恐縮であったのだろうか、彼等は五体投地の祈りを捧げ――テックゴブ達といい、君達それ好きだね――市中へ走って行った。
とりあえず移動できそうな怪我人は郊外に集め、後で市中にも向かわねば。
「守護神様、こちらでも人が埋もれています!」
「あの建物は一階が埋まって人が閉じ込められて!」
「ビルが! ビルが倒れそうなんです!!」
しかし守護神の求心力は凄まじいな。自分も被災して大変だろうに、救助活動に加わろうという者達が大勢やって来て正直助かる。
『あそこの者達は余裕がある、手作業で慎重に掘り出してやってくれ。重い瓦礫は、我が走狗が牽引する』
群狼も稼働させて瓦礫を退かさせたり、重症者を運ばせたりで活躍させていると、いつの間にか陽が暮れていた。
街灯が灯ることはなかったので普通の人々の救助活動はどうしても鈍ったが、バッテリーが生きているライトや照明が周囲の家々から引っ張り出されて煌々と焚かれるようになった。これで多生は死者も減ろう。
「守護神様、パパが……」
『……すまん幼子よ、天に召された者は、どうにもできんのだ』
それでも死者は甚大であった。今また、一人の少年が一縷の望みを託してか親と思しき男性の首を抱えてやって来た。混乱の中、建造物に押し潰され、千切れた親の死体を抱えてやって来た彼の心情を思うと胸が痛いが、流石の極小機械群でも死人は助けられない。
『後に弔わせよう。父母は皆、天に召され癒やされている。三至聖の加護が篤からんことを』
小指で彼の頭を撫で、救助活動に戻る。少年が父親の首を抱きながら泣いている姿が、記憶素子の隅っこでどうしても存在を主張してきて、心が痛かった。
いや、止まるな、動けばこのような悲劇を少しでも減らせる。どのみち私がいなければ、天蓋は堕ちていた。まだマシな結果だったと己を納得させよ。
私は至聖でもなんでもない。場当たり的に最良の結果を引き寄せるだけが精一杯の敗残兵だ。分を弁え、できることだけをやれ。
「通してくれ! 西園騎士団の者だ!」
「おお、守護神様だ、本当に守護神様が帰っていらした……」
「守護神様!!」
『うん? マギウスギアナイト達か』
夜が深まった頃、十数人の騎士が郊外にやって来た。皆、白い血まみれになっていることからして、残敵の掃討などで駆けずり回っていたのだろう。
私はしゃがみ込んで先頭に立つ老齢の騎士に問い掛けた。
『所属と名は』
「西園騎士団、騎士団長補のバルトロマイと申します!!」
『バルトロマイだな、覚えたぞ……して、卿の配下はそれで全てか? 騎士団長は?』
「団長、フォンティウス閣下は戦死、次席指揮官のアーノルド卿も御戦死なさったので、最先任騎士の小職が現在は指揮を引き継いでおります」
『生き残りはこれで全てか?』
「市中の混乱で散った者が多く何とも……現在掌握できている半数は聖都直下の治安維持にあてております」
そういえば、ガラテアは北園騎士団の第一旅団所属だと行っていたな。騎士団が師団編成だとすれば、随分と減ったものだ。機甲師団のように四人で一個小隊の編制であったとしても、生き残りが中央に残してきた面子含めて数十名では壊滅判定を通り越して全滅ではないか。
まったく、貴重な専業軍人というリソースを何だと思っていやがるのだヴァージルめ。
『では騎士バルトロマイに助力を請う。我が救助作業に加わりたし』
「はっ、その、ご依頼は恐悦でございますが、中央の大司教猊下が守護神様をお呼びするようにと……」
『私はその者の配下ではない。私が為すべきだと思ったことを為す』
案の定、救助活動の支援ではなく呼び出しか。だが、私はここにいる誰の部下でもない。聖堂内の政治も知ったことか。
むしろ〝守護神様〟などと呼ぶのなら呼びつけるのではなく自分から来いという話だ。
『第一に、私は一体いつから〝呼びつけられる〟立場になった?』
「はっ、それは、もっ、申し訳ありません!!」
『卿を叱りつけたい訳ではない。作業に加わるか、報告に戻るか、選べ』
「では、微力を尽くします! しかし、報告のため分班を派遣することのみお許しいただきたく……」
『特に許す。では、あちらの瓦礫に五人埋もれている。そのギアアーマーとギアキャリバーの力を十全に活用し救い出すのだ』
古式ゆかしい敬礼を――掌を見せているので統合軍式ではない――捧げてきたので、私も答礼を行い救助に当たらせた。
ったく、異端認定した次は呼び出すとは、態度のデカい聖者共だ。私が中に入っているとは知るまいにせよ、どれだけ増長したら街を救ったという伝説が残っている、神々の使徒を呼びつけるなんてことができるんだ?
私はいそいそと作業に戻り、とりあえず腐りきった宗教家連中への憎悪を静かに静かに燃え上がらせるのであった。ったく、街がこの状態なのに逃げ出したり温々シェルターに籠もってたり、碌なもんじゃねぇ。統合軍だったら切腹物だぞ…………。
【惑星探査補記】高次連統合軍には未だに切腹刑が残っているが、これは自死というより死ぬほどの痛みを味わった上で降格という一種の禊ぎで死刑ではない。そのため、高次連では実質的に死刑は存在しないが、それに変わる刑として自我凍結刑という〝ドローン化処置〟なる罰則が存在している。
2024/07/31も18:00頃の更新を予定しております。