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さて、最初のアテは外れたが、我々は大きな情報を手に入れることができた。
同時に、一つの絶望を得ることにもなったが。
シルヴァニアン達と出逢った夜、そういえば衛星はどうなっているのかとテラ16thの人工月を――これも態々丁度良い小惑星を引っ張ってきて作ったのだ――見に行った時、陽が沈んでやっと肉眼で観測できるようになった月の側に寄り添う孫衛星を見て、一瞬心が折れかけたのだ。
二つに折れた巨大な円環、それは重力跳躍装置。我等が高次連の主要銀河間移動手段であり、抗重力技術を用い〝量子的縺れ〟たらなんたらを利用して空間を意図的に歪ませ、膨大な距離のある二点間を一点に結ぶ門。
基本的に新しい惑星を開拓する時は〝ランダム跳躍〟という〝宇宙のどこか〟に跳ぶ方法で、誰も占有していない未踏破地域まで行って惑星開拓をするのだが……その大事な出入り口が砕け散って月の孫衛星になっていた。
思わず膝から崩れ落ちたね。転移直後五〇年かけて建造し、やっと片道切符でなくなる巨大建造物が無惨に破壊されている様を見て。
助けが来ないのも納得だわ。なにせ本国では、我々がこのような様になっていることを誰も知らないし、行き先も分からないまま連絡が二〇世紀の間も途絶したことになっているのだから。
二二回もやっている播種船団作業で初めての不祥事だぞ。こりゃ故郷で葬式挙げられてるどころか、大問題になって播種作業のやり方自体が変わっているかも知れない。もしかしたら首都に私の名前が書いてある慰霊碑とかもあるやも。
だって、本国からしたら銀河級の現場猫が発生したようなものじゃないか。
その上、シルヴァニアン達の文明は鉄器と簡単な機械で止まっており、飛行機すら存在しない。
どうやって帰れというのだ。永劫に近しい道のりの遠さに気絶しかけたね、マジで。
ついでもって、この基地の工場機能は死んでおり、構造物はシルヴァニアンの王国となっているため再利用はできないときた。
しかし、小さな希望もある。彼等の言語と近隣の情報を手に入れたのだ。
つまり他の人類、他の文明が存在している。シルヴァニアンただ一種が惑星に自然発生した訳ではなく、何らかの手が入っている可能性が生まれたのだ。
そこで、この惑星の地球化作業を最後までやり遂げた連中がいるのだろうから、まだ諦めるには早いと膝に力が戻ったのだ。
ティシーが自死を選んだのは五百年前なので古い情報ではあるが、この辺りには複数種の生物が存在しているようであった。
その中でも兎達のプロメテウスは、この地下の王国で神として崇められていたらしい。
〔神様の伴侶よ/主よ/大いなる庇護者よ。その慈悲/優しさ/慈愛に感謝し、贄を捧げます〕
ティシーの残した情報――故に私達はティシーファイルと呼んでいる――には言語情報もあり、シルヴァニアンの言語基系フォーマットがきちんと入っていた。
流石に五百年前の物とあって現代語とは随分と違っているせいで、今は表記揺れまみれの翻訳が網膜モニタに投影されるばかりだが、解析は続けているのでその内に現代語へと近づいていくことだろう。
「大義である。では、今朝はこの子をいただこう」
足を鳴らし、手振り身振りを交えて話すのは大変恥ずかしいが――というより、我々は言語を電波圧縮して交わすため、大気を揺らすコミュニケーションを捨てて久しいし……――慣習に従って、毎朝目の前に並べられる子兎たちの中から一人を手に取った。
贄と称されるそれは、シルヴァニアンが神に敬意と感謝を示す儀式だそうで、ティシーが存命だった時は毎朝行われていた。
そして、その文化が私の到来と共に再開された訳だ。
まぁ、贄と行っても血生臭いものではない。私は目の前に並んだ五人の子兎の中から抱き上げた一人を……思いっきりモフった。
ああ~、もふ、もふもふ、ふわふわふかふかでちゅね~。
ティシーはもふもふした生き物が好きだったようで、仮想空間で兎を飼っていたようだ。そんな彼女が滅茶苦茶カワイイ兎達を導くこととなったら、そりゃモフらない訳がないだろう。
そして、一応の威厳付けとして、庇護を与える上での贄としてモフることを要求した訳だ。
合理的ではあるが、実にフェティッシュで生前の彼女がどのような人物であったか良く分かるね。ああ、恐怖に負けないで生きていて欲しかったものだ。
〔余は満足である〕
〔ははー〕
ちょっと激しくモフられて鬱陶しそうにしていた子兎を解放し、毎朝のルーチンを終えた。
ここに来て五日、情報の整理は終わり、部品の回収も済んで為すべきことは粗方終えてしまった。今は元の拠点に使える物資を持ち帰って予備の装備を新造したり、通信中継ドローンの製造を行っているのだが、どうにもここを離れづらい。
同じような境遇にあった同胞が守った国、彼等がやっと取り戻した信仰の対象として好かれていることなど、幾つか要因はあるがやっぱり思うんだ。
マンパワーって大体の問題を解決するよなって。
私一人が歩き回ったって、得られる情報は高が知れている。
だってこの義体の貧弱さったらお笑い物だぞ。全力疾走は十数秒しか保たないクセして毎時30kmが限界ってところだし、時速20kmで巡航しても限界は数日。それをやったらクールタイムで更に何日か動けないので、活動範囲が恐ろしく狭い。
ティシーの情報では兎達には逃げ足が速いのもあって、個体数の多さと相まって調査員や斥候という一点では非常に頼りになる。
衛星が使えない今、足で情報を稼いで貰えたらとても助かるのではないかと思うのだ。
その代わりに私は自分達の工場で作れる物品を対価にしようと目論んでいる。
神様――正確には、その番の一種――と崇められて調子に乗っている訳ではないさ。彼等の信仰を尊重し、その代わりにちょっと安全な働きをして貰えたらなって思うだけだよ。
というか、ティシー信仰が長らく根付いて文化的根幹を築いている彼等に向かって、お前達が崇めていたのは神でも何でもないなんて言えるわけがないし。
私、そこまで無情でも空気読めない人間でもないんだよ。
さて、朝のお祈りも終わったし周辺探索の計画でも練ろうかと思っていると、急に通信が来た。丁種義体でも脳殻に通信機は備わっているため、一々端末を開かないでも網膜モニタにセレネからの通信が報せられるのだ。
「どうした?」
彼女は今、ドローンをメンテナンスのため引き上げ、序でに私の身体維持用物資を補充するため基地に戻っていた。
ここは辛うじて通信範囲内なので離れて行動できているのだが、拠点で問題でも起こったのだろうか。
『丁度今戻ったところですが、北の森から接近する熱源があります。数四五』
「熱源? 大きさは」
『人型物体です。サイズはシルヴァニアンより一廻り大きいくらいですね。ドローンが現地に到着したので映像を出します』
モニタが切り替わりドローンの監視映像が網膜に映し出されたのだが……それは、何とも形容に困る光景であった。
ゴブリンだ、ゴブリンがいる。
見た目は人間の子供に近い。体高一〇〇~一二〇cmほどで軽い前傾姿勢にて歩く、茶色や緑の肌をした小人。造形は可愛らしいとは言い難く、尖った鷲鼻と長い耳は、私がVRファンタジーで何万何億と殺してきた雑魚敵と似ている。
しかし、決定的に違う所が幾つかあった。
彼等は部分的に機械化されているのだ。
目が単眼式カメラアイに置換されている個体もいれば、関節部が機械丸出しの個体もいるし、首筋からコードをはみ出させた者もいる。
皆荷物を担いで必死に走っており、前情報がなかったら間違いなく拳銃嚢に手を伸ばしていたであろう。
しかし、私は彼等を知っていた。
ティシーファイルのその二五番目に記述があるのだ。
彼女による命名はテックゴブ。機械の小鬼という何の衒いもない命名は分かりやすくて良いのだが、北の大森林から発生した種族で工学的に優れた技術を持っている。
何よりも、こうタグが振ってあるのだ。
高知能、友好的と。
明らかに序盤の雑魚敵といった見た目に反して彼等は文明的で、シルヴァニアンと交易をしている。兎達が持っていたクロスボウは――コンパウンド式、かつ中折れ型の非常に先進的なものだった――全て彼等と物々交換で手に入れたようで、関係は極めて良好であるとされる。
それは今も変わっておらず、長老からの聞き取りで確認済みだ。
「監視を継続してくれ」
『了解。ですが、様子が変です。指示があるならお急ぎを』
朝の儀式を終えて帰ろうとしていた長老を呼び止め、テックゴブ達が交易に来る時期なのか尋ねてみた。
すると彼は首を傾げ、いやそんなことはないと否定する。
〔懸念/疑問。予定外のことです。規定/約束だと交易は九〇サイクル/九〇日に一度。しかし、異人/小鬼/達は半月前に来たばかりです〕
ふむ、交易は一定期間で行われている物で、それは来たばかりと。
では彼等は何故……。
『上尉!! 警告!! 小鬼達が襲われています』
「……は? 敵は!?」
映します、と監視ドローンから送られてくる映像の中で、テックゴブの一団が戦っていた。
相手は、これまた形容が難しい特異な外見のドローンだ。
二枚の翼はフレームに金属と鋼線を捻り合わせた奇妙な構造で、合間合間に脈打つ肉が見える。正直、航空力学的に何で飛べてるの? と言いたくなる。
猛禽類にも似たシルエットではあるが、頭部は円筒形のカメラに置換されており、胴部には弾体発射装置と思しき武装を抱いているではないか。
そこだけが妙に生々しい、鳥の足が奇妙に目立つドローン……いや、あれも生物なのか? まるで分からんが、八機のドローンが小鬼達へ集るように襲いかかっていた。
コイツらはたしか、ティシーファイルの何番だったか、北の森に生息する敵対的機械生命体との記述があったな。極めて残虐で殺戮以外の交流を持たず、彼女も撃退するため何度も表に出たとの記録が残っている。
『形勢は不利と見ます。彼等には一撃でドローンを撃破する攻撃オプションがありません』
「そのようだ。というか、何だあれ、電磁投射砲? なんだって私より先進的な装備を持っているんだ」
上空で遊弋する奇形の鷹が、群れから逃げようとしたテックゴブの頭を射撃で砕いた。
ドローンからの情報に依れば、あれは極小型のレイルガンだな。コイルガンより大電力を必要とするが初速に優れ、質量を加えれば破壊力は絶大。人型生物の頭を粉砕するくらい訳ない程度の大火力だ。
倒れた個体は小型で肌が他と比べて瑞々しく、非武装だったので子供だろう。頭蓋が飛び散り、緑色の脳漿が地面へと無惨にぶちまけられた。
必死の応戦は、お世辞にも効果的とは言い難い。装甲に弾かれそうな機械弓は……いや、ほんと何でか分からないが装甲を貫徹しているようだが、射手が三人ぽっちじゃ牽制にしかならない。
近接戦用の槍や刺股は空を飛ぶ鷹には無意味。腹に抱えた砲で遠距離攻撃してくるだけなので、射程内に入ってくることはないだろう。
唯一有効な攻撃オプションであろう機械弓も、鏃が食い込みはしても、鬱陶しそうにしているだけなので撃破するには何倍も攻撃を当てねばなるまい。
戦士階級が円陣を組み非戦闘員を守っているが、櫛の歯が欠けるように無力化されていく。せめて地形の有利があればと思うが、薄い木々は逆に地上からの射線を遮るばかりで助けにはなっていなかった。
「これはいかんな」
『肯定します。98.52%の確率で全滅します。基底現実時間で五分と保たないかと』
映像の中で、また一人テックゴブがやられた。時間的猶予はない。
「なら、私が救助する」
『しかし上尉! 彼等の砲は上尉の義体を十分に破壊可能です!! 危険すぎます!!』
「義を見てせざるは勇無きなり、と昔から言うだろう。シルヴァニアンの友人なら、恩恵を受けている私は守ってやる義理くらいある」
ティシーファイルの借りがあるのだ。私は兎達の仲間を守ってやるくらいしなくては、輪廻に還った彼女が安らかに眠れないではないか。
「機械弓が効くなら、このコイルガンでも対応できるだろう」
『それはそうですが……』
さっき頭を砕かれた子供の個体に手を伸ばすテックゴブがおり、駆け寄ろうとする彼、あるいは彼女が別の個体に止められている。
憐憫を誘うには十分過ぎる光景だ。
何よりも重要な情報源を狩られては困る。
私は電脳の火器管制を起こし、丁種の脆弱な機体が許す限り最大限の速度で走り出した。
「シルヴァニアンを戦わせるには辛い相手だ。やるしかないだろ」
『ああっ、もう、言いだしたら聞かないんですから……!』
「君はそのまま観測を継続してくれ。ドローンが壊れたら取り返しが付かんからな」
『……了解。T・オサムのご加護があらんことを』
「ああ、君こそ三至聖の加護があらんことを」
何事か慌てる兎達を置いて、私は非常脱出口から跳び出していく。
彼等が全滅するまで、あと五分。刻一刻と手の中から落ちていく命を、あとどれだけ助けられるか。
それは全部お前の足に掛かっているのだぞと、私は性能が許す限りの速さで現場に向かうのだった…………。
【惑星探査補記】
三至聖、及び他の聖人。第二次太陽系紛争にて地球が粉砕された際に喪われたデータログの中で、辛うじてサルベージされた多数の“聖典”を記した者達を高次連の旧地球系民族は崇めている。
数列自我にとってはAIとヒトの愛を濃密に描いたT・オサムが最も信仰篤き聖人である。
後書きで皆様に心配されて笑ってしまいましたが、シルバニアはラテン語で森の土地。そして彼等はあくまでシルヴァニアン。だから大丈夫。イイネ?
……たぶん、きっと、メイビー。怒られたらしれっと変わっているかも知れません。
2024/07/09 も18:00更新となります。お楽しみに。
【SF擁護補記】
量子的縺れ:物理学の専門家でもなければ理解はできないし――私もです――本気で説明すると本が何冊も掛けるので「何か凄い科学技術」くらいに思っておいてください。そもそも望も専門家ではないので「あー、はいはい分かった、完全に把握した」と棒読みで言ってるレベルです。




