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テイタン-2 TypeGは汎用性と量産性に優れた中量級機体であるが、それは器用貧乏ではなく器用万能であることを示す。
そもそも10m級の機動兵器にも拘わらず、人型をしているのにも理由があるのだ。
第一は操縦者への負担軽減であるが――人型の生物が急に非人型になると心的ストレスがエグいことになる――第二は人間の体で扱える技能を全てそのまま流用できることにある。
ほら、一部では三至聖に劣らぬほど熱狂的に信仰されている〝彼方より来たりし企業〟も人間は戦う形をして生まれてきたって言ってたからね。技術者も色々考えた結果、この巨大さまでなら人型が最適解だと見出したのだよ。
『ッシャオらぁぁぁぁ!!』
怒声を張り上げながら駆け出し、威嚇する竜の頭に思い切り膝をブチ込んだ。跳ね上がる首を捕まえ、脇の下で握りながら地面に向かって倒れ伏して捻り倒す。抗重力ユニットを切って瞬間的に350トンの重量負荷が掛かってもねじ切れない首が何でできているか不思議に思いつつ、私は更に体を捻って首への負担を強くした。
変則的なブルドッキング・ヘッドロッキングだ。受ける方にも相応の技量を要求するガチの殺人技であり、上手く決まれば頸椎をねじ切れることもできるのだが、装甲版同士がぶつかり合って火花を上げても竜の頸骨は破壊できない。
おいおい、冗談だろう、もしかして骨格が展性チタンとか言わないよな。自分の手首を掴んで圧力を上げても粉砕することは適わず、融合炉の出力上限にまで達し、力が漲る機体の強さでも扼殺できないことに驚いた。
「グゥルァァァァァァ!!」
『ぬおあっ!?』
竜も一方的に攻撃を受けるだけではなく反撃に打って出てきた。四肢の全て、翼腕の爪まで使って全力で負荷に抗し、首を持ち上げ私を地面に叩き付けに来た。
体が一瞬浮いた時点で勿体ないが首から手を離し、受け身を取って数度地面を回転。衝撃を受け流すと同時に間合いを取って体勢を立て直した。
竜は怒り狂って体をのた打たせながら、緑の装甲をギラギラ光らせる。
何かを予備動作であると察した私は両腕を胸部と頭部を守る位置でクロスさせ、受けの姿勢に入ると同時に問うた。
プロレス技を使ってはいるが、魅せたい訳でも機体剛性を固辞するショービズでもないからな。敵の反撃を無防備に受けてやるつもりはない。
『防護力場は!?』
『生きています!』
『全力稼働!!』
腕部に埋設された発振器の磁場変動防御フィールドが働くと同時、装甲の際を重粒子の光線が掠めて行った。端から見れば、真正面から浴びせられる水を弾き飛ばしているように見えるだろう。
あぶねぇ、直撃していたら装甲が誘拐してセンサーも全滅していただろう。反射速度をクロック数限界まで上げていてよかった。
ええい、ドラゴンといったらブレスだけど、単純に手下と同じく炎でも吐いてろよ! 何を思ったら生物の口から荷電粒子砲を吐かせようという気になるんだ!!
妙に長い照射時間をただ耐えるのではなく、防御姿勢を取って前進。ジリジリ近づき、間合いに入ると同時に下段から顎をカチ上げるハイキックを見舞った。
『近所迷惑だ! 止めろ!!』
顎が強引に閉じられたこともあって、勢いを減じた重粒子は左右に拡散。発射した竜の口を焦がしながら左右の大地を抉ったので、迷惑なコトは辞めろと頂点まで持ち上げた足をそのまま下方へ振り下ろす。
ハイキックからの踵落とし、魅せプレイの見本のような動作だが、相手も同じ大きさの人型と戦った経験がないからか気持ちよく決めさせてくれるものだ。
『セレネ、今の余波での被害は?』
『弊機達は問題ありませんが、観客と都市への余波が心配かと。熱波は避けられていますが放射線汚染の可能性があります。回避した場合、流れ弾の被害が及ぶ可能性があるため、機動戦も非推奨です』
『よっしゃ、なら場所変えるか!!』
悶える竜の首を引っ掴み、強引に引っ張って走り出す。おらっ、来いっ、もうちょっと郊外でやろうや! 回避したら天蓋聖都に直撃する位置で暴れるのは流石に怖いわ。
「ノゾム!!」
『心配無用!! ちょっと暴れてくるだけだ!!』
首根っこを捕まえられた竜はのたくらせるが、体幹制御で負荷を分散、むしろ暴れる勢いを使って郊外に引っ張っていく。本来なら重量差でここまで上手くは引っ張れないが、下手な暴れ方をしてくれているのが役だったな。
『ちょっと、大人しくっ、しろっ……!!』
十分な距離を稼いだので再び片手でのヘッドロックに持ち込み、今度はマニピュレーターを貫手の形に持っていって眼窩へとねじ込んだ。
掟破りの目潰し攻撃だ。しかし私のそれは悪役がやる軽く擦るだけのそれと違って、完全に目と頭蓋の間に指をねじ込んでえぐり出す攻撃。
見たところ視覚素子は頭についた目二つだと思われるため、片方奪われればさぞやりづらかろう。
『片目貰った!!』
「ギュアァァァァァァァ!!」
数km先まで響きそうな絶叫を上げ、目がえぐり出される。橋梁のケーブルめいた太さの神経策が僅かな抵抗を見せるが、アクチュエーターを全力で稼働させ引きちぎる。そして、再生できないように黄色く縦長の瞳孔を持つ右目を握り潰した。
実際のプロレスでやったら永久追放どころでは済まないが、これは異種――文字通り――格闘戦にして殺し合い。文句を言う物は誰もいない。
もう片目も貰っておこうかと思ったら、竜はあろうことか首を捻られたまま飛びかかってきたではないか。
人間の腕にじゃれつく猫の如く全身で絡みついてきて、四肢の爪が装甲を軽く抉るが致命打にはならない。
なめるなよ、テイタン-2は量産型と言えど機動兵器、レイルガンなどの質量攻撃を喰らうことも前提に設計されているだけあって装甲圧は特殊展性チタニウム製の上、最薄部でも300mm。ただの爪や牙などで貫通できるほど柔な造りをしていな……。
『うぉぁっ!?』
『と、飛んだ!? 冗談でしょう!?』
体を襲う唐突な浮遊感。あろうことかヤツは翼を羽ばたかせて、そのまま浮かび上がったではないか。緑の装甲板が赤熱し、内部で全力稼働している機構が浮かび上がって見えた。
やはり抗重力ユニット、それも大気圏内で使える限りの大型を二基も!!
足を大地に着けようとしたが、後足が膝裏に回し込まれていて抵抗できず竜はそのまま飛び上がってしまった。
チッ、この機体が統合軍の正式量産型〝タヂカラオ五式〟であれば、内蔵された副腕で抵抗できたのだが、プレーンな人型であるテイタン2にはそんな装備はない。
『このっ、降ろせっ!!』
『高度急速上昇! 地面に叩き付けるつもりです!!』
あっと言う間に絡み合う私達は上空1,000mまで跳ね上がり、竜は体を捻って私を下に向けたと思ったら脱力。抗重力ユニットを切ったのか、自由落下に入る。
何と言う高度と重量のボディプレス! コイツを真面に喰らってはさしものテイタン2であっても大破は必至。
『ぬぁめるなぁー!!』
首にかけていた手を離し、翼の根っこを握って無理矢理捻る。すると綺麗な垂直を画いて落ちていた竜はきりもみ状態での落下に移行し、あっと言う間に制御を失った。
スラスターを遮二無二に噴かせて姿勢の制御を取り戻そうと試みてくるが、やらせるものか。こちらも噴出口を足で塞ぐなどして、思い通りにはさせない。
『落着まで四秒!!』
『往生際が悪いんだよテメェェェェェェ!!』
爪を立てまくって抵抗する竜の体を体捌きで強引に下に向け、肩を首に押しつけて固定。そのまま大地と首を挟み込む形で我々は盛大に地面へと叩き付けられた。
装甲と肉をクッションにしても終端速度が音速近かったこともあり筐体の各種センサーは甚大な損害を伝えて警告を鳴らしまくり、各種ダメージレポートは真っ赤だ。OSは脱出を推奨してくるが、遠隔操作型のコイツに脳殻だけを安全に排出する機構などあるはずもないし、そもそも我々には退路がなかった。
一部の装甲板を落剥させながら体を持ち上げ、軋みを上げる機体で立ち上がった。どこかのシーリングが破れて油圧計がイカレたのか、赤黒い人工筋肉輸液が漏れているが、なぁにまだまだ。
こういうのは満身創痍になってからが本番ってのはどこも相場は変わらないだろう?
『機体中破! 左腕マニピュレーター全損! 左肩部稼働不良!』
『上等! まだ動くし戦える!!』
それに野郎も博打に負けてふらふらだ。左手が最後まで握りしめていた翼は右側がねじ切れて、最後の足掻きで羽ばたいて減速をかけた左翼は使い終えたナプキンのようにくしゃくしゃになっていた。
首も地面と左肩に挟まれて歪み始めており、それが気道を傷付けたのか真っ白な血が口から溢れている。
やはりコイツにも流れているのは高効率人工血液か。だとすると、シルヴァニアンやガラテア達に赤い血が流れているのは希少ケースなのかもしれん。
まぁ、あの巨体を普通のヘモグロビンで支えきれる道理もなし、大体予想できてちゃいたんだがね。
血の色で竜も〝ティアマット25〟に巣くっていた異形と似たような物だと判明し、やはり惑星レベルでの陰謀が巡っていることを私は確信した。
たまたま同じ構造で、たまたま全土に広がっていて、たまたまそれが知性体に敵対的なんぞ全部偶然で纏めて堪るかという話だ。
コイツの脳から少しでも情報を引っこ抜ければ良いのだが。
『来いよ蜥蜴野郎。決着を付けよう』
『グプッ……ゴプァァァァァ!!』
徴発のため手招きすれば、意志は伝わったのだろう。翼ももげて、最早逃げられぬと悟った竜は、大地を踏みしめて突撃してくる。
圧倒的な重量を持つ体当たりでの圧殺。持ち得る最適解を出してくるのは流石。
だが、此方は人型、戦うことに特化した四肢ある肉体は、一本が機能不全に陥ったところで戦う術を喪う訳ではないのだ。
膝を撓め、全力で跳躍。さっきの墜落で痛んでいた各所人工筋肉の何カ所かが割けて輸液をぶちまけるが、かまいやしない。ここで殺しておかないと殺されるのはこっちなのだから。
テイタン-2 TypeGは地上型であるためスラスターこそないが、出力のみでなんとかヤツの頭上より高く飛び上がれる。
そして、空中で身を捩って足に捻る力を増し、すれ違い様に延髄へ蹴りを放つ。
前文明の肉弾プロレスでも飛びきり危険な技として知れ渡っていたフィニッシュ・ムーブの一つ、延髄斬りだ。
既に歪んで一部が折れていた頸骨に限界が来たのか、つま先に鈍い物がへし折れる感覚が伝わると同時、限界が来ていたらしい装甲が断裂。
その上、私は蹴りっぱなしにせず体捌きによって地面とつま先で首を挟み、ギロチンの要領で威力を一切逃がす余地なく叩き込む。
『だらぁぁぁぁぁぁ!!』
「ギュグゴォォォォォ!!」
大地を滑りながら蹴り出された勢いは一点に集中。遂に地面と大地が触れあって、竜の巨大な首が千切れ飛ぶ。
天蓋聖都を砂場にして暴れ廻った邪竜は、遂に首を落とされて沈黙した。
吹き出す膨大な血、負荷を受け過ぎて蹴りを放った右膝がちょっと仕様外の方向に向いたせいで着地に失敗したが、何となかった。
『……勝ったな』
『ギリギリにも程があります、上尉』
『仕方ないだろ、攻撃オプション一切なしだぞ。勝っただけ偉いと褒めてくれまいか』
何とか起き上がり、変な方向を向いた膝を無理矢理元の位置に戻して直立。全身にアラートが出ており大破警告が出ているが勝ったのはコッチだ。重整備できるかどうかは天蓋聖都の遺物次第ではあるものの、動く時点で十分。
私は巨大な竜の首を引っ掴み、引き摺って皆の元へ戻る。
「ノゾム!!」
『やぁ、皆無事か。見ろ、大手柄だ』
神話の巨人が竜の首を掴み上げたことに感極まったのか、ガラテアは膝を突いて泣き始めた。
部族の戦士達とシルヴァニアンは喜びの舞を踊り、真っ白な返り血でそまった巨人を歓迎する。
聖都を守るべく戦って眠りに入った巨人。その巨人が再び目覚めて竜と戦い勝利した後、少し罅の入ったモノアイ型の視覚素子から流液を流す。
これを見て勝利に喜んで泣いているようだと感じたのは、私の感慨の行き過ぎでも気のせいでもないと思いたい…………。
【惑星探査補記】テイタン-2 TypeG。テイタンモデルの二型にしてグラウンドタイプ、つまり地上戦用機。黄道共和連合に広く配備された統合軍技研の傑作機であるが、その無骨な見た目に見合った整備性の高さと操縦性周りの洗練具合、そして何より良心的な調達価格から正規軍の装備を購入することのできないPMC達にも深く愛されていた。
余計な機能を一切載せない、正にプレーンな機動兵器であり様々な局面に対応できたため、その総生産台数は二万機を超えるとされる。
2024/07/30の更新も18:00頃を予定しております。