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4-7

 目の前がチカチカとする。


 何かがダウンロードされている特特有の光だ。


 はて、何を落としているのだろう。たしか気にしているタイトルは暫くなかったし、欲しい物は大体買ったはずだ。


 定期的にアップデートしろとの通知が鬱陶しい高次連標準OSかな? と考えたあたりで私は正気に戻った。


 ああ、そうだ、筐体が派手にぶっ壊れたんだった。


 基本的に家の技術者連中って「面白ければ何でも良いよね!」ってな具合にたまに頭の螺旋が完全にトンだ物を作るんだけど、いのちだいじにをモットーとし、現場に湧く猫を忌み嫌っているので、生存性にはかなり信頼が置ける。


 故に脳殻は一等頑丈に作ってあって、自己連続性を喪わないため最大限の働きをする。丁種の脆い義体に収まっていた脳殻は、首から下を喪ったことを致命的ダメージと見越して自閉モードに入ったのだろう。


 そして、再起動したということは何らかの救命措置が取られたと言うことであるのだけど……いや、なんだこの大量にダウンロードされてるドライバの群れ。


 『ちょっ、まっ、セレネ!?』


 『お目覚めですか、上尉』


 問い掛ければめっちゃ刺々しい声が返ってきた。


 あ、あの、セレネさん、聞かなくても分かりますけど、めっちゃ怒ってますね!?


 『ね、ねぇ、何なの? 何が起こってるの?』


 『怒ってる? そりゃ怒ってますよ』


 『同音異義語を使ってまで主張しないで! 怖い!!』


 何か知らんがメッチャ怒ってらっしゃる! えーと、ログ、ログ、筐体が大破する前のログ!


 あー……ああ……これ私めっちゃ運悪いな。ガラテアを助けた直後に暴れ廻った竜の爪が掠めて首が飛んだのか。


 彼女に変なトラウマ植え付けてなかったらいいんだけど。


 『よくも私が二千年かけて再構築した義体を壊しましたね』


 『(わざ)とじゃない! 態とじゃないから許して!』


 『いいえ、許しません。なので、寝起きだどうだの遠慮しませんよ。さぁ、さっさとこの仕様書を読んでください』


 し、仕様書?


 何のこったいと思いながらも電脳に流し込まれる数T(テラ)バイト分の文書を急いで読み込めば、それがテイタン-2 TypeGの操縦マニュアルを含むデータであることが分かった。


 黄道共和連合が採用した汎用量産型機動兵器。大型船舶での船外作業から近接格闘まで熟す――というかできるように作れと要望書が来た――傑作機であり、輸出用規格(モンキーモデル)ながらに高次連の民間警備会社が購入することもあったような機体だが……。


 『えっ? ちょっと待って? もしかして私の脳殻、今アレの中?』


 『はい、郊外に放置されて苔生してたアレです』


 『動くの!?』


 まず驚いたのはそこだった。ほら、明らかに放置されて凄い年月経ってるし、苔生してて〝戦いを終えた戦士〟感あったじゃん。どう考えても動くというか、動かしちゃ駄目感が強かったじゃん。


 『何故か分かりませんが動きます。本当に何故か分かりませんが』


 『マジ? マジで? 今仕様書読んだけど耐用年数一五〇年ってあったよ? なんでノーメンテで苔生えるまで放置して動くの?』


 『私が知りたいですよ。ですが巨竜が来てから、慌てて何かないかと調べたら動いたので使いました』


 今はドライバインストール中で直結していないから体のどこも動かせないが、私は電脳内のアバターで頭を抱えた。


 いや、うん、そりゃ記念碑的なもんだろうから頻繁に祈りに来るんだろうけどさ。何なら記念日とかあって毎年、ともすれば月命日みたいに毎月やってるのかもしれないけども。


 動いて堪るか! 八〇〇年だぞ! 科学舐めるのも大概しろ!!


 『ブチギレているところ申し訳ありませんが、そろそろドライバのインストールが終わりますね? 主機回しますよ、もう副主機暖めてますんで』


 『ちょっ、まっ』


 『全てマニュアルでお願いします。仮にも甲種機動兵器章持ち、総搭乗時間二十万時間越えの記念徽章も持ってる上尉なら余裕ですよね』


 うわー、本気で怒ってる! そりゃやれっているならできるけども。この機体は癖がない純人型で関節可動域もちょっと人間より広い程度だからナンボでも動かせるけども。


 『主機臨界まで基底現実時間であと五秒』


 『わー、ちょいまちちょいまち! えーと、副主機機動ヨシ! 各油圧系統ヨシ! 人工筋肉系も何故かヨシ! ニューラルリンク構築……ヨシ! IFF起動済み、FCSは……こっちもヨシ!』


 副操縦士(フライトオフィサ)として遠隔でリンクしてくれているのは分かっているけど、流石に主操縦士が寝てる間に機体の始動前チェックリストを勝手に進めておくのはどうかと思うなぁ私。


 『チェックリストご苦労様です。ただ標準武装は使い果たしているのでご注意を。はい、あと四秒』


 『えぇ? うわ、肩部ミサイルポッドは切り離してあるし、右腕のレイルガンも喪失? 近接用の超硬質アックスもどっかいっちゃってる……くそ、実質素手じゃねーか! って、なんでナックルガード喪失してんだこの子!』


 『それだけの激戦だったんでしょう。はい三秒』


 つまり実質素手縛りってことですね、分かります。雑魚散らし用の牽制武装もナシ、いざ空に逃げられた時の対空兵装もナシってのはしんどいが仕方がない。


 なに、私が一番得意なのは剣術だが〝白兵徽章〟には徒手格闘も入ってるんだ。素手縛りくらいなんぼのもんじゃい。


 何より相手は竜だ。VRゲームの中で腐るほど狩ってきた。それこそ機動兵器の総搭乗時間より長いくらい。見た目が似ているならやることだって大体想像がつく。


 『機体との完全同調に入る! 疑似感覚再現ヨシ、各種センサーも何故か異常なし!』


 『起動と同時に戦闘に入ってください。今、外は割とガチめにピンチです。あと二秒』


 ピンチって何が起こってるんだ。いや、私の首がすっ飛んだ時点で大分ヤバいことになっているのは分かっているけど、まさか竜がこっちに来てるのか? そうでもないとセレネがそこまで急かすことはないよな。


 『よし、行くぞ! 三至聖よ、我にご加護を!!』


 『T・オサムの名の元にご武運があらんことを。残り一秒……起動』


 刹那、バッテリー駆動の副主機で温められた中型融合炉が臨界に達し、機体全体にエネルギーが迸った。


 同時に各種センサーと電脳が直結され、360°見渡せる視界と多数のセンサー、そして生身の目なんて比べものにならないほど高解像度の世界が広がる。


 懐かしい、この感覚。普通科から機甲科に転属して、始めて実習機に乗った時の感動を思い出す。世界はこれ程に美しく、拡張された肉体はここまで快いのかと打ち震えた物だ。


 『テイタン-2 TypeG、起動確認。完全同調完了!』


 『同調確認。You have control』


 『I have!』


 片膝を突いていた機体を立ち上がらせながら状況確認。200m先に味方群視認、そしてその10m先に巨竜。なんで街で砂遊びに興じていたのにこっちにまで来たのか分からないが、喧嘩を売っているのなら上等だ。


 『セレネ、何か気分がアガるのを頼む』


 『いつもので良いですね』


 膝が伸びきると同時にBGMが響き渡る……って、いやセレネ、脳内で良いんだよ、機外向けスピーカーからじゃなくていいんだよ。過去のデータベースからサルベージされた奇跡的名曲の一つではあると思うけど、急に流されても多分みんなポカンとするから。


 だが、ままよ、もう立ち上がってしまってるしテンションの上がるイントロで足が踏みならされ拍手が重なっている。ならばもう戦うしかあるまい。


 敵はドラゴン。全長約40m、頭頂高10m弱、総重量はザックリ概算五〇〇トン。


 構造は首が若干長く胴体がずんぐりしていてデカイ力士体型。翼腕も発達していて腕のように動くことを加味すれば白兵戦で殴り合うのは悪手。


 とくれば、こちらの武器は相手に負けないだけの鉄量。


 装備なしのテイタンは総重量三五〇トンと些か軽めだが――地上では小型高重力ユニットを使って更に軽くなる――体格差はあまりない。後は技量で補ってやるさ。


 私は即座に各種アクチュエーターを全力で稼働させ、私の半分近く寝ていたとは信じられない機体を走らせる。一歩目を踏みだし、二歩目で加速、三歩目で勢いが十分に乗ったことを確認し――この時点で機体の時速は250km/hを越えた――四歩目で跳躍。


 躍動する機体を空中で真っ直ぐにし、一本の軸が通ったかのように体幹を固定。


 見舞うのは十分な加速度を得た圧倒的質量という暴力の最適解。


 質量×速度の自乗は、このイカレた世界でも不変の法則。


 『だらっしゃぁぁぁぁ!!』


 喰らえ、物理法則ドロップキック!!


 この巨体が秘める鉄量を余すところなく活用するのに最適な技、それは打撃系の中でも実用的ではないと貶められたことのあるプロレス技に多い。


 特に飛び込み式のドロップキックは加速度と質量を一気に、それも余すことなく破壊力に変換できるため優れている。それに機体は〝直立二足歩行〟という設計前提によって垂直方向からの荷重に強く作られているので、足裏に強烈な反作用が働いても設計時に想定してある剛性が壊れないと担保してくれるので心配ない。


 仲間達を品定めするようにジロジロ睨んでいた竜の鼻面に向かって、空中に飛び上がった瞬間に撓めた膝を開放。背中の人工筋肉も同時に律動させ、体が完全に一本の杭になったような姿勢を取る。


 インパクトの瞬間のみ抗重力ユニットをオフにして鉄量を全開に、満身の蹴りとしてぶつけて吹き飛ばした。


 私は与えた衝撃と同程度の力を全身に感じながら虚空へ飛び上がり、抗重力ユニットを再起動。空中で数回回転して勢いを殺し、着地時に足をコンパスに縁を画くが如く回って運動エネルギーを逃がす。


 一々五月蠅い管制系が「推奨外の動作を検知(止めろ馬鹿)」とかヌカしてくるが、これくらいで壊れる柔な駆動系をしてないだろう。機動兵器は男の子なんだから、もうちょっと我慢なさい。


 それに私の鋭敏なセンサーは起動直後に呼び声を聞いていた。


 他ならぬ私の名を呼ぶ声を。


 なら、無茶する理由は十分だろうよ。


 『呼んだかい、ガラテア』


 「ノゾム……?」


 『ああ、遅くなったが助けに来たぞ』


 蹴り飛ばされて彼方へすっ飛んでいく巨竜を見送り、私は仲間達を見下ろしながら内心で胸を撫で下ろした。


 よかった、みんな無事だ。


 よっしゃ、なら実質ノーダメだな。


 『舐めてると沈めますよ上尉』


 『すみませんでした!!』


 電脳内で叱られたので即座に電脳内で土下座する。セレネはあの義体が培養されて、完成するのを今か今かと待ちわびていた時間が長かったからな。義体なんて消耗品とはいえ、思い入れも一入だったのだろう。


 あとで言葉だけでなく態度でちゃんと詫びておくとしよう。


 呆れた溜息を一つ吐いた後、何はともあれと前置きされてしまったけど……。


 『基底現実へのご帰還、御言祝ぎ申し上げます上尉』


 『ああ、ただいまセレネ』


 苦労してくれた相方に帰参の挨拶を返さなければ。


 さしあたって、あのドカドカ喧しかった蜥蜴の首あたりで溜飲を下げてくれるかな?


 『さぁ、好き勝手やってくれたな蜥蜴野郎。さっきはお前の手下に痛い目を見せられた』


 気合いを入れるためガツンと拳を打ち合わせると――また推奨外動作がどうのこうのと喧しいなこのOSは――竜は蹌踉めきながらも起き上がって威嚇の吠え声を上げた。


 『第二ラウンドだ』


 体を慣らすように腕を回し、隙を伺う。吠え終えた竜は私に突撃しようとしているのか、飛び上がろうとしているのか一瞬膝を撓めて身を屈める。


 そこに隙を見て取った私は、即座に駆けだして暖機ついでに回していた右腕を思いっきり鎌のように首へと叩き付けた。


 ラリアット、あるいはアックスボンバーとも呼ばれるプロレス技だ。これも地面をしっかり踏みしめて頑丈な下部構造から力をしっかり伝え、堅い腕部をぶつける純粋な鉄量を活かした物理技。


 私のそれは着弾後に走り抜けず、大地をしっかり踏みしめることで威力を遺漏なく伝える本式だ。同じ人型相手なら体ごとぶつかるのもいいが、相手は首が長い竜。下手に懐に踏み込んで絡まれたくない。


 目論み通りに竜は吹き飛び、悶え苦しんでいる。


 そうか、始めてか、同じくらいの重量を持つ相手と喧嘩をしたのは。


 世界は広いぞ蜥蜴野郎、なにせこの機動兵器は汎用型〝中量級〟なんだからな。これくらいで音を上げて貰っちゃ困る。


 第二ラウンドは始まったばかりなんだ、本気を出さなきゃ見所なくさっさと殺すぞ…………。




【惑星探査補記】義体同士での白兵戦ではともかく、お互いの機体剛性比べという一点においてプロレス技は機動兵器同士での戦闘で優れていると評価されていた。


 尚、教本にはそのような状況に陥る前に「手があるんだから道具で破壊しろ」と至極真っ当な但し書きが添えられている。 

2024/07/29 の更新は18:00頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
まるでACみたいだぁ…
T・オサムよりN・ゴウかT・エイジの加護が欲しくなる場面。 ハゲの加護はダメだ、みんな死ぬ。
[一言] コメントのおかげでBGMの正体に見当がつきました! ランスチャージしたくなるアレですね!
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