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乗り物が足を持っている利点、それは偏に踏み荒らし蹂躙できることに尽きる。
不時着した建物の屋上扉を蹴破れば、内部は何らかの会社であったのかデスクが沢山ならんでおり――やっぱ意外と先進的だな聖都!?――踏み込んだ勢いのまま、表示板に従って非常脱出用の階段を下る。
しかし、多々経年劣化が見られることからして、この建物も実は築数百年はありそうだ。恐らく植民初期、まだ大型の建物用立体成形機が使えた頃に建てられたものではなかろうか。
となると、やっぱり神が〝イナンナ12〟の乗組員であった公算が高くなるな。考えることは皆同じってことか。
非常用階段を駆け下りて街に降りれば、そこは酷い様であった。
流れ弾で押し潰された路線バスから流れる血の河、潰れた瓦礫の合間から滴る赤に頽れて泣きじゃくる子供、転んで足を折ったのか置いて行かれた老人。
まるでこの世の地獄だ。
「クソッタレ、やってくれるな蜥蜴の分際で」
「ノゾム、彼等は……」
「残念だが助けてやる余力はない」
手に溢れる善行は善行とは呼ばない。それはただの無謀、悪く言えば感傷だ。
いまここで救助活動に専念したところで助けられるのは片手の指くらいだが〝聖槍〟を取りに行ければ何とかなるかもしれない。
ただ、あの巨体だ。完全に殺しきるとなると〝過充電〟状態にしてぶっ壊れるのを覚悟使う必要があるかもしれんが、情報の宝庫たる聖都が陥落するよりマシだ。
「行こう。セレネ、皆は?」
『ここから南に45kmの地点。合流しようとすれば二五分もあれば』
「分かった、急ごう」
ギアキャリバーを走らせると、ガラテアも少し悩んだ後に追従した。彼女も軍人だから分かっているのだろう、倒すべき敵を倒してからでなければ何もできないと。
それにしても、あの竜は何故ここを襲うのだ? 見たところ襲った人間を食うでもなく、暴れ廻っているようにしか見えん。小型竜も破壊行為にこそ勤しんでいるが、積極的に人を襲っているというよりも素早く動いている物に反応しているきらいがあるし、何がしたくて人里を襲っているのかが分からん。
竜同士もあまり連携が取れているとは思えないな。今、一台の車を竜が捕まえて持ち上げたのだが、別の竜がそれに突っかかって後端を後足で掴んで取り合いを始めた。運転手は高度が低い内に飛び降りて逃げていったが、それには見向きもしないで喧嘩をしている。
知性らしい知性は感じられん。本当に何がしたいのだ?
死人、怪我人、大破した車両を乗り越えて――この踏破力が四脚の強みだな――通りを二つ渡った所、走行音が隣の区画から曲がり込んでやってきた。
鞍上のマギウスギアナイトは聖弓と呼ぶ機械弓を構えて騎射を試みており、その一撃は追従してくる竜を掠めるに留まった。
そして小型竜は喉を膨らませ射撃体勢に入ったところで、私は拙いと思いコイルガンを三連射。上空でブチ当てた時より距離が短かったこともあって威力は十分だったのか、槌で殴られたように顎が上を向いて炎は空中を舐めるに留まった。
「助かった! 何処の麾下の部隊か!!」
彼は私達に併走すると誰何してくる。あ、やべ、反射的に助けたけど、私は異端者認定くらってるから彼も敵じゃねーか。
「えーと、あーと」
「北園騎士団第一騎兵旅団のガラテアだ! その声はファリウスか!?」
「ガラテア!? 君は死んだと聞かされたぞ!!」
おっと、彼女の知り合いだったのか。これは争わずに済みそうでよかった。
「僕はこの通り健在だ!」
「じゃあ何故ここにいる! 北園騎士団は郊外で竜相手の足止め中だぞ!」
ファリウスの言葉を聞いてガラテアは一瞬愕然とした。馬脚を乱れさせるほどではないが、竜が暴れている方向を見て歯噛みする。
「何を馬鹿な! 僕達北園騎士団は機動力重視の驃騎兵集団だぞ! それを竜の足止め!?」
「ヴァージル卿のご采配だ! 先日、騎士団長総代代行にご就任なさって……」
「アイツが総代代行!? 馬鹿な!!」
「俺達も何が起こってるか分からないんだ!」
あの野郎、何か知らんが政治的に上手いことやって良い地位に就こうとしていたようだな。しかし、貴重な戦力を政治のため足止めですり減らす? 何考えてんだ、それはそれは、これはこれの考えがないのかよ。
あの巨竜相手じゃ軽装備では何もできまい。精々足下をちょろちょろして鬱陶しがらせ、 「ファリウス! 君だって西園騎士団だろう! 斥候偵察の専門家がなぜ都市部で竜の相手をしている!!」
「知るか! 命令だ!!」
「フォンティウス卿は!? そのような命に従う方ではないはず!!」
「戦死なされた! もう指揮系統は滅茶苦茶だ!!」
こりゃ本格的にグダグダだな。軽騎兵を航空戦力の足止めに使って、偵察騎兵が都市部で防衛線を構築? 配剤が滅茶苦茶すぎる。あのヴァージルめ、真面な幕僚を持っていないのか? それとも本当に今回の襲撃を政敵の排除で使い倒すつもりか? どっちにせよ真面とは思えん。
「今は仮の集合地点に向かっている所だった! はぐれたなら君も来い!!」
「えっ、いや、今の僕は……」
「って、悠長に話している場合じゃないぞ!! 後ろ後ろ!!」
私が指させば、さっき頭を質量弾頭でぶん殴ってやった小型竜が追いかけてきている。小粒な敵を炙って遊ぼうとしていたところ、頭を思いっきりぶん殴られて怒り心頭って具合だ。
「左右に分かれろ! 炎が来る!!」
「畜生!! 死ぬなよガラテア!!」
「君もなファリウス!!」
喉がぷくっと膨らんだので火炎放射の合図と見抜き、私達は急減速、左右に弾かれるように分かれて炎が届かない小路へと入り込んだ。
背中を放射熱の余波が炙り、大路で瓦礫に挟まれて死に損なっていた負傷者が悲鳴を上げているのが聞こえる。
「今までアレ相手にどうしてたんだ!」
「対竜用の大型聖弓があるんだけど、対装甲戦闘は東園騎士団の専門だ! それに、天蓋の聖壁が破られて都市部に竜が入って来るなんて今までなかったんだよ!」
だからか、このグダグダ具合は。誰も都市内を駆けずり回りながら対空戦闘をやる準備をしてこなかったのだな。あんな空飛ぶ相手に戦ってるのに、屋根に対空火砲の一つも備えられていない理由がようやく分かった。
想定してこなかったんだろう、〝イナンナ12〟を街に改装した黄道共和連合の連中も、あんな空飛ぶ中戦車みたいな連中が襲いかかってくることを。だから護身用に対人武装ばかり製造して配布したんだな。
だとしたら読みが甘過ぎだ。機動兵器を配備しなきゃいけない時代があったんなら、戦争に使われる可能性を加味しても重砲や誘導弾くらいくれてやりゃよかったのに。そうしておけば、これだけ人が死ぬこともなかった。
『上尉! 竜が猛追してきます!』
「ド畜生!」
餌は二つあったが、やっぱりヘイトは私の方が高かったか。まだ追いかけてきている竜にギアキャリバーでは逃げ切れないし――そもそも高度を取られた瞬間にアウトだ――ッ有効な火器もない。
「ガラテア! 小路をジグザグに渡って火吹きを妨害するぞ!」
「分かった! これでもギアキャリバーの扱いには自身がある! 置いて行かれたりしないから、全力をだしてくれ!」
そういうなら遠慮なく! 私は路地を埋める障害物を登攀するのではなく、踏破力と速度に任せて三角跳びで乗り越えて道を曲がった。
ガラテアもこの無茶に一瞬驚いたようだが、直ぐに真似して追従してくる。
しかし、あのハンドルとボタンだけの簡素な操作系でどうやって四つ足のギアキャリバーに無茶をさせているんだ? 私なら同じことをやれと言われても多分無理だぞ。
やっぱりライトを電源なしで起動させたのと同じく、既存の科学では説明できないナニカが働いているのか。
いや、そういえば副脳があるんだっけか、だとしたら無線で接続? だが、私がアクセスした時は碌なソフトも入っていなかったはずだが、一体どうやってるんだか。
高次連が前文明から引き続き長い時間を掛けて培ってきた常識に罅が入る音を聞きながら逃げていたが、このままだとリデルバーディ達から遠ざかるな。大路を一直線に走れたら問題なかったというのに。
『上尉、リデルバーディ達に我々の予測ルートを送りました』
「でかした!」
そうだ、うっかり可愛さで記憶から飛びかけていたが、こっちにいるのはあくまでセレネの子機なのだ。本体のドローンはテックゴブ達に追従していることを考えると、リアルタイムで位置の共有ができる。
これで何とか合流ができるぞ。
「……いや待てよ、今の状態じゃ合流しても餌が増えるだけだよな」
「ノゾム! 翼だ! 皮膜は薄い! 東園騎士団はいつもそこから狙う!!」
「そうか!」
言われてみれば確かに体中が鱗に覆われ、下顎部や腹の一部など諸所に金属装甲が施されているものの翼膜は陽の光が透けて見えるほどに薄い。航空力学に従って飛んでいるとは思いがたいが、意味もなくはためかせている訳でもあるまい。
そして、飛行して狩りをする竜なら地面なら多少は鈍重にもなろう。
「セレネ! 計画変更だ! どこかリデルバーディ達に横列を敷かせるのに丁度良い場所はあるか!」
『でしたらここがよいかと』
流石は我が相方、空からここら辺の地図を作っていてくれたか。網膜に投影される地図に従えば、七区画は南に下って、殺し間に東から入れば丁度良い。
よし、となれば……。
「ガラテア、少し速度を落とすぞ!」
「分かった、味方の弾幕射撃だね!?」
「そうだ!!」
物わかりの良い戦友は直ぐに理解してくれたのか、竜を振り切るのではなく煽る方向につき合ってくれた。
次の瞬間、小路を乗り込んで回り込もうとしてきた竜の鼻面に弾丸を見舞い――案の定弾かれた――怒りを増大させる。
途中で飽きて余所を襲われては困るからな、微力なれど都市を守る手伝いができれば上等だ。
勝ち目がないなら逃げ回るが、勝ち筋があるならやってやる。それは偽善ではなく善であると信じるがため。
なに、私の仲間達が装備しているコイルガンは、今装備している豆鉄砲の二倍近い出力がある。大弓で貫通できるならボロボロにしてやることは容易かろうよ。
「ほれ、鬼さんこちら!」
声でも煽りながら体の下を通り抜けると、竜はもくろみ通り激怒して追走してくる。できるだけ細くて短い小路を選び、炎を吐けず、体当たりもできない場所を選んで走り抜けた。
「射撃体勢に入るまでどれだけかかる!」
『二分……いえ、一分半でやると言っています!!』
「分かった! 射撃タイミングはリデルバーディに一任すると伝えろ!!」
ほんと、手際が良くて助かるよ。私は小路を回って、その背後に竜の吐息を感じながら炎を交わした。
そして鬼ごっこを続け、敢えて速度を落としたことで噛み付けるようフラフラ走れば、竜はそれに乗ってきて顎を何度も空ぶらせる。
焦れるような時間が過ぎ、目的地はあと僅か。
「よし、ゴール!!」
〔撃てっ!!〕
予定通り殺し間に誘い込まれた竜は翼をボロボロにさせてコントロールを喪った。
全てはもくろみ通り、ではあるのだが……私はちょっと忘れていたことがあった。
慣性の法則だ。
翼をやられて飛行能力を失った竜はゴロゴロ地面を転がり、瓦礫を巻き上げながら不規則な動きをする。
私の反射神経なら何とか避けることができるのだが、ガラテアはそうもいかなかったらしい。
「あっ!? わっ、きゃっ……」
破片をギアキャリバーに受けて横転し掛かる彼女。いかん、このままいけば潰されて死ぬ。
私は自分のギアキャリバーに急制動をかけて跳躍し、今にも落下しそうなガラテアの襟首を引っ掴んで救出。
だが、次の手簡、首に大きな衝撃を受けた。
竜が地面を転がりながら腕を遮二無二に振りたくり、牙が通り過ぎていったのだ。
どこを?
私の首があった場所を。
自分の体を自分で見下ろすというシュールな経験をしながら、目の前にウィンドウがポップアップする。
そして、私の意識は暗い闇の中に落ちていった…………。
【惑星探査補記】庭園騎士団。マギウスギアナイトによって創設された常備軍であり、騎士のみが所属する精鋭。聖典にある聖都は神の庭であるとの一節に基づき命名され、この庭の庭師であると同時に衛兵であると自己を任じ都市の防衛に身を投じる。
各方面において専門の役割が異なり、北と東の庭園騎士は高機動を生かした外征を担当し、西と南の庭園騎士は重装甲高火力を主眼においた都市防衛に優れる。
次回の更新は19:00頃とります。
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