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ガラテアを慰めていると、女性型思考ルーチンを持つセレネも流石に同情してか、あまり刺々しくない声で警告を発した。
『上尉、蜥蜴が砂場遊びを再開しました。急いで脱出すべきかと』
「マジかよ……空気読めよ爬虫類……」
『って、あっ、ああ!?』
悲鳴が混じったので何事かと問えば、中々に衝撃的な報告が飛び込んできてガラテアを抱く手の力が強まってしまった。
『リデッ、リデルバーディ達が上尉を救出しようと市内に突入してしまいました!!』
「何ぃ!?」
リデルバーディ達め、なんて無茶を! 竜が暴れ廻って建物が玩具みたいに吹っ飛んでいる上、マギウスギアナイトが交戦している危険地域に突入するって何考えてるんだ!
私を想ってくれているのは嬉しいが、流石に博打が過ぎるぞ!!
というか、数列自我知性体を噛ませるとか何気に凄いことをするな君ら。
「場所は!」
『ダメです! 市街にもう入りました!!』
「群狼を反転させろ!!」
『下手すると徒歩で行進しかねない勢いですが!?』
畜生! こうなったら仕方がないか。速度とは無形の装甲、昔の偉い人も「当たらなければどうということはない」と言ったように危害を潜り抜ける素早さは何よりも分厚い鎧なのだ。
それを奪って徒歩で走らせては返って彼等の命を危険に晒す。
「ガラテア! 緊急事態だ!」
「ひゃっ!?」
肩を掴んで引き剥がせば、彼女は慌てて前を隠し――割と今更なんだが、そこは乙女のプライドのため黙っておこう――何をするんだとばかりに顔を真っ赤にした。
「リデルバーディ達が救出のため向かっている!」
「竜が暴れてるのに!?」
「そうだ! 私達も逃げないと彼等が危ない! ついてきてくれるか!?」
「わ、分かった!」
考え込むこともなく彼女は頷き、それからやっと現状に気付いたのだろう。周りを見渡し、血みどろの死体が五つあることに驚いて動きを止めた。
「のっ、ノゾ、ノゾム、一体何が……」
「君を連れて逃げようと格納庫まで来たら、ヴァージルと鉢合わせしたんだ」
「や、やっぱりヴァージル卿の仕業だったのか……そこまで本家が憎いのか彼は……」
震える彼女は覚えがあったのか体を抱いてつぶやき、やがて自分を納得したのか胸を隠している右手とは逆の手で、倒れているマギウスギアナイトの亡骸を指さした。
「す、少し目を閉じていてくれないか。使えそうな鎧を着るから」
「構わないが……個人認証とかはないのか?」
「僕は嫌疑中だけど騎士資格までは停止されていない。何とか着られるよ」
裸のままギアキャリバーに乗せるわけにもいかないので、彼女の言う通り目を閉じて待つことにする。
衣擦れならぬ甲冑ずれが暫く響いて、ガラテアは真面に動く個体を見つけたのか――恐らく脇を撫で斬った物だろう――着込む音がした。
「これでよし……行こう」
「ああ」
甲冑を着た彼女は勇ましかった。自動である程度の身長補正をかけられるようで、血濡れのギアアーマーは立ち振る舞いも相まって、ヴァージルが連れていた供回りより凜として様になっているように思える。
「セレネ、彼女の鎧を敵味方識別に登録しておいてくれ」
『似た姿が多いですからね。IFF、FRIENDLYタグ識別……完了』
よし、これで誤射はなくなった。乱戦の時に同じ格好が群れていたら見間違う可能性が万が一くらいにはあるからな。
「じゃあ逃げよう。ここは格納庫から直ぐ外に出られる……はずだよな」
『はい、上尉。下方へ直通の装甲兵器用エレベーターがあります』
「ノゾム? 今誰に問い掛けたんだい?」
あー……そろそろ黙っている訳にもいかないか。
私が掌を差し出せば、セレネがぴょんと飛びだした。
「うわっ、か、かわ、可愛い……」
『ハジメマシテ。私はセレネ……まぁ、貴方方の言うところの機械妖精です』
ちょっ、相方! 流石に相手が信じている宗教の精霊的存在を勝手に名乗るのは如何かと思うぞ!? 彼女は何も知らないとはいえ!!
『私はずっとノゾムを見守ってきました。ずっとずっとです。分かりますね』
「す、凄い、僕、今、機械妖精と直で喋ってる。こ、こんなの奇跡だよ……やっぱりノゾムは聖徒様だったんだ……」
ちょっと待って? 今なんて?
「始めて出会う前、気絶から目覚める前にノゾムの姿が見えたんだ。だからやっぱり君は特別だと思っていたんだけど、まさか預言にある聖徒様だったなんて!!」
いやだから聞いてないんだけど!?
聖徒って何!? とガラテアの肩を掴んで問い質せば、彼女は聖典に記載のある〝機械と話せる人間〟のことだといった。
ギアプリーストのように機械を介さず、直接会話できる人間。それを聖典では聖徒と定義しており、神職より上の存在として扱うらしい。
これは恐らく体内に電脳を入れていた〝イナンナ12〟の元乗組員達のことではなかろうか。彼等は皆軽度の電脳化が施されていたので、スタイリッシュ遺体玩弄をしているギアプリーストと比べるのも烏滸がましいほどスムーズに機械を操れたはずだ。
それでも寿命は二百年が限界ということもあって〝聖徒〟は次第に数を減らしていったのだろう。彼等の中でどのようなやり取りがあったか分からないが、内紛でも起こしたか、政治性の違いで自分達の子供に電脳化を施すのは辞めたらしい。
いや、だとすれば、旧人類であるはずのガラテア達に副脳があるのは何故だ……?
「セレネは昔馴染みの相方だ。私はそんな大それた存在じゃないよ」
「僕は根っからの聖典原理主義者じゃないけど! これは間違いなく……」
疑問は尽きないが、本日五度目の振動が天蓋を襲った。今までより一等大きな揺れは、辛うじて持っていた防御力場を完全に突き破れられたせいだろう。さて、建物数棟分の質量弾を〝イナンナ12〟の装甲板はどれだけ耐えられるか。
「ああっ、もう! 議論している暇はない! 逃げるぞ」
「わ、分かった!」
ガラテアと共にギアキャリバーに跨がると、操作系はハンドルとグリップを使った物で四脚の複雑な動きを完全にコントロールできそうには思えない。
ただ、不思議なことにこの機体には端子が設けられていた。直結するための端子が何故あるのか不思議に思ったが、私は首からコードを延ばしてギアキャリバーに繋がる。
よかった、OSは黄道共和連合から変わっていない。これなら書き換えで無駄な十数秒を使うこともない。同盟国だけあって、我々と共和連合のOSは互換規格で作られているから、少し違和感はあるけどちゃんと動くのだ。
「よし、行くぞ。セレネ、エレベーターを下ろしてくれ」
『了解です。あの黄色い枠線まで進めてください』
ガラテアと共に指示通りの場所に進むと、赤い警告灯が点灯して四方を囲むように手摺りが生えてきた。腰元までの高さがあるそれが伸びきると、エレベーターはそのまま下降。暫く金属の壁面が続く中を降りていったかと思えば、唐突に空中へと飛びだしてしまう。
おいおい、地上に続く支柱のどれかと直結してるのかと思ったら、そのまま降ろすのかよ! 高さが何百mあると思ってる! 普通に危ねぇじゃねぇか!!
たった四本のケーブルで支えられるエレベーターの狂気に震えていると、やはりこの構造は色々問題があったと確信できる物が見えた。視界の端っこをナニカが掠めたので首を巡らせれば、途中で千切れた鋼線が風に吹かれて舞っていた。
見下ろせば竜が撒き散らした散弾の余波を受けたのであろう。ケーブルをやられて墜落した大型昇降機と、地面に叩き付けられて原形を喪った兵員輸送車両を思わせる箱形の車体がぺしゃんこになって炎上しているではないか。
なんてゾッとする光景であろうか。
「おいセレネ! 洒落になってないぞ!? ここまできて墜死は御免だ!!」
『これが最短経路です! これ以外の道だと何百の敵が立ちはだかるとお思いですか!』
「だからって流石にリスキーすぎやせんか!?」
ぎゃあぎゃあやっている間にエレベーターはどんどん下降し、市街地が見えてきた。建物の高さまであと100mちょっとというところで空に妙な物が見えてきた。
ん? なんだアレ、吹っ飛んだ瓦礫ではない。
というか飛んでないか?
「なぁ、セレネ、あれ……」
『こっ、小型の竜です!』
「マジかよ!!」
ドンドン大きくなる影は、やがて私の大して性能が良くない光学センサーでも具に観察できる位置まで迫ってきた。
セレネの言う通り小型の竜であった。
小型といっても、大絶賛市街地で大暴れ中の竜と〝比較して〟小型というだけで、体長は尾を抜いて10mはあり、翼長は20m近い巨体だ。市街地をひいこら逃げている人の群れを捕捉したと思えば、群れの何体かが推進剤を吹きながら急降下して接近。
口からナパームと思しき炎を吐いて通りを焼き払った。
いやいや、なんだアレ、どういう原理で動いているんだ。大型竜より小さいとは言え巨体であることは変わりないし、翼なんぞで飛べていい図体ではない。その上、なんで時速120kmほどで飛んでいるのにナパーム炎が綺麗に前に飛ぶんだ。風圧に負けて垂れ下がるか飛び散るかのどちかだぞ普通。
中々有り得ない現象に驚愕しつつ襲撃されている人々を見ていると、アレは積極的に動く物に興味を惹かれるのであろうか。
「……向かってきてねぇ?」
『……来てますね』
「「わぁぁぁぁぁ!?」」
私とガラテアの悲鳴が綺麗に重なった。
こっちに向かってきた竜、凄まじい速度を発揮しながら飛ぶそれが近づいてきたので牽制でコイルガンを何発かブチ込めば、鬱陶しいと思ったのか軌道を変えはしたが旋回してまた向かってくるではないか。
翼が掠めて行ったせいでケーブルの一本が千切れ跳び、大きく傾いた。
「わぁっ!? わぁ、どうしよう!?」
「おおお、落ち着け!!」
寄ってくんなとばかりに牽制射撃を行うが、残り弾倉は三つ。どう考えても地面に辿り着く前に弾切れするし、そもそも相手が鬱陶しいだけだし我慢しようと覚悟を決めたら意味がない。
しかも、一匹が襲っているのにつられたのか追加で四匹ばかしこっちに向かってくるではないか。
あかん、このままでは折角逃げられたのに地面に叩き付けられて死ぬ。
「セレネ! もっと速度だせないのか!?」
『とっくに超過させてます!!』
となると……あ、そうだ!
「よし、跳ぶぞガラテア!」
「はぁ!? 地面までどれだけあると思ってるのさノゾム! 君は聖徒だから死なないかもしれないけど、僕は生身の人間だよ!?」
「私をなんだと思ってるんだ! 地面に激突したら普通に死ぬわ! そうじゃなくて、アレ!!」
指さしたのはエレベーター付近にあった背の高い建物。地面まではまだ数百mあるが、あれならもう50mほどの近さに達している。
ギアキャリバーのショックアブソーバーと、縦方向ではなく横方向への衝撃なら何とか耐えられるはず。
跳躍可能距離ギリギリだが、このまま集られて死ぬよりずっといいだろう。
「そんな無茶な!」
「構えろ! 二本目が切れる!!」
奇遇なことに一本目は私が向いている方を前とすると、前方右側のケーブルが切れていた。
そして、二体目の小型竜が牽制射撃なんぞ知ったことかと突撃してきているのも前方のケーブル。
翼が接触した衝撃で大きく後方に弾かれつつ切れた鋼線は、昇降機を後方へ大きく跳ね飛ばす。
そして、その反作用でブランコのように前へ。
「行くぞっ!!」
「ああああああああああ!!」
投げ出されるかの如く、エレベーターの板が地面に垂直になる前に跳躍。二機のギアキャリバーは見事に宙を舞った。
そして手近なビルにぐんぐん近づき、屋上のフェンスを前足で粉砕。
着地と同時にブレーキを掛けて車体を横に振り、進行方向と水平にとって四つの足でしっかり踏みとどまる。
それでも慣性の力は強く建材を抉り飛ばしながら横へ横へとスライドし……なんとか、転落防止柵にぶつかって止まった。
「しっ、しっ、死ぬかと思った」
「はっ、はは、生きてる、僕生きてる、何でか知らないけど生きてる」
この惑星に来てから最も強く、三至聖のご加護を感じた私は、今度聖典を三周しますと祈りを捧げるのであった…………。
【惑星探査補記】同盟関係にある国家のOSは基本的に互換関係にあるが、機械に直結することが前提の機械化人や数列自我にとっては基本的に「何か遅いんだよなコイツ……」という感想に落ち着きがち。
次回の更新は18:00頃とります。
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