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蝶番に強装モードの銃弾を二発ずつたたき込み――内鍵がなかったのだ――弱った所で蹴り飛ばせば厚みが15cmはあろうかという監禁部屋の扉が容易く倒れていった。
「なっ!?」
「お勤めご苦労! だがすまんな!!」
私は即座に部屋から飛び出し、扉の右脇に立っていた立哨の頭部に弾丸をブチ込んだ。威力を抑えるべく省エネモードにして送り出された弾は拳銃弾程度の威力しかないが、兜を重々しく打ち据えて中身の意識を刈り取るには十分だったようだ。
この強化外骨格の構造は、もうガラテアの物を見てある程度分かっているんだ。動力なしで動くことは謎のままだが、二重構造になって中に衝撃吸収剤が仕込んであるようなこともないのは分かっている。
故に貫通なんぞしなくとも、直撃さえすれば内部構造、もとい中の人を昏倒させることくらいは容易いのだ。
「異端者! 何をっ……」
そして、すかさず左側に立っていた立哨が抜剣しようとしたので、出足を抑えるべく柄頭を思いっきり叩いて強引に納刀させる。重い装甲を着るための筋力補助能力は、それだけで性能の殆どを使い切っているようで抵抗は弱く、このひ弱な丁種の肉体でも数秒稼げるのが有り難い。
「おやすみ!」
その時間でコイルガンを額に押しつけ、寝かしつけることができるのだから。
弾き飛ばされた頭は壁とぶつかって反射、壮絶な音を立てて装甲が微かに凹み、壁を砕いて地面に倒れ伏した。
やばい、やり過ぎたかな。死んでなきゃいいんだけど。
『脳波に乱れはありますがバイタルは正常。生きてますよ』
「ならよかった」
セレネが確認してくれて一安心。近接装備を奪えないかなと剣に手を伸ばしてみたが……あ、ダメだこれ、重い。
そりゃそうか、片手剣のデカさに超圧縮された40kgある金属なんだから、外骨格なしじゃ持ち上げられんわな。かといって甲冑を奪っている時間的余裕はないので、私は仕方なしに剣を諦めて腰元に帯びていたナイフをコイルガンに着剣した。
ふふふ、部族の皆だけ銃剣を持っているのはずるいと思って、コイルガン長銃身化して威力を底上げする改造を行うと同時に作って貰っていたのだよ。
剣より間合いは短いが、いざという時のCQBで役に立つから絶対欲しかったんだ。相方の似姿はどこか呆れたような雰囲気を纏いながら胸ポケットに飛び込んでいるが、理解を得ることを諦めるつもりはないぞ。
近接白兵戦は機械化人の浪漫なのだ。
「ガラテアの部屋までの最短ルートは?」
『このまま直進、それから左に行ってください』
指示通りに従えばエレベーターがあった。そして、それを守る立哨も二人。
既にさっきの戦闘音を聞きつけていた彼等は抜剣を済ませて駆けつけようとしていたのか、曲がり角で鉢合わせたので足払いをして転倒させる。そして、もう一人は急に飛び出してきた私に驚いている間に三点射撃を頭にブチ込んで暫しの休暇をプレゼント。
「しゅっ、囚人脱走! 警備レベルを……がっ!?」
転倒したもう一人の後頭部に一発ブチ込んで黙らせたが、無線を鳴らされてしまった。くそ、甲冑に内蔵してあるのを忘れていた、もっと念入りにやっておくべきだったな。
しかし流石は独房区画、セキュリティにきっちり人員を割いていやがるし、気合いも入った面子で固めているな。
弱兵なら、ここで声を上げれば殺されると思って、私が通り過ぎるまで死んだふりでもしようものだが、一瞬でも早く仲間に警告を飛ばすべく無線を使うとは。見事な仕事ぶりだ。
「これで私の脱走が知れられたかな」
『地上への道は警備が厚くなりそうですね』
「だが、流石にこの状況で皆を呼び集める訳にはいかんな」
再び外で轟音。まだあの竜が元気に暴れているのだ。台風が吹き荒れる中に飛び込ませる訳にもいかないので、皆には郊外で待機して貰うとしよう。
『ですが、ここには足が何台もあります。ガラテアを助けた後でギアキャリバーを調達しましょう』
「良い案だ」
エレベーターに辿り着けば、セレネは人形のボディからコードを延ばして操作し、あっさりロックを解除してしまった。
『お粗末ですね。二〇世紀もアップグレードされていないと我々にとってはフリーパスみたいなものですよ』
「黄道共和連合も君達を受け容れていてばよかったのにな」
警備系は船体維持の疑似知性だけが使われていて、それらの思考と計算速度は数列自我と比べれば玩具みたいなものだ。誰何の信号への応答に疑似迷路を噛ましてやれば、勝手に同じ所をぐるぐるやって、その内にリブートするしかなくなる。
『制圧完了、一五分は自問自答に忙しいですからやりたい放題です』
「よし、行くぞ」
ガラテアが拘束されているのは、ここより更に上の階だった。
しかし、落着時のコントロールを頑張ったのか奇跡が起こったのかしらないが、〝イナンナ12〟は垂直方面に落下していた良かったな。準惑星級の航宙艦ではあるが、この艦は旧人類のために誂えてやったこともあって人工重力装置によって下方向を定義するべくきちんと上下の感覚がある。
そうでなければ全ての部屋は〝ティアマト25〟の如く横を向いていたり縦を向いていたりして使い物にならなかっただろう。
僅かに上昇する感覚を覚えながら三層ほど登った後、エレベーターは止まった。
『上尉、コンソールを破壊してください。脱出時は別経路を使います』
「了解」
コントロールパネルに乱射して物理的に使えなくしたあとで跳び出せば、詰め所と思しき場所に警備はいなかった。
いや、一人いるのだが死んでいる。
「刺し傷、なるほど、彼は見張りを兼ねた護衛だった訳か」
どうやらヴァージルは相当強引な手に出ているようだな。詰め所の護衛を排除してまで慌てて殺そうとするとは。
ここの警備が死んでいるということは、ガラテア側の人間も――家族か上司か分からんが――彼女を喪いたくないと思っていることは確実。
それならば、浚ってしまったとしても交渉の札は大いに残るな。助けたということで貸しにもできるし。
「ガラテアの部屋は」
『四〇〇九号室、ここから左方に進んで角を曲がってください』
「状況は?」
『……部屋に押し入られました。お急ぎを』
どうやらガラテアは内鍵をかけたり――貴人用だからって、そんな気遣いをするのかよ――障害物を置いて時間を稼いでいたようだが、抵抗虚しく突破されてしまったらしい。
彼女も馬鹿ではない。この状況で押しかけてくる客がおだやかな理由で訪ねてくるとは考えていなかったらしく精一杯の抵抗をしてくれたようだ。
そのおかげで、私が辿り着くまでの時間ができた。
『敵は部屋の中に三! 表に二!!』
「了解!」
銃を手に全力疾走、曲がり角を曲がった瞬間に会敵したが、ちょっと予想外の光景を目にする。
敵が巨大な盾、俗にタワーシールドと呼ばれる防具を装備していたのだ。
「何者っ!?」
一人は不意討ちで倒したが、もう一人には構えられてしまい省エネモードの弾丸が虚しく装甲表面で弾けた。
クソッ、あの外骨格で持ち歩けるってことは装甲厚もさることながら、衝撃分散機構でも組み込んであるな。超スローで再生してみたところ、硬さで貫通できなかったというよりは、着弾時に盾が微妙に動いて衝撃を吸ったことからして、二枚の装甲を衝撃吸収ダンパーで挟んでいるな。
そこに盾の厚みと合わせて貫通されないよう設計されたタワーシールドは、単原子分子ブレードが主流ではない国家でよく使われていた。
黄道共和連合の装備品にもあったはずだ。基本的にあの国は、というより〝体の替えが効かない連中〟は妙に白兵戦を怖がるからな。搭載されている物を使ったか、リバースエンジニアリングでもして再現してきているのだろう。
多分、強装モードでも抜けるか怪しい。なので私はその場に釘付けにするべく速射に切り替えて敵を足止めしつつ走った。
貫通できないとはいえ、本気で蹴られたくらいの衝撃は来ているだろう。着弾時の威力で足止めして接近、肉薄した瞬間盾の横に回り込んで鍛造された銃剣を右肘の隙間にねじ込ませる。
ガラテアの鎧で隙間には単純な防刃繊維が使われていることは分かっているのだ。斬り付けられるのにはある程度耐えられても、全力での突きならば抜けることは分かっていた。
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
反射的に肉と筋が締まって刃を捕まえようとしたので、刃を抉りながら射撃。そうすると着弾部の肉が弾け飛び、肉体の反射に捕縛されかかっていた銃剣がするりと解放された。
関節を完全に破壊してしまったので、高度治療を受けないと二度と左手は使い物にならないだろうが、ここで卑劣な手を染める上司についたことを恨んでくれ。私は内心で詫びつつ兜に二発ブチ込んで盾持ちの意識を刈り取った。
「ガラテア!!」
「ノゾム……!?」
無理矢理にこじ開けられた扉に体をねじ込めば、そこには目を覆いたくなる光景が繰り広げられていた。
無理矢理に衣服を破り取られたガラテアを三人の男が組み伏しており、一人は甲冑の局部を外そうとしていたのだ。
外での戦闘音は竜が暴れている轟音にかき消されて聞こえなかったのか、暢気に外道行為を行おうとは。
許さん。
私は反射的にブチギれ、感情制御プロトコルが警告を発するのを無視してコイルガンを強装モードに。
六秒間耐えてください? つまりアレだろう? 怒りの最大持続時間は六秒だってことだから、六秒以内に皆殺しにしろってことだろ?
故に私は怒りが冷めぬ内にと、甲冑の排泄機構に想定外の仕事をさせようとしているヤツの〝汚い物〟をぶち抜いた。
「こぁっ……!?」
弾丸は怒張しつつあった〝モノ〟を縦に貫通。そのまま甲冑股間部を貫いて壁に突き立て、紅いシミを作った。
「きさっ……」
次いでガラテアの頭側に立って腕を押さえていた男の頭部にも弾丸を叩き込む。うっかり、ああ、ついうっかり強装モードを解除するのを忘れて三点バーストで弾丸を叩き込めば、頸部関節が面白おかしい方向にねじ曲がりながら仰向けに倒れた。
最後の一人……と思ったが、銃口をポイントした所で動きを止めざるを得なくなった。
「動くな異端者! 動くと殺す!!」
「……動かなくても殺す、だろう」
ガラテアの側部に立っていた男が彼女の首に刃を突きつけていたのだ。それは手首から生えた隠し武器で、組合時に使うことを想定したものだろう。彼女が着ていた甲冑には装備されていなかったが、そういうアタッチメントもあったのか。
「の、ノゾム……」
「やぁ、ガラテア、助けに来たぞ。遅くなって済まない」
あられもない格好のまま血を浴びて放心するガラテア。
しかし、参った、私の反応速度なら人質に取られる前に戮殺できると思っていたが、ノーアクションで抜ける武器があるとは。事前スペックを知っているからと言って油断しすぎたな。
「ど、どうやって来たか知らんが動くなよ異端者! 動けばこの女は死ぬ!」
「元々殺すために来たのだろう。その前にお楽しみか? 下衆め、騎士の名を以てその鎧を着ておいて恥ずかしくないのか」
どうする。既に狙いを付け終えているので頭をぶっ飛ばすのは簡単だが、倒れ方が拙いと間違いなく刃が首を両断する。
流石の極小機械群とあっても両断されればくっつけるのは不可能だ。
「撃ってくれ! ノゾム!!」
「っ…………!」
着弾の衝撃で仰向けに倒れてくれれば良いが、直前に姿勢を変えて変な方に刃が向いたら? いや、だがこのまま時間を稼がれて増援が来ても拙い。
かといってリスキーな博打は……。
「僕はっ……大丈夫だ!!」
「何ぃぃぃぃ!?」
言うやいなや、彼女は自ら首を擡げながら敵の手を掴み、そのまま刃に飛び込んだではないか!
手首のブレードは首へ水平に突き立って喉と血管を裂き、死に物狂いの力で拘束されて動けなくなる。
そして、彼女の目は私の腰元を見ていた。
……そうか! 知っているとはいえ、何と言う覚悟!!
私は彼女の胆力に感心しながら遠慮なく男の頭に弾丸をねじ込み、反動で倒れていく体から刃が抜け血が噴水のように噴出するのを見送る。
迷いなく駆け出し、傷口を圧迫。
それから、彼女が視線を送っていた私の腰元、多目的ポーチに収まっている〝治療用極小機械群〟の無針注射器を取り出すのだった…………。
【惑星探査補記】極小機械群の治療装置はあくまで簡易治療向けで、傷口を塞ぐことはできても完全に断裂した部位を繋ぐことはできない。しかし、普通なら致命傷となりうる首への刺創であっても、失血にさえ陥らなければ蘇生することは適う。
次回の更新は16:00頃となります。




