3-12
実は私、VRでは幾度も囚人になったことがあるが――何故かあの手のゲームは牢獄か墓地ら始まることが多かった――臭い飯って食ったことないんだよね。
ほら、模範的な軍人だったから営倉ってブチ込まれたことないんだ。禁制品を持ち込んだり不真面目に仕事をするより、やることさっさとやって空き時間に遊びたかったから、至極真っ当に勤めたおかげで私の経歴は真っ白を通り越してピカピカだ。
獲得した徽章は二〇を越えているし、技能章も十数個。統合軍最大の栄誉である甲種武勲章までは貰っていないが、戦闘従事記念勲章は五個以上あるし〝義体全損名誉負傷章〟だって持っている。
だからリアルで体験する初の監獄とやらにちょっと心躍っているのは内緒だ。
『上尉、流石に不謹慎かと』
「やぁ、セレネ。迂回路を見つけたか」
『入り組んでいて苦労しましたよ』
牢獄にブチ込まれるにあたって、一時セレネからの通信が途絶えたが、それも直ぐに回復した。恐らく小型の作業用ドローンを送り込んで、何処かの物理回線でもクラックして監視装置に相乗りしているのだろう。
『ですが、ここでは臭い飯は期待できそうにないですよ』
「そうだな。割と小綺麗で驚いているよ」
私がブチ込まれたのは、貴人用なのか座敷牢めいた小綺麗な牢獄であった。
部屋は格子で区切られており2/3ほどのスペースが牢獄で、後は囚人を尋問するか監視するため無機質で何もない空間になっている。
絨毯を敷かれているほど豪華ではないが綺麗に磨き上げられた木製の床と、脱走に使えないよう厳重に固定された一揃いの椅子と食事用の卓。それと簡素ながら巻き金が入ったちゃんと反発のある寝台があり、生活には苦労しないようになっていた。
そこで私は手枷に加えて走れない程度に短い鎖の付いた足枷も追加されて放置されているのだが、いい加減息苦しいので口枷は外してしまおう。
「んべっ……」
手を口元にやって、枷との隙間に唾を吐くようにすれば銀色の液体が零れ落ちた。
奥歯の一本に偽装しておいた特別製の義歯で、万能工具と同じ極小機械群から命令を受ければ形状を変える流体合金だ。
なに、士官の嗜みだよ。何かあった時に備えて奥歯を一本換装しておいたのだ。
鍵穴に差し込んで形状を変更。そのまま抉るでもなく正規にシリンダーを動かして解錠し、咽頭近くまで差し込まれていた口枷を取り除いた。
「けほっ、ごほっ」
ああ、苦しかった。自害防止も兼ねてだろうが、これ鼻呼吸が上手くできない人間だったら逆に死にかねないぞ。一体どんな嗜虐趣味者が開発したのやら。
口元に飛び散った唾液を拭いながら歯を元に戻していると、何やら部屋の前が騒がしくなった。
「何事だ?」
『扉前の監視カメラをジャックしてします。少し待ってください』
流石に手枷まで外すと怒られるかなと思って大人しく待っていると、セレネの作業が終わったのか意外な人が訪ねて来ていますよと教えてくれた。
「……どうやって外したのですか」
「企業秘密だ」
顔を白いヴェイルで覆った、あの審問の進行を司っていた真っ白な議長ではないか。
私は余裕を演出するため悠然と椅子に腰掛け、膝を組んでみせる。こういう時、足が長いと様になるよな。
「ついでに煙草も欲しいところだな」
『流石に不敬過ぎて何されるか分かりませんよ』
電波言語でぼやくとセレネから至極真っ当なことを言われたので、持ってきてくれとは言わないよ。小さな窓があるので持ち込もうと思えば持ち込めるが、流石の彼女もそこまでは尽くしてくれまい。
相方は時に、本人の役に立たないであろうことを窘めるのも仕事の一つだからな。
私の態度に呆れたのか、彼女は溜息を一つ付いて、これは無用でしたねと鍵を一つ檻の中に放ってくる。口枷の鍵だろうから、態々外す必要もなかったか。
いや、ここは超然とした雰囲気を出すため自分で外すのは間違いではないはずだ。投げ込まれた鍵を見やって笑い、折角ならと手枷も示してみたが、首を横に振られてしまった。
「で、お偉いであろうギアプリースト様が何の御用かな。生憎、この部屋では茶を振る舞うこともできなさそうだ」
「幾つか質問があって来ました。異端者。いえ……貴方は悪魔なのですか?」
「はぁ?」
悪魔? 悪魔つったらアレか、別次元から侵略してきてたまーに人界で大騒ぎしたり、人間を堕落させようと契約を持ちかけてみたり、世界を滅ぼそうとしたりするヤツ。
VRゲームでは嫌な連中も多かったから剣やショットガンで粉砕することが多かったが、私が一番気に入っていた作品では、気の良い奴もいたから連んで悪さをしたりもしたな。敢えて世界を滅ぼす悪人プレイも時折やる分にはスカッとして楽しかったので、何度か一緒に世界を滅ぼしたこともあったっけ。
ただ、現状の科学で悪魔という存在は認知されていない。
体を機械化し自我を数列化する我々の所業を悪魔と誹る国家はたまにあるが、我等は厳然とした人間だ。少なくとも人を進んで堕落させることに喜びを覚えたり、神の敵対者という〝役割〟を振られた道化でもない。
「申し訳ないが、悪魔の定義を聞きたい。こちらの言葉に不慣れで変換が上手く言っていない節もあるのでね」
「……聖典に記述があるのです。いつか、世界の終わりを、天蓋を破壊する者が現れると。それは人の似姿を取り、甘言を操り、私達に自ら進んで世界を破滅に進ませると」
そりゃまた大それた存在……というより悪魔じゃなくてテロリストなのでは? 私は内心で首を傾げながら、精一杯皮肉そうに見えるだろう表情を作った。
「だとしたら大した悪魔だ。進んで捕まって黙って拘留され、審問も我慢できかねぬ発言を聞くまでは大人しく受けた。私が知るそれより随分と謙虚なことで」
「貴方がその悪魔だと考える者は多い。錫杖もないのにギアスペルを操り、我々の命令を聞かぬギアキャリバーに跨がって、そして解体すらできないエグゾスカルを纏って現れた聖者と呼ばれる男」
「仰る通りのことができるだけで、私は人間だよお嬢さん」
お嬢さん呼ばわりに感じることがあったのか、少しムッとした気配を覚える。恐らくは、あのヴェイルの下で唇が歪んでいるのだろう。
ただ、声や微かに露出した首を見る限り、そこまで齢はいっていないと思うので、基底現実時間で二百年以上稼働している私からすれば十分お嬢さんだと思うんだがね。クロック数を上げまくった体感稼働時間だと、そろそろ千年を超えるのだし。寝ている時間も加算したら三千歳だぞ、参ったかコノヤロウ。
「それに、少なくとも聖都を破壊しようなんて考えていない。ここの居住人数は何人だい?」
「……聖都の中では十万人以上が。周辺全体を含めれば一〇〇万人が暮らしています」
わお、大都市だとは思っていたが、想像以上の人口にちょっくら驚いた。機械がある分中世ヨーロッパよりは良い生活をしているとは思っていたが、近世末期の江戸並の人口があるとは。
私が欲望を抱くとしたら、その膨大なマンパワーと天蓋聖都に残された工場群くらいのものなのだがね。
だって、壊してしまったら使えないじゃないか、折角の機材達が。殺してしまったら勿体ないじゃないか、増えるのに時間がかかる人口の力が。
我々は基本的に創造を悦ぶ存在であって、破壊にはそこまで興味はないのだよ。高次連は売られた喧嘩は可能な限り高値をつけて買う気質だし、戦争上等で銀河有数の常備軍を整備しちゃいるが、物を作っては悦に入る建築者の集団だ。
然もなくば銀河に二〇を越えるリングワールドを領有し、エネルギー抽出用のダイソンスフィアを五〇も作って、二〇個以上も地球化した惑星を他国に売るものか。
まったく、酷い勘違いもあったもんだね。
「残念ながら七桁もの大虐殺者になる趣味はないな」
「ですが聖典の外典……高位ギアプリーストにのみ明かされる書にこうあります。首に端子を持つ者は悪魔の遣いであると」
そして、貴方にはそれがあると首を指さされた。
まぁ、観察する時間は十分にあったから気づかれもするか。
しかし、体を機械化している人間を一律に悪魔か、その遣いと断言するとはちょっと妙だな。黄道共和連合は確かに旧人類系国家だが、治療のための機械化とか、器機を操作するため最低限の電脳化、それと先天性疾患治療のための遺伝子改変は受け容れていた国家だ。
そこの生き残りが態々我々を指さして悪魔呼ばわりするかね? 地球化した惑星を三つも買ってくれている大口取引先である上、艦船だってかなりの数を売却している友好国だというのに。
それにガラテアは驚いていたが、こっちにも端子を持っている人間はいるんだろう? もしかして場所が違うだけで、首にあるのが拙かったりするのか?
「そして貴方はガラテアに端子を開けましたね? 彼女から個別の聞き取りと身体調査で既に知っていますよ」
「あれは医療措置であって堕落やら何やらは関係ないのだけども……」
いや、そりゃ個人の信条が違うのは分かっているとも。機械化人の中にも義務教育空間でナチュラリストに目覚めて義体化せず目覚め、余所の国に帰化する人間だっているし、友好国の中でも我々を人間のふりをしているAIモドキ扱いする連中だっている。
ただ、聖典やらを認めて強烈に存在を否定されるほど、黄道共和連合に嫌われるようなことをした覚えはないんだけどなぁ……。
「はぁ……とりあえず、貴方は聖典を読んで大凡のことを知っていると」
「私はギアプリーストの中でも大司祭に当たります。上にいるのは枢機卿猊下のみ。いやしくも地下で活動する実質最高位の神職を務めています」
そりゃ結構。なら多少は難しい話も分かってくれるかもしれない。
「私は銀河高次思念連合体の第二二次播種船団の生き残り、待宵 望 上尉だ。機械化人といい、自我を数列化し機械の肉体に魂を宿した人類。そして、この天蓋は、その播種船団に同行していた〝イナンナ12〟の残骸だ」
思い返せば誰ぞかに正式な名乗りをするのは、目が覚めてから初めてだな。シルヴァニアンには神の伴侶として崇められ、テックゴブには〝太母〟を救った勇者として認められたが、どちらも宇宙や前文明の存在を認知していないきらいがあったので、彼等の信仰と宗教を守るため沈黙を選んだ。
だが、ここまで無礼を働かれて気遣ってやるほど、私は優しくないし人間もできていない。
「さぁ、何か質問は? 悪魔として扱うならば、悪魔らしく答えられる限りのことは答えてあげようじゃないか」
そういえば、古い伝承では悪魔は三日三夜かけて呼び出し、四日四夜かけて追い返す存在だったそうだな。
奇遇なことに聖都を肉眼で目にして今日が三日目だ。そして、悪魔に命令するのは三日目の夜。夜半というには時間も早いが、まぁオマケしてあげるとしよう。
小さく手が震える神職に頬杖を突きながら笑いかけ、私は敢えて圧縮電波言語で室内のスピーカーを鳴らした。
『大司教猊下、何なりとご命令を』
さて、この世界が始めて自分達以外の神でも何でもない人間が作ったと知ることになる彼女は、どのような反応を見せてくれるのだろうか。
いつの間にそんなに悪趣味になったのですかとセレネから咎めるような無線がとんできたが、それを無視して私は努めて好意的な笑顔を浮かべるのであった…………。
【惑星探査補記】天蓋聖都にて存在する聖典には三種類存在する。民も読める一般的な欽定訳聖典、説法をする僧が手にする原典聖典、そして高位神職のみが閲覧を許される外典である。
2024/07/26も18:00頃の更新となります。お楽しみに。




