3-11
手枷を着けられたまま連行されたのは〝イナンナ12〟の中でも居住区の中央。抜けるような空がスクリーンで展開された空間は広々としており、中世建築の合いの子めいた建物が聳えていた。
尖塔を幾本も伸ばし鋭角を多く取り込んだ構造はゴチック様式で、中世盛期を舞台にしたVRゲームでよく見られるものだが、屋根や一部のアーチは優美な弧や円を意識し豪華な装飾を纏わせた中世末期頃のバロック様式。しかも、その前庭には円形の花壇を幾つも重ねたような特徴的な庭園が広がっており、ロココ調の風情があって〝何となく良いとこどりしました〟という、考証の甘い歴史VRゲームめいた臭いがする。
いや、綺麗だけど、こう、歴史資料と照らし合わせながら遊ぶ私みたいな人間には――たまにだけど完全没入しないで遊ぶこともある――凄く適当に作ったように感じられた。
「ぼさっとしてないで歩け」
「はいはい」
衛兵に背中を突っつかれて歩速をあげさせられた。まったく、ゆっくり観光すらさせてくれんとはサービス精神が足りんよ。
しかも、建物の周囲にいるギアプリースト達は私を見てヒソヒソ話をしたり、露骨に顔をしかめたり態度が悪い。異端者が連れてこられると前情報が出回っているなら仕方がないが、気分はよくないね。
いや、それより心配なのは私より前を行かされているガラテアだった。
準備の時間があったのか正装らしき黒と銀を基調にしたゴスロリ衣装に着替えさせられている彼女は、服飾の豪奢さや拘束されていないことからしてまだ犯罪人扱いはされていないのだろう。
だが、逃げ出さないようにか両脇を騎士にガッチリ固められており、警戒されていることから状況が良くないのは明白。
彼女の心境を思うと胸がギュッとする錯覚を覚える。
不安だろう、無念だろう、悔しかろう。
かといって、私が全て〝物理的に〟解決してやる訳にもいかんから悩ましい。
「セレネ、着いてこられてるか」
『何とか。電波暗室機能が生きてる場所が幾つかあるので迂回中継しています』
そんな彼女を慮りつつ圧縮電波言語で相方に声を掛ければ、何とか繋がっている。本体ドローンは外部上空に待機させて、今は懐にコッソリ中継ドローンを呑んでいるのだ。そこから駅伝形式で中継器を幾つか挟んで通信していることもあって、累計十数秒の通信誤差があるのが気持ち悪かった。
『しかし、上尉のセンサーで世界を見るのは新鮮ですね。情報量が非常にスリムです』
「嫌味かな? 私は日々電波も熱源も見えないし、前方に限定された視界の狭さに結構苦労してるんだけど」
『嫌味ではありませんよ。弊機だったら発狂してるなというだけで』
しかし、懐に潜り込む方法が強引すぎたのかセレネが最近冷たい。ちょくちょく嫌味を言われるし、私がテンションを上げてもひんやりしたままでノってくれないし。これは全てが上首尾に運んだら何処かでご機嫌をとらねばなるまいな。
まぁ、自分の相方が一時とはいえ囚人をやるなんて心地好くはないか。
かといってなぁ、あの場で一揆を起こして聖都まで進撃とかやりたくないよ。この脆い体でそんなことやったら、どっかで一手間違っただけで死んでしまう。そんでもって、結果的にどれだけ死ぬか分かったもんじゃないぞ。
かといってガラテアに関所破りの罪を犯させるのも忍びないし、困窮している民を捨て置かせるのも良心が咎めるだろうから見ていて辛い。
そして、君は今そんな他人を気遣っている場合がないだろうと、辛い現実を突きつけるのはさしもの私でもちょっと躊躇われたし。
その結果がコレなので、思えば口苦い言葉でも言っておくべきだったかも知れないな。溌剌とした笑顔が似合う顔が曇っている様は見るに忍びないし、短く切り揃えた毛も根っこが寝ていて心なしか元気のない猫のようだ。
さて、私の弁護でガラテアがどれだけ助けられるだろうか。
「んが……」
などと思っていたら、荘厳な装飾とステンドグラスまみれの聖堂内に連れられ、何らかの待機室と思しき場所に放り込まれると同時に口枷を噛まされてしまった。スキューバダイビングのレギュレーターめいた口腔内にガボっと突っ込まれるもので、唾液こそ零れないが呻き声以外は出せない物だ。
うーん、参ったな。これでは口頭では弁護できん。
というかコレ、私の異端云々に関してはエグジエル辺境伯領やらの陰謀で既定路線が敷かれているな?
まったく、息苦しくて適わん。
『じょっ、上尉になんてことを! ゆっ、許されるなら衛星砲にアクセスしてるところですよ!?』
「止めてくれセレネ。昔配備されていたヤツなら4,500tクラス航宙爆撃杭だろう。私も蒸発してしまうよ」
『ああっ、もう! 呪われてあれ! 聖A・サトルの罰が下りますように!!』
非道な扱いに憤ってくれるのは嬉しいけど、急に殺意をマックスにされては困る。流石の〝イナンナ12〟も地上に落ちた状態では〝標準爆撃杭〟をブチ込まれたら蒸発してしまうよ。その中にいる私諸共に。
そして、それが適わないとなるや、今度はまた過激な聖人の名を借りて呪いだしたな。独得な作風で機械と人間の愛を綴ったデータが残っている聖人で、T・オサムと同じく数列自我の信徒が多い。
ともあれ聖人の名を以て呪いをかけるとは、相当怒ってるな。解決した後に怒りの嵐が吹き荒れなきゃ良いのだが。
口枷を着けられて引き立てられたのは、馬蹄状の広がりを見せるこれまた装飾過剰で派手な会議場であった。講義室のように階段状に座席が並んでいるが、席一つを大きく取っていることもあって広さに反して収容人数は五〇人ばかしとえらく少ない。
その中央、恐らく議長席と思しき演壇に一人の女性が立っていた。
一人で歩いたら絶対に裾がデロデロになりそうな、真っ白なカソック風ドレスと――肩の膨らみが大きいし、縁が凄い刺繍で彩られている――宗教的神秘性の演出か、顔を完全に隠す真っ白なヴェイルが特徴的だ。
しかし、豪奢な服装をしても肉体の起伏が全く隠せていないあたり、聖職者は騎士階級と美的感覚が違うのだろうか。ガラテアはあれだけ体の線を出すことを嫌がったというのに。
私は衛兵に小突かれながら議場の真ん中より左寄りに用意された粗雑な席に座らされ、挙げ句拘束されてしまった。これくらいなら簡単に引きちぎれるけれど、内蔵武装のない肉体で無茶苦茶するのはやめておこう。
今着ているのが甲種二型――外見は旧人類そっくの義体――だったらならぁ。腕部内蔵のブレードやら散弾やらぶっ放して「舐めてんのがゴラァ!!」と物理的反訴をしているところなんだが。
「刻限となりました。これより審問を開始します」
きぃんと一瞬ノイズが響き、室内全体にマイクを通したスピーカーの声が響き渡る。凜としているがどこか刺々しい神経質そうな声は、この催し自体が不愉快だとでも言いたげであった。
「まずは騎士ダッジの審問から入ります。事実の整理から入りましょう」
「では、小職ヴァージル・ダジルソンが代表し、経緯をご参列の皆様に説明申し上げましょう」
ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった男には覚えがあった。ガラテアがヴァージル卿と呼んでいた壮年男性のマギウスギアナイトだ。
そういえば、今更ながらガラテアって家名持ちだったんだな。貴族制度があるらしい天蓋聖都で苗字があるってことは、実は凄くお偉いさんの生まれだったのか。だから拘束されたりしていないのだ。
などと関心していたのだが、何ともまぁ耳に悪い言葉が続いたので、私は感情沈静プロトコルを発動させてできるだけ無になることにした。
これがまぁ出るわ出るわ、ありもしないことが。
此度の遠征失敗はそもそも無理があったとか、初陣で地獄に放り込まれたガラテアを一人生き延びた恥知らずだとか、挙げ句〝太母〟の掌握を異端に行わせた大罪人とか好き勝手言ってくれるな。どれだけ責任を取りたくないんだよ。
いや、近くで苦々しげな顔をしている若い騎士に――といっても、集団の中で比較的若いだけで三〇手前くらいだが――責任を取らせたいのか。
言葉尻からして、ヴァージルとやらは〝太母〟遠征に賛成していた立場とは思えないから、政敵排除に使いたいのだな。
まぁ、使える物はなんでも使うってのが政治ってもんだが、不愉快なことに違いはない。
アンタがどれだけ偉くて、どんな地位にいるか存ぜぬが、口から吐いた言葉は戻せないのだ。後で必ず痛い目みせてやるから待ってろよ。
というか、気が変わった。今すぐ痛い目見せてやる。
「以上です。何か疑問や意義のある方は……」
『異議あり』
大音響で議事堂に響き渡る私の声。唐突な爆音に皆耳を塞いで混乱した上、誰の声だと皆驚いているが、驚愕している間に畳みかけさせて貰おう。
ふふふ、ここが圧縮電波言語によるコントロールを受け着けていることは知っているのだよ。私は船員権限がないから難しいことはできないが、マイクとスピーカーを乗っ取ることくらいは簡単だ。
『私はノゾム・マツヨイ。この船〝イナンナ12〟を制作した陣営に関わった人間であり〝太母〟を異形の脅威から奪還した者だ。今の説明には悪意と語弊が多分に含まれており公正とはとてもではないが言い難い。騎士ガラテアの名誉を守るため、失礼ながら異議を唱えさせて頂く』
流石に高次連がどうこう言っても分からないだろうから、聖都を生んだ人間の関係者であることを主張して動揺を誘ってみよう。ネジ一本嵌めた訳でもないけれど、この船は高次連が売却したから軍人たる私も関係者であることに間違いはない。詭弁ではあるが嘘は吐いていないよ。
「今のはなんだ!?」
「議長! マイクを切ってくだされ! 誤作動を起こしていますぞ!!」
「誰だ! 何処から話している!!」
唐突な展開に皆、追いつけていないようなので、ここでインパクトを与えておくのは私の心証にも有利だろう。さぁ畳みかけるぞ。しかし、外部からのハックや不正アクセスをまず疑うとは。人の同胞の亡骸を用いて圧縮電波言語を使ってる割りに勉強が足りないな君達。
『さっきから諸君等の前にいるだろう。唐突に異端の咎を着せられた男だ』
全員の視線が私に突き刺さる。いいぞいいぞ、驚け驚け、これでいて軍人だったから対尋問訓練も受けているし、それと同時に〝尋問する側〟のプロトコルも仕込まれているのだ。
「衛兵! 口枷を確認しろ!!」
「何をしている! 取り押さえろ!!」
『ははは、面白いことを言う、見た通り私は椅子に大人しく拘束され、口枷だって喉が痛いほどに突き込まれているだろうに。私は今、諸君等が錫杖を使って喋っている言葉を使って話している』
ガラテアが驚いて私を見ている。すまないね、君にまで身分を偽っていて。とはいえ仕方がないことなのだよ。急に全部説明したって医者を紹介されて終わりそうな内容なんだから、円滑な人付き合いのためには誤魔化しや外連が多少はあっても許して欲しい。
『証拠を見せよう』
お、イイもんあんじゃーんと私は室内の無線をセレネ越しに感知して気付いた。
なので議事堂の電灯を落として真っ暗にし、死蔵されていたと思しき〝立体映像投影機〟を起動する。
「セレネ、アーカイブD29-H15からを」
『了解。良い具合に編集するので規定現実空間で三秒ください。あ、BGM入れましょうか?』
何でそこでノリノリになってるんだ我が相方。演出はいいよ、高高度から見た君の目と私の目、それをそのまま写してくれれば。
では、映像スタートと。
長らく使われていなかったようだが、掃除だけはきちんとされていたのか映像は鮮明で、私とガラテアが異形の血に塗れながら皆で必死に戦った光景が映し出される。
そして最も目を惹くであろう物は、唐突に空から降っていた多脚戦車の異形、名前のない怪物。
これらにマギウスギアナイトの一団は屠られたのだ。知り合いではないけれど、友人の戦友にして同じ敵と戦った人々の名誉をたかが政治のために穢されてなる物かよ。
そして〝太母〟に潜り込んでからの激戦を写し始めた頃、漸く責任を取りたくなかった一部のお偉いさんが正気を取り戻したのか戦闘音に負けないよう声を張り上げだした。
「そいつを退出させろ! 神聖な議場でなんてことを!!」
『命を懸けて戦った、そして散っていった戦士の名誉を穢して神聖とはよくいったものだ。さっきの巨大な異形を見るがよい、それを相手に壊滅するまで戦ったマギウスギアナイト達への手向けだ。ガラテアの誇りに傷付けたことを伏して詫びるがいい』
「衛兵! 急げ! 連れ出して牢に入れろ!!」
やっとこ職務を思い出した衛兵が命令に従って拘束を外し、私の襟首を引っ掴んで強引に立たせるが、もう遅い。データをアップロードして自動でループ再生するようにしておいたから、正規のコントロールルームでイジらない限りコイツは延々と再生されるのだよ。
さて、ヴァージル卿とやら、この動かぬ証拠と自分の発言の食い違い、これをどう言い訳するか見物だな。中継ドローンを残して覗き見させて貰うとするよ。
「ノゾム!!」
連れ出される私を見てガラテアが身を乗り出したので、何も心配はないと手を振っておいた。
なに、こっちには手札が何枚もある。上手いことやってやるさ…………。
【惑星探査補記】高次連の製品の多くは圧縮電波言語による音声入力を受け付ける構造になっており、外国に販売するモデルにもセキュリティは掛かっているがそのまま残されていることが多い。
2024/07/25の更新も18:00頃を予定しております。




