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3-10

 「おい、起きろ」


 暇であったので電脳の機能を落としていると、一定の衝撃を感知すれば意識を覚醒させるプロトコルが働いて目が覚めた。


 気が付くと私は馬車の上にいた。幌もない粗雑な馬車で、ギアキャリバーを粗末にしたような四脚歩行機械が牽いている席上で、ふと感動した。


 囚人スタート! 囚人スタートじゃないか!!


 下手すると親の顔より見た光景に一瞬感動したが、仮に知っている通りの展開だったら不穏極まりないよなと不謹慎な想像をしてしまった。


 逃げようとして射殺される男、落とされる首、舞い降りる竜、燃えさかる城塞。


 まぁ、それはそれで趣があるのだけど。


 「よくこの状況で眠れるな……異端者は火刑だというのに」


 「ふぁふ……寝る、食う、出すは制御できないだろう。第一、人間何時死ぬか分かったもんじゃなかろうし、心配し過ぎは損だぞ君」


 看守に起こされて、私は首をゴキリと鳴らしてこともなげに言ってのけた。


 実際、我々くらいの不老を手に入れたって、死ぬ時はあっさり死ぬのだ。


 敵主砲を受けて乗っていた艦が原子レベルで分解されても死ぬし、衛星軌道から大質量弾が降ってきても死ぬ。そして、真面目に仕事をしていても通信帯(ネット)が突如汚染されて死ぬこともある。


 私はたまたま運良く生き残ったが、何やってたって死ぬ時は死ぬんだから、覚悟して生きていた方が精神衛生上にはよろしかろうよ。


 「おっ……あれが聖都か」


 態と捕まってから二月ほど、このオンボロ露天護送車に乗せられて季節が夏に移り変わるころにやっと私は聖都に辿り着いていた。


 いやー、長かったけど便利だった。別に晒されるようなことはなかったし、飯は三食でるし、さる上王の如く猿轡を噛まされることもない。


 そして、面倒であろう数多の関所を自分で手続きすることなくスルーできた。これほど楽な旅程はそうないぞ。


 「……デカいな」


 そして、やっと次の目的地たる天蓋聖都が丘の向こうに見えてきた。


 正しく名の通り、半分から三分の一ほどに欠けた真球の上部が地面に覆い被さるように突き刺さった都市の直系は、約120kmはあるだろうか。統合軍の準衛星級航宙艦乙種三型の――三型は輸出用モデルを意味する――データ通りで、中央辺りから割れて地上に軟着陸したのか、斜めに傾いて正しく街の天蓋として聳えている。


 見たところ規則的な割れ方をしているので、落着時に損傷したというより、惑星を傷付けないよう自壊プロトコルを発動させながら地表に落ちたと見える。一辺が数kmはある巨大な破片が周囲に突き立っており、その一つ一つにへばり付いて寄生するように建物が建っていた。


 『上尉、間違いありません。やはりあれは〝イナンナ12〟です』


 艦船のシルエットを観察し、更に高空域を見つからないように着いてきてくれているセレネからの通信であれが〝イナンナ12〟の残骸、その上半分であることが証明された。あの落ち方をして全損していないということは、完全球形の船体下部にある推進装置を噴かせるだけ噴かせた後に吹っ飛ばして減速。あとは抗重力ユニットを全力稼働させてソフトランディングを試みたのだろう。


 上手く行ってよかったな。月の1/30程もある大きさの準衛星級艦艇が落着したら、下手したら地上が滅んでいただろう。良くて第二の氷河期到来ってところだな。


 あと、あれが黄道共和連合に売った乙種だったのも幸運だったといえる。


 同じく第二二次播種船団に随行していた〝惑星級母艦〟だったら、テラ16th自体が木っ端微塵になっていただろうから。


 地母神の名を冠する地上に落ちてきた艦艇の残骸周辺には薄い都市圏が広がっており、パッと見ただけで数百万人が暮らしていることが想像できた。セレネの光学センサーが最大望遠で見せてくれた街並みは金属と煉瓦が組み合って奇妙な調和を見せており、ファンタジーVRオタクの感性を擽ってくる。


 ああ、あの街の中には何千のクエストが眠っているのだろうと。


 『……ダメですね、一切の通信に応じません。完全に破損しているのか、制御系が自閉モードにあるのか分かりませんが、外から働きかけることは不可能です』


 「そうか、それは残念だ。偵察ドローンを送り込むことは?」


 『可能です。防諜機能は死んでいるようですね。ドローンの一機も飛んでいませんし』


 「なら手間を掛けて悪いけど、ひとっ走り頼むよ」


 相方に頼みつつ、そういえば離脱させたシルヴァニアンとテックゴブ達は今どの辺かと聞いてみた。


 人通りの少ない所を群狼を使って追従してきているようで、60km南の丘陵に隠れているそうだ。死角に潜んで追いかけ続けているようで、いつ私の奪還命令が下るのかを今か今かと待っているらしい。


 ただ、彼等には申し訳ないが、もう少し待って貰わねばならない。


 私はあそこに用があって、簡単に中に入れそうだから囚人になったのだ。


 ああ、囚人といえばガラテアも捕まってしまっているようだが、彼女の待遇は私ほど悪くなかった。マギウスギアナイトの称号を剥奪されたとかでもないようで、前方を自走する箱馬車に入れられて大人しくしていた。


 心労をかけて悪いとは思っているが、これが最短ルートだから我慢して欲しい。


 それに、こういう物言いは悪いと思うのだけど、どのみち彼女には尋問と法廷が待っていると思うのだ。


 何せ大隊規模の遠征隊で唯一生き残った時点で、お偉いさんが責任を取るのを嫌がって全ての咎を彼女に被せようとするのは想像に難くない。


 それに、あれだけの犠牲をだして結局〝太母〟はテックゴブの物になってしまったのだ。


 その上、私に聖なる工場を勝手に使わせていたとあっては普通にスリーアウトってところだろうから。


 勿論、何とかしてやるつもりではある。これでいて勝算があるのだ。


 あれだけの構造物が綺麗な状態で残っているのであれば、宇宙の状況もある程度は正確に伝わっているだろう。文字を持たないシルヴァニアン達が五〇〇年も前のティシーが残した遺言を性格に口伝できたのだから、統合軍の情報くらい渡っているに違いない。


 統治形態からして一部の特権階級が独占しているであろうことは想定できるが、逆に彼等と接触さえできれば上手く行く。私が持っているセキュリティクリアランスと軍籍コードで色々できると交渉さえ適えば、ある程度はお願いを聞いて貰えよう。


 それでガラテアの助命と努力を認めて貰って、〝イナンナ12〟が墜落した時の情報を探れれば惑星の探索はぐっと進むはず!


 小さく拳を握って皮算用をしていると、ふと聖都の郊外に聳える残骸以外の立体物を見つけた。


 長くその場に留まっていたせいか苔生しているが、あれは……。


 「テイタン!!」


 「うおっ!? 急に大声を出すな!!」


 見かけた物に驚いて思わず声が出たせいで、看守から警杖で殴られてしまったが、あれは機動兵器だ。


 頭頂高10m、総重量300tオーバー、膨大な出力と圧倒的ペイロードによる大量の武装によって地上を支配していた陸戦の王者。


 機動兵器だ。


 その中でもあれは私の電脳にカタログが載っている。黄道共和連合の正式採用型中量級機動兵器ティタン-2 TypeG。1G下にある惑星表面上での活動を前提においた陸戦兵器じゃないか。


 「なんであんなところに……」


 「テイタン……? 異端め、守護神様を勝手な名で呼ぶな。あれは八〇〇年前に竜を撃退し、聖都を守った大英雄だぞ」


 英雄? と首を傾げると、黙って馬車に乗っているのも暇だったのか看守が色々と話してくれた。


 曰く、機械神の導きで神祖が大地に降臨して暫くは平和であったが、ある時邪念を持つ者のせいで東の大地から怪物が湧くようになったそうだ。


 聖都が危難に陥った際、神は救い主として守護神を差し向け竜を撃退。その激戦によって活動を止めてしまったものの、今もああやって聖都を見守ってくれているという。


 神話の信憑性はともかく、感動だ、本当に感動だ。


 私は元々機甲科連隊の人間で、郷土防衛隊から統合軍に移籍した後はずっと機動兵器乗りだったんだ。かつて戦場を駆け抜けた愛機とは違うけれど、この異世界のように変貌してしまった世界でまたまみえることができようとは。


 「見ろセレネ、凄いぞ! あれは生きてるかなぁ!!」


 『熱源反応なし。接近してスキャンしないと分かりませんが、機能停止して随分になるようですね。カタログスペック通りならとっくに耐用年数を過ぎているはずですが……』


 テンションが上がっている私を余所にセレネの反応は冷淡だった。何だよ、サポート役として同乗して一緒に戦った仲じゃないか。懐かしい兵器の親戚に感慨を覚えたりしないのかよ。


 『我々は機械人の方々ほど巨大ロボットに思い入れがないので』


 「冷たいな……あれだけ戦闘継続力に優れた構造はないってのに」


 ちょっと寂しさを覚えながらテイタンを見送ると、我々は半日ほどで聖都に入った。


 ……外から見ると活気のある街のように見えたが、中に入ってみると存外そうでもないな。人々は時折空を見上げて憂鬱そうにしているし、堂々と露天を出している店も少ない。


 それに文明レベルも思ったより高くないようだ。店先に冷蔵庫を並べて生鮮食品や冷凍食品を売っていることもなければ、機械を商っているような店も見当たらない。


 何と言うか、外見がSFしているだけで中身がファンタジーという奇妙なチグハグさを感じる。


 「あまりキョロキョロするな異端者」


 「おっと、失礼」


 叱られたので大人しく俯いて、セレネが飛ばした監視ドローンの方に視界を飛ばす。


 『上尉、どうやら街は多層構造で外縁部に済んでいるのは貧しい人々のようです』


 「そうなのかい?」


 『〝イナンナ12〟内部で生き残っている居住区に住んでいる人々はそうではなさそうなのですが』


 偵察したところ、天蓋聖都の市民階級は三つに分けられそうだった。


 まず最下層、私が今連れられている〝イナンナ12〟外縁部に作られた街は貧民や単純労働従事者の街で、電気は来ているようだが文明の痕跡は少ない。精々、ポツポツと立てられた街灯くらいのもので寂しい限りだ。生活レベルで言えば荘園の人々と大差あるまい。ただ仕事が都市部で行う物に代わっただけだ。


 次に天蓋下であるが、墜落した〝イナンナ12〟の上部構造物は口を開けた貝のように斜めを向いており、その下の日光が入らない部分にも街があるが、こちらは鉄筋コンクリート製と思しき近代的な建物が建ち並んでおり、なんと〝路面電車〟が走っているではないか。


 車両こそ少ないもののバッテリー式と思しき原付と自転車の合いの子めいた乗り物も走り回っていて、街灯の数も段違いでここだけ質が一段違う。


 そして最後に天蓋内部の居住区画。ここは方々が隔壁で閉鎖されているせいで偵察ドローンが入り込める場所が少ないのだが、栄えている下の町と比べても雲泥の差があった。


 広い個室、コテージめいた一軒家が建ち並ぶ広い空間、それに何の意図があってか分からないが方々に立てられた宗教的建築物。


 船に異様なまでに空間的余裕を持って建てられた空隙を利用して作られた、旧人類が運用する船特有の実に贅沢な生活空間。


 これでも彼等からすると必要最低限らしいので、機械化人である私には理解し難いものだ。


 喩え棺桶めいた休眠ポッドが置いてあるだけの三畳間であっても、仮想空間に繋がれば惑星一つを自由に使える我々には、基底現実でそこまでの広さを誰も求めない。士官は威厳のため結構広い部屋を与えられるのだが、それでも如何に準惑星級といえども船内に戸建て住宅を建てる神経が良く分からなかった。


 宇宙は広大で過酷な所なのだ。そこに漕ぎ出すのための船に無駄な空間を作りまくるとは、正直何を考えているか理解しかねる。


 ともあれ、その空間を使って上層の人間はいい生活をしていると。


 うーん……実はこの世界、ファンタジーだと思っていたらディストピアだった……?


 悩んでいる間に馬車は淡々と進み、やがて天蓋の縁に到着して止まった。


 しかし、これだけデカイ建造物の下に街を作るとか正気かと思ったが、以外と方々から柱が伸びているし、大型照明で明かりは確保されているのだな。上がガッツリ空いていることもあって、住み心地は存外悪くないのかもしれない。


 「これが例の異端者か」


 「はい、助祭様」


 都市構造に感心していると、一人の男が護衛の騎士を伴ってやって来た。エグジエル辺境伯領で出会ったギアプリーストよりは幾分質素な姿をしているが、同じくしゃれこうべを頂いた悪趣味な錫杖を抱えた僧だ。


 泰然と構えて愛想笑いの一つしてみれば、何か気に食わなかったのか彼は眉を潜めて錫杖を振る。


 すると、不思議なことに声が聞こえた。


 電波の音だ。頭蓋が空気に触れて特殊な電波を発し、圧縮電波言語として撒き散らされている。


 『降りろ』


 これは私に命じている声ではなかった。電波言語を受け取った昇降機が遙か上空より軋みを上げながら降ってくるのだ。


 待てよ、ということはあの頭蓋には我々の言語発生装置が組み込まれていて、振る仕草によって鳴る音、つまり言葉が変わるようになっているってコトだよな。


 ってことは、飾りじゃなくて機械化人の脳殻じゃねーかアレ!!


 な、何と言うスタイリッシュ死体損壊。


 しれっと恐ろしいことをやってのける連中に驚愕して、私は昇降機が数百mを登っていく感覚を感じているどころではなかった…………。




【Tips】ギアプリーストの錫杖。千年前より伝わる〝機械に命令を下す〟伝統的な祭具で、今では新造することができなくなっているため貴重な遺物として扱われている。

いつも感想ありがとうございます。おかげで筆がよく走ります。


2024/07/24も18:00頃の更新を予定しております。

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Oh…なんつー尊厳破壊…
スタイリッシュ死体損壊に噴き出しました。
[一言] うわー、碌な場所じゃないな
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