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3-9

 私は基本的にファンタジーが好きだが、意外と雑食で何でもやる。


 だから日本を舞台にした幕末のゲームもボチボチ遊んだのだが――殺陣アクションゲームなのが琴線に触れたのだ――その中でお札が降ったというイベントがある。


 さる高名な神社に天からお札が降ってきたと聞いた民衆が、これは慶事の前触れだとして行列を組んで大騒ぎし始めたできごとであり、一種の民衆運動にまで発展した。


 今の状況は、どことなくそれと似ていた。


 「おお、聖者様じゃ! ありがたやありがたや」


 「ささ、こちらへどうぞ! 細やかながら酒肴を用意しております!」


 「なので是非とも、我が荘のヨツアシにもご加護を……」


 その活動は〝ええじゃないか〟として伝わっており、一揆だの打ち壊しだのを誘発したのだが、そうならないことを祈るばかりだ。


 さて、元々ガラテアが困っている荘園の代表者を集めて嘆願に行こうと集め始めた集団は、いつの間にやら凄まじい量に膨れ上がっていた。


 最初はブルクトマナーからフレドリックだけが着いてきたのだが、その隣のブレッドリーヴ荘で三台のヨツアシことサヴェッジ-45 TypeB汎用ワークローダーを直してやったらお祭り騒ぎになって――因みに故障の原因は簡単なソフトウェアのバグだった――五人も着いてくることになった。


 一人は嘆願要員で名主の息子、残り四人は騎士様と聖者様にお付きの一人や二人いなきゃ格好がつくまいと名主が女性を四人も寄越してきたのだ。


 これには私も困り果てたが、ガラテア的に同性のお付きは欲しかったらしく、彼女のお願いを聞いて受け容れることになった。本来、マギウスギアナイトには従兵が一人与えられていて、生活はその者に任せることになっていたらしいのだ。


 今まではシルヴァニアン達にお願いしていたのだが、体格差がありすぎてお互いに困っていたようなので仕方ないかと認めてしまった。


 多分、ここが分岐点だったのだろう。せめて私の分はテックゴブとシルヴァニアン達がいるからと断るべきだった。


 次に訪ねた荘園でも有機転換炉の不具合と農耕機具を幾つか直してやったら、護衛がたったの二〇人足らずでは心許ないと槍を持った農兵を七人も寄越されて、その更に次では女性を宛がわれそうになった。


 いや、焦ったね、体は義体だから〝致す〟ことはできたとしても、急にそんなこと言われたって困るわ。荘一番の美人だから何だってんだよ本当に。私に何をさせたいんだ。


 こういうことが続きに続き、気が付いたら馬車まで引っ張り出されて同行人数百越えの凄まじい集団になってしまった訳だ。


 大丈夫だよなコレ。私、一揆とか御所巻きの首謀者と思って吊されたりしないよな?


 そんな風にビクビクしながら方々の荘園に立ち寄りつつ、私達はエグジエル辺境伯領の州都に入った。


 「以外と牧歌的だな」


 『上尉、融合路の反応があります。小型融合路が街の中心部に』


 「はぁ?」


 何じゃそりゃと思って先行偵察してもらっていたセレネの視界を借りると、背の低い柵に守られた人口八千人規模の中規模都市の空撮映像が飛び込んできた。


 二階から三階建ての石造りや木造建築が多い街は中心部に向かって行くにつれて金属製の前近代的な建物が増えいくのだが、やはり牧歌的で〝工都〟という別名が似合わない。


 そんな州都の真ん中には、防御施設なのか単なるモニュメントなのか堀に囲まれた城館がある。恐らくあれがエグジエル辺境伯領の館であろう。


 ただ、その町はただならぬ雰囲気に包まれていた。


 戦に備えて防備を固めているとかではない。


 完全にお祭りムードになっていた。


 街のそこかしこが横断幕やら何やらで飾られて、通りには大道芸人や屋台に露天商が群れを成し大賑わい。道行く人々も笑顔で何やら楽しそうにしており、今から催し物でも始まるかのような空気であった。


 「何だコレ」


 『偵察用ドローンを下ろして情報を拾ってみます』


 「頼むよ」


 セレネが母機から中継ドローンを改造した小型の情報収集ドローンを飛ばして人々の話を拾って要約するに、どうやら〝太母を手に入れた英雄の凱旋〟として話が伝わっているらしく、街では歓迎の祭りが催されているようだった。


 ただ、ちょっと嫌な予感がする。街の中には立哨も多く、和やかな雰囲気の割りに警戒がガチっぽくて剣呑だ。


 そこで、私はピーターとリデルバーディを呼び出した。


 〔どうなさいました、ノゾム様〕


 [なんだ、ついに人を見世物のように珍しげに見てくる連中を追い払ってくれるのか?]


 二人とも訝りながら呼び出しに応じてくれたので、人混みから離れて小声で命じた。


 ギアキャリバー全機を連れて、少しの間隊列から離れて入市しないようにと。


 [それでは族長の護衛がいなくなる! ■■■したか!]


 [万が一を考えて、自由に動ける戦力が欲しい。頼むよ]


 [だが……]


 [私のカンは能く当たるんだ。太母奪還だって上手く行っただろう?]


 信じろというと、リデルバーディはカメラアイを収縮させて些か不満さを表明した後、戦士達を説得してくると隊から離れた。


 〔ですがノゾム様、せめてお付きの私くらい……〕


 〔あまりこういうことを言いたくないが、人間の街でシルヴァニアンの地位は低い。というより……〕


 〔行ったことがないので勝手が分かりません〕


 つまりそういうことだと説き伏せて、私は自分とガラテアの群狼以外を密かに車列から逃がした。周りの人間には斥候に行かせたと言えば、無条件で信じてくれて助かった。


 さて、後は鬼が出るか蛇が出るか。


 「僕はマギウスギアナイトのガラテア! 通されたし!!」


 「お待ちしておりました! さぁ、どうぞ!!」


 門衛はガラテアの名乗りを聞いて道を空け、我々をあっさりと大通りへと通す。


 するとどうだ、歓声が爆発し方々から花吹雪が散ってくる。


 これではまるで凱旋将軍か何かではないか。


 「ガラテア、この歓迎っぷりはどういうことだ?」


 「〝太母〟は数百年前に一度、辺境域に大量の異形を溢れさせて恐れられていたからね。歓迎も当然だと思うよ」


 ああ、そうか、たしかに氾濫の報を聞いたシルヴァニアン達は戦の準備をしようとしていたから、アレって森の中で留まる訳じゃないんんだよな。


 ということは、何百年か前のテックゴブは鎮圧に失敗するか逃げ散るかして、その災禍がこの辺にまで及んで今までも恐れられていたと。


 それならば、まるでではなく文字通り凱旋将軍な訳だ。


 街の民から歓迎を受けながら進んでいると、城館から数機の騎影が跳び出してきた。


 おお、あれがギアキャリバーか。たしかに群狼と似ている……というか、星外輸出用の廉価品(モンキーモデル)じゃないか。黄道共和連合に提供されたセントール-02 TypeAだ。群狼から装輪機能を省いて整備性と生産性を高め、ついでに疑似知性を抜いた――黄道共和連合は、AIは艦船以外での使用を最低限にしていたのだ――モンキーモデルは何度も戦場で見ているので見間違いようがなかった。


 やはり墜落したのは〝イナンナ12〟で、その設備の大半は生きている。これは勝ちの目が見えてきたぞと私はニヤリと笑う。


 「ガラテア様ですね! 先導に参りました!」


 「ご苦労!!」


 出迎えにやって来たのは四機のギアキャリバーに跨がった騎士。その甲冑はかつてガラテアが着ていたものと似ているので、彼女の同僚であるのだろう。


 私達は彼等に導かれて歓迎の元に館へと招き入れられ……。


 同時、刃を突きつけられた。


 「……超高圧ブレード」


 館の内部に入ると同時、熱源を感知していたが護衛だろうと思っていた彼等は突如抜剣し私の首に刃を突きつけてきた。四方を囲まれ、艶のない黒い刀身が皮膚に食い込むギリギリで首沿わされている。


 こいつは超高圧ブレードだな。単原子分子ブレードとは逆の発想で〝超高圧鍛造〟された刃で分子密度が極端に高い合金で生成されており、刃渡り85cm程の軍用片刃剣に見えて40kg近い重さがある怪物だ。


 薄さに鋭さと剛性が同居しており、対単分子原子ブレード塗膜が施された甲冑であっても、コイツならばカボチャのようにたたき割れる。軍用規格の脳殻を一撃で割るのは無理だが、何度も何度も振り下ろせば破壊できるであろう。


 「それに対義体機械弓か」


 そして、正面エントランス吹き抜けの二階で構えられているのは複雑な円弧を描く機械弓。弓本体が〝軌道エレベーター〟にも使われる高密度炭素繊維で構築されている強弓であるのみならず、弦に接続された流体モーターで常人では動かすことのできない弦を軽々と引いてみせる化物弓。


 その威力は砲弾に等しく、鏃を選択することで船内を傷付けず軍用義体をも無力化できる旧人類圏が機械化人を殺すために作った武器だ。


 〝イナンナ12〟の乗員が黄道共和連合の人間であったというのなら、船内に製造プラントがあるのも納得できる。どちらも我々に白兵戦で理論上は対抗できる上に、大量生産が可能であったため落着後も使われ続けていたということか。


 しかし、どちらも動力がなければ――そもそも鎧に動力積んでないし――真面に扱えないはずだが。これを生身で装備できるからこそのマギウスギアナイトとでもいうのだろうか。


 「なるほど、これが聖剣と聖弓。そりゃ生半可な火薬式銃が廃れる訳だ」


 『言ってる場合ですか上尉! どちらも第二種致命兵装です! 対応を!!』


 「まぁ待てセレネ」


 突如として無礼にも構えられた武器に、私は敵対の意志がないと示すようゆるゆる手を挙げた。


 この状況からでも何とでもなるのだが、面白くなってきたじゃないか。


 「何をする無礼者! 刃を下ろせ! その者は……」


 「何が無礼か騎士ガラテア・ダッジ!!」


 武装から見るにマギウスギアナイトと思しき包囲者に武器を下ろさせようとしたガラテアであるが、彼女を上段から叱責する声があった。


 弓箭兵の後ろに、庇われるように三人の男達が射た。


 一人はでっぷり太った禿頭の男で、着ている服装の――体にピッタリ沿うダブレットと対照的に裾に向かって膨らんだズボン――刺繍塗れな豪奢さから察するに、彼がこの地の支配者であらせられるエグジエル辺境伯領閣下その人であろう。


 一方でガラテアを怒鳴りつけたのは壮年で髭面の旧人類。こちらは菱形の装甲を各所で組み合わせたマギウスギアナイトの甲冑を着ていることから身分は明白だ。


 「なっ、ヴァージル卿!! 何故このような辺境に!? それに、この仕儀は何事ですか! 彼は僕の……」


 「太母なる神の遺物を占有し、ギアプリースト以外触れてはならぬ領域に触れた異端者に刃を向けずして何が騎士か!! お前は今まで何をしていた!!」


 「その報告のためここに上がったのです!!」


 最後にヴァージルという名らしい騎士の隣でニタニタ笑っている、これまた太った男。服装はキリスト教のキャソックに似ているがダブルボタンかつ襟高の構造で、残念ながらデブに似合う意匠ではなかった。


 手には……頭蓋? なんでか知らんが人間の頭骨を模した装飾を頂く錫杖を持っていることからして、アレがギアプリーストとやらであろう。


 「聖者と呼ばれてのぼせ上がり、軍勢を率いて工都まで上がってきたその者を見逃すわけにはいかん! 異端として聖都へ連行する!!」


 「そっ、そんな! 何を根拠に!!」


 「今集まっている者達、そしてその者が纏っている具足に乗っているギアキャリバーがいい証拠ですよ信徒ガラテア」


 深みのあるいい声だが微妙にネットリとして気持ちの悪い声をギアプリーストが発した。


 ははーん、読めてきたぞ。


 大方、聖戦のためとかいって私腹を肥やしまくっていたんだろうな。


 構造としては領主が触れを出して徴税権を発動し、税額が多いところにはギアプリーストを派遣して、そうでないところではごま油を絞るように延々と搾り取って人を惜しむ。そして、向こうから泣き付いてきたら多額の賄賂を代価に金を絞る。


 政治と軍、宗教が手を組んだ時によく起こるアレだ。


 「ですが彼は! ノゾムは!!」


 「騎士ガラテア・ダッジ! それ以上かばい立てするなら君も異端と疑わねばならなくなるぞ!!」


 そして、何とかして〝太母〟を解放した功績を自分達の物にしたいと画策して、私を異端者として聖都に送りつけ、唯一の生き残りであり殊勲賞を受け取るに相応しい騎士を弾劾すると。


 うーん、ちっちぇぇ陰謀だ。


 『上尉、どうなさるつもりですか』


 「まぁ、焦るなよセレネ。こう考えれば得だ」


 聖都まで一直線の特急券を手に入れたと思えば、まぁ時間節約にもなって悪くない。


 私は無線でシルヴァニアンとテックゴブ達に身を潜めるよう命じ、暫く虜囚の身を味わうことにした…………。




【惑星探査補記】対機械化人兵装。脳殻が無事なら何度でも戦場に舞い戻って戦闘経験を蓄積する、一種の不死性を持つ機械化人に対して何とか旧人類系の一派が対抗しようとして作り出した武器。


 その殆どは大質量によって脳殻を完全破壊することを主眼においており、原始的でありながら非常に効率的である。     

申し訳ありません、機械妖精への祈祷が足りなかったのか回線が落ちて更新できませんでした。

明日、ギアプリーストが来て点検してくれるらしいです。


2024/07/23も18:00頃の更新ができるよう祈っております。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] おやおや、隅々まで探索し尽くすマッパーとは思えない特急選択だなんて!? …読み物としてしゃーない(というか必須)ですが.ちょっとモヤる
[一言] いや普通に自分で行く方が数倍早いと思います。話の都合上それだと都合が悪いのでしょうが・・・
[一言] 虜囚の身として聖都に行くのは危ないんじゃないですかね。聖都としても多分望が消えたほうが都合にいいし
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