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3-8

 ドルン、と景気のいい音を立てて機械鋸、つまるところのチェーンソーが軽快に回った。


 エンジンはバッテリー駆動で刃は超硬質複合合金製、これといって特別なところのない林業用機具は機嫌良さそうに甲高い音を立てて刃を回転させている。


 「おっ、おぉぉぉぉ! スゲェェェ!!」


 フレドリックは何やら興奮しているが、別に高度なことはしていない。本体外殻を開いて、断線していたコードを幾つか繋ぎ治しただけで機械鋸は正常に稼働した。


 しかし、私が何より不思議であったのは、これが〝経年劣化〟で完全に朽ち果てていないことだ。


 素材は鋼と簡単な複合材からなっており、極小機械群を塗布するなどの特別な処置は何もされていない。


 にも拘わらず、型番の後に刻まれたコードに従えば、このチェーンソーは千年前に製造されたことになっているのだ。


 「……個人的に千年保ってるこの機械の方が凄いと思うんだが」


 壊れているにしても簡単な手作業で直る程度に収まっているコレが、破損する前は千年ずっと働いてきて、消耗しやすい刃部の交換をしたことがないということにも驚きだ。


 テックゴブ達が祈祷と踊りで〝聖槍〟を稼働させていたように、もしかしてこの惑星には魔法って物が存在しているのではなかろうか。


 三至聖が一人、A・C2、あるいは聖A・C・クラークは、こう遺した。


 高度に発展した科学は魔法と区別が付かないと。


 ただ、それはあくまで紀元前の人間にとってライターで火を付けることが魔法に等しいと言いたいだけであって、科学技術の塊が特に複雑な加工なしで千年保つこととは訳が違うと思うのだ。


 やはり、この惑星では規定現実空間とは異なることが起こっている。


 然もなくば、我々がおっかなびっくりブラックホールの縁で事象の地平線に呑まれないよう注意しながら作っている、超高重力環境がなければ作れない光子結晶を自然分娩で産まれる種族が産まれながらにして宿していて堪るかという話なのだから。


 「アンタ、機械妖精と話ができるのか!!」


 「まぁ、遺構育ちでね。こういうのには強いんだ。他に壊れている物はあるか?」


 「全部だよ全部! あっ、そうだ、この刈払機を見てくれよ!!」


 エンジンを止めて刈払機を見せて貰うと、これもまた簡単な断線とモーターに異物が入ったことによって止まっているだけだった。パネルを開いてコードを直し、モーターに圧縮空気を吹きかけて綺麗にしてやるだけで動き出す。後は油を差してやれば、良い感じに現役復帰するであろう。


 「すげぇ! これで冬が越せる!!」


 「……待てよ、ということは、この有機転換炉も千年動いているのか?」


 重低音を奏でながら村落に電気を提供している炉を興味深く観察してみると、やはり製造番号と製品コードがARタグで書いてあった。


 商品名はソル98-2汎用有機転換炉。


 って、これ高次連規格じゃないな、旧地球系の〝黄道共和連合〟の――太陽系なんて放棄されて久しいのにお笑いの名前だろう?――製品だ。


 ああ、そうか、〝イナンナ12〟は我々が建造したが共和連合に売り払った艦艇でもあるので、内部に積載されている立体成形機に記録された機械の設計図が全然違うのか。


 だとしても、こんなものが極小機械群もなしに千年保つ? そりゃおかしいだろ。私の甲種一型義体でさえ、とっくに耐用年数を超えてしまっているというのに、なんで硬質複合プラスチックと合金の塊が朽ちていないのだ。


 これぞ正しく魔法ではないか。


 もう何代も訪ねて来ていないらしいが、ギアプリーストとやらが捧げる祈祷のおかげとでも言うのだったら、それこそ私はこの惑星の調査をより緊密に行う必要が出てきた。


 〝現実解変能力〟とかがデフォルトで、この惑星に発生した人類に備わっているとしたら、それはある意味で宇宙的な脅威と言えるからな。


 いや、実際いるんだよ量子とか何やらに自前の脳で干渉して現実をねじ曲げる能力を持ったヤツって。旧地球系の炭素基系人類に多いんだけど、正しく魔法としか言えない技術を〝カン〟とか〝なんとなく〟で使うから危ないったらないし、最終的に独善的な理想郷を作りたがるから性質が悪い。


 第四次旧太陽系紛争でも現実解変能力者が引き金になって、計十七カ国の星間国家が関わる大騒動に発展してたっけ。


 ありゃ勿体なかった。我々は関わってられるかと静観していたが、総死者数二千万人くらいだっけ? 命を何だと思ってるんだと思いながら、外宇宙から数時間のタイムラグがある戦闘をポップコーン片手に観戦していたのを覚えているよ。


 「なぁなぁ! 機械鋸を直せるなら粉砕機も直せないか!?」


 「ん? ああ、これは分解整備しないといけないヤツだな。木片がそこら辺に噛みまくって止まってるだけじゃないか。古い油も固まってるな」


 興奮気味に指さされるのはウッドチッパー、要は木を細かな木片に変えることで有機転換炉の発電効率を上げる効果がある。トウモロコシの方が燃費は良いが、あれはバイオ燃料化する物でも工夫すれば食えなくもないので――味は相当酷いと聞くが――本当に限界ギリギリで電力を賄っていたのだな。


 「まぁ、どうせ暇だから直す分には構わないよ。それより、冬を越せないってどれだけ酷い状態なんだ?」


 「食い物はあるんだが、この辺は冬になると酷く冷え込むんだ。北に山があんだろ? あそこから風が凄く吹き込んできてえれーことになる」


 言われてみれば、彼が着ている襯衣の袷は体の中央ではなく左側に寄っているし、今は捲っている袖ボタンも体側ではなく後ろ向きに着いている。寒冷地に住んでいる人間特有の服飾構造だ。


 なんでこうなっているかというと、袷が正面にあると風を前から受けた時に服の隙間から冷気が入り込んで、汗が凍結して凍死するからである。VRゲームで学んだ知識がこんなところで役に立つとは。


 「しかも、雪は殆ど降らねぇが凍り付きそうな小雨や霙が降ってきてよ。暖房が真面に動かねぇと死んじまう」


 「けど、このままだと有機転換炉の効率が落ちて全戸に暖房がいかなくなると」


 そりゃ確かに死活問題だな。荘園全体で黙って凍り付いて死ぬか、一か八かに賭けて馬車強盗を試みるか、自分が同じ立場にいれば悩んだろう。


 「去年も結局、聖戦がどうとかで増税の御触れが来てよ。玉米を召し上げられて、斧で切った木と刈払機で刈った草で誤魔化してたんだ。だが、粉砕機までイカレちまっていよいよかと思った」


 「それは難儀だったな」


 電源がちゃんと切れていることを確認してから万能工具でウッドチッパーを分解し、汚れを拭って可動部を綺麗にしていく。フレドリックにも手伝わせて重い歯をえっちらおっちら持ち上げて組み上げれば、三〇分ほどで何とか正常稼働するようにまで持って行けた。


 どうせなら、ちゃんとした機械油を差したかったんだがな。まぁ、ないよりマシだから穀物油で誤魔化しておいた。


 「おおー……すげぇ、あんたマジですげぇよ! あれだ、聖典でいう聖人なんじゃないか!?」


 神の番、勇者、太母の伴侶ときて次は聖人か。この調子でいくと次は神様か?


 「私はそんな大したもんじゃない。ただの兵士さ」


 「兵士? でもそんな横柄にみえないし……」


 「何を言ってる? 軍人は醜の御楯。公僕の最前線にして最も最初に死ぬ義務を負った市民の盾だぞ」


 それがなんで横柄に振る舞うんだ。まるで価値観が分からん。


 だが、ここら辺の人間に触れて文化を学ぶのは丁度良いな。聖都に言ってから的外れなことを連発して異端扱いされたくないし。


 私は実質異世界転生を果たしたような状況にあるが「俺また何かやっちゃいました?」と無自覚に無茶苦茶なことをして周りを引っかき回したくはないのだ。


 あと、王様にタメ口訊くような非常識な真似もな。


 「な、なぁ、ここの機械全部治してくれとは言わないけどよ、よかったら隣荘の連中も助けてやっちゃくれねぇか?」


 「隣の荘園? 何でだ?」


 「俺の姉貴が嫁に行ってるんだが、こないだ来た便りで随分苦労してるみたいでさ。そこは富農の荘なんだけど、ヨツアシが止まっちまったとかで」


 ヨツアシとやらはどうやらワークローダーの農民呼称のようで、機械小屋の片隅で沈黙しているローダーを指さしてフレドリックは表情を曇らせた。


 「俺らんところは開墾も最悪手作業でできるんだけど、姉貴が嫁に行ったブレッドリーヴは拡張を続けてる荘園でさ。コイツが動かないと大変なことになるんだよ」


 なるほど、中途半端に機械の便利さを知っているが故に、機械が人を土地に縛り付ける訳だ。有機転換炉を移動させる技術など持ち合わせておらず、かといって機械だけ持ち逃げしてもバッテリー式なので直ぐに燃料が切れてゴミになる。


 そして有機転換炉を使い続けるには林業と農業を続けなければならず、どちらも今更ただの鉄器でやるには困難すぎる。


 悪辣だけど、本当によくできた構造だなぁ。


 「ノゾム! 何処に行ったかと思えば!!」


 「ああ、ガラテア。ちょっと人助けをね」


 「ギアプリーストの才能があるかもといったけど、真似をしていいとは言ってないよ!?」


 「だが、やらなかったらここの荘民は冬を越せなかったみたいだよ」


 そう言われると優しいガラテア的には言葉に詰まるようで、うっと呻いて黙ってしまった。


 それにギアプリーストがどれだけの権限を有しているか分からないが、私はもう結構取り返しの付かないことを幾つもやってるんだよな。


 〝太母〟を半ば私物化していて、聖堂しか使ってはならないとされている立体成形機をこれでもかと使ったし――というか今も使い続けてるし――これからも自重するつもりはない。


 一々、そんな教義につき合っていたら惑星探査が進まないからだ。


 二千年経っていようが私は帰りたい。故国へ、あの恒星を取り巻くように作られた多重のリングへ。


 そして、この面白い惑星を皆に紹介したいのだ。


 なに、どうせ家のことだ、二千年経ったって特に対して変わっているまい。


 国是は発展と享楽であって、楽しいことに全力投球して余所の国を煽って戦争にまで行ってしまうことはたまにあれど、頼もしい仲間達と連合を組んでいる。


 本気で生産を始めれば常備艦隊四百万席に四千万隻も上乗せできる艦隊を結集させ、ソフトをインストールするだけで全ての国民が高性能な兵士に変貌する我々を滅ぼせる国はそう存在していない。


 それに、必要となったら我々は逃げられるからな。リングワールドを別の恒星に移動させて、戦争を回避したことだってあるのだ。しぶとく、生き汚く、きっと残ってくれている。


 だから私も懸命に帰郷を目指すのだ。


 「ところでガラテア、私を探していたようだが何か?」


 「ここは剰りに酷い! 人を連れてアッシュベリー卿に直談判する!」


 急に血気盛んになってどうしたと問えば、ガラテアはどうしたもこうしたもあるかと憤りを隠しもせず蜂蜜色の肌を紅潮させた。


 「普通、ギアプリーストは荘園を巡回して機械に祝福を与えて回る! それがどうだい、ここはもう名主が三代変わっても来ていないじゃないか! 職務怠慢もいいところだ!!」


 「人手不足で忙しいとかじゃないのかい?」


 「だとしても来るべきなんだ! 荘民は何のために十分の一税を納めているんだってことになる!!」


 あ、聖堂が力持ってるなと思っていたけど、やっぱりあるんだ十分の一税。ってことは、ここの税金は六公四民くらいかな?


 「僕はマギウスギアナイトとして断固抗議するぞ! アッシュベリー卿への直談判が適わなければ、聖都でエグジエル辺境伯を弾劾してやる!!」


 おうおう、怒っておられる。これが彼女の良いところではあるんだけど、落ち着いて貰わないと。


 「近くの荘園から嘆願者を集めよう! 君に助けを借りている身で更にお願いするのは本当に心苦しいが、辺境の民のため助けてくれまいか……」


 「そこまで畏まることはないよガラテア。私は困っている人間は助ける派だ」


 それに、VRゲームだとこんな露骨にクエストマーカーが立っているようなところを無視できないだろう。


 私はいつだってサブクエストを十全に熟して、きっちりトロコンするまで遊び倒す人間なんだぜ? それに、記憶を消して完全没入する時は意識しないでも大抵聖人ロールになるくらい善性の強い人間でもあるんだ。


 『よろしいのですか? 上尉。現地の政治に大きく介入することになるますが』


 「それこそ今更だよセレネ」


 何と言ったって、我々は自分のためとは言え、聖都を脅かす竜を討とうとしているのだ。どうせ最初から大きくコトを起こすことが決まっているのだから、行きがけの駄賃くらいなんのことはないさ。


 それに、これで貸しを作れて〝イナンナ12〟を探索させてくれたら手間を上回る利益になるからな…………。




【惑星探査補記】現実解変能力。量子的に規定現実空間に働きかけて三次元空間上に何らかの異常な現象を起こす技術。科学的にある程度解明されているが、振れ幅が大きく〝最悪宇宙が滅ぶ〟危険性を秘めているため、高次連ではあまり歓迎されない。 

本日の更新は異常となります。


次回は2024/07/22 18:00頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
>国是は発展と享楽 おおっと、思ったより出身国の雰囲気ヤッベェぞ >黄道共和連合がお笑いの名前 地球を中心にしないと成立しない黄道って単語を、地球放棄後にできたであろう国家につけるあたり、かなり懐古趣…
[一言] 「だとしても来るべきなんだ! 荘民は何のために十分の一税を納めているんだってことになる!!」 殺さない、生かしておいてやるためじゃないの。
[一言] 経年劣化しないとは、本当に「魔法」と呼べる技術体系や法則が存在するようですね 驚きです! むう……ここで魔法があるファンタジー惑星に、イケメン宇宙人が訪ねてくるライトノベルの例を挙げたいと…
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