3-5
出立の見送りはシルヴァニアン、テックゴブ共に盛大であった。
まず兎の王国を発してティアマット25の下に向かい、そこで小鬼の戦士達を迎えて聖都に向かう旅程なのだが、どちらも動ける者はほぼ全員集まっての見送りだったので中々に驚いたね。
大人数がずらっと並び、送別の礼を取ってくれる様は壮観だった。
シルヴァニアン達は一糸乱れず跳ね、テックゴブは武器を掲げて戦吠えをする。
ラスティアギーズの者達は、私が去ることを少し不安がっていたが、配給は自動化しているので安心して構わないと言うと落ち着きを取り戻してくれた。
勿論、残る戦士達に配給があるからといって狩りを怠らぬようにと警告はしておいたがね。
さて、盛大に送り出された我々は、最もセンサーが敏感なセレネのドローンを先頭に二〇人で一四機の群狼を率いて出発した。
隊列はこれといって気にしていない縦列だ。森の中では最早驚異となる異形は機能を停止しているし、襲いかかってくるような存在もいないため長蛇の列を作っても弱点にはならない。
中央の七台が荷駄を牽き、殿の二台が後方を警戒しつつ走る陣で我々は森を僅か半日で抜けることができた。
やはり四つ足の走破性は凄まじく、木の根犇めき不揃いな岩が突き出す中でも問題なく走り抜けられる。荷台も六脚の昆虫型であるため走破性は高く、全速に着いてこられないだけで巡航はできるのがとても助かった。
[■■■……拓けたところは落ち着かん]
森を抜けて草原に出るとリデルバーディが小さく悪態を吐いた。
長らくハルピュアなどに悩まされていたこともあって、視界が開けた平原はテックゴブにとって死地に近しいのだろう。
脅威は排除してあるからと説明しても、直ぐには慣れないようで鞍上のテックゴブは銃を片手にソワソワと周囲を見回し続けている。
一方でシルヴァニアン達は、この速度にも慣れたようで風を楽しむようにのんびりと上体を擡げて風を受け止めていた。元々草原に生き、素早い初速と巡航速度によって捕食者から逃れてきた彼等にとって、群狼の素早さは心地好くもあるのだろう。
「ガラテア、天蓋聖都が支配している領域の最辺境まではどれくらいかかる?」
「ここからならギアキャリバーなら五日程……だけど、この速度で走り続けられたら明後日には着くかな。最後に補給を受けた荘園がそれくらいにあるんだ」
ふむ、自治独立した村ではなく、荘園制で成り立っている国家なのか。持ち主の貴族や、その代官が物わかりの良い人だったら助かるのだが。あとはマギウスギアナイト様の御威光がどこまで通じるかだな。
我々はそのまま日が暮れるまで突っ走り。適当なところで木陰を見つけて休憩することと相成った。
天幕を張ってタープで指揮所を造り、物資を一箇所に集積して休憩地点を用意する。給食番として料理を仕込んだ補充要員のテックゴブは鍋でレーションを煮込み――常温でも食べられるが、やはり暖かい食べ物の方が士気は上がる――兎達はそこら辺で柔らかそうな草を千切ってもひもひ可愛らしく食べていた。
私は高カロリータブレットを囓りながら、セレネが上空から撮影した写真を合成した地図を見て地形を読む。
「ふむ、ここはよくよく見れば巨大な平原がある台地なのか」
私達がいた観測拠点、兎達の王国、テックゴブの森は広大な平原に存在していると思っていたのだが、その実巨大な台地の上に形成された地形で、地平線を見る限り落ち窪んだ部分があるため高低差は結構高そうであった。
北の方には鋭く伸びる山々の峰があり、南には湿地帯と思しき湿った森の陰影。向かっている東の方にはおだやかに下る平原が何日も続いていた。
「ガラテア、地図を照らし合わせるに北上した方が速そうなんだけど」
「それはダメだノゾム。縁座連峰は厳しい上に表面が脆い岩でできた山々で、夏まで雪は溶けない。いくら群狼の走破性がよくても危険だよ」
ふむ、だから弧を描くように台地から降りて北に向かうしかないという訳か。
しかし、二千年程度では大陸の形は変わらないと思うので――大規模地形整形機を使えば話は違うが――天蓋聖都というのは大陸の中央部にあるのだな。
全て衛星が生きていた頃、古い地図データとの照合によって導かれる物だが、良いところに街を作っている。
盆地気味ではあるが水捌けが良い場所で地盤も安定しており、地震が起こる心配はない。太い河川も通っているようで、川船でも往き来が盛んということは経済的にも栄えているのだろう。
我々は全土的におだやかな環境が構築できれば、あとは引き渡した持ち主が好きに造り替えれば良いと適当にやっていた部分が多いので、これは通信帯汚染の後にコツコツ整形されたのだと思う。
緑を行き渡らせるため河川網を無理なく敷き詰め、海との接続を考えるのは中々骨が折れる作業であっただろう。
だからといって、同胞に虐殺をかましてくれた連中の評価を改めるようなことはしないが。
「だから僕らは、この緑の台地は豊かだけどあまり開発してこなかったんだ。往来が大変だからね。川船が行けるような河川も繋がってないし」
「ふむ。それでも開拓荘はあると」
「政争に敗れて行き場のない人間が集まる辺境だよ。えーと……エグジエル辺境伯領だったかな」
天蓋聖都は思っていたより巨大な国家なのかもしれない。私はてっきり墜落してきた宇宙船を基盤に発展した都市国家くらいに思っていたが、貴族制度があって――単なる翻訳フォーマットの問題かもしれないが――流刑地を求めるような人口を抱えていると言うことは小国ではあるまい。
少なくとも人口十数万、あるいは百万国家の可能性もあるな。
いや、それどころか数千万の巨大国家であることも考え得る。
こりゃ交渉するのが骨だな。遠征隊唯一の生き残りという立場を使ってもお偉方に面を繋いで貰うのにどれだけかかるやら。
「ところでさ、ノゾム」
「なんだい?」
「それ、怖くないのかい?」
それ? と首を傾げれば、指を刺されたのはハーネスで背中に背負っている多目的作業アームだった。
三対六本の細い義腕は普段畳まれて背中に収納されているが、伸びると生身の腕に劣らぬ精妙さで動くから便利なんだ。地図に色々書き込むため三本伸ばし、残り一本で煙草を持っていたのだが、ガラテアには酷く恐ろしげに見えるらしい。
「機械の手なんて加減が中々効かないじゃないか。僕の先輩騎士はギアアームを持っていたけど、慣れるまで酒杯を何回も握り潰したから、鼻を掻くどころか顔に近づけるのも怖いって言ってたよ」
ギアアームなる義手は加減が難しいようだが、そりゃ電脳もない体で神経直結してたら慣れるのにも時間が掛かるだろうよ。
その点、私の作業用装備は普通にソフトウェアをインストールしてるから問題なく動く。
なんなら精密作業においては、太すぎる五本の指より向いているくらいだ。
「慣れの問題だからなぁ」
実際に怖くないよと証明してあげるように頬をポリポリ掻いてみせると、ガラテアはドン引きしていた。
まぁ、このサブアームの最大握力は200kg、下手をすると頬の肉が抉れる力の機械を操って顔を掻いているのは、何も知らない人間からするとおっかなくて仕方がないか。
……いや、でも待てよ。冷静になれば彼女達には電脳こそないんだが光子結晶が搭載されているんだよな。
OSも未知の物だけど搭載されていたし、やろうと思ったら普通にソフトをインストールして私と同じことができるようになるんじゃなかろうか。
FCSを搭載すれば火器の命中率は飛躍的に高まるし、IFFを使えば誤射も防げて最高だと思うんだけど。
まぁ、彼女を検体にする訳には行かないし、医療設備も満足にない状態でやるこっちゃないから、やらないけどさ。
「でも、腕が二本増えるだけで人間やれることは倍以上に増えるから、よかったら君の分も用立てるけど」
「僕は遠慮しておくよ……あんまり器用じゃないから」
なんだ、その流石の私も一歩間を空けられると凹むんだが。そんな変なことしてるかなぁ。
『上尉、ご傷心のところ済みませんが報告が』
「なんだい」
『通信中継点の設置が完了しました』
「おお、ありがとう。様子を見てくるよ」
機械をあまりに気軽に使う私を見て、文化の違いをヒシヒシと感じているらしいガラテアを指揮所の天幕に残し、私はセレネが地図に打った標へと向かった。
そこには楡の木が一本生えており、中々立派で巨大だ。
「よっこらせっと」
私はその木をサブアームを使いながら登ると、太い幹と枝の間に一つの器機がちゃんと設置されていることを認めた。
これは小型の通信中継器で、太陽光充電設備と中継ドローンの充電ユニットが一体化した物だ。形状は卵のパックと似ており、四機の球形ドローンが収まっている。
この設備は等間隔に置いておくことで基地にいるセレネとの通信を途切れさせないようにするため準備していた物で――ドローンはあくまで子機。本体は今も基地にあるのだ――一定時間ごとにドローンが交代しつつ一点に浮かぶことで通信網を維持してくれる。
かつては衛星一基打ち上げれば済んだことが、随分と手間がかかるようになってしまったな。
使う資材や立体成形機の占有時間も馬鹿にならないけど、孤立無援になるよりかはマシだから我慢我慢。
「これ一基で二日分くらいの行動距離では通信に問題がなくなるんだったな」
『はい。ただ、何分無線なので一基ごとにゼロコンマ数秒のラグが発生すると思ってください。今でさえ四秒ほどのラグがあるんですから』
「うーん……やっぱ光って遅ぇなぁ……」
量子通信設備さえあれば、こんな面倒なことをせずとも一切のラグなくセレネと通信できるのだけど、ない物ねだりをしても仕方がない。
三至聖もこう仰っていた。仕事はできる資材を利用してする物と。
ない物ねだりを欲しすぎれば罰が当たる。私は無骨な卵ケースの電源を入れ、中継用ドローンを一機飛ばした。
あとは自動で充電と交代を繰り返し、本拠との接続を保ってくれるはずである。
まぁ、有翼の異形が他にもいないと限らないので、撃墜されないことを祈るほかないのだけど。
「三至聖様、我等の旅路をお守りください。聖R・A・ハインラインの薫陶篤き教えに従います」
『あれ? 上尉って聖ハインライン信徒でしたっけ……普段は満遍なくご加護を願ってたと思うんですけど』
「いや、こういう時、聖A・C・クラークあたりは明後日の方向の試練を課しそうだし、聖アイザック・Aはミステリ方面の難題を寄越しそうだからさ」
故に私は、専ら聖ハインラインに祈るのだ。何やかんや言ってあの人ハッピーエンド好きだから。
勿論、機械化人らしく三至聖は等しく崇めてるよ? でも、ご加護が欲しい時は……ね?
「って、あぁー!? なんて危ないことをしてるんだいノゾム!!」
「うおっ、なんだガラテア!?」
「降りて! 早く降りてきたまえ!! そんな手も足も支えにしないなんて!!」
なむなむ拝んでいると――ここら辺色々と混じってるんだよな、ウチの宗教――下から悲鳴交じりの怒鳴り声が聞こえた。どうやら戻るのが遅いと思ったガラテアが心配して追いかけてきたようだが、何を怒っているんだ。
もしかしてサブアームだけで木登りしてること?
私は実質稼働年齢二四五歳にして、木登りをしたことで怒られるという凄く斬新な体験をすることとなった…………。
本日の五話連続更新はこれで終了となります。
書きためが随分と溜まっているので、明日2024/07/21は三話連続更新にいたしとうございます。
本日と同じく15:00に更新し、一時間刻みで投稿しますので、よろしくお願いします。