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兎達の宴席は独得だ。
恐らくティシーと自分達を模したであろう草の束を編んで作った偶像を囲んで、太鼓と足踏みをドコドコ鳴らして野っ原で踊りまくる。
私はこの光景を見て、義務教育期間の夏に楽しんだ盆踊りを思い出してしまった。
中央の櫓には太鼓の代わりに神象が据えられ、周りを兎達がぴょんこぴょんこと楽しく跳ねるのも、この場全体に充満する浮かれた空気もまるで一緒なのだ。
何ともファンシーで可愛らしい光景である。このまま絵本の挿絵にしても映えそうだな。
〔楽しいかい?〕
〔躍りたい〕
私の膝に乗せられた祭りの贄が――という名のモフられ要員――鼻をフスフスとならした。
そりゃそうだ、去年の秋に生まれた遊びたい盛りの子なのだから、大人の膝の上で大人しくしてるより、みんなに混じって跳ね回りたいわな。元々モフられるのが好きな個体は少ないので尚更だろう。
兎って可愛いけど、結構気むずかしいんだよね。
〔これ!〕
〔構わん構わん、行ってこい〕
私より一段下の席に座っていた長老が咄嗟に叱ったが、気分は分かるので豪華に着飾った子兎を解放して踊りに向かわせてやった。
私だって義務教育時代の儀礼は暇で暇でしょうがなかったから、よく居眠りをこいて怒られたもんだよ。始業式とか立ったまま寝てた記憶すらある。だから、みんなのところで思いっきり遊んでおいで。
〔申し訳ない神様の伴侶/主/大いなる庇護者。我々を手厚く扱ってくれるのみならず、戦士達の弔いをしてもらったというのに贄が逃げるなど〕
〔だからよいよい。短い人生だ、楽しく遊ぶ方が大事であろうよ〕
胡座を組んで頬杖を突き、左手をだらんと垂らした私は長老に呵々と笑ってやった。
シルヴァニアンの一生は短い。元が兎だったからかテロメアが短く三〇歳にもなると老化が始まって、五〇も過ぎれば大年寄。ティシーファイルにあった最年長記録が五九歳であったことを鑑みるに、人生の縮尺は最長個体が基底現実時間で八〇〇歳を優に越える機械化人と比べるとあまりに短い。
それならば、大いに楽しみ、大いに喜んで人生を過ごすべきだ。
いずれ彼等が不老を望むようになり、私がそれを与える手段を持っていたなら、寿命を延ばすことに異論はないんだけどね。
実際、ティシーも抗老化処理ができるだけの設備がないことを悔いていたし。
〔それにこういう時、伝承ではティシーはどうしたね〕
〔……我等の大いなる母は、常に笑ってお許しくださいました〕
〔つまりそういうことだ〕
ティシーが許したことを私がどうして咎められよう。彼女のおかげで、こうやって偉そうにふんぞり返って、戦士をまた一五人も借りられるのだから文句など付けようもない。
それに軽装甲を好んだ戦士達は――顔が覆われるのが耐えられないらしい――動きが素早く、平均時速80kmで跳ねる恐ろしい斥候となった。そこに慎重で狙いの良い射手という性質が加わった素晴らしい戦士でもあるため、私はむしろ彼等に伏して感謝すべきなのだ。
できないことをやってもらい、できることをやってやる。社会が成立する上での当たり前を為してくれている彼等にこれ以上何を求めようか。
〔それより長老、膝の具合はどうだ〕
〔はい、それはもう! 若い頃のように跳ねられて驚いております〕
話題を変えようと、私は村長の腰にはまり両膝にまで達する座椅子めいた器機の使い勝手を問うた。
それは高伸縮性を持つ人工筋肉によって稼働する非動力型のマッスルスーツだ。
素材は軽量チタンと伸縮性ケブラーに高硬度ゴムチューブからなり、足が萎えかかった老人の膝と腰に往事の活力を取り戻すべく設計された。
いわば強化外骨格の廉価版のようなものである。バッテリーも要らないしメンテも私がいなくなってもできるよう作ったから、今後長く老体達に受け継がれて、昔日の活力を思い出させるのに役立ってくれるだろう。
長老は膝を悪くしているのに、私の出迎えやらテックゴブ達との折衝やらで家から何度も引っ張り出させてしまったからな。お詫びとして一番に贈ったのだが、気に入って貰えてなによりだよ。
〔部族の者達も喜んでおりました。荷運びがとても楽になったと〕
〔君達の大いなる母が住処と安全を与えたなら、私は更なる利便を与えよう〕
さながら彼女が文明を与えたるプロメテウスというなら、私は道具をもたらすヘファイトスってところかな。
……いや、この喩えはちょっとアレか。神話で散々な目に遭ってきた神の一人であるし、小っ恥ずかしいエピソードも多いため肖りたくはない。特にアフロディテとの一件あたりは絶対に御免だ。
NTR、ダメ、絶対。
冗談はさておき、我々がシルヴァニアン達に報いてあげられるのって健康と長寿くらいなんだよな。
彼等はそこら辺の下草で食っていけるから農耕する必要がないし、住処はティシーが残した立派な物があり、これから溢れる程に増えるつもりは更々ないらしい。
というのも、シルヴァニアンは元となった兎と同じで通年発情型の生物なのだが、多胎ではなく一人から二人の子供を一度に産むだけなので、そこまで爆発的に増えないのだ。
そして知る通り牧歌的でおだやかな気性なのも相まって征服にとんと興味がなく、内部政治も基本的に〝一番長く生きた個体が一番偉い〟というフンワリの極みで満足している点から、根っこより野心がないのだなと分かる。
だのによくぞまぁ、私に着いてきてくれる戦士が十五人も集まるものだ。前回は三人も戦死者を出したというのに、郷土防衛隊の希望者六〇名から抽選して三人補充する大人気振りだったのも意外性を感じずにはいられない。
まぁ、それだけティシーへの信仰が篤いということだろう。寿命が短い上に文字を持たない生物なのに、よくぞ五〇〇年もこの信仰を保てたものだと感心するね。
それだけティシーが為政者として有能であったのか、兎達が信心深い生き物なのかは別として、祈りを大事に大事に残していこう。
〔ところで長老、質問があるんだが〕
〔何でしょう〕
〔アレ、最後になんで燃やすんだ?〕
兎達が囲んで踊っている神像を指させば、彼は首を傾げて当然では? と言った。
〔我等の大いなる母は天空の星々から降りていらした。そして、また星へ還ると仰った。故に星に届くよう煙に祈りと願いと感謝を込めるため、盛大に燃すのですよ〕
〔なるほど〕
ふーむ、そういう祭祀か。しかし、細かい意図やら何やらが全部口伝で細かく伝わっているのは凄まじいな。
だって五百年だぞ五百年。普通、口伝なんてグッダグダになって「まー、そういう風に決まってるんです」って忘れられても当たり前だろうに。
文字を持たない彼等なりに工夫してやってきたのだろうが、本当に凄い。
これだけ凄い生き物が偶然から生まれるのに、旧人類系列の連中は未だに自分を万物の霊長とか呼べるのが凄いよな。
事実として、宇宙には彼等より単体で優れた生物がごまんといるのに。
それこそ、我等が高次連の元締め、光子生命体とか光の固有波形が意識を持った生物だ。実体を持たないが物体を操る術を持ち、ほぼ半永久的に存在し「そもそも我等は死ぬのだろうか?」という哲学を二兆年くらいやってる連中だ。
それと比べて機械化人を含めた人類のなんと楚々たることよ。
ふと旧人類のことを思い出してガラテアを探してみたが、兎達から遠巻きにされていてぽつねんと座ってお祝いの食事を摘まんでいた。
何でだろうと不思議に思っていると、察した長老がとてもバツが悪そうに、そして忌むような小さな足音で教えてくれた。
〔何? 昔、ヒトは君らを食ってた?〕
〔はぁ、まぁ大きなただの兎だと思っていた時期があったようで。皆が脅えるといけないので、ガラテア殿は壇上を遠慮していただいたのです〕
そりゃ酷い、こっちの人間はそんな思慮不足なことをしていたのか。ちょっと観察したら分かるだろうに、高次知性を持った生き物であるくらい。
ただ、ガラテアがやった訳じゃないんだから、私の側に座るくらいはいいんじゃないかなと思うんだけども。
〔それも偉大なる母が降臨なされて解決したのですが〕
〔あー、そういえばそんなことも書いてあったな〕
ティシーファイルは膨大だがアーカイブに要約して収納してあるため、思考を巡らせば直ぐに該当記事がヒットして網膜モニタに投影される。
基本的にこの惑星のホモ・サピエンスは口語を交わせない生き物を高次知性と認識できない時期があったそうで、方々と戦争をしていた国もあったそうな。
今はその国は滅亡して久しいが――なにせティシー存命中のことだ――今から訪ねる天蓋聖都とは完全に別口であるからして、あそこまで脅えないであげて欲しいんだけど。
ほら、ああ見えてガラテアって可愛い物好きらしいっぽいから、躍るシルヴァニアン達を見てほっこりした表情を浮かべることがあるんだ。
それでも目が合ったら子供も大人も脅えて逃げ出すせいで、露骨にショックを受けているから、もうちょっと優しく接してやってはくれまいか。
戦士達は少し打ち解けて挨拶をしているから、そこから交友が深まったらいいんだけども。
兎達から饗された茶を一口飲んで――因みに彼等の味覚に沿った物なので、舌がねじ切れそうなほど苦い――祭りを眺めていると、セレネから通信があった。
『参加したそうですね、上尉』
「……そう見える? だが、私が踊っては邪魔だろう。サイズ差がありすぎる」
『遠慮なさるとおもって、こんなものを用意してきました』
無音でドローンが飛んできたかと思うと、兎達が叩いている太鼓を私でも使える大きさに拡大した物が吊されていた。
ポンと隣に置かれたかと思えば、さぁどうぞと音ゲーを彷彿とさせる譜面まで表示されるではないか。
『出陣前の景気づけでもあるんです。一席どうぞ』
「まぁ、楽器は多少覚えがあるけどさぁ」
受け取って膝に乗せれば、長老が反応し、そこからさざ波のように波及して場が静まり返る。
ええ、ちょっと待ってよ、やりづらいんだけど。
周囲を見回しても期待したような顔が――尤も彼等は顔面筋が未発達なので無表情なのが多いのだが――ずらりと並んでいるばかりで、後に退けなくなってしまった。
ええいままよ、なるようになれ。
私は太鼓を調律として数度叩いた後、今までと同じ踊りの旋律を奏でる。
するとどうだ、兎達のテンションが爆発し、翻訳機が上手く機能しなくなるレベルで足音が奏でられた。人間で言えば口々に喋って盛り上がっているのと同じなのだろうけど、これは好評なのか不評なのかどっちだろう。
分からないなりに軽快なリズムを重ねていると、楽隊も乗って叩き始める。兎達は口腔の形状から吹奏楽器が苦手なので、基本は打楽器なのだが、とりどりの楽器が派手にノリ始めたのでウケていると思って良いのだろうか。
ともあれ、出陣の無事を祈願する宴は盛況のまま進み、月が中天に達すると同時に神象へ火が掛けられた。
濛々と天へ向かって立ち上っていく煙を見送って、私は今はなき兎達のプロメテウスに武運を祈るのであった…………。
次回は2024/07/20 19:00頃の更新となります。




